第6話大量のリンゴ、完売しました…

「どうもはじめまして。向かいの場所で店を出させてもらってました、黒崎ミズキと申します」


 リンゴの販売を一時中断して、向かいの果物屋までやってきたミズキは、笑顔で名乗る。


「すみません…。同じく向かいの店のリアです」


 隣には無理矢理連れてこられ、居心地悪そうにしてリアが立っている。


 なぜ、彼女が居心地悪そうにしているのか。

 その答えは、目の前にあった。


「この果物店店主のビルだ。――今日はかなり繁盛してたみたいだな。まぁ、おかげでうちは散々だったが」


 話しかけられた果物屋のおじさんが冷たい目で、ただでさえ強面の顔をさらにグレードアップさせていた。


 果物屋のオヤジが不機嫌なのも無理はない。

 突然現れ、自分の店の近くに同じ系統の店を開き、辺りの客を掻っ攫っていった張本人が声をかけに来たのだ。とても友好的に接することはできないだろう。

 そして、その張本人の一人であるリアが、気まずさや申し訳なさを感じるのもまた当然だろう。


「実はあなたにお願いがありまして――売れ残ったリンゴ、買っていただけませんか?」

「ちょっ、えぇっ!?」


 しかし、そんな状況の中でも、ミズキは全く動じることなく笑顔を崩さず。

 一方、その彼が発した言葉にリアは大声を上げて驚いた。


(こんな険悪な雰囲気の中でお願い…しかも今日の売れ残り品を売りつけようとするなんて…一体この男はどういう神経をしてるんですか!?)


 このいつ殴られてもおかしくない状況でお願いをするという図々しさに驚愕し呆れるリアだったが、なんだかんだ言って、いざという時はすぐに止めに入れるように備えている。

 が、そんな彼女の心配は杞憂に終わることに…。


「貴様、この状況で俺に売れ残り品を売りつけようとは――」

「別にそんなつもりはありませんよ。だって、これはあなたにとっても美味しい話なんですから。――明日一日で今日のマイナス分をカバーできるくらい、ね。」

「!!」


 "今日のマイナス分をカバーできる"

 ――その言葉は、それまでミズキ達を敵視し、全く話を聞こうとせず、即断ろうとしていた店主の表情を変えるに十分だった。


(最初に相手が無視出来ない程のメリットをちらつかせる。――やっぱり、こちらを毛嫌いしてるような奴に商談を持ちかける時はこの方法が一番手っ取り早いな)


 店主の態度の変化に手応えを感じ取ったミズキは、ここぞとばかりに言葉を繰り出す。


「こちらにもいろいろと事情があったにせよ、今日のことに関しては申し訳ないとも思ってるんですよ?僕達のせいであなたの店が影響を受けていたのは明らかでしたからね。――正直、別に僕が提案しようとしている話はあなたじゃなくてもいいんです。だけど、どうせならあなたに役に立ちたい…だから、あなたに恨みを買っていると分かっていながら、こうして最初にあなたのところへ伺ったんです――どうか、僕たちにあなたを手伝わせていただけませんか?」


 最後にまっすぐ目を見据えて訴えかける。

 商売敵の予想外の態度に困惑する店主。


("敵視されていたり、信頼を得ていない相手には、とにかく低姿勢で親身になって訴えかける。"――これで、相手のおっさんの敵対心も少しは和らいだだろ)


 しかし、それでも店主の男がすんなりと提案を受け入れるはずはなく、


「ハッ!そんな都合の良いこと言っておいて、結局は自分達の売れ残りをなんとかしたくて必死になってるだけじゃねぇか!だ、大体今日のマイナス分を一日でカバーするってことは、明日一日で二日分の売上を稼ぐってことだぞ?そんなの出来るわけねぇだろ!」


(チッ、さすがに情と雰囲気だけで圧しきれるほど甘くはないか…。このおっさん、見るからに頑固そうだもんな。時間さえかけられればこのまま相手が折れるまで押し通すこともできるが、そんな余裕なんてないし…)


 ふと、隣で時間を気にしている少女を見て、ミズキは軽くため息をこぼしながら決断した。


(しゃあない。とりあえず、今回は時間優先だな。さっさと終わらせよう)


「いやいや、すみません。僕の説明が足りなかったみたいで」

「あ?何が説明不足だと?」

「僕が言った“売れ残ったリンゴを買ってほしい”ってやつ。あれ、あくまで一時的な処置なんですよ」


 ミズキの言った言葉の意味がイマイチ伝わらなかったらしく、ビルは目をしかめる。


「確かにリンゴは買ってもらいます。しかし、買ってもらった商品は、明日僕らが責任を持って売り切ります。――勿論、売れ残った場合は再度僕らが買い戻しますし、赤字で売るわけでもありません。それに、売り上げは全てあなたのものです」

「はぁ!?」


 そう言ってウィンクするミズキに、ビル、そしてリアが驚愕の表情を見せた。


「ちょっと、ミズキさ――」


 さすがに譲歩し過ぎではないかと反論しようとするリアを、ミズキは無言で制した。


 ミズキからリンゴを買うことに変わりはない。

 しかし、そのリンゴを実際に売るのはミズキ達であり、ビルは店を貸して利益を受け取るだけ。

 売れ残りの心配も、どうやって売りさばくか考える必要もないという。

 つまり…


「つ、つまり、俺にとってこの取引は……」

「はい。何のリスクもありません。それどころか、このリンゴの買い取り価格や僕らの価格設定次第では何の手間もかけずに大儲けすることだって可能です。ただ一日僕の指示に従うだけで、あなたは今日のマイナス分を取り戻すことができる。――あなたにとってはノ―リスク・ハイリターンってわけですね」

「う、嘘だ…!何か裏があるに決まってる…!!」


 ミズキが提示する条件があまりにも自分に都合が良過ぎて、警戒するビル。


「いやいや、裏なんてあるわけないじゃないですか。――あ、ちなみに、万が一にもあなたが損しないように保険でもかけておきましょう。そうですねぇ…僕が思うような成果…売上を上げられなかった場合は、僕をあなたの奴隷にしてもいいですよ?」

「「なっ!?」」


 しかし、さらに追加で提示された過激な代償に、明らかに得な契約内容を提示されたビルだけでなく、味方であるリアも思わず言葉を失った。

 それもそのはず。目の前の男は、確実に自分が損をする条件を提示し、尚且つ失敗したときには自分自身を差し出すと言っているのだ…交渉相手でも味方でも、目の前の男、黒崎ミズキの正気を疑うのは当然だろう。


「だ、だけど、一日でマイナス分をカバーなんてできるわけ――」

「心配いりませんよ。――あなたも昼間見たでしょう?僕の実力は」


 一方、そんな二人の反応を見ても、ミズキは自信あり気にニヤリと笑い、何かを書き始めた。


「まぁ、一応これも持っておいてください」

「お、おい!これは――」


 そして、渡された用紙を見たビルは目を疑った。


「申し訳ないですが、僕らには時間がないので…手っ取り早く信じてもらうため、誓約書を書かせてもらいました」


 ただでさえ過激な条件提示に困惑するビルに対し、自分が嘘を吐いていないと行動で示すミズキ。

 一つずつ、一つずつ、交渉相手が断る理由を奪い、答えを誘導していく。


「勿論、これはあくまで提案なので、断っていただいても大丈夫ですよ。――決定権はあなたにあるんですから」


 ”断っても大丈夫”、”決定権はあなたにある”――そんな言葉を並べられても、最早ビルに完全な自由意志はほとんど残っておらず…そして…


「……分かった、条件を飲んでやる」


 遂に店主が首を縦に振った。


「ありがとうございます。ちなみに一時的にとはいっても、リンゴは一個100バリスで買ってもらうことで、いかがですか?」

「ああ、どうせ最終的にはお前がそれ以上の金額で売るんだし、うちが損しなければ好きな値段で構わん」

「分かりました。それじゃあ、明日は頑張りましょう」


 そう言ってミズキは笑顔で手を差し出すと、


「ああ、こちらこそ」


 それに対し、店主も立ち上がり握手に応じて見せた。

 そして…


「契約成立……そして、契約完了だ」


 ミズキはそう小さく呟き、リアの方に視線を送った。


「!!」


 そして、数秒後、リアの方もようやくミズキの考えを理解した。


「まさか、そのリンゴ、明日売るつもりですか!?」

「当然だ。タイムリミットまでもう時間ねぇしな」


 時間ギリギリまでいろいろな手段で売りまくり、売り上げが足りなかった場合、余ったリンゴを一旦誰かに買ってもらい、明日時間をかけてじっくり、確実に売る。

――それが、ミズキが考えた最も現実的な策だった。


「まさか、これのためにわざわざ果物屋さんの目の前の場所に!?」


 その問に対し、得意げな笑顔で返すミズキ。

 最初からこの果物屋に買い取ってもらえばよかったんじゃ?――と思う人もいるだろう。

 しかし、いくら一時的なこととはいえ、人間リスクは背負いたくないというのが正直なところ。赤の他人から何の根拠もなく、いきなり『商品は明日必ず売るから、形式上一旦全部買い取ってくれ!』なんて言われれば、普通疑うし、了承なんてするわけがない。

 だからこそ、交渉相手の目の前で”売れる根拠”を示すことは重要だったのだ。


 (この男…最初からこの状況まで想定して…?それに、あの相手を追い詰めているように感じる程の交渉術…)


 当初は絶対に不可能だと思っていた“完売”という課題。

 それをいとも簡単にやってのけてしまった目の前の男の凄さを実感させられ、呆気にとられる少女。


(もしかして、この人と一緒なら……)


 リアは期待のこもった瞳で彼の横顔を眺めていた。

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