第3話異世界でも”営業”することに…

「はぁ……。何か、楽して手っ取り早く稼ぐ方法はないのか……」


 いきなり異世界に転移させられた黒崎ミズキは、しばらく茫然と立ち尽くした後、ようやく徐々に冷静さを取り戻していた。

 そして、街のど真ん中から場所を移し、手近にあった建物前の階段に座り込みながら独り呟く。


「無一文でこの世界に来ちまった以上、とりあえず最低限の生活費だけでもなんとかしなきゃいけないんだが、店員とかやって地道に稼ぐのも面倒だしな……」


 異世界に到着してから30分足らず。

 ミズキはすっかり普段の自分の思考回路を取り戻していた。

 普通の人間が異世界に来たら、『魔法とか聖剣を使って魔王を討伐する』とか『国の救世主として攻め込んできている隣国から国を守る』とか、漫画やアニメの主人公のようなことを考えるものだが……。

 どうやら黒崎ミズキという男にはそんな異世界転移の常識は通用しなかったらしい。


「バトル系とか俺には向いてないしな。痛いのとか嫌いだし。そもそも、ちょっとやそっとのチートじゃあ、俺が活躍するなんて無理だろうしな」


 自身の特徴と現時点での装備等を冷静に判断し、魔法や剣等のバトル展開は早々に諦めモード。

 さらに、元々怠けた態度が原因で会社をクビになるような人間…この異世界でも真面目に働く気など毛頭ない。


「できれば、そこら辺の奴を売り子として雇って、現代の電化製品やら便利グッズやらを売って稼ぎたかったんだが、作り方とか分からんしな……」


 既に彼の頭の中には元の世界に帰ることも、この異世界で大活躍することもない。

 あるのは、“最小限の労力で一生遊んで暮らすにはどうすればいいか”という一点のみ。

 しかし、そんな都合の良い仕事が簡単に見つかるはずもなく……


「あ~、やっぱり簡単には見つからないか…」


 一人呟き、大きなため息をこぼす。


「とりあえず、今日の飯と宿をなんとかしないとな…。あ~、面倒臭…」


 そして、重い腰を上げ、気だるげに立ち上がろうとしたその時、


ガタンッ!!


「舐めてんじゃねぇぞ!クソガキが!!」

「キャ!!」

「うおっ!?」


 ミズキの座り込んでいた建物の入り口が勢いよく開け放たれ、中から少女が吹き飛んできた。


「うっ…」


 恐らく中にいる人物に蹴り飛ばされたのであろう、少女はミズキの目の前で腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらなんとか起き上がる。

 透き通るような長めの銀髪に白い肌。ツリ気味の大きな瞳にスラッとした体型……。

 少し胸元は寂しく感じられるものの、痛みに表情を歪めていても、その美少女さは際立っていた。


(な、なんだ!?いきなり美少女が吹っ飛んできたぞ…?)


 目の前には何か問題を抱えた美少女……。

 ミズキにとっては異世界転移でおなじみのヒロインとの出会いという重大イベントである。

 しかし、そんな彼女が目の前に吹っ飛ばされてきたのを目の当たりにしたミズキは、突然の出来事に驚きつつも瞬時に判断した。


(確かに美少女だ。助けてやりたい気持ちもなくはない。ただ……これに関わるとロクなことにならなさそうだ。ここは巻き込まれる前に立ち去るとしよう)


 少女を横目に、ミズキはそっとその場を立ち去ろうとする。

が、しかし……


「おい!クソガキ!何手ぶらで出ようとしてんだ!!」


 先程少女が吹き飛ばされてきた建物から顔に大きな傷をつけた、強面でガタイの良い男が出てきた。


「す、すみません…」


 怒鳴りつける男に少女は唇を噛みながら小さく謝罪の言葉を口にする。

 そんな少女の方へと男はズカズカと近づいていくと…


「謝罪なんていらねぇんだよ!さっさとあの大量のリンゴ売って来いっつってんだよ!!」


 そう言って、少女の髪を乱暴につかみながら怒鳴りつける男は、建物の脇においてある山盛りのリンゴを積んだリアカーを指さした。


「すみません…でも…」

「“でも”じゃねぇんだよ!お前が『あの大量のリンゴを今日中に売るから今月分の借金返済を免除してくれ』って言ってきたんだろうが!!こんなに余らしたら大赤字になっちまうだろうが!!」


 さらにエキサイトする男にやられるがままの少女。

 そんな光景を前にし、先程までチラチラと少女を見ていた人々は素早く目を反らしてその場を立ち去って行く。


(あの女の子には悪いが俺もこの流れに乗らせてもらおう。まぁ、話を聞く限りおっさんが滅茶苦茶言ってるわけじゃなさそうだし…

…ここは当事者同士の問題ってことで!)


 ミズキもそう心の中で言い訳しながら改めてそっとその場を立ち去ろうと動き出すと、


「まぁ、俺も鬼じゃねぇ。お前に最後のチャンスをやる。そうだなぁ…。――おい、そこの変な格好したお前!」

「!!」


 男の声に肩をビクつかせるミズキ。


(い、いやいや、俺じゃない。俺のはずがない!別に俺はスーツ着てるだけだし、別に変な格好じゃないし?――だからみんな俺の方見るのやめてくれない?)


 男の方に背を向けたまま固まり、心の中で必死に抵抗するミズキ。

 しかし、そんな抵抗もすぐに無駄に終わる。


「おい、お前だよ!聞こえてんだろ?」

「うお!?」


 背後から男に肩を叩かれ、再びビクつくと、恐る恐る振り返り、


「も、もしかして僕のことですか…?」

「だからそう言ってんだろ。お前の他にそんな変な格好してる奴いるわけねぇだろうが!」

「で、ですよねぇ……」


 強面の男に引きつった笑顔を見せるミズキ。

 ふと、少女の方を見やると、申し訳なさそうに俯いている。

 しかし、男はそんなことなどお構いなく、


「おい、クソガキ、この兄ちゃんと二人であの在庫全部売って来い!勿論、期限は今日中。売れ残ったらお前が全部買い取だ!!いいな?」

「で、でも、その人は別に関係なくて――」

「そ、そうですよ。別に僕じゃなくても――」

「あ?ならお前一人で全部売れるって言うのか?」

「す、すみません…」


 無関係であるミズキを巻き込むまいと、意を決して抗議する少女。

 そして、少女にさり気なく便乗するミズキ。

 しかし、男の一言で二人はすぐさま意気消沈。


(あ~、こりゃあ巻き込まれるのは確定っぽいな…。しゃあない。せめてここで当分の生活費を稼がせてもらうとするか)


「あ、あの~。」


 抵抗を諦め、生活費確保に目的を変えたミズキは、改めて男に話しかけた。


「あ?なんだ?」

「ご協力したいのは山々なんですけど…実は僕も今一文無しで、生活費を稼ぐために仕事を探さないといけないので、今日はちょっと……」


 苦笑いを作り、申し訳なさそうに軽く頭を下げるミズキ。

 すると、男は、


「なんだ、お前も文無しかよ!まぁ、元々タダで協力してもらおうなんて思ってなかったしな!――心配すんな。売上の1割はお前にやる。それでいいだろ?」

「だ、ダメです!」

「うるせぇ!お前は黙ってろ!!借金増やされてぇのか!!」


 怪訝な顔をしながらも条件を提示する。

 それを聞き、少女が必死に止めようとするが、男に一喝されては押し黙るしかなかった。


「はい!そういうことでしたら是非ご協力させていただきます!!」

「言っとくが、安売りはするなよ。価格は100バルスまでだ。最後にその価格分徴収するからな」

「分かりました」


 男が出した条件に笑顔で了承するミズキ。

 しかし、男はそんなミズキを心の中で嘲笑い。


(フン、あんな大量のリンゴ今日中に売れるわけねぇだろ。ざっと500個くらいは残ってるんだぞ?そこのクソガキといい、世の中バカばっかりだな。売れ残った時のペナルティでコイツも借金奴隷にして一生絞り取ってやるぜ!)


 リアだけでなく、ミズキまでも奴隷にしようと画策している様子。

 そして…


「それじゃあ二人で頑張れよ!」


 男はそれだけ言い残すと、心の中の笑いを表情に出さないように気を付けながら、意気揚々と建物内へと戻っていった。


「やっと行ったか、あのおっさん。それにしても面倒くせぇことになったな。――でも、まぁ、これで1週間くらいは遊んで暮らせそうだし、しゃあないか」


 一方のミズキもそんなことを呟きながら、男の背中を見送っていた。


「ごめんなさい…。私のせいで、あなたまで……」


 目に涙を浮かべながら頭を下げる少女。

 しかし…


「全く、ホント面倒臭そうなことに巻き込んでくれたよ…。まぁ、いくら謝られても巻き込まれたことには変わらんけど」


 そんな少女に対しても、ミズキという男は容赦なく皮肉る。

 例え相手が泣き出しそうな小さな女の子であろうとも、手加減はしない男・それが黒崎ミズキ――誰がどう見ても大人気ないことこの上なかった……。


 ただでさえ罪悪感に駆られているのに、ミズキに追い打ちをかけられ、さらに引け目を感じて小さくなる少女。

 そして、そんな少女の様子を見て……思わずミズキはフッと小さく噴き出した。


「まぁ、巻き込まれた腹いせはこれくらいにしておいてやるよ」

「え?ど、どういう…。」


 そんなミズキの唐突な言葉に顔を上げ、混乱する少女。

 しかし、ミズキはそんな少女の頭をポンと叩くと、


「まぁ、安心しろ。あの程度のリンゴ、俺が売りきってやるよ」


 悪戯っぽく、自信あり気に笑いかけた。


「……」


 そんなミズキを茫然と見つめる少女。


「ほら、何ボーっとしてんだよ。さっさと行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 そして、先に歩きだすミズキの後を、少女は慌てて追いかけ。

 それを見ながらミズキは心の中で苦笑した。


(まさか、異世界に来てまで営業活動することになるとはな…)


 ”営業マン・黒崎ミズキ”――どうやら異世界に行ってもその肩書だけは変わらないらしい。

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