第4話初めて異世界を体感しました…
「おーい、えーと…レアだっけ?早くしないと1日終わっちまうぞ」
人通りの多い街中を歩いていた足を止め、ふと後ろを振り返り、少し遅れ気味に後方をついてきている少女に声をかけるミズキ。
「だから、私の名前はリアですってば!リア=オルグレン!いい加減覚えてください!!」
名前を間違えられ、不満顔で返事する少女・リア。
しかし、彼女が不満顔なのは、それだけが原因ではない…。
「それに、何で私一人でリアカー引いてるんですか!?」
比較的小さな荷物を軽々と片手で持っているだけの青年。
片や、ざっと500個くらいはあるであろうリンゴを積んだリアカーを一人仏頂面で引く少女。
「巻き込んでしまったのは申し訳ないと思ってますけど…女の子に荷物丸投げして恥ずかしくないんですか?少しくらい手伝ってくれても良いと思うんですけど?」
頬を膨らませ、ジト目で糾弾するリア。
しかし、この黒崎ミズキという男、この程度では動じない。
「は?だってお前、俺が巻き込まれる前も一人でそのリアカー押してたんだろ?それに俺は力仕事が苦手でな。ここは適材適所で行こうぜ」
全く悪びれることなく笑顔で答える。
「そもそも“男は力仕事”っていう発想が古臭いんだよ。今の時代男女平等として判断しないとな」
「何が男女平等ですか!どうせ自分がリアカー押したくないだけのくせに!」
「当たり前だ。力仕事は数多くある俺の嫌いなものの一つだからな。嫌いな物は、例え相手が女子供であろうと、押し付けれるなら迷わず押しつける。それが俺の流儀だ。」
堂々と、誇らしげに胸を張るミズキ。
「こ、この男…想像以上に最低ですね…」
そして、そんなミズキにドン引きするリア。
そんな二人とすれ違う街の人々や二人のやり取りを目にした露店の店主達は小さな少女に憐みの視線を向けている。
しかし、ミズキはそんなこと等気にも留めず、周りを観察しながら歩き続ける。
(人通りは多く親子連れが多い。それに……)
ミズキは、道中何度も目撃している露店主と客のやり取りに目を向けた。
「ねぇ、ちょっと。このパンもう少し安くならないの?」
「いやいや、お客さん。その食パン1斤300バリスだぜ?十分安いと思うんだがね」
「そう言わずになんとかならないの?ほら、こっちの奴も一緒に買うからさ」
「うーん…。しょうがねぇな。それなら一斤200バリスにしとくよ」
値切り交渉――この辺りの露店では当たり前に行なわれていることらしく、実際街のあちこちで行われている。
(なるほど。異世界でも値切りの文化はアリ、と。――これは使えそうだな。あとは……よし、周りの果物屋は一軒。ここにするか)
周りを見渡し、近くに一軒の果物屋を見つけたミズキはにやりと笑い、足を止めた。
「おい、リアカー。この辺にするぞ。準備してくれ」
「だから、リアです!最早わざとですよね!?」
「あー、分かった分かった。謝るからさっさと準備してくれ」
「もー!何なんですか!」
適当にあしらうミズキに頬を膨らませるリア。
しかし、文句を言いながらもせっせと空いているスペースにリアカーを停めて、準備をしているあたり、彼女の真面目さが伺える。
「ほう。なかなか手際良いな。報酬としてリンゴを1個やろう」
「何で上から目線なんですか!っていうか手伝ってくださいよ!」
一方のミズキはリアをからかって遊んでいる。
――最早どちらが年上か分からない光景である…。
「それより、本当に大丈夫なんてすか?」
「ん?何がだ?」
「このリンゴのことですよ!私が言うのもなんですが、正直言ってこのままだとかなり厳しいと思います。一番売れる時間帯は終わっちゃいましたし…」
そう言って俯く彼女の表情は暗い。
この街でも物によって売れる時間はまちまちだが、食べ物…特に果物や野菜、魚等鮮度がある物は午前中が一番売れるらしい。
しかし、彼女自身、そのピーク時に思ったほど売ることができなかったこともあり、目の前にある大量の在庫を売り切る光景が、どうしても思い描けない。
「やっぱり今からでもザク様…さっきのおじさんのところに謝りに行った方が…」
「あほか。そんなことする必要ねぇよ。言ったろ?俺に任せろって。」
俯きながら弱音を吐くリアに、ミズキは言い切る。
「まず、こんな売上が見込めそうな場所がゲットできた時点で、計画の半分は成功したと言っても過言じゃない」
「ど、とうしてですか!確かに人は多いですけど、すぐ向かいには果物屋もあるのに…。そもそもこの中でリンゴなんて買おうとしてる人――」
「客は待ってても来ない。――だが、作ることはできる」
ミズキは自信に満ちた表情で笑う。
――まるで既に成功が決まっているかのように。
「客を、作る…?」
しかし、当然リアにその言葉の意味は分からない。
首を傾げるリアの頭をポンと叩くと、
「まぁ、そのうち分かる。とりあえず、さっさと売り始めないと時間もないしな。お前も手伝ってくれ」
「え?は、はい!」
含みを持たせるような顔を見せるミズキ。
そんなミズキに疑問を残しつつも、ミズキと一緒に作業を再開するリア。
そして、一通り準備を終えると、ミズキは、
「よし、リア。お前にはこの仕事を託す」
そう言って、自分が持ってきた小さな荷物の中からある物を取り出してリアに差し出す。
「ナイフ…それとお皿…?これで一体何をするんですか?」
手渡された物を見て首を傾げるリア。
「決まってるだろ。リンゴの皮を剥くんだよ。ーーいくつか皮剥いて、一口サイズにしといてくれ。」
「え…?」
ミズキの指示にフリーズするリア。
「とうした?聞こえなかったか?ここのリンゴをーー」
再び指示しようとするも、尚引きつった表情のリアを見て、ミズキは一つの可能性に思い至る。
「……もしかして、お前、リンゴ剥けない、とか…?」
「な、何を言ってるんですか!?か、皮剥きくらいできますよ!」
ミズキの指摘に明らかに動揺するリア。
「…まぁ、いい。これは俺が――」
「あ!今憐れみの目を向けましたね!?『果物も切れないとこどんだけ不器用なんだよ…』とか思いましたね!?」
「いや、別にそこまでは…」
「そんな風に思われたら私も引き下がる訳にはいきません!見ててください!」
そう言ってリンゴをまな板の上に乗せると、勢いよくナイフを振り上げ……たところで、ミズキはその手を掴んだ。
「無理しなくても大丈夫だ。残念ながらもう結果は見えた」
「…す、すみません」
がっくりと崩れ落ちるリア。
そんな傷心の少女をミズキは珍しく優しい口調で励ます…が、
「まぁ、誰にでも苦手なことはある。欠点の一つや二つ気にする必要なんてない。」
「そ、そうでしょうか…?」
「ああ、そうだ。例え不器用でリンゴの皮が剥けなくても!」
「ありがとうございます。」
「おう!例え自分一人で返しきれないような借金を背負ってしまうような人間でも!」
「うっ…そ、そうですね。すみません…。」
はじめは励ましに対して素直に感謝していたリアだったが、笑顔のまま嫌なところをついてくるミズキに、みるみる表情は引きつっていき……
「いやいや大丈夫だ。その借金を返すために無謀な約束をして、結局他人を巻き込んでしまうような計画性のなさも小さな欠点の一つだ。」
「…あ、あの…そんなに具体例挙げていただかなくても……」
「あー!すまんすまん!でも、お前の欠点なんて今言ったのでほとんどなんじゃね?――あ、でも、まだその寂しい胸元とかもあった――ぐおっ!」
「喧嘩売ってるんだったら、買いますよ?」
ミズキの言葉はリアの強烈なボディブローによって遮られた。
決して本気ではないにも拘らず、日本のプロ格闘家を思い起こさせるほどの威力を体感し、その場にうずくまるミズキ。
そして、それを目の笑っていない笑顔で見下ろすリア。
(やばい…これ、もう一発喰らったら確実に死ぬやつだわ…。っていうか、この子、何かめっちゃ目光ってるんですけど…)
元々青みがかった色をしていた彼女の瞳は、比喩等ではなく本当に青く光りながら、圧倒的な存在感を放っている。
そんなリアの突然の豹変ぶりに思わず戦慄するミズキ。
「誰が寂しい胸元ですか!17歳の女性として標準です!胸だって…他の子が大き過ぎるだけで私は普通です!」
「…え、17歳…?12.3歳じゃ――」
「もう一発いっときますか?」
「すみません、なんでもありません!!」
文字通り眼光鋭く、ミズキを見下ろすリア。
どうやら、起伏の少ないボディーラインを持つリアにとって、胸の話題は地雷だったらしい。
「今度そういうセクハラ発言したら、この程度じゃ済ましませんからね!」
「…はい、以後気を付けます。」
フン、とそっぽを向きながら念を押す少女に、何も言い返せず地面に這いつくばったままの青年。
(貧弱そうな少女がキレると暴力キャラに早変わりってか?おまけに目光らせてパワーアップしてるし…。――そういえばここが異世界ってこと、すっかり忘れてた……。)
黒崎ミズキは、この時初めてザ・異世界というものを体験した……。
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