敵地に勇んで潜入するも、それも虚しく、あっさりと連中に捕まった俺は、そのまま葬儀場の地下にまで連れてこられていた。階段を降り、さらに下に向かって緩やかな坂を降っていった先は、葬儀場の地下とは思えないほど奇妙な地下空間が広がっていたのだ。

「こんな場所が葬儀場の地下にあったなんて驚きだぜ。あんたらはここで一体何をしてるんだ」

 俺は地下の様子を見て驚いた。普通の葬儀場であれば、たとえ地下だとしても精々、火葬のための施設や装置があるくらいだろうが、ここはまるで違った。そもそも、壁がセンサーで自動に開いたというだけでも驚きだったが、ここはそれ以上だ。

 地下は、上の葬儀場がダミーであることを窺わせるには十分のもので、巨大なトンネルの地下ターミナルといった雰囲気だった。どこから運ばれてきたのか見当もつかないコンテナがいくつもあり、それが整然と並べられている。

 トンネルと思ったのもそのはずで、並んでいるコンテナ群の横には平行するレールが先の見えない向こうまで走っていた。そのレールの両脇には明りというには頼りない照明が等間隔で並んで、不気味に照らしている。

「乗れ」

 そういって連れられてきたのは、この地下コンテナ・ターミナルには不自然なまでに広いコンクリートの床張りだった。直接コンクリートに埋められたらしい鋼鉄のストッパーやクレーンなども据え付けられている。

 乗れと言われても、コンテナも置かれていないただだっ広いコンクリートの床に、それ以外は何もない場所で何を乗れば良いのか。そう思ったのも束の間、松下が広場の端にあるコンソールにあるボタンを押した途端、ガクンと足元が揺れた。不自然に開かれた場所だと思っていたそこは、コンテナなどの巨大な資材を運搬するための移動式カタパルトになっていたのだ。

 SFなどでしかお目にかかれないような巨大設備が、まさか葬儀場の地下にあるなんて誰も思わないだろう。目の当たりにしたその巨大な設備に圧倒されて、俺は思わず言葉を失った。

「これは、我が社が開発した特別製でね。かつてスペースシャトルやロケット専用の運搬車をアイディアにして作られたものだ」

「随分と巨大だな、驚いたぜ。だがこんなの作るくらいなら、作業用の車両を走らせたほうがよほど資金繰りもやりやすいはずだろうがな」

「一から作るならそうでしょう。だが、これは元々あったものを我々が買収して改修、今に至っているのです。ここは二〇世紀に政府が作らせた、巨大な地下防空壕、もとい地下施設だ。我々はそれを買い取り、自分たちの事業に必要なものに変えたに過ぎない」

「……聞いたことがあるぜ。かつて政府のお偉いさん共が有事の際に必要になるかもしれない地下施設の噂をな。あれは本当だったのか」

「そういうことです。もっとも、これはかつて時の政府が作った部分で、区画廃棄のために工事が中止されたものを買収したものだが。このために随分と資金が必要になりましたが、まあそれも目的のためなら惜しまない」

 松下の説明では、ここはヴィクターが秘密裏に行っている実験場の一つらしい。どんな実験のためなのか知らないが、工事のためとはいえ工事終了後、秘密保持しておきたい連中にとって工事車両を置かなくてはならない自体は避けたいだろうから、こんな巨大な装置も作ったというわけだ。

 俺からすれば、そんなのに金を使うくらいならもっと違う形で世界に金を投入してやれば良いものを、と思うのだが、こういう連中の考えてることはイマイチ良く分からない。

「それよりも、この動く地面はいつ目的地に辿り着くんだ。こんなのを自慢したいために俺をこんなとこに連れてきたわけじゃないんだろう」

「その通り。もう着くよ、ほら見たまえ。あそこだ」

 前方を向いたまま、松下が言った。視線を先には、巨大な岩盤をくり抜いて作られたホール状になった、作業現場であった。白い煌々としたLEDライトが薄暗い地下の中で、一際眩しく輝いている。

 そのホールを堺に左右二手に別れたレールが伸びているのを見ると、トンネルはまだ先がありそうだ。向って右側のレールからは、今俺たちが乗っている移動式カタパルトと同じタイプのものがあり、その上から積載物を降ろしているらしい作業員たちの様子もあった。

 しかし、その全員が武装している。当然、松下と俺の背後にしっかりと拘束し、監視している大男の部下たちだろう。

「おい松下。襲われたトラック、あの中に入ってた死体をどうしたんだ」

「……残念ながら、まだ見つかってませんよ。まぁ、それも時間の問題とは思ってますが」

「えらく時間がかかってるじゃないか」

 俺は嘲るように言った。計画通りだと思っていただろうに、まさかあんな形で中断させざるを得ないなど考えもしなかったろう。

「まぁ、元より簡単に見つかるとも思ってませんがね」

「どういう意味だ、それは」

「君ならもう分かってるかと思ったが、そうではないらしい」

 なんでもお見通しといった松下の態度が気に入らなかった。俺はもったいぶらずに言うよう促すが、松下は一向に喋る気がなく、今は黙っていろと言わんばかりの態度だ。

「ところでウルフ、君はなぜ死んだはずの生物が動き出すというこの逸話について、どう思うかね」

「なんの話だ」

「古今東西、古代より死者が再び世に蘇り、活躍するという逸話、伝説というのは良く聞かれる。二〇〇〇年前のイエス、その遥か数千年前にはエジプト神話のオシリス神がそうだ。

 日本神話にも大国主命がそう呼ばれる以前、大穴牟遅と呼ばれていた頃に兄弟たちに再三に渡って殺されては復活し、果てには黄泉の国に行き、生きたまま現世に戻ってきたなどもこれに分類される。もっとも黄泉から戻ってきたのは、イザナギノミコトもそうだが同じだな。

 ともかく、世界中には不思議なくらいに死と再生の物語が数多く存在している。これらは単なるお伽噺としてしか語られんが、果たして本当なのか。それこそが私の興味なのだよ」

 進んでいくカタパルトの上で、松下はこちらに一瞥することなく言った。

「そうかい。じゃぁ、あんたは不老不死にでもなりたいというわけだ。嘘かホントか知らんが、実際に、有り余る金に権力を持った連中の中には、そういう方面に手を出すのがいるらしいからな。あんたもその口ってわけか」

「いや、見損なわないでもらいたいなウルフよ。私はそこまで傲慢ではないよ。延命には興味がなくはないが、不老不死などほとんど興味がない。それがビジネスになるなら十分に考慮したいという立場だ」

「見上げるくらいに見事なまでの商売魂だな。拝金主義の鑑だ」

「否定はしない。金があればなんでもできるからね。だが、それだけでもない。私は、個人的な興味もあって、かつての神話上のお伽噺が真実であるのか、それを突き止めたいという気持ちもあるんだ。

 その中でも、私は特に血を吸う化物――即ち、吸血鬼の存在については研究したいと常日頃から思っているんだよ」

 吸血鬼――その言葉を聞いた俺はつい、昨今巷で実しやかに流布している吸血鬼による失血死事件を思い浮かべた。俺はそれを払拭しようとしつつも、疑問とをぶつけつるように言った。

「はっ、世界のヴィクター日本支社の次期社長ともあろうものが、まさかそんな世迷い言を研究テーマにあげるだなんて思いもしなかったよ。ましてや、巷でも噂されてる吸血鬼ときた。あんたはレートだけを眺めてた方がよほどお似合いだぜ」

「……君は、本当にそう思ってるのか?」

 半ば挑発的に言った俺に、松下は軽く驚いたように振り返った。まさか俺がこんなことを言うなんて信じられないとでも言った様子で、逆にこっちが驚かされてしまうほどだ。

「そりゃあそうだろう。なんで吸血鬼なんてもんに興味が出たのか、その方がよほど興が湧くというもんだぜ」

「おかしなものだ。人間など半ば超越しているであろう君がそういうなんてな」

「なに」

 思わず声が裏返りそうになった。人間を超越しているなんて言葉をかけられるなんて思いもしなかった。それだけに、俺はこれまで以上にこの男に対して警戒心を持った。俺の持つ秘密だけは絶対に知られてはならないものだ。

「なんでも、君は人探しの大名人だそうじゃないか。それこそ、他の同業者の追随を許さないほどのね。しかも君はどういうわけか、ほとんど場合に一人でそれを行っている。探偵など、大抵は少人数のチームであるはずなのに君はいつも一人だ。まぁ、君なりにコネクションを持っているようだが」

 なんだ、そんなことか。俺は心の底から安堵した。知られてはいけない秘密を知られたとあれば、それこそ危険信号なのだがそうではなかったらしい。最も、その得意な人探しとやらも俺の持つ狼並の超嗅覚があってこそなのだが。いや、俺は狼の末裔なのだから、当然だ。

「ふん、安心したね。どうやら君はあまりポーカーフェイスが得意ではないらしい」

「そりゃね。あんたらのような人員も豊富、財力は世界でもトップクラスを誇る潤沢ぶり、おまけにそのために、時間もかけられるとありゃぁ向かうところ敵なしだろう。そんなの相手にすることを思えば、誰だって安堵の一つや二つするだろうぜ」

「いや、君はそんなこと露とも思っちゃいない。それはこれまでの君の行動からも裏付けられる。むしろ、私達、と言わず、相手にそう思わせておきたいだけじゃないのかね」

 ……全く油断も隙もありゃしない男だ。その通りなのだが、俺はポーカーフェイスを気取って、さあな、とだ答えて肩をすくめた。しかし、その反応がこの男の確信を深めさせたようだった。

「……あの事故の夜、発生時のわずか数分後に、あることが起きた。その事実を君は知っているね?」

 突然話題を変えた男に、俺は意表を突かれるように思わず眉をしかめた。

「あのトラックの中にあったもの、君は見たんじゃないのかな。そして、君はいずこかへ消えた。それもわずか三〇秒後には、高速を降りて一般道の歩道を悠々と歩いている。一体君にはどんな力があるのか、私は大いに興味をそそられるのだよ」

「単なる見間違いじゃないのか。第一、俺があの晩見たのは、二台のバンが高速から降りてきて爆走していったってのを見ただけだぜ。一般道にあった監視カメラに俺の姿が映っていたとしても、単なる偶然としか思えんがね」

「いいや、それは嘘だよウルフ。監視カメラが映していたあの晩の映像を解析して繋ぎ合わせると、どうにもおかしいことになるんだ。あの道はほとんど脇道もなく、おまけに君が歩いてきた方向の監視カメラには君の姿はなかったのに、突然、脇道もないところから次の監視カメラの映像には君が映っている。

 さらにそのすぐ側、頭上には都市高速で起きた大型トラックによる事故。そこにも君の姿があった。これらは矛盾するが、映像に細工がされた様子もないことが解析からもわかっているんだ。つまり、これらが示しているのは君があの事故現場に立ち会い、その後、何らかの方法で高速から瞬時に飛び降りたんではないか、という仮説が成り立つ」

「とんだ迷推理だな。ミステリー小説だったら、面白いトリックの一つくらいはあるだろう。だが、こいつは現実だぜ? 推理小説なら面白くても、現実なんだからあんたは単なる頭のおかしい奴にしか思えない。そんな奴の下につく部下たちも可哀想なこった」

「いいや、騙されないよウルフ。君はあの晩、確かに高速の上にいた。そして、事故後にあの場から消えてすぐに一般道に降りた、つまり君は何かしら超人的な能力を備えているに違いない、私はそう踏んでいるんだよ」

 思わずギクリとした。まさかそんなところを見て情報を得たなんて、正直考えもしなかった。しかし、この反応がいけなかった。松下は、さらに確信を増したようで、向けているその顔には癪に障るご満悦な笑みが張り付いていた。

「やはり正解のようだ。君は、何か特別な才能を持っているらしい。それも、人間の持つ才能ではない、もっと圧倒的な何かだ。……おっと、そろそろ着くから下りたまえよ」

 松下はそう言って止まったカタパルトから飛び降りた。かっちりとしたスーツを着こなした出で立ちであるが、見かけ以上に身軽な動きであると同時に、想像よりも子供っぽい性格なのかもしれないと思わせるには十分だった。

 俺は後ろのゴリラ野郎に背中を小突かれて仕方なく歩きだすと、松下同様に飛び降りるよう示唆された。全く、もしここで俺が暴れようものならどうする気だというのだろう連中は。しかし、確実に普通の人間並に能力が低下してきている今、連中に逆らうのは得策ではない。

 俺は小さくため息をついて、カタパルトを飛び降りた。高さは人の背丈よりも高く、ざっと二・五メートル以上の厚みがあるカタパルトから飛び降りた俺の脚に、硬い岩盤の感触が伝わる。

「やけに身軽だね。靴を履いているというのに、どういうわけかほとんど着地音がない。それくらい簡単なら、高速から飛び降りても転落死などしないだろう」

「……ちっ」

 本当に俺は大間抜けの大馬鹿者だった。人の背丈よりも遥かに高い場所から飛び降りようものなら、普通はこう身軽にはいられないはずなのに、そんなことも考えもせずに、いつも通りの動きをしてしまった自分を殴りたい気分だった。この男は、そうした俺の動きなどを良く観察し、自分の仮説に当て嵌めようというしているのだ。

 続いて、松下の部下である実働部隊のリーダーが一切気を緩めることなくカタパルトを降りた。松下と俺は飛び降りたが、元々こいつにはきちんと昇降用の梯子が組まれてあったのだ。


「さて、どこまで話したか。そう、なぜ吸血鬼に興味が出たのか、だったね。理由は簡単だよ。彼らは実在しているからだ」

 声がひっくり返りそうになった。吸血鬼が実在しているだって? そんな馬鹿な話、あるものか。もっとも俺自身人のことは言えないが、生まれてこの方、そんな異形と出会った例がない。

 今回もまたそうだが、生粋のトラブルメーカーである俺ですら、そんな連中と出くわしたことがないというのに、この男は事も無げに実在すると言い切った。だというなら、その根拠を見せてもらおうではないか。

「そう慌てなさんな。だからこそ君をここに連れてきてやったんだ」

 含みのある松下の態度など、今から見せてくれるというその吸血鬼とやらに、俺は強く興味を引かれた。松下も、俺の食いつきように意味深な笑みを一瞬浮かべると、すぐに前を向き直って言った。

「着いてきたまえ、あの穴の奥だ」

 武装した作業員たち十数名たちを横目に、左側の穴の奥へと進んでいく松下についていく。照明などもここでは極端に少なく、ごつごつした岩盤の中を歩いているというのは、なんだかぞっとさせない何かがあった。

 けれど、そんな程度では臆さないのは俺に狼の習性があるからかもしれない。狼はそうだが、野生に生きる動物たちは、総じて夜目が良く利くのだ。俺自身もまた、そのおかげで暗がりの中でも、人間なら付けなきゃいけないだろうスコープも必要としない。

 おまけに、途中から移動用カタパルトのレールも途切れ、トンネルは奥に進むに従って次第に先細りになりつつあった。作業場から分かれた時はまだ直径十メートルにはなろうかという大穴だったが、今ではすでにその半分以下にまで狭まっているからだ。

「ここだ。この奥にある」

 やってきたのはトンネルのどん詰まりで、一見何もないように見える盛り上がった岩盤の向こうに、さらに地下へと繋がるトンネルがあった。人間が一人やっと入れるかどうかの穴で、そのトンネルの向こうには何か空間があるらしい。不思議なことに、穴のすぐ側に立つと、トンネルの向こうからかすかに空気の流れを感じるからだ。

「で、こいつを行けっていうわけか」

「もちろん」

 舌打ちしながら屈み、トンネルの中へと入った。これまでも当然湿っぽい岩肌をした岩盤だったが、このトンネルはどういうわけかそれまで以上に湿っぽく濡れているように感じられた。

 俺はしゃがんだ姿勢のままでゆっくりとトンネルを進み、ほんの二、三メートルも進んだところで不意に頭上に感じていた岩盤の重圧が消えた。トンネルを抜けたのだ。

「巨大なホール、なのか?」

 夜目が利く俺だから、そこがすぐにホール状の空間になっていることに気がついたが、照明などもさほどなかったら、どれほどの規模のものであるか、咄嗟に判断することは叶わないだろう、そう思えるほどの空間だった。

「その通り。やはり、君はこんなに暗い中でもはっきりと物を見通せるらしい。君の能力のなせる技かな?」

 遅れてやってきた松下と部下のゴリラ野郎どもが、俺の背後に立つなり、強力なLEDの照射灯で持って空間のあちらこちらを照らし出した。すると、確かにそこは先程の作業現場に負けず劣らずの巨大な地下空間になっていることが確認できた。

 しかし、先の作業現場と著しく違うものもあった。それを目にした時、思わず俺は目を細め、顔を前のめりにして見つめてしまった。

「なんだ、あれは」

「見ての通り、人骨だよ。いや、吸血鬼骨……というべきなのか。まぁ、名称についてはこの際どうでも良い。限りなく人骨によく似た吸血鬼の骨だ」

 俺はのろのろとその人骨の方へと歩み寄った。後ろから松下たちが明りを照らしてくれているから、なおのことその骨の状態が良く分かる。

「そんな馬鹿な。吸血鬼なんて……」

「いるはずがない。そう、それが常識だ。だが、これが現実なのだ。すでに一部を回収し、この骨が本物であることも確認済みだし、全く違う骨と骨とを組み合わせて作られたものではないことも証明済みだよ」

 松下は得意気に説明する。しかも、この人骨は一人や二人分でもないことも間違いなく、見えている頭蓋骨を数えただけでも、ざっと十数人分、いや二〇人分は下らない人間の頭蓋骨が散骨されていた。

 しかし、一見すると人間のものと同じであるはずの頭蓋骨群は、ある一点だけが奇妙に、それでいて強烈なまでに違いを主張していた。いずれも、犬歯にあたる部分だけが異様に長く、先が針のように尖っているのである。

 これが一つや二つなら、作り物だと批判できるのだが、見たところ全ての頭蓋骨に同じ特徴が見られた。中にはトンネルの中とはいえ長年、骨だけが晒されていたためか、先が欠けてしまっているものもあったが、だとしてもその犬歯が人間のものと同じというには、あまりに違いがありすぎる。

「我々がここを見つけたときには、すでにこの状態だった。初めて報告が上がった時は、流石の私も少々驚いたがね。だが、同時に確信に変わったよ。やはり吸血鬼は存在しているのだと、ね」

 いくら事実がそうだとしても、これまで俺が信じていたものと明らかに食い違うものを見せつけられると、人間、どうしても頭の処理が追っつかなくなる。俺は足元に散らばる頭蓋骨の一つを手にとって、しげしげと眺めては触った。

 しかし松下の言う通り、骨には継ぎ目と呼べるようなものはほとんど見当たらない。確かにヒビ割れは起きているし、今にも折れそうになっているのも間違いないが、いずれにも細工したような形跡が見られない。

「ふー……やれやれだ、やれやれってやつだ松下さんよ。まさか、本当に吸血鬼が存在してたなんてな。だが一つ忘れてるぜ。この骨が本物だとしても、この場に生きた吸血鬼がいなけりゃ、あんたの説を証明したことにはならないんじゃないか。

 過去に吸血鬼、もしくはそれに近いような連中がいたってことは今のところは認めよう、今のところはな。だが、それは過去の話であって、今現在の話じゃないんだぜ? それについちゃどう説明するんだ」

 ごもっともらしく反論した俺に、松下はこの台詞を待っていたと言わんばかりに言った。

「確かにウルフ、君の言う通りだ。私は、君の言うように吸血鬼伝説が本当であった限りなく近い証拠を提示したに過ぎない。だがね、これから起こる面白いことを前に、君がいつまで賢さという名の愚鈍さを取り払うのか、とても興味深く思えること受け合いだ」

 嫌な予感がしたのはこの時だった。俺はあろうことか、連中に対して背を向けるような形になってしまっていたのだ。完全に背を向けていたわけじゃないが、今立っている場所は、明らかに敵から攻撃してくださいと言っているようなものではないか。

「気付いても遅いよ」

 ニヤリ――松下の癪に障る台詞と笑顔の後、部下のゴリラ野郎どもが持っていた小機関銃の銃口を向けた瞬間、俺の制止の言葉も待たずに、連中は容赦なく引き金を絞った。

 何十発もの弾丸が撃ち込まれ、俺は逃げる場もなくその場に立ちすくみ、その内の数発が俺の脚や太もも、肩に腹、腕にまで被弾する。その着弾のショックで、上体を保つことは叶わなくなり、あっという間に前のめりになって地べたに這いつくばった。

「ぐぁぁ」

 漏れ出る苦痛の呻きも、連中からの掃射音によってかき消されてしまう。被弾した箇所を押さえようにも、その腕に力が入らなかったのでは意味はなく、ただただ発砲される弾丸の嵐の中を耐え抜くことしかできなかった。

 だくだくと被弾した箇所から、熱い血潮が流れ出るのを感じた。その熱さが、被弾による痛みなのか、流血による痛みなのか、それすらも判断できない。

 松下が手を上げて、掃射を止める。一時を置いて、連射音が止まり、ホール内に激しい衝撃音が反響し終えた。きんきんと頭蓋に響く発砲音に一時的に耳をやられてしまったのか、音の伝わりも鈍い。

「突然すまないな、ウルフ。だが、是非とも君には”彼ら”が本物であるかを見定めてもらいたい。きっと君も認めざるをえないだろう、吸血鬼の実在をね」

 忍び笑いを漏らす松下は、そう言って連中を引き上げさせる。しばしの間、思わぬ被害を被った俺の様子を見下ろしていたようだが、それにも飽きたのか、くるりと背を向けてトンネルへと引き下がっていく。

「ま、待て……」

 声を出そうにも、被弾のショックで上手く声にならなかった。弱々しい声は、ホールに消えた。

「安心したまえ、急所は外すよういってあるから、すぐには死なないはずだよ。君がどういう決断を下すのか、楽しみだ。そうそう、君の連れにはもう興味がないから、安心したまえ」

「待て……どういう意味だ……」

 しかし、男は聞こえたのか聞こえなかったのか、俺の言葉を無視してトンネルの向こうへと消えていく。誰もいなくなった地下空間に一人残された俺は、被弾による痛みを耐えるように、ただ苦悶の呻き声も漏らすだけだった。



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