第31話 例の作戦
「全く効いてねぇ……なんつー硬さだよ」
「流石は神の創った怪物ッ!俺たちじゃ相手にすらならないのか!」
「奴の牙と爪には特に注意しろ!!あれにやられれば、ひとたまりもないぞ!!」
突如として現れた巨大な狼、フェンリルはイデトレアの中心部で暴れていた。
海乃とヘラクレスの部隊は前線にて魔獣や巨人の相手をしていたため、フェンリルに対して応戦したのは後方で医療部隊を守っていたカレンの部隊だった。
「皆さん下がってください!奴は私が相手をします!皆さんは医療部隊の護衛に専念してください!」
「カレンさん!!了解ですッ!」
「え!?で、でもあんな化け物を一人で相手するなんて……」
その時、部隊の指揮官であるカレンが現れ部隊に後方へ下がるよう指示を出した。
カレンはたった一人でフェンリルを相手にしようとしていたのだ。フェンリルは応戦した部隊をものともせず暴れていた。そんな相手と一人で戦うのはあまりにも無謀であり、部隊の中には異議を唱える者もいた。
「いいから引くぞ若いの!お前はまだこの部隊に配属されて日が浅いから知らんと思うが、あの人に限っては問題ねぇ!」
「そ、それってどういう……」
「あの人はそれこそ前線で戦ってる海乃軍務総長と同等の戦闘力をお持ちだ!だからあの化け物とも戦えるんだよ!むしろ俺たちがいるほうがカレンさんの邪魔になっちまう!!」
「な……なるほど、わかりました!」
部隊はカレンを残し後方へ引いて行った。
「………………」
「グルルルゥゥゥゥゥゥッ……」
一人残されたカレンは刀の柄に手を添え、腰を落としてフェンリルと対峙した。対するフェンリルも毛を逆立て、牙を覗かせて唸り声を上げている。
カレンとフェンリルが共に突撃の体勢に入ったその時、両者の姿が消えた。
ギイイィィィィィィンンッ!!!!
「くっ……ッ!」
「ガルルゥゥゥゥッ」
カレンの高速の抜刀とフェンリルの強靭な爪が激突し、周囲に強い衝撃波を発した。
カレンの刀とフェンリルの爪は鍔迫り合いの状態となったが、その体格の差と筋力の差から徐々にカレンは押されていく。
「はっ!」
「グルァッ!」
しかしカレンはフェンリルの爪を後ろに受け流し、すぐさま切り返した。
だがフェンリルはその体軀に見合わないほど軽やかに跳び、カレンの斬撃を躱す。
「はあぁぁッ!!」
カレンはフェンリルが斬撃を跳んで避けた隙をつき、フェンリルの体に数十発もの斬撃を見舞った。
その斬撃はあまりにも速く、体勢の整っていない状態のフェンリルは避けることができずまともに食らった。
「グルルゥゥゥゥ……」
しかし、フェンリルの体にはかすり傷ひとつなく無傷だった。
フェンリルは一度体勢を立て直すため、後方へ下がった。
「……何という身のこなしでしょうか。それに加え爪と体毛の硬さ、私の持つ神器“天羽々斬”ですら切り刻めないとは」
カレンの持つ刀はただの刀ではなく、神器と呼ばれる伝説の武具だった。そんな神器ですら傷がつかないほどフェンリルの体毛は硬かった。
「あなたの相手をするのは、少々骨が折れそうです」
「グルルルゥゥゥ……」
「しかし……それでも私はあなたの相手をしなければなりません」
カレンは決してフェンリルに押されているわけではなかった。
数十人規模の部隊ですらまともに戦えなかった相手に、たった一人で挑んでいた。しかしそれは決して仲間が邪魔だからではない。
一人でフェンリルの相手をするのには、とある理由があったからだ。
「なぜなら、私はこのイデトレアを守る公務総長。魔獣だろうと、怪物だろうと、神であろうと、この国を襲う者であるなら倒さなければならない。それは私の役目であり、いち神殺しとしての責務だから!さぁ、来なさいフェンリル。偉大なる神殺しの国を襲ったことを後悔させてあげましょう!」
カレンは刀を正面に構え、フェンリルを迎え撃つ。その体からは、闘気に満ちた強大な力の波動が溢れ出していた。
フェンリルはカレンの発する気迫に一瞬たじろぐが、その凶暴な本能のままにカレンに飛びかかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フェンリルとカレンの戦いは苛烈を増していた。爪と刀が何度もぶつかり合ったり、お互いの攻撃を高速で避け合っていた。
だが、何合も打ち合っていく中でフェンリルの無尽蔵の体力と強靭な力の前に、カレンは若干だが押されていた。
「ふぅ、ふぅ、いい加減あなたの攻撃を受けたり、避けたりするのも疲れてきましたね」
「グルラァァァアアッ!!」
カレンは刀を真っ直ぐフェンリル向けた。フェンリルの攻撃を避けるそぶりはなく、また受け止めるそぶりもない。
フェンリルは爪を構え、何度目かになる高速移動でカレンの目の前に一瞬で現れる。フェンリルは何の行動も起こさないカレンに向け、鋭い爪を容赦なく振り下ろした。
「刀身流るるは水の如しーー
「ガルゥッ!?」
しかし、フェンリルの攻撃はカレンにあたることはなかった。それどころかフェンリルはバランスを崩し、カレンの後ろに転がってしまった。
フェンリルの攻撃を避けたり受け止め続ければ、やがて体力の限界が訪れてしまう。そこでカレンはフェンリルの攻撃を逆に利用し、後ろに受け流したのだ。
「……ふぅ、気を抜くとこちらがやられそうです。まぁでもよかったです。今回の私の任務は、あなたを“倒すことではない”のですから」
「グルルゥゥ……ッ!?グルアァァッ!!!」
その時、フェンリルの足元から鉄製の鎖が飛び出し、フェンリルの体に巻きつかれていった。
「“ドローミ”です。あなたの動きを拘束するために用意しました。まぁあなたなら難なく引きちぎれるでしょうけどね。それでも、一瞬動きを封じることはできる。私の任務は、あなたを引きつけて一瞬だけでも動きを封じることだったんです」
カレンは最初からフェンリルを倒す気ではなかった。
倒すのならば自らが戦うだけでなく、部隊に支援をさせればいい。それをせず部隊を退却させ一人で相手をしたのには、自分一人に注意が向くようにするためだったのだ。
「あなたの主人を恨むといいです。このイデトレアに攻め込むというのが、いったいどれだけ無謀なことか。あなた方は、喧嘩を売る相手を間違えた」
「そう、その通りよカレンちゃん。よく頑張ったわね」
「……ッ!?グルルルゥゥゥゥッ!!!」
突如としてカレンとフェンリルの間に人影が現れた。それは作戦本部にいた魅惑的な女性、キーキだった。
キーキの出現にフェンリルは激しく警戒する。それは何もないところから現れたからではなく、キーキの中から感じ取れる強大な力の波動が本能的に危険だと判断したからだった。
「ハァ〜イ!可愛いワンちゃん!いきなりでごめんだけど……バイバイよ」
「グルルゥゥ……ガルアァァァァアアッ!!!」
フェンリルは体に巻きつかれた鎖を爪や牙を用いて破壊した。
しかしすでにフェンリルの足元には真っ白に輝く魔法陣が展開されていた。
「心踊る幻想、夢物語、それは帰還なき旅路なりーー
フェンリルは足元から発せられた眩い光に包まれてしまう。
光が晴れるとそこには、巨大な狼の姿はなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フェンリルはいつのまにか真っ暗な場所にいた。
先程まで街中でカレンと戦っていたが、突然現れたキーキが展開した魔法陣の光に包まれ、気がつくと全く別の場所にいたのだ。
「ッ!!グルルルゥゥゥゥ……」
フェンリルは周囲を警戒した。その理由は周囲に強大な力の反応があったからだった。
すると壁の松明に火が灯ったようで、その場が明るく照らされる。その場には、槍を持った女性と大柄な男性が立っていた。
「ほう?“神喰らい”か。なんか俺たち“神殺し”とキャラ被ってません?姉御」
「こんなケダモノと一緒にするな馬鹿者。こいつは神を喰らう者、対して我々は神を殺す者だ。そこには明確な差がある」
そこにいたのは、前線で魔獣や巨人と戦っているはずの海乃とヘラクレスだった。
「グラーフとデュリンは下がっていろ。だがもしこいつが外に出ようとした時は、その命を賭してでも止めろ」
「了解です海乃様」
「しょ、承知しましたっ!」
海乃とヘラクレスの後方、その部屋の入り口と思しき場所には転移門の門番、グラーフとデュリンがいた。
「初めましてだなフェンリル。私はこの国の軍務総長、白神海乃だ。こいつは副長のヘラクレス。そして今我々がいるここはイデトレアにある唯一の出入り口、カテレア神殿の中だ。お前は我らの仲間、キーキの力によって強制的にここまで転移されて来たのさ」
キーキはフェンリルを街中からカテレア神殿内部に転移させたのだ。それは優香の使う転移魔法とは違い、自分ではない存在を強制的に別の場所に転移させるというものだった。
キーキがフェンリルを強制的に転移させる魔法を発動するまで、フェンリルの注意を引く役目を担ったのがカレンだった。さらにフェンリルの動きを一瞬だけ拘束し隙を作ることで、フェンリルを逃がすことなく転移させたのだ。
「さぁ“神喰らい”フェンリル、貴様には消えてもらう。ここは神を殺す存在、“神殺し”の国だ。“神を喰らう”程度の存在が来ていい場所じゃないんだよ」
その時、突然フェンリルの後方から黄金の光が発せられた。それはイデトレアと他の世界をつなぐ門、転移門だった。
「やるぞヘラクレスッ!!」
「了解です姉御ッ!!」
海乃は槍を、ヘラクレスは拳を構えてフェンリルの懐に飛び込んだ。
「海を割り、大地をえぐれーー
「地表を穿ち、空を飛べーー
海乃とヘラクレスの一撃は、強靭な肉体を持つフェンリルを吹き飛ばすほどの一撃だった。
「グガァァァアアッ!!!」
吹き飛ばされたフェンリルは後ろにあった転移門に衝突した。
すると、転移門から放たれている黄金の光がフェンリルの体に纏わりついていく。
「グルッ!?グルアァァ!!グルアアァァァァアアッ!!!!」
フェンリルの体に纏わりついた光は、少しずつフェンリルを転移門の中に引きずり込んでいく。
それに危機感を抱いたフェンリルは爪を立て、脱出しようと必死にもがいた。しかし黄金の光からは逃れられず、一進一退になっていた。
「ほう?抵抗するか。流石はあのロキが創った怪物だ、しぶとさも親譲りか」
「グルルゥゥ……グガァァァアアッ!!!」
「うむ、このままでは拉致があかないな。もう一度強烈なのを叩き込むか……ッ!?これは……」
その時、海乃は遠くから高速で近づく存在に気がついた。
「ふふ、流石なのはこちらもか。グラーフ!デュリン!入り口を開けるんだ!!」
「ッ!了解です!」
「は、はいぃーっ」
それは街から高速で突撃してきた。軍服と短く切り揃えられた黒髪をなびかせ、その勢いのままカテレア神殿に突撃し、転移門で暴れているフェンリルに強烈な一撃をぶつけた。
「我が刃は風刃なり、全てを貫く進撃なりーー
ズガアアアァァァァァァァアアンンンッッ!!!!!
「グルアアアァァァァ……アァァ……ァァ……ァ……」
その高速の一撃によってフェンリルは転移門の中に押し込まれ、黄金の光に包まれて消えてしまった。
その一撃を放ったのは、街でフェンリルと戦っていたカレンだった。カテレア神殿に転移されたフェンリルに追いつき、抵抗するフェンリルに追い打ちをかけたのだ。
「ふぅー、言ったでしょう。イデトレアを守るのは私の責務であると、そしてこの国を襲ったことを後悔させると。愚かな所業をしたこと、次元の狭間で体が朽ち果てるまで悔やみ続けるといいです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます