2
車は俺がアジトの一つとして使っている雑居ビルへとやってきた。オーナーが親子三代に渡って守ってきた小さな雑居ビルだが、戦後の高度経済成長期に建てられたがゆえ現在の耐震基準に見合っておらず、数年以内の取り壊しが決まっているビルだ。
よって現在は誰も使っていないが、俺はそんな古ビルをアジトの一つとして使い、今度のような場合に限って使う場所として决めていた。周囲にもほとんど人がいない再開発地区に指定されているということもあり、人目をあまり気にしないで良いのが気に入っている。
「さあ、降りな」
「うぐぐ」
車を降りて、トランクから岡部と大野の二人を運び出した。大野は俺の締め付けとクレオによる踏みつけのせいか今だ意識を失っている。しかし、岡部は与えられた痛みに意識がはっきりしているため、引き立てられて歩かせる。
ビル地下のガレージへと連れて行くと、まず岡部を適当なパイプ椅子に座らせる。もちろん、拘束は解いていない。
「ここなら、ちょっとやそっと叫んだくらいじゃ声が響かない。これからあんたらを尋問するには絶好の場所だと思わないか」
「ふぐぐ……」
岡部は尋問という言葉を聞いて、布で作った猿轡を噛まされている口から呻き声を漏らしながら顔を青ざめさせる。尋問という名の、拷問が行われるということを分かっている顔つきだった。まぁ、否定はしないので無視する。
「おっと、悪いな。今からそれを取ってやる。だが、こちらからの質問の答え以外に口を開くな。連帯責任だというのを忘れるなよ」
まだ伸びている大野を横目に、一先ず軽めに脅しを入れる。岡部は全く関係ないはずなのに、連帯責任と聞いて怯えたように大野へ視線を落とした。
「さ、早速始めよう。岡部の旦那、あんたと大野、なんでも死体集めをしてるそうじゃないか」
先陣を切って言った。冗談めかして、軽い口調で言ったつもりだったが、目が笑っていないのに気づいた岡部は、まだしている猿轡を嫌というほど噛み締めている。
「おっと、悪いな。まだ取ってなかったよ。さあ、これで喋れるだろう。質問に答えるんだ」
「あ、あんた、記者じゃなかったのか……」
「ああ、違う」
言うと同時に岡部の顔を叩いた。はたくとはいうが、下手すれば歯や軟骨がガタガタいってしまいかねない、強打だった。岡部は、まさかいきなり殴られるなんて思わなかったのか、この瞬間を持って、完全に俺の支配下に置かれたことを本能的に理解したに違いない。
「うあ、や、やめて……」
「今のはほんの挨拶代わりだ。次からはこっちの質問に答えないなら、骨を一本ずつぶち折る。答えるまで続くからな。分かったな」
「ああ、ああ……」
軽く小突いた程度だというのに、岡部はぶるぶると唇を震わせていた。完全に恐怖に支配されているのが明確になっている顔だった。
「ではもう一度だ。なぜお前らは死体を集めているんだ。今日、わざわざ大野の爺を訪れたのも、何か関係してるんだろう」
「そ、それは……」
恐怖に支配されているとはいえ岡部も言いにくいらしく、すぐには口を割ろうとしない。俺は、ご立派な心がけだ、と腕を振り上げる。
「ま、待ってくれ! 言う、言うよ! 言うから!」
また殴打される痛みに苦しめられるのかと思って、岡部は焦って早口になっていた。さすがにこれ以上は引き伸ばしておけないと思ったのか、ブルブルと震える唇から絞り出すように言葉を紡いだ。
「わ、私たちは何も別に好きで死体を集めてるわけじゃないんだ……」
「商売のためってわけか」
「いや、そうじゃない……い、いや、それもある! それもあるが、そうじゃないんだ。頼まれたんだよ、そこの大野の爺さんに!」
「クレオ、爺さんを引っ立てろ」
岡部から目を離すことなく、俺は床に伏せたままになっている大野を椅子に座らせるよう指示した。クレオは丸々と太った爺を引きずりながらも椅子に座らせると、後ろ手に椅子の背もたれに縛った。
「爺さんが目を覚ましたらすぐに裏を取る。話を続けな」
「大野の爺さんが言うには、ある日の夜、突然訪問者があって、死体を調達してほしいと頼まれたと言ってた。ほ、本当だ! 私はそう聞いただけで詳しくは知らないんだ」
「お前さんが本当はどこまで知ってるかは俺達が判断する。それよりも、小倉真奈美についてはどうだ。お前が彼女が失踪する前日に働いてる店を訪れて、指名したというとこまでは裏が取れてるんだ」
「ぅ……そ、それは……」
岡部は言い淀む。もちろん容赦する気のない俺は、拳を上げて男の頬を叩きぬいた。小気味よい音に混じって、ゴンと固い音も感じた。軽く叩いただけだが、腕を振り抜いてしまったために口の中で歯がガタついたのかもしれない。
「うああぁぁ……や、やめてくれ! 言う、言うよ! 会った! 真奈美と会った! 彼女は爺さんに指定されたその日に、ある場所へ行くよう伝えに行ったんだ」
「ある場所ってのは」
「辰野葬祭だ! そこに行くよう指示したんだ」
「ほーう、まるで使いっ走りみたいなことを仮にも社長のあんたがやったっていうのか? 信じられないね」
「本当だ! 私は彼らに逆らえないんだ、信じてくれ!」
「彼ら?」
続けて反問しようとした時、ようやく岡部の隣に座らせた大野が意識を回復させた。全く、タイミングが良いやら悪いやらだ。
「気分はどうだい、爺さん」
「うぅ……お前は……」
「事件屋ウルフといや、あんたくらいなら一度くらい耳にしたことがあるんじゃないか、え? 六道会の親分さんよ」
「ウ、ウルフだと……? 知っているぞ……妙な事件に首を突っ込んではかき回す、悪童がおると……きさまのことだったのか」
「そういうことだ。これまで吉野組との連中とは何度か遊んできたからな。幹部であるあんたくらいの耳にも入ってもらえてるとは光栄だよ」
「ふざけおって……」
「いいや、ふざけちゃないぜ。俺にとっちゃ、ヤクザもんは単なる遊び道具と同じさ。ちぃとばかし面倒でもあるがな。
それよりもだ爺さんよ、今岡部を尋問してたんだが、あんたに裏付けしたくて待ってたんだ。岡部の話じゃ、あんたの依頼で死体集めさせてたって話じゃないか。本当なんだな」「……ふん、それがどうした」
流石は吉野組、全国にその名を轟かせ、反社会的勢力の一つとして海外からもその名を知られたジャパニーズ・マフィアの幹部だけある。随分、ふてぶてしい態度だ。先程は簡単にやられたが、態度は大物としての貫禄が出ている。その貫禄ぶりは、岡部とは比にならない。
「なんでも、何者かから死体集めを指示されたそうじゃないか。何者なんだ」
「ふん! 小僧、お前なんぞに教えたところで、どうにかできるような問題だと思ってるのか」
「ああ。できるかもな。俺は確かに事件屋だが、そこいらの腕っ節が強いだけのチンピラや半グレとはワケが違うんでな。分かるだろう?」
冷たい瞳を大野に向けた。なんの感情もなく、ただただ事実だけを告げる時のあの冷淡な感じだ。爺さんはそれだけで俺が何者か、ある程度の察しがついたらしい。だが、それは冷酷な殺人者としてのそれで、俺の本性を知ってのものではないだろう。
「お前……どこの組に雇われた?」
「それこそあんたにゃ関係ない話だね。あんたは俺に情報だけ教えりゃそれだけで良いんだ」
「ふん、アメリカか。それとも、中共の連中か……」
大野は忌々しげに俺を睨みつけた。そんな睨みなど俺に効くはずもないのだが、中々の迫力だと感じてしまうのは今が新月期だからだろうか。
しかしまさか、この爺さんの口からアメリカだとか共産圏だとかの言葉が聞けるとは思いもしなかった俺は、少し考え事に耽ってしまいそうだった。どうやら、こいつは俺が向こうの諜報員か何かだと考えているらしい。
「しかも、よりによって警察の関係者にも紛れ込んでおるとはな……」
そういってクレオの方を一瞥した。なるほど。察しが良いのは分かったが、かなり当てずっぽうというもので、クレオが警察内部に潜入した現地の工作員か何かだと思っているようだ。ならば、今はそういう体で話を進めようではないか。
「どちらだっていいさ。とにかく、あんたらに死体集めをしてもらうのは迷惑なんだ。で、その大本を締めようと思って、今回あんたらをここに招待したってわけだ。分かってもらえたかな」
「ふん……何度も言わせるな、小僧。お前ごときに何もできるものか。どちらのスパイかは知らんが、結局は連中の犬ではないか、愚か者めが」
その瞬間、俺は口が出るよりも早く手が出ていた。大野の鼻っ面が瞬時にひしゃげ、勢い良く頭が後ろに振れた。あまりの勢いの良さに首を痛めかねない鋭い打撃を、考えるよりも早くに加えていたのだ。
「んぐぅぉ……」
まさかこんなにも早く痛めつけられるとは思わなかった爺は、ひしゃげてしまった鼻から垂れ流れる鼻血に、口からまともな呼吸機能を失った。
「大神さん」
さすがに、見てられなかったのか、クレオも驚きに瞳を大きくして叫んだ。
「俺を犬と一緒にするんじゃない。いいな爺。今度はこんなもんじゃ済まさないぜ。次は指だ。一本ずつ指をぶち折る、いいな」
「うぐぅ……ず、図星か」
懲りない爺さんに、俺は背後に回って後ろ手にしている腕の縄を解くと、右手の指を二本掴んで、上方向に掴み上げて両手を使って挟むように力を加えた。すると、嫌な感触と音がして爺が悲鳴を上げた。
「ぐああ……な、なんて奴だ、指を二本も……」
その様子を隣で見ていた岡部は、今にも泣きそうな顔で青ざめていた。その視線を感じた俺は、男の方を振り向いて近づいた。
「ひぃ……し、知りたいことは全部言うから、酷いことはやめてくれぇ!」
「ならば教えろ、大野に指示したっていうのは何者だ」
「た、辰野葬儀のオーナーで、辰野冬彦って名の男だ! 私のところにも死体を集めのために毎月報酬を貰ってる! 辰野から仕事の依頼がある時は、いつも大野さんのところに行くよう言われてるんだ、本当だ」
矢継ぎ早に言った岡部のことなど、まるで無視するように俺は手を振り上げた。今まさにその手を振り抜こうとした瞬間、その手をクレオが掴んだ。
掴まれた手を瞬時に反転させて捕り返すと、上体が崩れそうになったクレオが小さく呻いた声に我に返った。
「……やりすぎだ大神さん。これ以上は見過ごせない」
苦悶の滲む声でクレオは俺を見上げていた。犬などと呼ばれて我を忘れてカッとなった自分を恥じた俺は、その手を離して一呼吸置いた。どうも犬などと呼ばれると、頭に血がのぼるこの悪癖は直さなくてはならないと改めて思わされる。
「……お前は事故など起こしてないと言ってたが、あれは嘘なんだろう。あの日、そのトラックが高速に乗る前に葬儀屋に立ち寄ってたとこまでは分かってる。あれは、死体を運ぶためだったんだな?」
俺は低い囁くような声で詰問した。岡部は、ぶるぶると頭を垂れて頷く。……やはり。俺はさらに、襲撃にあったトラックをその日のうちにスクラップ工場に移送したことを確認し、質問を続けた。
「随分と大掛かりだな。なんだってそんなことをした? あの事件で警察も来たはずだ。俺の情報屋が言うにはメディアも規制されてたという話だが、報道規制をするってことはもっとレベルの高いところからの達しが来てたんじゃないのか。いくら、そこの爺さんが全国に手を伸ばした広域指定暴力団の幹部でも、さすがにできることとできないことがあるはずだからな」
「そ、それは……事故を起こした直後、私のところに一本の電話がきた。トラックが襲撃されたが、私は全て知らぬ存ぜぬを貫けと……」
「やっぱりな。で、それを言ってきたのはどこのどいつだ」
俺が問いかけられて、岡部は恐怖に慄いた。何を言っても信じてもらえないのではないか、そんな恐怖に言葉を詰まらせたのだ。その通りで、俺はもう一度手を振り上げる。
「その男は知らんよ……」
答えは意外なところから返ってきた。俺はそちらを振り向いて言った。
「目が覚めたようだな。なら早速、こっちの質問に答えてもらおう」
「けっ……若造、調子に乗るのもいい加減にしておけ」
「忠告なんて無駄だぜ、爺さん。その若造にしてやられてここにいるってことを忘れるな」
「ぐ……おのれ」
先程二本指の骨をぶち折ってやったのに案外平気そうなので、俺はすぐに反対側の腕を掴んだ。大野の爺は俺の意図を察して、腕を掴まれた瞬間に顔をひきつらせた。
無言のまま、再び老人の指を二本掴みあげて、一気に関節とは逆方向に折り曲げた。掴んだ手にぼこんぼこんと鈍い音が伝わった。
「うぐぅ!」
今度犠牲になったのは人差し指と中指の骨だった。掴まれることによって力の逃げ場を失った骨は、その衝撃を全て骨に伝える。こうすると、痛みはより強く感じられるようになるのである。
大野はその激痛のために、肥え太った巨体を震わせながら悲鳴を上げた。両手の指を二本ずつぶち折られて、流石の大物ヤクザも悲鳴を上げざるを得なかったようだ。
「これはほんの挨拶代わりだぜ、爺。反抗的な態度を取った罰だ。あんたは大物ヤクザだから、指を二本ずつ折ってやる。あんたほどの高齢なら、この負傷が今後死ぬまでの後遺症になりかねないから気をつけたほうがいい」
俺は努めて冷静に告げた。俺の前では、どんな人間だろうと質問に素早く、正確に答えられなければ待っているのは痛苦だと思い知らせておくために必要な措置である。それだけこちらも本気だという意思表示にもなるので、「尋問」には大変有効な手だ。
「ぐ、ぐぅう……て、丁重に扱うことを知らんのか、きさま……」
「勘違いするな爺さん。俺はかなり相当に優しいほうだぜ。言っとくが、隣の奴はもっと残酷だ。指を切り落とさなかったんだからな。こいつは、質問して三秒以内に喋らなければ、一本ずつ指を切り落とし、そいつを餓えた猛獣の餌にするのが趣味だ。尋問官として、今まで吐かせられなかった人間は一人としていない。もし俺の質問に答えられなければ、あんたは最悪の尋問官によって、生まれてきたことを後悔するような地獄を味わわされることになる」
「う、ぐぐ……き、貴様ら……ロシアのスパイ、か……そうだろう。こんなやり方を好むのは、旧KGBの連中と、同じだ……」
「そんなのはどうでも良い。あんたらには関係ない話だ。俺の質問に答えるためだけに今あんたは俺達に生かされてる。それを良く肝に銘じておくことだ」
やれやれ、まさかこの爺の口からロシアのスパイなどという単語が出てくるとは思いもしなかった。確かに、この残虐な手はかつて「世話」になったロシアの工作員たちから伝授されたものだ。いかに効率よく、かつ正確に行うかがキモだと言われたのを覚えている。
もちろん、クレオが尋問官だなど所詮は単なる口脅しによるでまかせだが、向こうが勝手にスパイだと勘違いしたんであればそれを利用しない手はない。俺が不死身のスーパータフガイだと言った所で、この爺はきっと鼻で笑うに違いないからだ。
岡部に至っては、大野の口走ったスパイだとか、尋問官だとかいう言葉を完全に鵜呑みにした様子で、下手をしたら今すぐにも自分の命の灯火が消されてしまう、とでも勘違いしているに違いない。
「それじゃ知らない岡部に変わってあんたが答えるんだ。岡部のところにかかってきたっていう電話の主は誰なんだ」
「ぐぅ……松下、という男だ」
「松下? 何者だ」
大野によると、松下という人物は世界に名高いヴィクター社日本支部の役員の一人らしい。その松下がトラック襲撃の数時間後には電話をかけてきた、というのだ。
「松下は、事故による損失分は全て連中が保証することと、問題はないと思うがもし警察に嗅ぎつけられても知らぬ存ぜぬを貫くことを告げて、電話を切りおった。無論、その後警察から何か嗅ぎつけられたことはない。ウルフよ……今日、お前が初めてよ」
「事故に六道会が絡んでたこと、これ自体はもう知ってたさ。ついでに言うと、襲ったのが茂夫の命によるものだってこともな。でなきゃ、わざわざ茂夫に報復なんてしないだろうからな」
「……くく、お前もやはりそう思うか」
「それはどういう意味だ爺さん」
「わしら六道会は確かに武闘派で名通っとる。だがな、それは必ずしも全てというわけじゃないのよ。分かるか、この意味が」
「そいつはつまり……」
六道会には、全く別の実働隊が存在している、ということだろうか。六道会を隠れ蓑に、全く違う連中が潜んでいると、そういうことだろうか。
「察しは良いようだな小僧。その通り、情けない話だがわしら六道会にはもう一つ、別部隊がおる」
「まさか、それがそのヴィクターとやらの回し者だというのか」
「ふん、そういうことよ。……いや、正確ではないな。そもそもわしの親父、先代が立ち上げたこの六道会が武闘派と呼ばれるようになったのは、奴らによるところが大きいのだ。
ヴィクター社は実に多方面に商いの手を伸ばしておる。科学、医療、証券取引会社も運営しておるし、日本ではあまり馴染みはないが、海外では民間軍事の運営母体ともなっとる。それどころか、軍需産業としてもその技術を外国の軍に売りさばくことも厭わん、そんな連中なのよ。連中がその気になって攻めてきたら、日本の極道者が寄せ集まった所で一溜まりもないわ」
「……そんなのは初耳だな」
俺はクレオの方を一瞥した。するとクレオもクレオで、大野の言ったことは初めて聞いたとばかりに、眉をひそませて小さく首を振った。
「一溜まりもないというのは、それだけ連中の規模はでかいというわけか、その民間軍事会社の部隊が」
「一応、民間軍事会社としての体を装っておるが、果たしてどこまでが本当なのか知れたものではないわ。どうも、ただの軍事会社の部隊とは違うように思う。もっとも、別のところから派遣されたような、そんな雰囲気がある」
「じゃあ、茂夫を襲撃したのはあんたの命令じゃないのか」
「当然よ。確かにここのところ近藤の奴は、事ある事にわしのやることに反発しておったが、それを理由に報復なぞせぬわ。もっとも、もし奴が本気でわしを狙おうものなら話は別だが。
松下がわしのところに電話してきた時に、なんとなく嫌な予感はしておった。近藤が何かしでかしたんではないかとな。あの晩、奴は部下に命じて輸送中のトラックを襲撃した。中のものをどこかに移したらしいが、それについてはよく分からん。とにかく、その報復のために奴は襲撃されたのよ。
小僧ども、スパイであるお前たちならもう分かっとるんだろう、近藤が襲撃された日、わしのところを訪れたことを。奴は、あの日わしの組、六道会を抜けると言い張りおったのよ。わしが何とか掛け持つと言ったが、聞かなんだ。そうして数時間後にはあの様……何も死ぬことなどなかったはずだ……」
大野の爺さんは、表情を曇らせて俯いた。なんだか湿っぽい話になってきたので、俺はそれを振り払うように言った。狼の習性を持つ俺にとって、この手の同情を誘うような話はどうにも弱いので、まだ理性が効いているうちにそれを振り払うのだ。
「いずれにしろ、その話が本当なら茂夫はもう駄目だったろう。あのチンピラが一端の大物組織の幹部にまで上り詰めることができたんだから、あいつにとってはこれ以上ない大出世さ。俺から言わせてもらえりゃ、豊臣秀吉だって驚きの奇跡の大出世といっていい」
「ふん……そうかもな」
「では、茂夫が命令して襲撃させたというトラックに入っていた死体、あれは今どこにあるんだ」
「……やっぱりそうくるかよ。だが残念だな小僧。近藤の奴、死体の行方は誰にも教えなかった。自分の部下たちにすらな。襲撃して回収させた死体は、茂夫の手によって直接どこかに隠されたのよ。つまり、今誰もが躍起になって探しとるというわけだ」
ニヤリと爺が一矢報いんとばかりに不敵な笑みを浮かべた。それが気に入らず、俺は大野の奥歯がガタつくほどに思い切り拳を振り抜いて黙らせた。大野は血反吐を吐きながら、ついに頭を垂らし静かになる。
「どう思うクレオ」
「ええ。今の話に嘘が混じっているとは思えません。確かに荒唐無稽であるような部分も見受けられますが、大筋では真実を述べているのではないかと」
「だよな。俺もそう思う」
「屋敷に侵入した際、手下の数がえらく少ないのが気になってましたが、これで納得もいきます。あそこまで手薄だったのは、おそらく死体の回収のために人員を割いていること、近藤茂夫の部下、つまり残党狩りに繰り出されている可能性もあります」
「残党狩りか。それも大いに有り得る話だな。だが、それだけでも無いような気がしないでもないんだ」
「ええ、その点は同意します。幹部が死んだとあれば、組内でもっと騒動になっても良い。ですが、我々が監視している内でそれらしい動きはありません。少なくとも幹部が死んだわけですから、下手すれば内部分裂すら起きかねない大問題だというのに、です」
クレオの指摘に俺は大きく頷いた。その通りなのだ。大物幹部が死んで六道会内部で大きな混乱が起こってもおかしくないのに、それらしい動きが一切ない。それは街中を歩いていても良く分かる。大きな混乱が起きている時は、街中でもそれらしい連中が血気盛んに闊歩するのが珍しくないからだ。
しかし今度の騒動で、六道会の連中が大きく騒ぎを起こしているという話は一切聞かない。その点はこの大野の爺がうまくやっている証拠かもしれないが、それはつまるところ、下や横繋がりの連中にも知られないよ、内密に処理したということだろう。
これは、今しがた爺が話した内容の裏付けにもなる。松下とかいう人物がトラックの襲撃に対して行動を規制したあたりも、極力情報統制を敷いた証拠といえるかもしれない。
「とすると、やはりあそこかな」
「心当たりが?」
「まぁな。とはいっても確証はないがね」
「またいつもの勘ですか?」
「またいつもの勘だ」
ニヤリと口元に笑みを浮かべて、俺はこの場をクレオに任せてその場に行ってみることにした。まだ全てが済むまではこの二人を解放するわけにはいかないので、ここをそのままにしておくことはできない。
本来は警察の人間であるクレオに行かせるのが筋だが、俺の直感は間違いなく人知に及ばないことがあるはずだと告げている。そこにクレオを行かせて何かあれば、それこそ俺に仕事を依頼した意味がなくなってしまう。
ともかく俺は昼間、あの現場近くのビルで見つけた跡を追っていった先で見つけた、その場所へと向かうことにした。妙な動悸を感じながら、俺はアジトに置いたままになっていた古ボケたブルーバードに乗り込んでその場へと走らせた。
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