狼たちの挽歌

@rollinstone1963

序章

序章



 世界は今何者かに支配されていると言われたら信じるだろうか。あるいは信じないだろう。

 今この世の支配者が誰か、それを知る者は少ない。アメリカの大統領か。ロシアの大統領か。ロックフェラーか。もしかするとロスチャイルドかも。それとも暗躍するフリーメイソンはどうか。イルミナティという人もいるかもしれない。

 しかし、そのいずれでもないとしたらどうだろう。言い換えることができるとすれば、そのいずれでもあるとしたら……。

 世界は今、人外に支配されている。人間はそれに気付くことはなく、気付けない。気付いていても、それに大きく対抗できない。それは世界的な全面戦争をも引き起こしかねないデリケートな問題だからである。

 圧倒的な何かに対抗しうる術を持っていても、それを行使することが出来ない人類に、人外を相手にすることはほぼ不可能だ。なぜなら、現にその存在を知てってはいても、誰もがそれを信じないからである。

 しかし、いつもどこかで綻びが生まれるのもまた必定である。それが人間たちの中から生まれるのか、あるいは――。




 西暦一九〇八年六月――ロシア上空で、それは突如起こった。

 宇宙から飛来したと思しきそれは、地表に到達する前に大爆発を起こし、爆心地周辺の木々を燃やし、なぎ倒した。その威力はTNT換算で五メガトンとも一〇メガトンとも、あるいはそれ以上とも言われるほどの巨大爆発である。その質量たるや、実に広島に落とされた原爆の数百倍以上に及ぶ、圧倒的な火力だった。

 その巨大爆発による衝撃波と爆音は何百キロ先にまで到達した。それによる衝撃波に至っては、約千キロ先の家屋にまで到達し窓ガラスを割るほどで、当然その爆発はアジアやヨーロッパにおいても確認できるほどの巨大さだった。ある報告では数百キロ先の地平線に巨大に燃え盛る火柱が見えたという。

 その燃え盛る火は、数千キロ離れたヨーロッパでも数日夜に渡って東の空を不自然なまでに明るく染め、ロンドンでは深夜だと言うのに、灯り無しでもぼんやりと新聞や本が読めるくらいに明るかったといわれるほどだ。それは当然、一部には日本でも観測できたといわれるほどの巨大さである。

 その渦中、今まさに轟々と、炎が倒れた木々や草に燃え移り、それらがさらに火の勢いを増しながら深い森が焼き払われていた。

 上空で爆発した未曾有の熱とその熱さを伴った衝撃波により、背の高い木はもちろん、いつもならそれらの木々に囲まれて、森の木の中で隠れているはずの背の低い木すらも、薙ぎ倒されて炎の肥やしになっていた。

 炎は乾燥し荒涼とした北の大地において、皮肉なほどに燃え移りやすい条件が整っていた。すでに数日に渡って続いているこの業火は、不運なことに乾燥した風も手伝い、火の手はとどまることなく、広がることしか許されない好条件に恵まれたのである。

 燃え盛る炎と、その火によって焦土へと化した大地に、生命の痕跡が見当たるはずもなく、数十キロ先からも気になった近くの住民の誰かが見に来る様子もない。いや、それどころかわざわざここに来たいと思う物好きなどいないだろう。

 結局、この謎の大爆発の調査が本格化したのは第一次世界大戦が終結した後の、二次大戦へと向かっていく過度期に行われた。しかし事故から調査開始までに一三年もの月日が経ってしまっており、事故当時の詳細を欠くこととなったこの事件。

 以後、幾度と渡る追跡調査の結果、多くのことが解明された事件は、第二次世界大戦が終結して以降、多くの人に知られることになった。これが世に知られるツングースカの大爆発として知られる事件の概要だった。

 だが、この時大きな過ちを犯していたとしたら……もっと早くに対処できていたら……誰もがそう悔やんでも既に時遅し、である。この大爆発がもたらしたものは、僻地であったが故に、”人的”な被害がなかったが故に、誰もがその後忍び寄る脅威に取って代わられることになろうとは予想しなかったろう。

 未曾有の大火災となったこの僻地で、人知れず地獄の業火に焼かれたその地に、何か蠢くものがあった。”それ”はごそごそと呻くように、灼熱の火の中を立ち上がろうとしているようだった。

 しかし、上手く立ち上がることができない。できるはずもない。燃え盛る焦土の渦中にあるこの場の温度は、少なく見ても数百度、最も高温部分に至っては一〇〇〇度に達する。

 だというのに、それはその中を蠢くだけでなく、呻き声を上げながら立ち上がろうとしているのだ。すでに小石などはその熱によって燃えだしているというのに、である。大凡、灼熱の渦中で成し得ることではなかった。

 数日に渡って燃え続けたこともあって火の手はピークに達していた中、もう何度目かも分からない挑戦で”それ”は大地に立ち上がることができた。それは初めて見渡す限り、炎が大地を覆い尽くしていることに気がついた。

 どこを見てもあるのは、森を形成していたはずの木々が燃え、薙ぎ倒されている様子だけだ。その光景を目の当たりにして、”それ”が内に見出したものは何なのか、誰にも分かるはずがなかった。

 ”それ”は震える自らの体を抱いた。焼かれる体の痛苦によるためなのか、あるいは内に秘めた魂の震えなのか。天空へと向け、声にならない声で叫んだ。魂の絶叫だった。

 これだけの業火に焼かれてなおも、生き残った意味は何なのか。すでに、”それ”は理解していた。今度こそ、今度こそは自分が思い描く理想郷を作り上げるべきなのだと。

 業火にその身を焼かれてなお蠢き、苦痛をも身の肥やしとし、”それ”は燃え盛る業火と焦土の中を、のろのろと当てどなく歩みだした。



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