第8話スカウト断ったら囲まれました…

「すみませーん。契約完了の報告に来ました」

「た、ただいま戻りました」


 交渉を終え、揃って建物の中に入った二人。

 するとそこには……


「おー、随分遅かったじゃねぇか。お二人さん」


 うす暗い部屋の中、リンゴ売りを押し付けてきた強面の男・ザレクが、椅子に座って待っていた。


「まぁ、言った通り全部売り切ったみたいだし、今回は特別に許してやろう。――それじゃあ、さっそく売上金を渡してもらおうか」

「……」


 二人はなぜか既に結果を知っているばかりか、やけに上機嫌なザレクの態度に、こっそり顔を見合わせる。


「はい。こちらになります。しっかりノルマの分はあると思いますが、一応確認だけお願いします」


 警戒心を強めつつも、ザレクの前に行き、見事な営業スマイルを浮かべつつノルマ分を渡すミズキ。


「OKだ。確かに受け取った。約束通り残りの売上はお前にくれてやる。それと、そこのクソガキは今月分の借金の支払いは免除だ」


 ミズキから渡された金を確認し終えると、ザレクはきっぱりと言いきった。


「……」

「ありがとうございます」


 ニヤニヤしながら明らかに何か企んでいるザレク。

 それでも淡々と話しを聞きつづけていたミズキとリアだったが、


「いやいや、お前達ならきっとやってくれると思ってたよ!特にーー」

「あの、ノルマ分は渡したし、俺、そろそろ帰りたいんですけど」


 長々と意味もなく続く話に、ミズキがしびれを切らした。

 かろうじて敬語は使っているものの、半目で面倒臭そうな口調に、一瞬目を丸くするザレク。


「今日一日働かされた上にどうでもよさそうな話を長々聞かされて…俺、かなり疲れてるんですよ。いい加減解放してくれないですかね」


 最早隠すつもりなどなく、嫌味たっぷりに訴えかけるミズキ。

 そして、そんなミズキの態度にザレクはニヤリと笑う。


「ようやくあの胡散臭いしゃべり方も止めたか。ーーそれじゃあ、そろそろ本題に入るとするか」


 ザレクの方も、これ以上上辺だけの会話は不要と考えたのか、態度を変えたミズキに合わせるように、高圧的な口調に戻してきた。


「喜べ、小僧。今回の件で俺はお前をかなり評価している」


(あー、なるほど。そう来たか…。ってことは、次に来る言葉は…)


 ザレクの言葉を受け、ミズキは心の中で溜め息をつく。

 一層面倒臭そうな表情を浮かべながら、次の言葉を予想する。

 そして…


「喜べ、小僧。このザレク様がお前を雇ってーー」

「せっかくですが、今回は遠慮させてもらいます」

「なっ!?」


 ザレクが言い終わらぬうちに素早く頭を下げて断りを入れてみせた。

 相手の予想外の対応に思わず絶句するザレク。


「それじゃあ、用件も済んだみたいなんで、俺はこれで」


 そんなザレクを放置しさっさと立ち去ろうとするミズキだったが…


「…あの、さすがにこんな大人数で見送りしてもらわなくても大丈夫なんですけど」


 数歩進んだところで、立ち止まるとウンザリした様子で振り返る。

 いや、正確には立ち止まったのではなく、これ以上進めない状況になったと言うべきか。


 ミズキの周りを数人の男達が囲んでいた。


「おいおい、ツレないこと言うなよ」


 身動きの取れないミズキを嫌味たっぷりに皮肉るザレク。

 そして、


「お前が首を縦に振るまで、ここから一歩たりとも出さん。ーーそれから…」

「きゃっ!な、なにをするんですか!」

「り、リア!?」

「お前はそこの男と違って戦闘力だけは無駄に高いからな。悪いが俺自ら拘束させてもらう。お前は大人しくここで見てろ。」


 ミズキを取り囲んだまま、自らがミズキ側にとっての唯一の戦闘力であるリアを羽交い締めにして押さえる。


「ハッ!黒崎ミズキ!お前が魔力ゼロの戦闘力も一般人レベルだってことは調査済みなんだよ!」

「……」


 勝ち誇った表情でミズキに叫ぶザレク。

 戦闘で普通に魔法を使うこの世界で魔力もなく…。

 剣術や体術、はたまた魔剣や固有スキルといったチートもなし。

 その上、唯一の味方であるリアも身動きが取れない。

 そんな現状に無言で俯く二人…。


「さぁ、さっさと契約書にサインしろ!今なら特別に奴隷じゃなく、部下として雇ってやってもいいぞ?ハハハッ!」


 部屋中にはザレクやその部下達の高笑いが響き渡る中、


「……もう、十分だろ」


 ミズキは俯いたままの姿勢で小さく呟いた。

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