第3話 侵入者
すっかり日は沈んでいき、だんだんと夜の暗がりに街は包まれていく。二人は遊園地を後にし、集合場所だった雁光高校の最寄駅、雁石駅まで帰ってきた。
「いやー楽しかったねー」
「そうだね!神斗が珍しくテンション高かったし」
「そりゃ水族館だもん。テンションも上がるさ」
時間も時間なのだが解散するのが名残惜しくなり、二人は駅前の広場のベンチで寄り添うように座っていた。
「もう少しだけ、一緒にいたいな……」
「俺もだよ。でももう遅くなるから、もう少しだけね」
「うん……」
女性にとって夜遅くに一人で出歩くのは危険だ。神斗はそう思い、優香を夜遅くに帰さないようにしていた。毎度のことだが、解散するのが名残惜しくもっと一緒にいたいと思ってしまう。
その時お互いが別れを惜しんでいるな中、優香の携帯が鳴った。
「あ!……ごめん。ちょっと待ってて」
「うん、大丈夫だよ」
優香は急に鳴った携帯を持って、神斗から少し離れた場所に移動した。その場で出ても良かったのだが、電話をかけてきた相手が問題だった。
「もしもし、優香です。どうかしましたか?香苗先生」
電話をかけてきたのは森香苗だった。森香苗は不治の病、カース・マリーの研究者として名が知られている。一般人にはそれほど有名ではないが、業界によっては有名人であった。神斗は全国模試で上位に入るほど頭が良い。森香苗の名前を知っていてもおかしくなかったのだ。
「優香!今どこにいるんだい?!今すぐ帰ってきな!」
「え?ど、どうかしたんですか?まさか、子ども達の病気が?!」
「子供達には“まだ”影響はないよ。ただ、ちと面倒なことになってるんだよ!」
「面倒なこと?」
「水鳥院が襲撃を受けている!それも相当な手練れだ!」
「しゅ、襲撃!?」
優香の住む孤児院、水鳥院が襲撃を受けている。孤児院が襲撃など本来起こり得ないことだが、水鳥院は不治の病、カース・マリーを患った子ども達を隔離している場所。昔カース・マリーの症状で子どもが暴走したという事件があったという。それ以来カース・マリーという恐ろしい病を駆逐すべきと唱える研究者は多い。さらにはカース・マリーの症状をうまく軍事転用しようとする者もいる。そういった過激な人間が襲撃をしにきてもおかしくない。
「子ども達を狙った襲撃、ということですね」
「恐らくそうだろう。このままでは被害が出る。優香、今すぐに戻ってくるんだ。私だけじゃ手に負えない。あんたの力が必要だ」
「わかりました!すぐに戻ります!」
香苗も相当な実力の持ち主だ。水鳥院は何度か襲撃されたが全て香苗だけでどうにか出来ていた。そんな香苗が手に負えないとなれば、優香がどうにかしなくてはならない。優香は携帯を切り、神斗のもとへ戻った。
「ごめん、神斗。すぐに帰らなきゃいけなくなっちゃった」
「そ、そうなの?もう少しだけ一緒に居たかったんだけど」
「……本当にごめん」
「そんなに大事な用事が入ったの?」
「うん……」
「……そっか。分かったよ」
優香はとても申し訳ない気持ちになった。急に入った用事とはいえ、自分勝手なことだったからだ。それでも、今すぐに帰らなければ、子ども達と親友に危険が迫る。その場で殺されるか、捕縛され兵器にされるか。想像するだけでも恐ろしい。自分が戦わなければいけないのだ。
「それじゃあ、“また今度ね”」
「ああ」
いつもはまた明日ね、なのだが今回は自分の身にも危険がある。香苗でも手を焼くほどの相手、最悪もう会えなくなるかもしれないから。
優香は覚悟を決め、神斗と別れた。振り返らず、ただ走った。今振り返れば覚悟が揺らぎ、危険から逃げ神斗と一緒にいたいと思ってしまうからだ。
「……優香、気をつけてな」
その声は走っていく優香には聞こえていなかった。そのため、その言葉かをけられた意味を考えることもできなかった。
先程まで綺麗な夕日と夜の暗がりの間だった空は、だんだんと厚い雲に覆われていき、今にも雨が降りそうになっていた。
――――――――――――――――――――――
ドゴオオオォォォォォォォンンンンン!!!!!!
「キャアーーー!!」
「なになに!何が起こってるの!?」
「イヤーーー!!」
突如として発生した爆発に、水鳥院は大混乱になっていた。
「みんな落ち着いて!大丈夫だから!」
「恵美お姉ちゃん!!」
恵美は最年長として優香の代わりに子ども達を落ち着かせた。とはいえ恵美も突然のことで混乱しており、どうしたらいいのかわからないでいた。
「とにかくみんな、お家の奥に行くよ。すぐに香苗先生が来てくれるから」
爆発は水鳥院の外で起きていた。しかしその爆発は威力が高く、水鳥院の入り口まで吹き飛ばしていた。子ども達は入り口から離れた場所にある、遊び場にいたため無事だった。
「誰かいる!」
「え!?」
「恵美お姉ちゃん!誰かが入り口から入ってくるよ!」
吹き飛ばされ、煙の立ち込める入り口から誰かが入って来ていた。それは長い黒髪を一つに縛り、右手に槍を持ち、青い甲冑を着た人間だった。
「うむ、さすが私だ。被害を出さずに入り口を粉砕し、侵入に成功した。狙いどおりだ」
侵入者は三又に分かれた槍を肩に当てながら子ども達の前に現れた。
「あなた、一体何者!?」
「ん?君達が魔女の子供達か」
「ま、魔女?」
恵美は侵入者から子ども達を守るように前に立ち、侵入者を睨みつけた。
「ああ、君達は知らないんだったな。森香苗の正体を」
「香苗先生の正体?」
「お前たちを保護している森香苗。その正体はな……」
「お前たち!いったい何が起きているんだい!?」
香苗は騒動に気づき部屋を飛び出して来た。恵美の隣に立ったところで、その侵入者に気づいた。
「お前が森香苗だな」
「貴様、その力の波動……まさか」
「何も言わなくても分かっているみたいだな。察しが早くて助かるよ」
香苗は全てを察し、焦っていた。いつか来るだろうとは思っていたが、あまりにも早すぎたからだ。
「ちっ、子供達は私の部屋に行っていなさい」
「香苗先生……でも……」
「私なら大丈夫だよ。お前達は私が守る」
「守る……か。冗談にもほどがあるぞ魔女」
「黙りな。恵美、子供達のことは任せるよ」
香苗は侵入者と対峙した。なんとしても子供達だけは守らなければいけなかった。守らなければ、計画が全て無駄になってしまうから。
「奥の部屋まで行くんだ。そこまでいけば大丈夫。いいかい恵美、今子供達を守れるのはお前だけなんだ」
「……わかりました。私がみんなを連れていきます」
「頼んだよ。さあ!行きなさい!」
「はい!みんな行くよ!」
恵美は水鳥院の奥に子ども達を連れて行く。優香がいない今、自分がしっかりしなきゃという思いで。香苗は子供達が奥に行くのを見届けた。
「……ほう、子供達に手を出さないとはな。やはり狙いは私かい」
「ああ、子どもなんざどうでもいい。あとでどうとでもできるからな」
「ふん、余裕ぶってていいのかい?私が狙いということは、私の力のことも知っているんだろう?」
その瞬間、二人の周囲に立ち込めていたはずの煙が紫色に変色していた。さらにどこから湧いて来たのか、同じく紫色の液体が侵入者に向けて流れ出ていた。
「毒霧に毒液。触れただけで全身に影響を及ぼす危険なもの。さすが疫病の魔女といったところか。しかし」
毒霧と毒液が侵入者の周囲に集まって来る。このままでは侵入者の体は毒に侵されてしまう。それでも侵入者は余裕を見せる。余裕を見せる理由はすぐに分かった。侵入者の持つ槍は既に渦巻く水を纏っていた。侵入者はその槍を逆手に持ち、頭上に掲げる。
「この程度では、私に届かんぞ!!!」
侵入者は頭上に掲げた槍を足元に突き刺した。瞬間、槍に纏っていた渦巻く水が解放され、周囲に迫っていた毒霧と毒液を吹き飛ばした。勢いは止まることなく、半壊していた入り口をさらに破壊した。周りは濡れた瓦礫と泥で埋め尽くされてしまった。
「侵入の仕方といい、今の技といいなんとも荒々しく、ガサツな女だな貴様」
「ガサツとは失敬な。それに魔女にだけは言われたくないな」
「荒々しさに加えその水を操る力、何より神器である“海神の三叉槍”トリアイナを操る。貴様、海鳴り姫だな」
「ご名答。しかし私のことを知っているとはな」
「そりゃ知っているさ。海鳴り姫といえば神殺しの王、天帝の一番槍とも呼ばれるほど有名だからね」
「それほどでもないさ。それにそんな異名どうでもいい。しかし神斗の右腕という自信はあるがな!」
侵入者、海鳴り姫は自信満々にその大きな胸を張る。
「ふん、噂どうりの忠犬っぷりだな。あんな若造を王にするなんて、神殺しも落ちたものよ。”同じ神殺し“として恥ずかしいよ」
「若造……だと?」
「当代の王、天帝は甘いんだよ。神殺しとして力を振るうべきものを、平和平和とほざきよって。奴は王に相応しくない。まさに愚王だよ!」
「貴様……今なんて言った?」
「私が若い頃の王はそれはそれは尖っていてね、神殺しの王として素晴らしかったよ!あれは確かギリシャ神話との戦争の時だった。敵を捕らえた王はそこで……」
香苗の長話が始まった。しかし、始まってしまってはなかなか終わらないその長話を聞いている者は誰もいなかった。海鳴り姫はとんでもない湿気を発生させ、周辺を大きな地震で揺らしていた。海鳴り姫は想い人でもある王、神斗を愚王呼ばわりされ、激昂したのだ。
「貴様ぁぁぁぁ!!!!私の神斗を愚弄したなぁぁ!!!絶対に許さん!!捕縛など生ぬるい!貴様は必ず殺す!身体中を切り刻み、家畜の餌にでもしてやる!私の誇りにかけて、私の愛にかけて!貴様を徹底的に叩き潰してやる!!」
怒り狂った海鳴り姫の周囲には湿気だけでなく水が発生し、その水は渦巻いていき槍の形に変わっていく。
海鳴り姫は水でできた槍を率いながら一歩一歩進んでいく。一歩踏み込むたびに大きな揺れが発生した。
「こ、これほどとは……」
海鳴り姫の尋常ではない迫力を前に、香苗は長話を中断せざるを得なかった。
「我が名は白神海乃。ギリシャの海神、ポセイドンの力を持つ天帝の右腕、海鳴り姫である!!!」
海鳴り姫、海乃は槍を掲げ高らかにその名を名乗り、水で出来た槍とともに疫病の魔女に飛びかかっていった。
――――――――――――――――――――――
「ハァ……ハァ……ハァ……」
優香は走っていた。神斗と別れた後、止まることなく必死で走っていた。
(待っててね、みんな!)
走る優香は不思議な光を纏っていた。その光のおかげか、走る勢いは全く衰える様子がなかった。
(私がみんなを救うんだ。私が香苗先生を助けるんだ)
光を纏った優香はただひたすら水鳥院を目指した。その光で、薄暗くなった街中を薄っすらと照らしながら。
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