異世界で代行商談屋はじめました
沖マリオ
”営業屋”開業編
第1話商談代行人
「それじゃあ、これで交渉成立ってことでいいですね?」
「ああ、そうだな。この辺りが落とし所だな。」
とある喫茶店の二人席。
周りからはカップルや友人同士の笑い声や話し声が聞こえる中、一つのテーブルに向かい合って座る二人の男。
一人は小太りの中年、もう一人は黒髪短髪の青年という、友人同士としては違和感を感じずにはいられない組み合わせだ。
勿論、二人は楽しい話に花を咲かせている……わけではない。
「それじゃあ、この契約書にサインを。」
「チッ、抜け目のない奴だな!」
そう。彼らはこの喫茶店で交渉を行っていた。
そして、その交渉も既に成立間近。
「いやいや、すみませんね。何せ僕も雇われの身。依頼主にちゃんと形で残る物を提出しないといけないんですよ。」
二人の男のうち、悪態をつきつつ、渡された契約書に渋々サインする中年小太り男。
そんな男に対して、交渉相手の青年は…
「まぁ、僕としては別にこんなものなくても困らないんですけどね――だって、ここで契約書を残さずに後悔することになるのは、十中八九あなたの方ですから」
「ぐっ…」
表情こそ笑顔のままだが、その目は氷のように冷酷で、口の端をニヤリと釣り上げながら、遠回しに『妙な真似をすればこちらもそれ相応のやり方で対応するぞ』と告げる。
そんな青年の圧力に、唾を飲み、つい目を反らしてしまう小太りの中年。
勿論交渉において、相手に対する挑発的な物言いは、相手を怒らせ、交渉が決裂してしまう――そんなリスクまみれの危険な行為であることくらい子供でも分かる。
しかし、この青年には、リスクを覚悟した上で、相手の男にはこのやり方が効果的であるという確信があった。
「わ、分かっとるわ!ほら!サインしてやったぞ!!」
案の定、青年の目論見通り、プレッシャーに耐えられなくなったのか、目を反らし、少し焦った様子でサインを終えた契約書を押しつける小太りの男。
「――確かに。それでは契約成立ってことで」
渡された契約書にさっと目を通した青年は立ち上がると、笑顔で手を差し出した。
自己中心的で自分の利益を最優先。
相手が自分より弱い者と判断すれば、どんな状況でも強気な言動を見せる。
一方で自分より格上や身分の高い者には逆らわない。
――これが、ここ最近青年が調べた小太りの男の性格である。
(こういう性格の奴は自分より格上の人間には逆らえない。要所要所で相手の弱みをチラつかせながら強気な態度で交渉してれば自ずと主導権はこちらにやってくる――まぁ、計算通りってやつだな)
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。もう契約は完了してるんですし」
「チッ!」
すっかり柔らかな笑顔に戻した青年の手を、やけくそ気味に握り返す中年男。
「ま、あくまで僕は『商談代理人』なんで。ご依頼いただければいつでもあなたの味方にもなりますよ――まぁ、当然それ相応の報酬は必要ですけどね」
「チッ、ホントに敵には回したくない奴だ。――まぁ、機会があれば、頼らせてもらうよ」
そして、不敵な笑みを浮かべながら、今度はついさっきまで敵対していた相手にまで自信満々に自分を売り込む余裕っぷり。
そんな男を前にして、『こいつは敵に回さない方がよさそうだ…』中年男は苦笑しながらそのまま店を後にした。
「それじゃあ、今後とも御贔屓に」
そして、青年はそれを最高の笑顔で見送った。
――が、しかし、その後ろ姿が店の外に出て、完全に見えなくなると…
「あ~、疲れた。もう限界。もう働きたくない……。」
突然青年は電池が切れたかのようにテーブルに突っ伏した。
先ほどまで交渉相手を手玉に取っていた姿はどこにもなく、死んだ魚のような目をした男は、周りの目があることなど気にもせず、無気力な発言連発でだらけ始めた。
そんないきなりの豹変ぶりに、周りの人々も青年の方を指さしながらヒソヒソ…。
青年は、一瞬にして周囲の視線を独り占めしていた。――勿論、悪い意味でだが…。
すると、そこへ…
「ちょっと!ミズキ!こんな人前でダメ人間ぶりを披露しないでください!恥ずかしいじゃないですか!!」
先程まで別の席に座っていた少女がやってきた。
歳は12,3歳といったところだろうか。
透き通るような長めの銀髪に白い肌、そして、ツリ気味の大きな瞳に可愛らしい白いワンピースを着た幼女…。
そんな明らかに年下の少女に大声で叱責される青年…。
「いやいや、人前でそんな大声張り上げてる奴の方が恥ずかしいと思うんだが?」
しかし、怒鳴られた張本人――ミズキには恥じらいも反省の色もなく、突っ伏した状態から首だけ動かし、半目で少女を見上げた。
「な!?」
青年の言葉で自分自身が周りから注目を浴びているという状況をようやく理解した少女は、思わず顔を赤らめる。
そんな彼女の様子に、下衆のようにニヤリと笑うミズキ。
「そ、それはいいとして――」
「いやいや、誤魔化すのは良くないんじゃないの?リアちゃん。」
恥ずかしさをこほんと可愛らしい咳払いを入れて誤魔化そうとする少女だったが、ミズキをそれを逃がさない。
ミズキは嬉々として反撃を開始する。
「そもそもこの場で俺に話しかけなければ、周りから見て、俺とお前は無関係。つまりスル―しておけば恥ずかしがる必要性はなかった。しかしながら、突然人前で怒鳴り散らされた俺は回避できず、周りからは『小さな子に怒られている男』とか『大声を出していい場所かどうかも分からない子供を連れている無責任な男』といった目で見られる俺の方が被害を被っていると思うんだが、どうだろうか?」
見た目年齢20代前半の男が、顔を赤らめ、俯き、肩を震わせている幼女を容赦ない言葉で責め立てる……。
――そんな風に周りから見られているにも関わらず、ミズキという青年は一向に口撃の手を緩めない。
リアと呼ばれた少女を可哀そうに思い、青年に冷ややかな目を向ける周囲の人々。
しかし…
「……うるさい」
「は?なんだって?胸だけじゃなくて声も小さくなったのか?」
確かにミズキという青年はとてもウザく、大人気ない。
極端なことを言ってしまえば弱い者いじめに見えた者も居たことだろう。
しかし、実際には……
「大体お前はいつも――」
「うるさいって言ってんでしょうが!!」
「ぐはっ!!」
それは一瞬の出来事だった。
少女の拳がミズキのみぞおちを正確に捕え、ノックアウトさせた。
周囲は静まり返り、皆、目の前の光景に目を疑った。
リアという少女にボディブローを喰らわされ、その場にうずくまるミズキ……。
一方、息を荒げ、顔を赤らめ、涙目になりながら、腹を押さえてうずくまるミズキをキッと睨みつけるリア……。
「大体、私の胸はそこまで貧粗な物じゃありません。標準サイズです!」
ミズキにバカにされた慎ましい胸元を押さえながら睨みつける。
「い、いや、さすがに標準サイズっていうのは――」
「標準サイズです」
「……はい。仰る通りです」
「それに、自分の方が口が達者だからって、一々ことある毎に言い負かそうとしないでくださいってのも何度も言ってますよね!?」
「…すみません。人前なら殴られないだろうと思って調子に乗ってました。」
……小さな少女に一発KOされた上に、逆に説教されて謝る青年。
強い者=リア
弱い者=ミズキ
……実際には、ただ弱い者が公衆の面前で調子に乗っていただけだった…。
最早、この青年に、小太りの中年を圧倒していた雰囲気はどこにも感じられない…。
「まったく…。分かったら、さっさと仕事ですよ!依頼人に報告するまでが仕事ですよ!?」
「チッ、雇われの身のくせに偉そうに…。」
「まだ何か?」
「…いえ、何も。」
「あなたが店長でしょ!?まだまだ借金も残ってるんですから、しっかり働いてください!」
「……いや、それはお前の――」
「何か言いましたか!?」
「…いえ、何も。」
先程までの威勢はどこへやら。
小さな声でボソボソと反論しようとするも、一回り程歳の離れた少女の一喝で封殺される24歳の青年…。
リアはそんなミズキの姿と周りからの視線にため息をつくと、
「それじゃあ、さっさと行きますよ」
「はい…」
ミズキを引き連れ、周りの客の注目を集めながら店を出ていった。
※※※※
店から出てしばらく歩いたところで、リアは改めて店の中から気になっていたことをミズキに訊ねてみる。
「そういえば、どうしてあんな生易しい条件で交渉まとめたんですか?あのおじさんの弱み、握ってたんじゃないんですか?」
「あ?あれはあれで良かったんだよ。そもそもお前にそんな説明しても無駄だろ?どうせお前程度には理解できんだろうし。」
先程ボコボコにされたこともあり、ミズキは少し反抗的な口調で答える。
しかし…
「どうやらもう一発殴られたいみたいですね?」
「…すみません、調子に乗りました。お願いなので殴らないで!」
自分から挑発しておきながら、何の躊躇もなく謝るミズキ。
そんな目の前の男に、ため息をつきながら、リアは改めて問いかける。
「それで、さっきの交渉の話ですけど……もっと弱みを散らつかせれば、良い条件で交渉成立できたんじゃないですか?」
そんなリアにミズキは面倒臭そうにため息をつきつつ説明する。
「確かにお前の言うとおり、奴の弱みをもっと意識させれば、俺達にとってもっと良い条件で交渉成立できただろうな。」
「それなら――」
「ただ、あくまで“この場”ではだ。」
「ど、どういうことですか?」
「人間ってのは死守したいものがあるから、保身に走ろうとする。奴の場合は自分よりも格上の奴にすり寄って、な。」
しかし、説明を聞いても尚、頭にはてなマークを浮かべたままのリア。
そんな彼女にミズキはより分かりやすく説明する。
「つまり、人間ってのは追い詰められるとなりふり構わず反撃に出る習性があるってことだ。あのおっさんをあれ以上追い詰めれば報復してくる可能性があったからな。――だから、敢えてあそこで引いておいた。」
「だ、だけど、あんなおじさんが報復しに来たって、また返り討ちにすれば――」
「おっさんが俺達をターゲットにすればな。」
「!!」
「あのおっさんが俺達の依頼人に報復するってことも考えられる。俺達はあくまで“代理人”だ。依頼人の損害になることしてたら意味ねぇだろ?」
「確かに…やっぱり交渉って難しいんですね…。」
交渉の奥深さを改めて痛感し、自分の無知さに肩を落とすリア。
「”交渉”ってのはそんなに単純なことじゃねぇんだよ。まぁ、少しずつ覚えてけばいいんじゃねぇの?」
そんなリアにミズキは照れ隠ししながらぶっきらぼうに言葉をかける。
「はい、そうですね」
そんなミズキなりの不器用すぎる励ましを受け、リアは思わず苦笑する。
そして、どこかすっきりした表情で、
「それじゃあ、私は事務仕事があるので、依頼人への報告の方は任せますね。」
そう言い残し、リアは上機嫌で先を歩いていく。
そんなリアの後ろ姿を眺めながら、ミズキは思わずため息をこぼす。
「ったく…アイツもあの突発的な凶暴性さえなければ…。なんであんな面倒臭い奴と一緒にこんなことやってるんだか……」
そして、つい一カ月程前の出来事を思い起こす。
――黒崎ミズキが“初めてこの世界にやってきた日”のことを……。
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