第11話やはり店長はひねくれダメ人間でした…
「ミズキさん、何をやっているんですか?早くその箸をどけてください」
「は?何を寝ぼけたこと言ってやがるんだ、お前は?」
商業都市・ラムズ。
その街のはずれにある小さくボロい店。
店の前にはお世辞にも綺麗とは言えない手書きの文字で“営業屋”と書かれた看板が立てかけられている。
そして、その店の中では…
「俺はこの店の店長でお前はただの店員。さらに俺は、お前の抱えている借金の返済を手伝ってやっている恩人でもある。――以上のことから考えて、このラスト一匹は俺のものであると考えるのが自然の摂理だ」
「何を勝手に脚色しまくってるんですか!確かにあなたは店長ですが、仕事はほとんどせずに一日中部屋でゴロゴロしてるだけの名ばかり店長じゃないですか!?私の借金だってただ給料から天引きしてるだけでしょうが!」
「何贅沢言ってやがるんだ!この街で借金娘雇ってくれる店なんてここくらいだぞ!そもそも誰が借金の返済を無期限・無利子・催促不可なんていう優しすぎる条件に変えてやったと思ってんだ!」
店の中では、一人の少女と一人の青年が皿に残された一匹の焼き魚を巡って、激しく箸と箸をぶつけ合っていた。
少女の方は水色のショートカットに大きな瞳がトレードマークの美少女。
その幼い顔つきと150センチもない愛らしいほど小さな身長から誰もが12,3歳だと信じて疑わない、実年齢17歳の合法ロリである。
「その件については本当に感謝してますよ!ただ、事あるごとにそのネタチラつかせるのは、さすがにしつこいと思うんですが!?」
一方、相手の青年はというと、この街では珍しい黒色の髪をしていることを除けば、顔も背丈も普通の20代前半の好青年。
しかし…
「ふっ、“何かを得るためなら、どんな時でも誰を相手にしていようとも、使えるものは何でも使って手に入れる”――それが俺のモットーだ」
自分よりも明らかに年下の少女に対して、このセリフをドヤ顔で言ってしまうようなねじ曲がった性格だけは決して『普通』とは言えなかった。
「そういうセリフは自分より格上の相手に言うから恰好が付くんですよ!あなたには“年下に譲ってあげる”とか“レディーファースト”という発想はないんですか!?」
「残念だったな。俺は自他共に認める老若男女平等主義。そんな大人の男にだけ不利な“譲り合い精神”は持ち合わせてないんだよ!」
……こうして互いの箸を交えながら罵倒し合うこと早10分。
しかし、互いに譲る素振りはまるでなく。
おそらくこの現場を普通の人間が見れば、そのうち大抵の人間は『小さな女の子に譲ってやればいいじゃないか』と思うことだろう。
実際それが限りなく正解に近い解答なのだが…
「渡すもんか~!!」
このひねくれ自己中男・黒崎ミズキにそれが通じるはずもなく、
「たまには私に譲ってくれてもいいじゃないですか~!」
過去の経験から、この男相手に譲ってもいいことなど一つもない、ということを承知済みで、尚且つ、只今極限の空腹状態にある少女・リアにも退く気はまるでない。
互いに睨み合い、膠着状態が続く。
そして…
「あ、そういえばこの魚、賞味期限切れてたわ…」
「え!?」
不意に聞こえてきたその呟きに反応したリアは、思わず一瞬だけ魚をつかむ力を弱めてしまい…。
「パクッ――すまん、賞味期限は今日だった」
「あー!!」
あまりに幼稚で卑怯な方法で隙を作ったミズキは全く躊躇することなく魚を奪い、これ見よがしに一口で頬張って見せた。
「この男、どこまで意地汚いんですか…」
「うむ、やっぱり最後の一匹は格別だな」
大人げなく最後のおかずを年下の少女から奪い取り、涙目で恨めし気な視線を向けられても、罪悪感も恥じらいも感じることなく、微塵も動じない目の前の男に対し、最早リアは溜息をつくことしかできなかった…。
「はぁ…もういいです…」
堪らず大きな溜め息を漏らすリア。
「ほら、依頼人のところへ行きますよ!当然食べた分はしっかり働いてもらえるんですよね!?」
半ば呆れつつも、その分仕事で稼いでくれればとささやかな期待をかけるが、
「あぁ、すまんが今日はお前に任せることにするわ」
「……は?」
一応店長でもあるこのダメ人間にとって、その期待は大き過ぎたらしい…。
まさかの丸投げに開いた口が塞がらない状態のリア。
「昨日から『今日は依頼人の話を聞きに一緒に行きますよ』って言ってあったじゃないですか!依頼人の話を聞くのはミズキさんの仕事でしょ!?」
「いや、でも食後でなんか眠いし…」
「あなたガキですか!このままじゃ今月の家賃どころか日々の食費すら賄えないんですよ!?このまま飢え死にしたいんですか!?」
「悪いな。行きたいのは山々だが人間の三大欲求の一つ、睡魔には勝てないみたいだ…」
だらしなく机の上に突っ伏す怠惰な店長の体を揺すり必死に連れ出そうとするリアだったが、このダメ人間に立ち上がる素振りは微塵もない。
「ハッキリ言って今回の依頼を逃したから、私達生活できませんよ!いいんですか!?」
そして、そんな男に徐々に少女はイライラを募らせていき、
「あー、はいはい…じゃあ場所だけ教えといてくんない?あとで気が向いたら合流するかーーごふぁ!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたリアの右ストレートが火を吹いた。
「そんなに寝たいならこのまま永眠させてあげましょうか?」
数メートル吹っ飛ばされ、KOされたミズキに向けられる氷のような冷たい目。
「す、すみません…調子に乗ってました…」
見た目小学生の少女による実力行使に情けなく屈する25歳の青年。
「まぁ分かればいいです。私は依頼人を待たせるわけにはいかないので先に行きますから」
そんな残念な上司に大きな溜め息をつき、先に店を出ようとするリアだったが…
「依頼人は露店街にある小さなパン屋さんですからね。絶対に来てーー」
「何をモタモタしてんだ。早く準備したまえ!パン屋が俺を呼んでいる!!」
リアが言い終える前に"パン屋"というワードに反応したミズキは一瞬で扉の前に…
「…」
「早く行くぞ!店主が焼きたてのパンを焼いて待ってるぞ!」
いつも濁りまくっている目をキラキラと輝かせ、未だかつてない程のやる気を見せて、
「…あの、依頼人がパン屋だからってパンが貰える訳じゃないんですよ…?」
「能書きはいい!急ぐぞ!!」
リアの指摘など意にも介さず、一人店を飛び出していった…。
「……まぁいいか。とりあえず依頼人のところへは行ってくれるみたいだし…」
そして、そんなそろそろ見慣れてきたダメ店長の姿に苦笑いを浮かべる営業屋唯一の店員、リアであった…。
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