岡部運送を後にした俺は早速、従業員の男が言っていた会社と縁のあるという港へ赴いていた。しかし、やって来た頃には終業時刻を過ぎており、港は実に閑散としたものだった。時刻はもう午後一九時近いから、それも無理はない。

 本当は働いているいる者を掴まえて、聞き込みをするつもりだったが仕方ない。それに人がいないのであれば、これはこれでやりやすい。俺の超嗅覚を持ってすれば、それとなく関わりのありそうなものを見つけることが可能だからだ。

 ではまずどこから探そうか。俺は適当に、コンテナが置き並べられた港の中を散策することにした。ここで何が見つけられるか、それだけが楽しみで仕方ないのである。

 整然と置かれたコンテナ群は、多少の色違いがある程度で、どれもこれも同じものばかりだった。きっと、明日以降どこかへと運ばれるものばかりなのだろう。その行き着く果てはどこなのか、ふと感慨に耽ってしまいそうだ。

 そうして二分と経ったろうか。俺は港に漂う多様な匂いに混ざって、数日前にも嗅いだ臭いを嗅ぎつけた。思わず口元が吊り上がる。こんな港に、なぜ死臭が漂っているのか。それを知らざるしてここを立ち去れるはずがない。

 数日前と違って、満月期を過ぎた俺にはいくらかの差異を感じなくもなくなる時期に入っているが、それでもこの臭いが人間のものであることを嗅ぎ分けることができる程度には、敏感なままだ。

 臭いを頼りにコンテナ群の間を歩き回り、ようやくその発生源を見つけた。当然ながら、コンテナは完全に締められているだけでなく、錠がかけられている。俺はコンテナの解錠を試みた。

 しかし、鍵も無しに錠を開けるのは難しい。そこでやや強引ではあるが、これを破壊したい。満月期を過ぎてはいるが、それでもまだ超人的な力の片鱗を出すくらいはが可能な時期だ。多少の無理が必要になるが構いやしなかった。

 俺は錠を掴み、渾身の力でそれを引っ張ろうとした。しかし、思い切り掴んだ拍子に、錠がポロリと抜ける。呆気なく外れたと思ったのも束の間、そうではなかった。鍵など初めからかけられていなかったのだ。

 この瞬間から俺の中でスイッチが切り替わる。こういうのはまず錠をしないというのは考えられない。輸送中に開こうものなら、物流における信用問題に関わるからである。なので、鍵がかけられていないということはつまり、このコンテナを先客が開けたということだ。

 俺は極力、音を立てずにリヤドアを開けた。すると、薄暗いコンテナの中を蠢く何かがあった。

「誰かいるのか」

 中で蠢いていたそれに向って、俺は警戒態勢でもって言った。リヤドアが滑らかに動いて音がしなかったこともあって、俺が声をかけるまで中のそれは全く気付いた様子がなかった。

 声をかけられたことにひどく驚いたそれは、勢い良くこちらを振り向いた。

「うっ」

 思わず呻き声が漏れた。振り向いたそれは燃える盛る炎のように赤く、それでいてその周りは不自然なくらいに黒く染まった瞳をしていたのだ。そして、口元には赤く染まった液体が滴っている。

「誰だ」

 それが劈くような声で喚いた。こちらが聞き取りにくいほどの嗄(しゃが)れた声だった。上半身裸で、痩せ型というには痩せ過ぎた体型をしているそれは、ゆらりと立ち上がり、異様な雰囲気を醸し出している。

「お前は……何者、だ?」

 それを目の当たりにした時、情けないが呻くようにいうのが精一杯だった。それほどに、目の前のそれは俺の知る生き物とは、何か根本的に違っていた。

「……見られたからには……お前も喰う!」

 それは嗄れ声で叫んだ次の瞬間、コンテナの奥にいたその場から一息で間合いを詰めてきた。俺にとっても、そんな速さで移動できる人間がいるとは思いもせず、一瞬だけ呆気にとられてしまった。

 迫りくる凶手を、反射的に後ろに仰け反って躱した。先天的な反射神経の良さだけで躱したもので、完全にマグレと言っても良い。仰け反りすぎて背後に倒れこむも、ただちに身を翻し、しゃがみつつも体勢を立て直す。

「なんだてめぇ……人間のくせにやけに反射神経が良いじゃねえか」

「そういうあんたこそ、よほど人間離れした動きだ」

 じりじりと相手との距離を保ちながら、俺は立ち上がって徐々に後退した。俺が知る限り、こんな非常識な動きをする人間とはこれまで出会ったことがない。直ちに自分が死ぬかもしれない、そんな可能性を強く感じさせる相手であることは一目瞭然だった。

「あんたは何者だ……今の動きは一体……」

 呼吸が荒い。とんだ規格外の動きだ。誰がたった一息で数メートルもある距離をゼロ距離にまで詰められる奴が存在すると思うだろう。少なくとも、俺以外にそんな奴が存在するとは思いもしなかった。

「……まさか、死体の臭いにつられてやってきてみれば、とんだ化物と遭遇するなんてな」

 何も相手を侮辱したつもりで言ったわけじゃなかった。本心から、こんな奴がいるのかと呟いただけだったが、この一言が奴の逆鱗に触れたらしい。向こうもまさか避けられるとは思わなかったらしく、互いに手を読み合っていたものを、突如として激昂し始めたのである。

「誰が、化物だって……?」

 ブルブルと身を震わせたかと思うと、奴は赤い瞳を俺にぶつけるように睨みつけてきた。薄暗い表情が余計に黒く侵食されたようだった。

「誰が化物だぁぁぁってぇぇぇ!」

 先程以上に開けたはずの間合いを、跳躍してその距離を一気に詰めてきた。瞬時に繰り出される相手の突き手は確実に俺の急所をえぐり取ろうとしていた。

 それでも、俺はその凶手を紙一重で躱した。ジャケットの襟が鋭く伸びた爪によって裂ける。

 繰り出される凶手が躱した先に飛んでくる。それらは立て続けに、何度となく俺の急所を捉える。こちらの息の根を止めるのに、一片の迷いも感じられない。一手一手が必殺の動きであった。

 右に、左に、また右に、次は後ろへと、続けざまに繰り出される相手の攻撃を、俺は寸でのところで躱していた。一瞬でも迷っては、たちどころに餌食となってしまう。

 背後に躱し間合いを取ろうとするも、相手は即座にその間を詰めてきては、同じことの繰り返しだった。そうせざるを得ないほどに素早い攻撃なのだ。

 このままでは埒が明かない。どこかで奴の動きを止めなければ、こちらがやられてしまう。しかし、この素早い動きを前にしては、俺もどうすべきか対処に困っていた。

 これがそこらの喧嘩屋相手なら眠っていてでも対処ができる。そんな連中など、赤子も同然のとんでもない攻撃の連続なのだ。

 だが、いずれはその動きにも慣れというものが出てくる。事実、俺は奴の動きを完全に見切りつつあった。だが俺は一つの懸念があった。

(こいつ、息を切らしていない)

 そうなのだ。これほどまでの速い攻撃だというのに、奴は一向に息を切らせることがないのだ。俺は次第に息切れを起こし始めており、見切っていたはずの動きに、対処できなくなりつつあった。

 奴の鋭い爪によって、初撃以外当たっていなかった攻撃によって、徐々にジャケットやデニムパンツの生地が裂け出してきているのだ。このままではいずれ奴の爪にやられてしまう。

 その猛攻は突如として止んだ。いつまでも避け続けている俺に、向こうも何かしら感じるものがあるらしい。

「てめぇ、なぜそんなにまで避け続けていられる? 本当に人間なのか」

「お生憎さま。俺は並の人間じゃないんでね。そこいらじゃ、相当のタフガイって名が知れてるくらいにはな」

 しかし、明らかに息が上がっていた。ぜえぜえと、ここのところあまり聞き馴染みのない音で、俺は肩で呼吸していた。

 そんな俺に対し、奴は相変わらず呼吸でもしてないように平然としていた。あれほどの猛攻を繰り広げていたにも関わらず、全く息を切らしていないとはどういうことだ。

 相手の様子に、俺は一つの疑念を抱いた。しかもだ。続けざまに動いていたので他のことに気が回らなくなってしまっていたが、改めてみると、どういうわけかコンテナから死臭がしていない。なのに、たった今、

 この奇妙な疑問に、自分でも正気を疑っていた。しかし、これまでのところ俺は自分の鼻に相当の自信がある。中には曖昧に思うこともないでもなかったが、それでもイレギュラーな事態によって狂わされたことがあるだけで、一度だって間違えたことがない。それほどまでに俺はこの超嗅覚に絶対的な自信がある。

 それだけに、俺の嗅覚が感じ取った異常事態は、俺を悩ませていた。なぜ、普通に動き、普通に喋れる死体があるというのだろう。その疑問を、相手にぶつけたいところだが、あまりに突飛な考えに俺は、どうしても一度自分で確かめたくて仕方なかった。

 互いに小休止の意味も含めて距離を取っていたが、俺は意を決して一直線に相手に向って走り込む。俺の予想が当たれば、奴は間違いなく攻撃をしかけてくるはずだ。

「野郎ォォォ!」

 向ってきた俺に対し、案の定相手は鋭い爪を真っ直ぐに突き出そうとしていた。そのモーションは、いかに速くても一瞬だが分かる。だからこそ、どこを狙ってくるかも一目瞭然であった。

 これまで、ヘビー級のプロレスラーにだって押し負けたことがない俺にとっても、奴の突きは依然として脅威だった。しかし、突き出す腕の狙いが分かればその限りじゃない。

 鉤爪のように曲げた指と鋭い爪が俺の目の前一寸手前で止まった。両手に渾身の力でもって、奴の突き手を止めたのだ。あまりの速さに、腕を掴んだ手の平が焼けるように擦れた。

 しかし、それ以上に俺は驚きを持って掴んだ腕と奴のか音を交互に見つめた。擦れた痛みは始め、熱による熱さだと思った。もちろん、それもあるだろうがのだ。

「なんだ、この冷たさは……」

 奴の腕から伝わるのは、気色悪いほどに冷えた生身の感触だった。そしてこの冷たさには覚えがあった。その冷たさはまるで……。

「……死体だ」

 気色の悪さに、俺は思わず手を離して背後に跳んだ。一体どういうことなのだろう。

 掴んでいた時、それとなく脈拍らしいものを感じ取ったりすることもあるが、こいつからは一切それらしいものは感じなかった。命の脈動がまるで感じられないのだ。

 おまけにこの死臭。これらから導き出される答えは一つしかなかった。奇妙としか言いようのないことではあるが、俺にはそれしか答えを見出せなかった。

「死体が動いてる、だと」

 これまで幾度となく危険な目にもあってきたし、この世のものとも思えそうにないことにも遭遇してきた俺ではあるが、動く死体などは初めてだ。どんなものであれ、死ねば動かなくなる、これが自然界の絶対的な掟であるはずだからだ。

 しかし、目の前にいるのは確かに死体だ。その死体が意思を持って喋り、動いている。しかも、尋常ざらざる動きにはそれに相応しい速さと力が兼ね備わっている。

「お前、一体何者なんだ……」

 再度同じことを呟いていた。赤く光る瞳、人間のそれとは思えない尋常な動き、そして口の周りや服の至る箇所に飛び散っている赤い液体。それが血液であることは臭いで分かる。つもり、こいつは死体で、動物の死肉を貪っていた、ということになる。

「……おれが何者かなんざ、てめえにゃあ関係ねえ。どうせ、今ここで死ぬんだからなぁ!」

 飛びかかってくる相手に、俺は本能的に避けていた。再び、連続攻撃に打って出た相手を躱し続ける内に、埠頭の隅にまで追いやられていた俺は、後ろ足の踵が地につかず浮いたことに気付いた。もう後がなくなっていたのだ。

「どうした人間。一歩でも下がれば海に落っこちるぞ」

 赤い瞳が小さく、こちらを射抜いた。逃げ惑う獲物が追い詰められて、いよいよ捕食者がとどめの一撃を加えようとする、その瞬前の表情だった。

 俺とてこれが満月期ならいくらでも対処のしようもあるが、新月期へと入っていく今、体力のバテも早く、次繰り出されるであろう敵の攻撃には対処できないだろう。となれば、俺が取るべき選択肢は一つしかない。

 俺の中に流れる野生の血を完全に引き出して戦う。それしかない。

「どうした、もう終わりか? さっきまでの威勢はどうしたんだ。負け犬のくせにタフガイだと? 笑わせんな」

 それのニタリとした気色の悪い笑みに、俺は総毛立つ思いだった。しかし、その思いは決して敵への恐怖ではない。怒りだった。そして、俺の中の野生の血が騒ぐ。闘争心に火がついた瞬間だ。

「俺が負け犬、だと?」

「ああそうさ。人間てのはいつだってそうだ。いつも自分だけが一番と考えてやがる。それでいて、おれのような絶対的な存在に出会った瞬間、犬みたいに尻尾巻いて逃げる、それがお前ら人間の本性だろうがぁ」

 まるで自分は人間ではないという言い方だな。死体野郎。だが、貴様は俺にとって言ってはならないことを言った。その報いは直ちに受けてもらわなければ、俺の気が済まない。

「人間が負け犬か。まぁ、否定はしないね。どいつもこいつも軟弱ですぐ死ぬ。お前の言う通りさ、人間は普段は威張ってるくせに、実際には大したことのない連中ばかりだ。だがな、そんな連中と俺を一緒にしてもらっちゃ困る。

 俺を負け犬だと? 負け犬は犬だ。俺は犬じゃない。狼だ。俺には狼としての誇りがある。どこまでもしぶとく、どこまでもタフで、どこまでも慈悲深い、それが狼ってやつだ。人間のような、そんな無慈悲な連中と一緒にするんじゃない。

 大体なんだその肌白さは。今時いっぱしの男が白粉おしろいだなんて、カマでも掘られたいのか。赤い目のカラーコンタクトなんて中二病こじらせた奴でも思いつかないぜ、この気色の悪い死体野郎」

 俺はなるべく相手が逆上するように、目一杯けなしつけた。ぴくぴくと、死体野郎のこめかみ辺りが痙攣したように見えた。

「気色の悪い死体野郎だと……てめぇ」

「図星をさされて文句の一つもいえないようだな。お前さんは、好色爺たちに体売ってる方がお似合いだと言ったのさ。もっとも、もう死んでるから理解できる脳みそなんてなさそうだ」

 不敵な笑みを浮かべて言った俺に、死体野郎は次の瞬間、叫びながら振りかざした腕を俺めがけて一直線に振り下ろそうとした。それが攻撃の合図だった。俺は弛緩させていた体から腕を伸ばして奴の喉元へと突き手を放った。

 武術を齧っていた頃に身に着けた業だが、案外役に立つ。相手のスピードがあれど、動く瞬間は分かる。その瞬間を狙って、振り下ろされる腕を半身で躱しつつ突き手が敵の喉元に思い切り突き刺さった。

「ぐっ」

 敵は苦痛の呻き声を漏らして体を硬直させた。まさか、という思いだろう。動きの速さや力に絶対的な自信があるやつほど、こうした単純な業に引っかかりやすい。おまけに、的確に急所を突かれるなど、なおのこと信じられないに違いない。

 思い切り喉に突き手をもらい、奴はのろのろと背後へ二歩三歩後ずさった。俺はその隙に相手との距離を取った。両手で喉を抑え、背中を丸めて苦しむ様子の敵は、何度も呼吸を整えようとしているが気道にまで食い込んだ衝撃で、上手く体勢を整えることができない様子だった。

 だが、こちらへの被害も無視できるものではなかった。突きを放った右手の指は、中指や人指し指、それに薬指にかけて骨が完全に折れてしまったのだ。いや、もっと状態は酷い。折れたというよりも、砕けたといったほうが正確だろう。

「くっ、て、てめぇ……よくも……」

 流石の死体野郎にも、俺の突きは十分に効果があったようだ。しかし、奇妙なのは俺がこんなにもダメージを負ったことだ。指の骨が砕けるほどに、奴の肉体が硬かったのである。奴の肉体は、俺が知る死体の硬さとは違っているのだ。

 そもそも、前提としてこいつが本当に死体で、それがなぜ動いているのかという疑問もあるが、今はおいとくとして、死体であっても死後硬直による硬さとは明らかに質が異なっている。もっと硬質なものを突いたような感触だった。

 でなければ、まず俺の骨が砕けるなどあり得ない。何よりも、あんなにも深く指が喉に食い込んだというのに、なぜ今もまだ生きているのか。

 確かに硬さもあった。こちらの指の骨が砕けるほどの硬さだ。だが、深く食い込んだ指の先は、奴の脛骨あたりにまで到達したはずなのにだ。

「ぐっ……折角、食事にありつけたってのによぉ……畜生が。てめぇのことは絶対に忘れねえ、覚悟しておけよ」

 奴はじりじりと後退していき、俺との間を安全圏へと広げたところで側のコンテナへと飛び上がり、突きによる影響からか、さらに嗄れた声で言いながらコンテナの上を飛び回りながら消えていった。

 俺は完全に脅威が去ったことを実感するまで残心の面持ちで、その様子を見つめていた。ようやく腹の底から深い溜め息を漏らし、緊張を解いた。ずくずくと指に激痛がし始め、俺は左手を右手にやると、強引に指を引っ張って骨をならす。

 これで一応の応急手当になる。骨のくっつきが良くなるというのもあるが、本当に治りが早くなるのだ。後数日で月が完全に消えてしまう頃だが、それでも一日か二日あればまだ治るくらいには治りが早い。

「それにしても、奴は一体……」

 死体野郎などと罵ってはみたものの、本当に奴が死体であるのか。それに対する明確な答えなど、俺が持ち合わせているはずがなかった。ただ、先程まで周囲に漂っていた濃密な死臭が消えていることが紛れもない事実だった。

 俺は奴が貪っていたコンテナの方に目をやった。奴の放つ強烈な死臭とは別に、もう一つ血腥い臭いが残っているからだった。そのコンテナに向ってのろのろと歩きだした。

「……なんてこった。あの死体野郎、本当に化物なのか」

 一目見た時から、奴の異常な風貌と様子には気付いていた。口元に濡れる赤い血がなんであるかにもだ。だとしても、いざそれを見ると思わず咽返るような気分になる。

 死体だ。コンテナの奥、ついさっきまであの死体野郎が蹲っていたそこには、半透明のビニール袋に入れられた死体が転がっていた。まだ歳若い、女の死体だった。

 左腕はもう食われているためかなくなり、片側の太ももはほとんど失われていた。くびれた腰は腹からずたずたに引き裂かれ、内容物である臓物が例外なく取り尽くされている。失われた左の乳房は、噛みちぎられたような痕がくっきりと残っていた。

 ただ、頭部はここに運ばれる段階で切り落とされているのか、綺麗に首から上が寸断されている。あの死体野郎が食事と言っていたから、咀嚼していたのは間違いなくこの女の死体なのだろう。

 俺は顔を歪めながら死体に近づき、改めてその状態と断ち切られていた首の断面を見つめた。俺が見た限り、死体からは多く血が出ていない。この場で死体がずたずたにされたんであれば、もっと大量の血があるはずだからこの女が死んだのは別の場所だろう。

 あの野郎に食い散らかされてしまったようだが、家畜を〆て加工するように、この死体もまた、どこか別の場所で処理されて運ばれたことを意味している。ずたずたになっていない部分が綺麗なのもそれを示している。

 頭部が綺麗に切られているのも、綺麗に殺してから首を切ったのかもしれない。多分、彼女が生きていたのならこんなにも綺麗な死体にはなっていないのではないか、素人目にはそう思う。

 最悪、拘束された状態で斬首された可能性もなくはないが、いずれにしろ死体を食べるために運ぶというのが、とにかく俺の中の感情を湧き立ててならなかった。人間など嫌いだが、いざこの死体の惨めさを目の当たりにして、なんだかやり切れない思いになったのだ。

 俺は、再びため息をついて立ち上がるとコンテナを出た。すると、少し離れたところからこちらに向ってくる人間がいるではないか。なんというタイミングの良さだ。誰か図ったのではあるまいな。俺は、そんな推測をしながら、ここをどう乗り切るべきか頭を悩ませ始めた。



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