第14話 営業屋、始動。
「さて、それじゃあ今後の具体的な方針を話し合いたいんだが…」
エミリーとの契約を交わした後、珍しく率先して作戦会議を取り仕切るミズキ。
そんな普段とは違う店長の姿勢に、
「ねぇ、リアちゃん?あなたのとこの店長さん、最初とヤル気違いすぎない?何か別人なんたけど…」
「あぁ、心配ないですよ。どうせゲスなこと企んでヤル気出してるだけですよ」
不気味に感じるエミリーと呆れ顔のリア。
「おいおい、この依頼を成功させれば今後食費の心配が要らなくなるんだぞ!?飯さえなんとかなれば、最悪働かなくても生きていけるーーこの素晴らしい目標のどこが下らないって言うんだよ!」
そんな女性陣の言葉に対し、悪い意味で期待に応えるセリフを吐くミズキ…。
こんな発言を、さも正論かのような論調で堂々と語ることができる男は、恐らくこの街中探しても早々いないことだろう…。
「そのダメ人間的な発想を素晴らしいと思えるあなたの思考回路が既に下らないんですよ!!」
「あー出た出た。そうやって自分だけ真面目ぶるのは良くないんじゃないかな?どうせお前だって一生パン食べ放題楽しみにしてるくせにー」
そんな男を注意する少女に対し、当の本人はどこ吹く風。口元を手で隠しながら、誰の目から見ても挑発しているとしか言いようのない大げさな口調で挑発。
「は、はぁ!?私は別にそんなことーー」
「へぇー、リアちゃんは楽しみじゃないんだ。エミリー!リアはお前のパンは要らないらしいぞー!」
「なっ!?別にそんなことは言ってないじゃないですか!!」
リアがその挑発を真に受けることにより、その反応を面白がるようにミズキの方が調子に乗って挑発…そして、話はどんどん脱線していっている。
「……あの、とりあえず早く作戦会議始めて欲しいんだけど…」
相談相手二人がそんな状況では、残念ながらエミリーの声など届くわけもなく…。
(やっぱり彼らじゃダメかも…)
その後数分続いた彼らのやり取りが終了するのを、依頼者のエミリーは思わず頭を抱えて待つことしかできなかった。
※※※※
数分後、
「それじゃあ、まず現状について説明するわよ!」
「「は、はーい…」」
店にはエミリーの威勢のいい声が響き渡っていた。
結局、全く話が進まない状況にしびれを切らしたエミリーが作戦会議の仕切り役に収まっていた。
「まず、最大の問題はお客さんがいないこと。さっきも少し話したけど、向かいの激安パンにお客さんが取られたこともあって、今では1日千バリスぐらいの売上しかない…」
エミリーは自分で言っていて涙が溢れそうになるような現実を、何とか感情を押し殺しながら淡々と告げていく。
「ノルマの20万バリスを集めるためには残り15日、毎日1万3千~4千バリス売らないといけない計算になるわ」
「毎日今の13~4倍の売上げか…」
改めて厳しい現実を突きつけられ、なんとなく重い空気が流れる中、
「だ、大丈夫ですよ!この程度、私達に任せておけば楽勝ですから!ね、ミズキさん?」
リアがなんとか明るい雰囲気を作ろうとするが、空気は変わらず…。
「ごめんね、リアちゃん、気遣わせちゃって…でも、伝えなきゃいけないことはこれだけじゃないの…」
残念ながら、エミリーによる厳しい現状報告はさらに続いた。
「うちの店が向かいの店に絶対に勝てないこと…何か分かる?」
二人に力なく問いかける。
「え、それって…さっき言ってた"安さ"じゃないんですか?」
その問いに戸惑いながらも答えるリア。
しかし、
「ううん…。正直この短期間限定で利益度外視すれば価格で対抗することは出来るわ…問題は…」
「生産数だろ?」
遮るようにして変わりに答えるミズキ。
「ええ。うちの生産キャパはせいぜい150個が限界。それに対してあちらは毎日400個くらい作ってそれを全部売り切ってるらしいわ。もしかしたら生産キャパはそれ以上かも…」
「よ、400個!?毎日そんな数どうやって作ってるんですか!?」
機械などないこの世界において、毎日これほどの大量生産をするなんて余程の大人数がいない限り不可能。
そんな常識を踏まえた上で、エミリーから発せられた常軌を逸した生産量に驚愕するリア。
しかし、そんな中全く動じていない者が一人。
「そんな驚くことでもねぇだろ?どうせ何かの魔法に決まってんだろ」
当然の如く"この世界"特有のモノを使用した結果だと主張。
「ええ。私も噂で聞いただけだからどんな魔法なのかは分からないけど」
そして、その主張は概ね正解らしかった。
「ぱ、パンをたくさん作る魔法!?そんなのあるんですか!?」
「いや、さすがにパン作るだけの魔法なんてねぇだろ…」
リアの安易な発想に呆れ気味に返すミズキ。
「多分作ったパンをコピー魔法とかで大量に増やしたりしてるんじゃないかな」
「なるほどぉ!そういう魔法の使い方もあるんですね!」
しかし、そんなミズキの態度など気にすることなく、リアはエミリーの予想に目から鱗といったご様子。
そんな自分の店の店員に店長は深く溜め息をこぼしつつ、
(魔法を使って大量生産しているのは間違いないんだろうが、相手はただのパン屋だ。コピー魔法なんて上等なものは使えんだろ)
冷静に状況を分析していた。
(まぁ、でもどんな魔法を使ってようが実際にこの店が価格でも客数でも生産力でも勝てないことは確実…。勝っていることといえば味くらいなものだが、露店街に買いに来る奴で価格より味を優先するわけもなし…。売る場所を移そうにもそんなの依頼人が納得しないだろうし…)
何か突破口はないかと頭をフル回転。
そして、
「はぁー…しゃあねぇな。気乗りはしないがここから大逆転するにはこれしか無さそうだ」
「「!!」」
10秒も経たないうちに、一つの策を導きだし、面倒臭そうに立ち上がった。
「あ、あの、店長さん…?」
「向かいの店には悪いが、この露店街から撤退してもらう」
「「て、撤退!?」」
そう言ってニヤリと笑うミズキの発言に驚きの表情を見せる女性陣二人。
「あ、あの、別に私はそこまでしなくてもーー」
「そこまでしなきゃダメなんだよ」
思い切った策に尻込みしている依頼人に対し、
「現状客は向こうについてるし、今の価格を崩さない以上、まぁ、客は離れないだろう。うちの店が安定した客を獲得するためにはあちらの店にご退場頂くしか道はねぇんだよ」
二人に厳しい現実を突きつけるミズキ 。
彼の言い分は正論で、何より説得力があった。
しかし…
「でも向こうは今や人気店だし、よっぽどのことがなければあの場所を手放すなんてあり得ないと思うんだけど…」
やはり向かいの店を近くで見てきたエミリーにとっては、ミズキの策か上手くいくとは到底思えず、乗り気にはなれない様子…だったのだが…
「具体的な策はこれからだが、まぁ心配いらねぇよ。ーー"受けた依頼は必ず成功"が我営業屋のモットーだからな」
「エミリーさん、任せてください」
自信満々な二人の勢いに負ける形で策を一任することに…。
そして…
「…分かったわ。どのみち私に代替案なんてないしね…とりあえずあなた達のやり方に任せるわ」
「…あんまり期待してなさそうなのが若干気になるが、まぁいいか」
溜め息をつき、どこか投げやり感満載の依頼人に若干不満をこぼしつつも、
「さぁ、営業開始だ」
「はい、頑張りましょう!」
店長・黒崎ミズキの号令で営業屋が動き出した。
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