第5話異世界で試食販売はじめました

「と、とりあえず、皮剥きだ…。仕方あるまい。俺がやるしかないか…」

「す、すみません…。ちょっとやり過ぎました。――その、大丈夫ですか…?」


 リアの地雷を踏んだことで強烈なボディブローを喰らい、ダウンしていたミズキだったが、いつまでも寝ているわけにもいかず、這いつくばりながら何とか起き上がる。

 一方、ミズキをダウンさせた張本人リアも、やり過ぎを反省し、申し訳なさそうにもじもじしながら、ミズキを心配している。


「大丈夫なわけねぇだろ…。ホント、リアクション芸人もビックリの痛さだわ。っていうか、少しは手加減しろよ」

「すみません、一応最大限手加減したつもりだったんですけど…。」

「……え、あれ、手加減してたの…?」


 リアとそんなやり取りをしながら、手際よくリンゴを剥き、切っていくミズキ

 そして、数分後。


「よし。とりあえず、これで準備は整った。」


 ミズキは皿に盛り付けた、数個分の一口サイズのリンゴに満足気。


「それで、これだけで本当に売れるようになるんですか?」

「勿論これだけじゃ無理だ。他にもいろいろとやらなきゃいけないことはあるんだが…まぁ、とりあえず見とけよ。俺が手本を見せてやる」


 しかし、詳しい説明を受けていないリアはやはり不安顔。

 そんな彼女にミズキは余裕の表情で答えると、リンゴの乗った皿を手に店の前へと出る。

 そして、


「さぁ、皆様。本日限りのリンゴ販売です!是非お立ち寄り下さい!」


 明るく良く通る声で、客引きを始めた。

 その愛想の良い青年にリアは自分の目を疑う。


「さっきまでと全く別人じゃないですか…。でも、これくらいなら私だって……」


 驚きつつも未だミズキに目の前の男に懐疑的な目を向けるリア。

 しかし、この普段はやる気がなく、口を開けば屁理屈ばかりの青年に、本当に驚かされるのはここからだった。


 呼び込みを始めて数分後。一人二人と店の前で立ち止まる客が出始めてきたのを見て、ミズキが動き出した。


「こちらのリンゴ、甘くて美味しいですよ!――そこのお嬢ちゃん、よかったら一つ食べてみないかい?」


 そう言って、店の前を通りかかった親子の子供の方に一口サイズのリンゴが乗った皿を差し出して優しく笑いかけた。


(さっき剥いたリンゴ…!!もしかしてすぐに食べられる状態にして売るつもりですか?)


 ミズキの行動の意味を予想するリア。

 そして、声をかけられた小さな少女は立ち止まり、


「これ、食べてもいいの?」


と、お母さんの手を握ったまま、遠慮がちに訊ねる。


「ああ、勿論!どうぞ!」


 少女に笑顔で答え、もう一度皿を差し出すミズキ。

 そんなミズキに警戒心を和らげたのか、嬉しそうに手を伸ばす少女。


(まさか、売る前に子供に食べさせてしまおうという作戦ですか!?いやいや、そんなの詐欺じゃないですか!そもそも、そんな作戦上手くいくはずありません!)


「こら、ジェシカ!今日はリンゴ買うつもりないからダメよ!――すみません。今日はちょっと…」


 母親に制止され、しゅんとする少女。

 全く買うつもりのない母親は、ミズキに申し訳なさそうに断りを入れると、その場を立ち去ろうと少女の手を引く。

 どうやらこの街には”試食販売”という概念がないらしく、この街の人々の目には、ミズキの行為は子供を利用した強引な押し売り行為に映っていた。


(ほら、やっぱり!親御さんがいる目の前でそんな作戦が通用するわけないじゃないですか。それに、例え上手くいったとしても、人としてこんなやり方見過ごせません!)


 詐欺まがいの行動に出たミズキに厳しい目を向けるリア。

 しかし、そんなリアの考えは見当違いもいいところだった。


「いきなりお子さんに声をかけてしまってすみません。お子さんがリンゴを欲しそうにしているように見えたもので…。良かったら試食だけでもどうですか?勿論、お代は頂きません。」


 ミズキは、苦笑混じりに母親に頭を下げると、試食のみを提案し、再び少女に笑いかける。


「あ、あれ…?タダで試食…?」


 ミズキから飛び出した予想外の言葉に思わず声を漏らすリア。


「え、た、タダ!?」


 さらに、母親の方もそのミズキの言葉に目を丸くする。

 そして、


「ねぇ、ママ。ダメ…?」


 母親の服の袖を引っ張り、上目遣いでねだる少女。


「…もう、仕方ないわね…」

「やったぁ!ありがとう!」


 少し考えた後、試食だけということで、結局母は了承。

 そして、母の許しを得た少女は、ぱぁっと表情を明るくし、嬉しそうに一切れのリンゴを口に入れ、


「美味しい!」


 満面の笑みを浮かべながら、美味しそうに食べる。


「あの、本当にタダでいいんですか…?」

「ええ、勿論です!」

「ありがとうございます――良かったわね。それじゃあ、お兄さんに『ありがとう』は?」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「いやいや、どういたしまして」


 母親に促され、可愛らしくお礼をする少女。

 母親に手を引かれながら、笑顔でミズキに手を振っている。

 そんな少女を笑顔で見送るミズキ。


(商品をタダで食べさせて…一体なんの意味があるんでしょうか…)


 そんな光景を見ながら、ミズキの行動の意味に首を傾げるリア。

 しかし、その答えはすぐに目の前で起き始めた。


「ねぇねぇ、僕にも頂戴!」

「私もリンゴ食べたい!」


 先程のやり取りを見ていた他の子供たちが、続々と集まってきたのだ。


「ああ、勿論!」


 そう言って、他の子供たちにもリンゴを振る舞うミズキ。

 そして、差し出されたリンゴを「美味しい」と喜んで頬張る子供たち。


「すみません、子供がどうしてもと聞かなくて…」


 それに伴い、保護者達も続々集まってきた。

 この光景を確認し、ミズキは目を丸くするリアに向かってニヤリと笑う。


(!!まさか、最初からこうなることを予想して、あのリンゴを……!?)


 ミズキが無償でリンゴの試食を行っていたことの意図をようやく理解し、リアは驚愕の目をミズキに向ける。

 そんなリアを余所に、ミズキは何事もないように客の相手をし続ける。


「いえいえ、構いませんよ!よろしければ親さんもいかがですか?」

「え、いいんですか?」


 そして、ミズキの丁寧な接客に、遠慮していた大人たちも遂にリンゴを手に取り、


「おお、確かに美味しいですな」

「ホントだ。甘くて美味しい」


 口々に賛辞を述べる。

 本当に美味しいと感じた者も居れば、タダで食べさせてもらった手前、お世辞で誉めている者もいただろう。

 しかし、ミズキにとって、そんなこと些細な問題でしかなかった。


「なんだ?何か珍しい物でも売ってるのか?」

「タダでリンゴが食べられるって本当なのか?」


 人の集まりを見かけた通行人が店を覗きに、どんどん集まってきた。。

 ミズキは、その新しい客たちにも試食を振る舞い、そして、さらにその様子を見た、別の新しい客が覗きに来る…。

 後から後から客がやって来て、気づけばミズキ達の店は人が溢れかえるまでになっていた。


「無料で試食をやっております!――食べてみて美味しければ、是非買ってみてください!!」


 ミズキの明るい声が露店街に響き渡る。


(まず子供に試食を与えている光景を通行人に見せることによって、数人の注目を集め、さらに新たに集まってきた数人のおかげで店に小さな人だかりができる…。これを繰り返すことによって、人だかりはどんどん大きくなっていく……。これを何も無い状態から思いつくなんて……)


 自分なり現状を分析し、ミズキの発想に驚くリア。


 しかし、当のミズキにとっては別に驚くようなことは何もやっていない。

 なぜなら、元の世界でこのようなことは散々経験してきたし、目にしてきているのだから。


“試食販売”……。

“人だかりにさらに人が集まってくる”という現象…。

どちらも、黒崎ミズキが元いた世界のスーパーマーケットなんかでは日常的にやっていることだ。


 そして、元営業マンである黒崎ミズキにとって、この程度のマーケティング活動はほんの基礎的な知識だ。

 しかし、その基礎的な知識でさえ、この異世界では画期的な発想になる。


(あー、営業やってて良かった。これで少しは楽して稼げるか?――それにしても、まさか営業知識が異世界でも役立つとはな…。人生分からんもんだ…)


 そして、心の中で苦笑交じりに呟いたミズキは一気に畳み掛ける。


「皆様、リンゴの試食やってますよ!甘くて美味しいリンゴ。今なら特別価格でご提供致します!――通常、1個150バルスのところ、今なら1個130バルス。さらに5個で500バルス!本日限り、お買い得ですよー!!」


 これ見よがしに、味、価格の両面で宣伝するミズキ。

 既に興味を示していた客達。

 価格という更なるおいしい情報に食いつかないわけがなかった。


「ねぇねぇ、お父さん、買おうよー!」

「お母さん、買ってー!」


 宣伝を聞き、親にねだり出す子供たち。

 そして、親達の方も…


「味は美味しいし…それじゃあ、1個だけ」

「ありがとうございます!」

「それじゃあ、私も一つ」

「せっかくだし、5個買っとくか!」


 一人の親が購入を決めたのを皮切りに、次から次へとリンゴが売れていく。


(既に興味を持っているお客さんに、安い価格でさらに興味を強める…。最初からお客さんが興味を持っていたこともあって、効果は抜群みたいですね。―――さっきの無償試食といい、このタイミングでの価格アピールといい……この人、本当はかなり凄い人なんじゃ……?)


 そんなことを思いながら、驚きの目でミズキを見つめるリア。

 気付けば山のようにあったリンゴが半分以下まで減っていた。


「これが“客を作る”ってことだ。まぁ、今回はちょっと出来過ぎな部類だけどな」


 リアの視線に気付いたミズキは接客しながら自慢げに言う。


「まぁ、驚くのも無理はないが、俺様ならこれくらい楽勝だ。ガンガン敬ってくれてもいいぞ!――だが……」


 そこで言葉を切ると、ミズキはズカズカとリアの下まで近づき、


「だが、この数の客を一人で捌くのは無理だ!だから、とりあえずお前も接客手伝え」


 強引にリアの手を掴むと客のところまで引っ張っていく。


「とりあえずお前は会計係だ!任せたぞ!」

「え!?ち、ちょっと!!」



 そして、リアは、なされるがまま、客達の前に放り出され、


「ちょっと!早くしておくれよ!」

「おい、俺、まだお釣りもらってないんだけど…」

「す、すみません!只今――」


 催促する客に慌てて応対していく。

 しばらくの間、二人は忙しなく順調にリンゴを販売し続けた。


 そんな中、そんな光景を悔しそうに睨みつけている男が一人。

 そして、その視線に気付いたミズキはわざと相手に見えるように、口の端をニヤリと釣り上げ、


「おー、睨んでる睨んでる。この調子なら問題なさそうだ」


 一人小さく呟いた。



※※※※

 そして、数時間後。


「はぁ~。ようやく落ち着いたか。」

「そ、そうですね…。でも……」


 客足も落ち着き、ようやく一息つく二人。

 二人とも慣れないことをやったことにより、疲れ切っており、その表情は疲弊しまくっている。

 その甲斐あってか、リアカーに山盛りになっていたリンゴは完全に底が見えるくらいまで減っていた。

 しかし、そんな喜ばしい状況にも関わらず、浮かない表情のリア。


「あの…ミズキさん。まだ、リンゴ売れ残ってるんですけど……」


 先程までできていた人だかりはなくなり、今、店の前に人はほとんどいない。

 そして、


「しかも、もうすぐ夕暮れ時ですよ!これじゃあ、時間が……」


 もう、ほとんど日が暮れており、周りの店の多くはそろそろ店閉まいに入っている。


 “今日中にリンゴを全部売り切る”という契約をした二人にとって、残された時間はほとんどない。

そんな状況に唇を噛むリア。

 しかし、ミズキに全く焦った様子はなく、気だるそうに立ちあがると、


「契約の件なら問題ねぇよ。約束通り、俺が全部売ってやるから」

「で、でも、どうやって――」

「まぁ、見てろって。ここからが“営業マン”の本業だ」


 そう言って、不敵に笑う。


「さぁ、商談の時間だ。」


 そして、ミズキは戸惑うリアを連れて歩いていく。

――こちらを睨みつける商売敵…向かいの果物屋の下へ……。

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