第17話 不穏な影
「ハァ、ハァ、ハァ」
優香は走っていた。真っ暗闇をただひたすら。その先にかすかに存在する、親友の後を追って。
「お願い、待って!……恵美!!!」
しかしその声は届かず、無情にもその姿は遠ざかっていく。
「なんで、なんで私は……」
その時、遠くにいた恵美が振り返った。その目には涙が浮かんでいた。それに気づいた優香は必死に手を伸ばした。しかしその手は恵美に触れることはできなかった。その時、
「はっ!……はぁ、はぁ、ゆ、夢?」
優香が見ていたのは夢だった。しかしそれはあまりにも鮮明なものだったため、優香は汗をかいていた。
「はぁ……とりあえず起きよう」
優香は布団から出ようと上体を起こした。すると優香は布団の中に違和感があることに気がついた。
「ん?あ、あれ!?エンジェちゃんにクロームちゃん!?」
「うーん……あ、起きましたか」
「うう……ふあぁぁ」
優香の寝ていた布団の中には、エンジェとクロームが潜り込んでいたのだ。エンジェとクロームは目を擦りながら起き上がった。
「おうさまから優香さんの様子を見て来て欲しいと頼まれて来たんです」
「寝てたら起こさずに自然と起きるのを待てって言われたから、じゃあ起きるまであたしらも寝ようと思って……ふあぁ」
「優香さん、何かにうなされている様子でした。そこでクロームが一緒に寝てあげようって」
「ちょっ!それは言っちゃダメだって言ったじゃん!」
「い、痛いでふクローム」
クロームは約束を破ったエンジェの頬をつねった。クロームはうなされている優香を心配し、一緒に寝てあげることによって安心させようとしたのだ。しかしそれを優香本人に言うのは恥ずかしかったのか、はぐらかしたのだった。
「そ、そうだったんだ。ありがとうね、エンジェちゃん、クロームちゃん」
「ふぇんふぇんいいでふ」
「べ、別にただ眠かっただけだし!つーか子供扱いすんな!」
クロームはまたもや優香に子供扱いされたことに文句を言った。その際にエンジェはクロームのお仕置きから解放されたのだった。
「で、では、おうさまが呼んでいますので行きましょうか」
「うん、わかった。でもどこに行くの?」
「そんなの決まってんじゃん!ご飯だよご飯!」
「あ、もうそんな時間なんだ。そういえばすごいお腹すいたような」
「そりゃ丸一日何も食べてないからね」
「え!?丸一日!?」
「はい、優香さんは丸一日寝ていました。優香さんがイデトレアに来たのは一昨日です」
優香は寝たまま1日を過ごしていたようだった。それもそのはず、慣れてもいない力を使い、体力の限界を超えた状態だったのだ。
「神斗めっちゃ心配してたんだぞ!仕事で移動するたびに遠回りしてまでこの部屋の前を通ってたんだ」
「そっか、神斗……」
「はやくおうさまのところに行きましょう」
「うん!……あ、でも」
優香はそこで気づいた。あの日、海乃と恵美との戦いによって優香の来ている服はみすぼらしくボロボロになっていた。
「それなら大丈夫です」
「あたしらが用意してやったぞ!どうだこれ!」
それはエンジェとクロームの来ている服を合わせたような白黒の服だった。
「わー、可愛い!いいの着ても?」
「もっちろんだ!」
「さぁ、身支度を整えてください。おうさまが待っています」
「うん!!」
優香はエンジェとクロームの用意した白黒の服を着て部屋を後にした。
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そこは先日優香と数人の神殺しが自己紹介をしあった大広間の隣の部屋だった。そこに優香は連れてこられた。
「お待たせしました。優香さんが起きましたのでお連れしました」
「ごはーーーん!!!」
エンジェは扉を開け、中にいる者たちに向け報告をしてから中に入った。対してクロームはすぐさま中に入り、椅子に着席した。部屋の中には長いテーブルが一つ置かれ、それを挟むようにして何席も椅子が置かれていた。その椅子に座っている者の中には、先日紹介されていない者もいた。
「おはよう優香。よく眠れたかい?」
神斗は唯一、他の席と違って部屋の一番奥のいわゆる誕生日席の位置にある椅子に座っていた。その椅子は他の椅子と違って多少の装飾がされており、まさに組織の長が座る席だった。
「う、うん!ぐっすりだったよ!」
「そうか。その服もよく似合っているよ。さぁ、優香はその席に着くといい」
「「そ、そこは!」」
そう神斗に指示をされた場所は神斗から見て一番手前の右側だった。その一つ奥にはマーゼラが座っていた。優香は支持されるままその席に着いた。そんなとき海乃と空実が神斗の指した席に反応している様子だった。
「よし、じゃあ食事だ!……と言いたいところなんだけど、まだこの前紹介できていなかった奴が何人かいるから、まずはそいつらの紹介をしよう」
「えーーー、ご飯……」
「もうちょっとだけ我慢してくれクローム。それじゃまずは、ケイン!」
「おう!」
神斗が呼んだのは、真っ黒のコートを着た無精髭の男だった。男は立ち上がり、優香に向け笑顔を向けた。
「俺の名は、ケイン・レストマン。経済面統括の財務総長をやってる。金や商売の話なら任せな!あ、あと恋愛の話でもいいぜ!この通り、経験豊富だからよ俺!」
「ただの女好きなおっさんだ。関わらんほうがいいぞ」
「おいおい、それは酷いぜ海乃ちゃ……ぐほッ!」
ケインと名乗った男は、隣に座っていた海乃に毒づかれた。しかし男は構わず海乃の肩を抱こうと腕を伸ばした瞬間、顔面を海乃に殴られ椅子ごと後ろに倒れた。
「こんなやつ放っといて、次に進めろ神斗」
「そ、そうだな。じゃあ次は……」
「ハァーイ!ワタシデスね!ワタシはシャルル・シーヴァと言いマス!外交面統括の外務総長を務めてマース!ヨロシクデース!イェーーイ!!」
「よ、よろしくお願いしますシャルルさん」
次自己紹介したのは、ケインの向かい側に座っていた銀髪の女性だった。その豊満な体をこれでもかと主張させる露出度の高い服を着ていた。そんなシャルルの耳は通常の人間よりも長く尖った耳をしていた。
「シャルルはエルフという亜人種なんだ。このイデトレアには他にもドワーフやスプリガンといった人種も多くいる」
このイデトレアには様々な人種がいる。つまりそれは人間でなくても神殺しや転生者になれるということだった。
「シャルルは主に他神話勢力との会合や交渉を行なう役職で、空実と同様戦闘よりも事務的なことを行う」
「そうデース!バトルは得意ではないデス。でもお話をするのはスキデス!」
「シャルルは会合や交渉で戦うからな……それじゃあ次は千里さんだ」
次に神斗が指したのはシャルルの隣に座っている女性だった。
「はい。私は本郷千里と言います。福祉面統括をしている福務総長です。どうぞよろしくお願いしますね、優香さん」
「は、はい!よろしくお願いします!」
その女性は美しい黒髪で、着物を着た妖艶な雰囲気を纏った大人な女性だった。その女性ははあまりにも魅惑的だったため、同性であるにも関わらず優香はドキドキしてしまった。
「千里さんは神殺しの中では珍しい治癒系の力を持っている。怪我した戦闘員たちはみんな世話になっていてな、とても重要な人材だ」
「あらあら、神斗さんに褒めてもらえるなんて嬉しい限りですわ。優香さんも怪我や病気をした時はどうぞ私を頼ってくださいね?」
「はい、その時はよろしくお願いします千里さん」
「さてと、幹部の紹介は大体終わったな。実は幹部はもう二人ほどいるんだが、一人は外に出てて、もう一人は“司法院”の司法総監なんだが、基本表に出ない奴なんだ。またその機会があれば紹介しよう」
イデトレアの幹部は、マーゼラ、海乃、空実、ケイン、シャルル、千里ともう二人の八人となっており、その上に王である神斗がいるという構成になっている。
「この国では三院制を取っている。王でありこの国の行政を司る“国務院”の国務総監を俺が務め、国規模の事案の決定を行う元老院、国の司法を司る司法院という構成だ。国務院には、軍務、政務、財務、外務、福務、そして今外に出ている者が総長を務めている公務の六つの組織で構成されている」
「ちなみに元老院は儂を含めた五人で構成されとる。他神話との条約や国内の法律等の可決、否決を決定する組織だ」
「やっぱり国としてしっかりとした役職を決めてるんだね。なんだか日本に似てるね」
イデトレアの政治構成は、人間界の日本と似た構成となっていた。国権の最高機関を元老院、行政の最高機関を国務院、司法の最高機関を司法院。いわゆる三権分立を採用しているのだ。
「基本はこの三つに分かれているんだが、このどれにも属さない組織が一つだけある。それが海乃が隊長を務める王下新鋭隊だ」
「私が説明しよう!王下親衛隊とは、
「この場にはいないが、またその内会うこととなるだろう。さて、紹介はこの辺にして食事にしようか。クロームがそろそろ我慢できなくなりそうだしな」
「待ってました!!」
その後幹部たちが囲む大きなテーブルには執事服を着た男性や、メイド服を着た女性らが運び込んできた料理でいっぱいになった。
「朝食は出来るだけ集まって取るようにしているんだ。一日の日程を確認したりするからな。さぁ、今日は優香の歓迎も含めている。たくさん食べな優香!この国の飯は美味いぞ!!」
「うん!頂きます!」
こうして優香の歓迎を含めた朝の食事会が開かれた。
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そこは壮大な宮殿の中だった。見た目だけでなく、中の装飾も美しく飾られたその宮殿では、今まさに重大な話し合いが行われていた。
「ヒッヒッヒ、なるほどそういう感じなんか今の状況は」
「ああ、どうしても貴殿の力が必要になると判断し、こうして貴殿を解放することとなった」
そこには赤い髪をした大男と、ピエロのような服を着た美青年がおり、隣には魅惑的な女性が侍っていた。その周囲には男や女、様々な種族がいた。
「まさか兄貴が裏切るとはなー、思いもよらんかったで。んで、俺様に何をして欲しいんや?雷坊主のトール君」
「その呼び方はやめろ!!言っておくが、貴殿の犯した罪は消えぬからな!道化の神“ロキ”!!」
その男は巨大な岩に幽閉されていた男だった。ロキと呼ばれたその男は不敵に笑っていた。
「貴殿にやってもらいたいことは、父上の救出だ」
「兄貴の救出?そいつはでっかい仕事になりそうやな!それなら、どんな手を使うても良いちゅう訳なんやな?」
「構わん。何が何でも父上を取り返せなければならん」
「ええんか?兄貴は今神殺しの力になっとる。戦争になるで、あの神殺し達と」
神殺しから神の力を取り戻す。それはつまりその神殺しを殺すことを意味していた。そうなれば神殺し達は黙っていないだろう。
「仕方あるまい。それほど父上の力がまだこの世界には必要なのだ」
「……そうか。ほんならすぐにでも向かった方がええな。やり方は、俺様に任せてもらおか」
「好きにやれ」
瞬間、ロキは隣にいた女性と共に姿を消した。
「よかったのか?トール。あんな奴に任せて。奴は我らが同胞、バルドルを殺した奴だぞ」
「それに神殺しとの戦争はかなりヤベェぜ?当代の王もだが、何より“戦兵”がいる。奴が戦場に現れれば、俺たちもタダじゃ済まないぜ」
「わかっておる。しかしわざわざ解放してまで奴に任せたのにはある理由がある」
「理由?なんじゃ?それは」
大男は立ち上がり、窓から外を見た。そこには美しい街並みと豊かな自然があった。
「それはなによりも、この世界のためのことだ」
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