第15話 隣人へのご挨拶

「あの…私達今から何をしようとしてるんですか?」


 路地の物陰からこっそりライバル店の様子を窺う二人。その一人、リアは若干引き気味に問いかける。


「見りゃ分かるだろ?敵さんに挨拶しに行くんだよ」


 その問いに面倒臭そうに答えるミズキ。


「いや、全然見ても分からないんですが…」


 リアはミズキの服装に改めて視線を向けるが…彼が身に付けているシワが目立つズボンとシャツはお世辞にも挨拶用とは言えず。さらに…


「っていうか、その手に持っている大きな袋はなんですか?」


 その手には酒場の店員が店用の買い出しに使うような大きな袋が…見た目は完全に不審者である。


「その格好、どう見てもこれから"挨拶に行く人"じゃないですよね!?っていうか、もしかしてその袋に店の物勝手に詰め込もうって訳じゃないですよね!?私、嫌ですよ!そんな犯罪行為に同行するなんて!!」

「大丈夫だよ。売れ残り品を少し恵んで貰うだけだって」


 一生懸命に目の前のダメ人間による愚行を止めようとするリア。


「それに相手の商品の味を知っておいて損はないだろ?売れ残りなんてどうせあとは捨てるだけなんだし、逆に食べ物を大切にしている人間として褒められてもいいと思うんだが?」


 そんな彼女に、いつものように屁理屈をさも正論かのように並べ、口八丁で押し通そうとするミズキだったが、


「うーん…なんか尤もらしいこと言って騙してませんか?」


 普段は言われれば何でも信じる純粋な心を持つリアだが、しばらく彼と一緒に生活しているうちにどうやら若干耐性がついてきたらしく疑いの目を向けるリア。


「おいおい、俺がお前に嘘吐いたことなんてあるか?もっと自分の雇い主を信じろよ!」

「あの…今のセリフで一気に信用できなくなったんですけど…」


 ミズキの返答を受け、より一層不信感の強まった目を向けるリア。そんな少女を見たミズキは…


「…よし、そろそろ客もいなくなる頃だ。行くぞ!」

「ちょっと、なに誤魔化そうとしてるんですか!!」


 疑いを晴らすことを諦め、ライバル店へと先に歩きーー


「ミズキさん、抜け駆けは良くないですよ?」

「!?」


 出そうとしたところで、自分より一回り以上背の小さな少女に軽く腕を捕まれ阻止されていた。


「そもそもあなたはさっきエミリーさんのパンを散々食べたでしょう?今度は私の番ですよ?」

「…安心しろ、お前の分も一緒に貰ってくるに決まってるだろ?俺が独り占めするような人間に見えるか?」

「ええ、残念ながらそういう人間にしか見えませんね」

「おい、早くその手を離せ、このバカ力!」

「誰が離すものですか…!」


 両者一歩も引かずに膠着状態が続く。が…


「あ、あっちの店で売れ残りの肉が捨てられそうになっている」

「え!?もったいない!どこです…って何抜け駆けしてるんですか!」

「悪いな、世の中弱肉強食なんだ」


 あまりにも幼稚で大人げないやり方でミズキが先行し、


「待ちなさい!このろくでなし!!」


 少し遅れて後を追うリア。そして、二人は当初の目的など忘れて競い合うようにしてライバルのパン屋に到着。


「「すみません、ご主人!売れ残り品ありませんか!?」」


 そして、物凄い形相で客の居なくなったパン屋の主人に迫った…ものの…


「ひっ!!何ですか、あんたらは!?もう今日の分はとっくに売り切れちまったよ!!」

「「…え?」」


 目の前には、血走った目で迫る二人に怯える店主と、空の台車が一つあるだけ… 。


「うそ…だろ?」


 そんな現実に勝手に落胆し、他人の店でがっくりと崩れ落ちるはた迷惑な男。


「ちょっと、お客さん、困りますよ!周りの目もあるんですから!これじゃあ私が何か意地悪してるみたいじゃないですか!」


 そんな迷惑極まりない青年を何とか立ち上がらせようとする小太りの中年店主。周りの人々の目を気にしながら力ずくで立ち上がらせようと頑張っていると、


「そんなにパンが食べたいなら向かいの店に行ってくださいよ!少し値は張りますけどうちより美味しいですよ!ーーって、あんたら…」


 店主は向かいのパン屋とミズキ、そして、気まずそうにしているリアを見渡し、はっと気が付いた。


「あんたら、最近向かいの店に出入りしてる奴等じゃねぇか!!何だ!?もしかしてうちの店にスパイでもしに来たのか!?」

「!!」


 怪訝な目をして、二人に敵意を向ける。


「ちょっと、ミズキさん!気付かれちやってるじゃないですか!どうするんですか!?」


 店主からの追求を受け、小声で自分の店長に指示を求めるリア。しかし、指示を求められた本人はというと、


「なんだ、ご存知だったんですか。まぁ、隠してたつもりもないんですが、改めましてーー」


内心ニヤリと笑うと、何食わぬ顔で立ち上がり、


「我々この街でこういう店をやってまして」


いつの間にやら取り出していた、普段リアが配っているビラを手渡していた。


「営業屋?」

「はい!商品の販売や仕入れ等々、商売の相談や商談の代理をやらせていただいています!」

「へぇ…。それで、その営業屋とやらがうちに何の用なんだ?」


 聞き慣れない店の名に、胡散臭そうな目を向ける中年店主。


「いやぁ、実はご存知の通り、僕ら向かいのパン屋さんに何とか売り上げを作って欲しいと依頼を受けましてーー」

「ちよっとミズキさん、何正直に依頼のこと喋っちゃってるんですか!」


 突然依頼のことを暴露し始める目の前の男を慌てて止めようとするリア。しかし、そんな少女の制止を逆に制して


「それで、今日は依頼人の同業者ってことで一応ご挨拶を、と思いまして」

「ご挨拶って…。別におたくと仲良くするつもりなんてねぇよ!用件がそれだけならさっさと帰ってくれねぇか!?」


 営業スマイルのミズキとは裏腹に、冷たく突き放そうとする店主。しかし、それでもミズキは余裕の笑みを崩さない。


「あの、何か誤解してるようなので一応言っておきますけど、我々、今はエミリーさんの味方をしてるだけで、別にあなたの敵になったつもりはありませんから」

「…どういうことだ?」


 一方、ムッとした表情を見せる小太り店長。


「だって、今後、あなたも我々のお客さんになるかもしれないじゃないですか」

「は?俺は別にーー」

「今は儲かっているかもしれないですけど、これから先ずっと上手くいく保証なんてないでしょ?」


 反論しようとするも、ミズキはそれを遮り、


「それに、もし今後、あなたが今よりも儲けようと思っているならお役に立てるお話があるかもしれませんし」

「!!」


意味深なことを言ってわざとらしくニヤリと笑って見せる。すると、


「…その"お役に立てるお話"、てのは何なんだ?」


 一瞬意表をつかれて驚いた店主だったが、ミズキの表情から何かを察すると、すぐに先程までの迷惑そうな顔から商売人の表情へと切り替わった。


(よし、思った通り食い付いてきやがった。コイツみたいな明らかな商売人タイプは食いついてくると思ったぜ)


 そして、そんな男の様子を見て、ミズキは内心ほくそ笑みながら、


「まだ具体的には決まってないのでお話できませんが…割と大きな儲け話になると思いますよ」


自信満々に言い切った。だが…


「その話、確かに気にはなる。だがイマイチ信用はできねぇな」


さすがに相手も商売人。うまい話を目の前にしても警戒心は解かない。


「と、言いますと?」

「あんたら向かいの店から依頼されてんだろ?そんな美味しい話があるなら先に依頼人のところへ持ってくんじゃねぇのか?」


尤もな疑問点。…だが、ミズキにとっては想定内。


「いやぁ、僕も初めは依頼人にその話を持っていこうとしたんですが、依頼人の要望と合わなかったんですよ…せっかく良い話があるのに依頼人に合わないからって却下するのは勿体ないじゃないですか」

「へぇ、それでいきなりうちに、ってか?」


全く動じることなく答えるミズキ。それでも懐疑的な目を向け続ける店主に、


「まぁ、信じるかどうかは実際に話を持ってきたときに判断してもらえればいいですよ。どうせこちらもまだお話しする準備ができてませんし」


ミズキはここが引き際だと察すると、ふっと小さく笑って踵を返し。


「お、おい!」

「まぁ、今日はあくまでもご挨拶、ということで。ーーリア、行くぞ」

「は、はい!」


気になる店主の呼び止めを無視して、そのままそこを後にした。


「ちょっと、ミズキさん!?いいんですか!?あの店主さんにあんな意味深なこと言って!!おいしい話なんてホントにあるんですか!?っていうか、そもそも私達の仕事はエミリーさんの店を立て直すことですよ!!」


 少し離れたところで立ち止まると、依頼人であるエミリーのことを蔑ろにしてライバル店に商売の話を持ち掛けたことが気に食わなかったのか、 今まで黙っていたリアが凄い剣幕で質問攻め。

 しかし、当のミズキはというと、


「はいはい、言いたいことはそれだけか?悪いけど今日は疲れたから質問の回答は来週な」


全く取り合うつもりもなく、面倒臭そうにあしらうだけ。


「何ですか!その態度は!!このままエミリーさんを見捨てるつもりですか!?もし、そのつもりならーー」


その態度にいつにも増して激昂するリアだったが、


「安心しろ。俺が毎日パン食べ放題の特典をみすみす捨てるわけねぇだろ?ーー心配いらねぇよ。エミリーの依頼はいまのところ順調だ」


ミズキは落ち着いた口調でそれを宥める。


「で、でも…」


そして、


「まぁ、見てろって。ライバル店と敵対して勝つだけが生き残る道じゃねぇってこと、教えてやるよ」


そう言って不敵に笑うミズキの表情には自信が満ち溢れていた。

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