第16話 起死回生の策、できあがりました。

「何が『 敵対して勝つだけが生き残る道じゃねぇってこと、教えてやるよ』ですか!教えてくれるどころか、もう10日間も放ったらかしじゃないですか!! 」


 ライバル店の偵察から数日。営業屋では、ドンドンと机を叩く音が響き渡っていた。


「あのダメ店長はどこで何をしてるんですか!!」


 この轟音を発している怪力ロリ少女は、ここ数日溜めていたイライラを爆発させていた。

 一方、リア達に今後の人生がかかった依頼をしているエミリーはというと、


「リアちゃん…ちょっと落ち着いたら?お店の机も壊れちゃうし…ね?」


力ない笑顔を浮かべてリアをなだめている。


「エミリーさんこそ何でそんなに落ち着いていられるんですか!?もう期日まで4日しかないんですよ!?それなのに…」


 向かいの店の偵察から早10日。その間、売り上げは相変わらず振るわず、ノルマ達成まではまだ18万バリス以上あるという状況。さらに、ライバル店の偵察以来営業屋に顔を出さない店長・ミズキ。


「このままじゃ、ノルマ達成できないじゃないですか!」


 自分に何の連絡もなく店を空け続ける店長に頬を膨らませて不満を露にするリア。そして、そんな状況を目の当たりにした依頼人のエミリーは、


(店長さんも全然帰って来ないし…ここらが潮時かもね…)


「もういいのよ、リアちゃん…」

「エミリーさん、何を急に…」

「別にあなた達のせいじゃないわ。元々本気で上手くいくなんて思ってた訳じゃなくて、何もせず終わるくらいなら最後に悪足掻きしてやろうと思って依頼しただけだし…」


 自嘲を浮かべ、完全に諦めモード。


「でも、もう十分。店長さんも戻ってこないみたいだし、契約はこのまま終了でいいわ。店長さんにもそう伝えておいて」


そう言ってすっと立ち上がると、


「そ、そんな…待ってください!まだダメだと決まった訳じゃ…」

「ごめんね、リアちゃん…じゃあね…」


引き留めるリアの声を遮り出口の方へ…

そして、扉に手を掛け…


カランカランカラン


「おいおい、勘弁してくれよ。帰ってきて早々修羅場かよ」

「!?」


開かれた扉からは……一人の見知った男が入ってきた。


「み、ミズキさん!!」


 絶妙なタイミングでの店主の帰還に、ついさっきまで怒っていたことも忘れ、安堵からか表情を明るくさせるリア。しかし、そんな少女には目もくれず、普段の定位置であるソファの上へと一直線のミズキ。


「あー、疲れた…。すまん、俺このまま明日の朝まで寝るから。あとは頼んーー」

「ちょっと!夢の中に直行しようとしてるんですか!?留守にしてた分ちゃんと働いてくださいよ!!」

「ちょっ!痛い痛い!もげる!!腕もげるから!!」


そんなだらしない店長とそれを無理矢理引っ張り起こそうと奮闘する小さな店員の戦いは予想通りの結末。


「この怪力ロリめ!お前の怪力で俺の貴重な身体に傷が付いたらどうする!!」


 青年店主は涙目になりながら自分と一回り年の離れた少女に訴え…


「誰が怪力ですか!少し強く引っ張ったくらいで大袈裟なんですよ!!」

「今のは"俺の貴重な身体"の部分にツッコむところだろうが!このツッコミ下手が!!」

「知りませんよ、そんなこと!!」


…そして、いつも通り二人の茶番と言うべきくだらない口論に発展…したところで…


「ちょっと、何私の存在華麗にスルーしてんのよ!!」


 ここまで完全に入るタイミングを逸してしまっていた依頼人が二人に割って入った。


「ん?あぁ、契約解除したいとかって話だっけ?ーー悪いがそりゃあ無理な相談だな」

「なんでですか!?そんなこと言ったってーー」

「だって、今の時点でノルマ達成は目前だし」

「「えっ!?」」


エミリーの反論を遮り、面倒臭そうに発せられたミズキの言葉に女性陣は思わず絶句。


「ぶっちゃけ納税ノルマの20万バリスの目処はついてる。あとはエミリー、あんたが俺の用意した選択肢のうちどれを選ぶかだけだ」


しかし、そんな二人の反応など全く気に留めることなく、淡々と事実を述べるミズキ。


「本当ですか!?エミリーさん、これからもパン屋さん続けられますよ!!」


 それを聞き、満面の笑みを浮かべながら、自分のことのように喜ぶリア。しかし、


「そ、そんなの嘘よ!!だって、事実期限まで残り4日で納税ノルマまであと18万バリスもあるのよ!?」


当のエミリーはやはり一度諦めたせいもあり素直に信じられず、半信半疑。しかし、


「問題ねぇよ。はっきり言ってあと2日あれば十分だ」


そんな彼女に対してミズキはきっぱりと言い切る。


「2日で18万!?そんな都合のいい話ーー」

「あぁ、勿論ノーリスクなんて旨い話はない。ーーエミリー、あんたにはこれから一つ大事なものを捨ててもらうことになる」


 ソファから気だるげに起き上がると、反論しようとするエミリーの言葉を遮り、先程までとは違う真面目な口調で話を切り出す。そして…


「大事な、もの…?」

「あぁ。エミリー、あんたに改めて質問だ。ーーあんたにとって、他の何を犠牲にしても譲れないものはなんだ?」


まっすぐ彼女の目を見て問いかけた。

 その目はいつものヤル気のない濁ったものではなく、真剣そのもの。普段とは違う彼の姿勢に、店内には自然とピリッとした空気が流れる。

……。

その問いに対し、ゆっくり目を閉じ、自分の中で答えを考えるエミリー。

依頼人からの答えを黙って待つ営業屋の二人。

 そして、数秒の沈黙の後…


「私が絶対に譲れないもの…そんなの最初から変わらないわ」


エミリーがゆっくりと口を開き、


「お父さんから受け継いだこのお店。大して儲からないけど、毎日常連さんで賑わっていた頃のこのお店の光景を、私はもう一度取り戻したい!」


そう力強く言い放った。


「なるほど。それなら問題ねぇ」


そして、その答えを聞いたミズキはフッと笑い、


「それじゃあ具体的な策を説明する。ーーまず初めにーー」


今後のプランを二人に説明していった。すると…


「そんなこと、本当に上手くいくんですか…?」

「ミズキさん、大丈夫…なんですよね?」


そのプランの難易度に怪訝な表情を見せるエミリーと不安を隠しきれないリア。


「まぁ、お前らが不安がるのも無理ない。実際、俺が用意した選択肢のうち一番難易度の高い策だからな」

「そんなぁ、それじゃあーー」

「だが、問題ない!ーーなぜなら交渉は全て"営業屋"、つまり俺が請け負うからだ」


提示されたプランに難色を示すエミリーの言葉を遮り、ニヤリと笑って見せるミズキ。


「"受けた依頼は必ず達成"がうちの店のモットーだからな。ーー難易度なんか関係ねぇ。この作戦、意地でも成功させてやるよ」


 普段の適当な雰囲気とは違い、覚悟と自信に満ちた表情の店主。そして、


「私も頑張ります!エミリーさん、一緒に頑張りましょう!!」


いつも通り元気一杯、ヤル気満々の純粋無垢な少女。そんな二人の姿に、


「…分かったわ。あなた達を信じる」


これまでミズキ達をイマイチ信頼しきれなかったエミリーも腹を決めた。


(ダメ元なんかじゃない…本気でこの人達に賭けてみよう!!)


「私もできることがあればなんでもやるわ!」


 そう申し出た彼女の表情はどこか晴れやかに見えた。

 そして、そんな依頼人の変化を敏感に察知したミズキは、内心気合いを入れ直す。


(さて、あとは俺が交渉を成立させるだけだ)


営業屋とエミリーは土壇場の大逆転劇を演じるべく歩き出した。


「さあ、交渉開始だ!」

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