第2話ひねくれ営業マン、異世界へ…

「あー、もう、仕事なんて二度とやりたくねぇ……。」


 夜、人通りの少ない道を愚痴をこぼしながら歩く傷心の若手サラリーマン。

 短髪の黒髪にスーツ姿、歳は20代半ばといったところだろうか。

 スーツはだらしなく着崩し、目は死んだ魚のように濁っている。


 彼がなぜこうもやさぐれているのか。

 その答えは今から遡ること、一時間前。


『黒崎、お前はクビだ。』


 つい一時間前、彼――黒崎ミズキは勤める会社の上司から言い渡された言葉である。

 そしてそれは、よくあるドッキリや冗談の類のものではなく…。


「あー、マジで納得できん…。アイツ絶対に俺のこと嫌いだからって理由でクビにしただろ……。」


 仕事ができなかったわけでも、何か大きな問題を起こしたわけでもない。

 彼がクビを言い渡された理由、それは……


「何が『協調性のなさと怠けた業務態度が原因だ。』だよ!」


 ミズキはクビを宣告してきた上司の顔を思い出しながら吐き捨てる。


 営業時間中のサボり…同僚が困っていても自分の仕事以外はやらないというチームワークに欠けた姿勢…。

 確かに非難されるべき点だが、彼にも一応言い分はある。


「営業中のサボりなんて誰でもやってることだし、っていうか、むしろ営業の唯一の特権ってやつだろ?それに、他人の仕事だって指示された時はやってたっつーの!」


 勿論、他の人もサボっていたからと言って、サボりが肯定されることはないし、会社は個人プレーでは成り立たない。

 困っている同僚がいたら自ら協力を申し出るべきだ、という意見は尤もだろう。

 たがしかし、いきなりクビというのは少々酷な話ではなかろうか。

 それに……


「大体毎月社内トップの成績の俺が、大した理由もなくクビってありえんだろ!!」


 そう。彼は社内ナンバーワンの営業マンだった。

 営業成績は毎月トップ。

 客からの評判もすこぶる良かった。

 そんな社内で誰よりも結果を残している人間がクビにされたのだ。納得できないのも無理なかろう。


「あーあ。結局仕事でも嫌われ者に居場所はないんだな。やっぱり仕事とか俺には向いてなかったな。あぁ、マジで真の勝ち組はニートだわ。働いたら負けってのは本当だったんだな…」


 やさぐれた結果、ダメ人間発言まで飛び出す始末。

 ――まぁ、彼の場合普段からこういった思考回路をしているのだが……。


「あー、いっそ、“別の世界にでも生まれ変わりてぇ”!!」


 そして、乾いた笑みを浮かべて空を見上げながら、特に意味もなく、冗談のつもりで一言呟いた直後…


「――うわっ!何だ!?」


 突然、黒崎ミズキは強烈な光に包まれた。

 そして、強烈な光はしばらく続くとすーっと消えていき…

 その光が完全におさまった後、そこに黒崎ミズキの姿はなかった……。


※※※※


「――ん?」


 しばらくし、恐る恐る目を開けると、そこには先程とは全くこと異なる風景が広がっていた。


「……なんだこれ?」


 昼下がりの日差しの下、そこには、いくつもの家や露店が所狭しと並んでおり、大勢の人が行きかう活気ある街が広がっていた。

 夜の人通りのない道から昼下がりの街へ……。

 確かに驚くべきことではあるが、ミズキを最も驚かせたのはそこではなかった。


「おいおい、獣耳に魔法使い……いつの間にこんな大規模コスプレ施設が出来たんだ…?」


 引きつった笑顔を浮かべて茫然とするミズキ。

 彼の目には、耳としっぽを生やした少女や魔法使いの格好をした男女、腰に短剣を差した青年や鎧を着た体格の良い男、などなど……ゲームや漫画でしか見たことのない人々が行き交っていたのだ。

 そして、そのどれもこれもがコスプレなんかではないと断言できるくらいのリアリティを有している。

 ――おそらくこの光景を初めて見て驚かない人間などいないだろう。


 しかし、一方で……


「ねぇねぇ、あの人、何か変な格好してるよ。」

「シー!見ちゃだめよ!」

「貴族の人…ではないわよね。」

「あんな服初めて見るぞ…。」


 街ゆく人々がスーツ姿のミズキを指さしながらヒソヒソと話している。

 頭に耳を生やした親子や背中に大剣をさした男がサラリーマンに奇異の目を向けるという、シュールな光景…。

 それもそうだ。

 ミズキの側から見れば、街の人々が珍しい格好をしている人になるが、街の人々からすれば、ミズキの方が見たことのない格好をしている変な奴、ということになる。

 所詮、世の中多数決…この場において少数派のミズキには容赦なく奇異の目が向けられる。


 しかし、当の黒崎ミズキはそんなことは全く気にしていなかった。

というよりも、目の前に広がる光景に言葉を失う彼にとって、周りの声を気にしている余裕なんてない。ただそれだけだった。


「もしかして、これって……異世界ってやつ?」


 しばらく、茫然と立つ尽くしていたミズキは、表情を引きつらせながら独り呟いた。

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