第4話 魔女と姫


「あれ?ここどこだろう?」


優香はベッドの上で目を覚ました。しかし見覚えのない場所だったため困惑した。なぜこんなとこにいるのか、思い出そうとしたが、


(確か……あれ?なんで?何も思い出せない?!)


混乱した優香は外に出ようと起き上がろうとした。


「痛っ!」


優香は身体中怪我をしていた。切り傷や擦り傷、打撲といった怪我だった。


(え?なんで怪我してるの?)


優香は余計に混乱した。だがそのとき、部屋の扉が開かれた。


「お、ようやく目を覚ましたようだね」


部屋に入ってきたのは、老婆と少女の二人だった。


「あなたたちは?」

「私は森香苗。こっちは姫野恵美だよ」

「よろしくね」

「えっと、岡本優香です」


優香は混乱の中なんとか自己紹介した。


「え、えっと」

「何も思い出せないかい?そりゃそうだ、あんな状況にいたんだからね」

「あんな状況?」

「お前さんは、山火事の中にいたんだよ。炎に包まれそうになっていたところを私が助けた。たまたま私が通り掛からなかったら、お前さん死んでたよ」

「や、山火事の中に?そうだったんですか。助けていただき、ありがとうございました」


山火事の中にいたなんて信じられなかったが、怪我を治療してもらい助けられたのは事実だった。


「礼なんていいよ。そんなことより今いる場所の説明をしておこう。ここは水鳥院といってある病気を持った子どもたちの家、孤児院だ」

「ある病気?」

「まぁ、その辺はまた今度詳しく説明するよ」


優香は病気の事が気になったが、今は自分の状況を把握するだけで精一杯だった。


「お前さん、記憶がないんだろう?」

「は、はい」

「おそらく山火事に巻き込まれたショックだろう。記憶がないなら仕方ないね。記憶が戻るまでの間うちにいるといい」

「え!?い、いいんですか?」

「助けちまったもんは仕方ない。だがうちにいるからにはちゃんと働いてもらうよ?」


記憶がない以上、帰る場所もわからない。今は目の前に伸ばされた救いの手にすがるしかなかった。


「わかりました。助けてもらったお礼は必ずします」

「そりゃ助かるよ。うちは小さい子供が多いからね。今後も預かる子どもは増える予定だし。わからない事があったら恵美に聞くといい。お前さんと年は近いだろうからね」

「なんでも聞いてね優香!」

「ありがとう、恵美ちゃん」

「呼び捨てでいいよ!これから私たちお友達なんだから!」


何もわからない状況の中救いの手を伸ばしてくれ、初対面の私を友達と呼んでくれたのだ。優香は心から自分を救ってくれた二人に感謝した。


「ありがとう……本当に……ありがとう」

「うん!」


優香は混乱から解放されて安心したのもあってか泣き出してしまった。泣いている優香を恵美は優しく抱きしめた。


「いいねぇー。青春というやつだねぇ。私も若い頃は青春したもんさ。そう、あれはまだ私が10にも満たない頃、一人で街に行った時……」

「あちゃー、香苗先生の長話が始まっちゃった」


優香は香苗の長話を聴きながら決心した。二人が自分を救ってくれた。記憶が戻ったら、なんとしても自分を救ってくれた二人に恩返ししようと。



 ――――――――――――――――――――――



何度目の爆発だろう。壁や床には穴が空き、辺り一面瓦礫だらけになっていた。瓦礫の先では森香苗と海鳴り姫、白神海乃が戦っていた。


「ハァハァ…ハァ、やるねぇ小娘の分際で」

「そちらこそなかなかしぶといな、老婆の分際で。ずっと逃げ続けてただけのことはある」


二人の戦いは苛烈さを増していた。香苗が毒を放てば海乃がそれを水で防ぐ。海乃が水や槍で仕掛ければ香苗はなんとか避けていた。しかし実力には差があるようで、香苗は少しずつ押されていった。


「どこかに連絡をしていたみたいだが、もういいのか?」

「ああ、もう用は済んだよ。それにもう片腕まで失うわけにはいかないからね」


香苗は優香に連絡を入れた際、隙を突かれ片腕を水の槍に切り落とされていた。


「何をしようともう遅い。貴様は今日、ここで死ぬ。私が殺す」

「ふふふ、相当怒らせてしまったようだ」

「それはそうだろう。我が王を、愛する者を馬鹿にされれば腹も立つさ」

「乙女だねぇ。私も若い頃はお前さんのように恋をし……」


香苗が癖の長話を始めようとした瞬間、海乃は待機させていた水の槍を香苗目掛けて飛ばした。香苗はそれを毒の砲弾を作り出し、すんでで防いだ。


「貴様の長話の癖は知っている。なにより魔女の恋話など反吐がでる」

「ひどいガキがねぇ。年寄りの有難い話は黙って聞くもんだよ」

「阿呆らしい。……もう終わりにしよう。これ以上時間を無駄にしたくはない」

「私はもっと話をしてやってもいいんだが、終わりにすることには、賛成だ」


その時、香苗の力が増幅し灰色の煙を生み出した。海乃の力により周囲は湿気と霧が発生していたが、香苗から発せられた灰色の煙によって埋め尽くされた。


「こ、これは!」

「あらゆる病原菌を混ぜ合わせた死の煙、“病舞”ターヌン・デュハン。どんな生物でも死に至らしめる。もう終わりだよ海鳴り姫」


ターヌン・デュハン。その煙は吸い込むことは勿論、皮膚に触れただけでもあらゆる病原菌を感染させる。そして二人のいる場所は、瓦礫で埋め尽くされているとはいえ室内。海乃は完全に煙に取り囲まれてしまった。


「さあさあ、防げるものなら防いでみな愚王の雌犬!といっても何も出来ず身体中ボロボロになって死ぬだけだがね!ハッハッハッハッハッ!!!!」

「くっ!……」


死の煙は海乃を埋め尽くした。



 ――――――――――――――――――――――



「ハァ……ハァ……フゥーー。ここまでくればもう大丈夫だよみんな!」

「ほんとー?」

「あの人誰なの?」

「香苗先生はー?」


恵美は子供達を連れて香苗の部屋のさらに奥の部屋まで来た。その部屋への入り方は優香と一緒に教えてもらっていた。


「大丈夫大丈夫!香苗先生が解決してくれるから」


子どもたちは不安がっていた。しかし誰も泣いていなかった。正体不明の襲撃者に家を破壊され、親のような存在の香苗がいないにもかかわらず。小さい子どもなら泣いてしまうのが当然のはずだ。


「そうだよね!香苗せんせーなら大丈夫だよね!」

「だいじょーぶー?」


この子どもたちは不治の病、カース・マリーを患っている。カース・マリーの症状、感情の昂りによる暴走を抑えるため、優香と香苗が力を使っていた。それは所謂、感情抑制の薬だ。子どもたちは優香と香苗の力によって感情を抑制されているため、こんな状況でも子どもらしい反応を示さないのである。


「そうそう!……そんなことよりこの部屋初めて入ったけど、何をする部屋なんだろう?」


感情抑制による子どもらしからぬ落ち着きは恵美も例外ではない。すでに異常な状況から謎の部屋に意識が移っていた。


「……一応奥まで見ておこうかな。みんなはここで待っててね」

「え!?恵美お姉ちゃんまで行っちゃうの?」

「ヤダヤダヤダーー!」


子どもたちが少しずつ混乱してきていた。流石に恵美までいなくなり、子どもたちだけになってしまえば感情を抑制しきれず、カース・マリーの症状が出てしまうかもしれない。


「わ、わかったわかった!じゃあみんなで行こうか」

「やったやったー!

「一緒に行くーー!」


奥に何があるかはわからなかったが、恵美は子どもたちだけにするわけには行かず一緒に行くことにした。


「ただし!私より前には出ないこと!みんな手を繋いで行くこと!わかった?」

「「「はーーーい!」」」


恵美と子どもたちは謎の部屋の奥に進んで行く。その先が想像を絶する場所だと知らずに。



 ――――――――――――――――――――――



先程まで爆発や崩壊を繰り返していたはずの水鳥院は嘘のように静かになっていた。


「ハァ……ハァ……まったく、老体に響く戦いだったよ。私も年をとったもんだ。昔はもっと動けてたはずなんだがね。あれは確か……いや、今は休もう」


香苗は癖の長話をする体力すら残っておらず、瓦礫の上に座り込んだ。香苗の前には海乃を包み込んだ煙の塊があった。


「散々暴れられたからな、せっかくの施設を壊されてしまった。まぁしかし、地下さえ無事なら問題ない……」


二人の戦闘により水鳥院の内部は瓦礫だらけになってしまった。修繕には相当な時間がかかりそうだ。


「だが、海鳴り姫を倒したのは大きい。余計な邪魔も相当減るだろう。それに、奴の体を使って面白い実験も出来そうだ。ターヌン・デュハンによって体はボロボロだろうが、肉塊の一片ぐらい残っているだろう。さぁてと、面白くなりそ……」


ジューーーーージュジュジューーーー!!!!

どこからか、何かが焼けるような音がしていた。


「ん?なんの音だ?」


香苗が音に気づき、周りを見渡したその時、


ズッバッシャアアァァァァァァンンンンーーーー!!!!!


「な!なんだ!?グッ!熱っ!!こ、これは?!」


香苗は突如現れた超高温の熱水に襲われた。その熱水からなんとか逃れ、高く積み上がっていた瓦礫の上に立った。そこから状況を確認した香苗は驚いた。熱水は渦巻いており、その渦の中心には海乃が立っていたのだ。


「ふーー。いやー危なかった危なかった」

「な、なぜだ?!どうして生きている?!お前は私のターヌン・デュハンに包まれて死んだはずだ!」

「んー?気づいていなかったのか?私は常に周囲に水の膜を張っていたぞ?」

「その程度で防げるはずがない!そんなただの水で……そうか!熱か!」


病原菌は熱に弱い。海乃は超高温の熱水を生み出し、それを膜上にし周囲に張っていたのだ。


「確かに病原菌は熱に弱く、熱水によって処理されてしまったのだろう。しかし、私の生み出した病原菌の中には熱に強いセレウス菌や腸炎ビブリオも混ぜてあったはずだ!私の能力で性能も上がっている!超高温とてただの熱水では処理しきれないはずだ!」

「ああ、確かに私の生み出した熱水だけでは処理しきれない病原菌もあったよ。まったくもって危なかった」

「じゃ、じゃあ一体どうやってそれを?!」


海乃は香苗の問いに対して、足を振り上げ、一気に振り下ろした。

ドッゴオオオオォォォォォォォンンンンン!!!!!!


「な?!なんだ、今のは?!」

「地震だよ」

「地震……だと?貴様の力は水を操る力。それが貴様の力でもあるポセイドンの……」

「そう、私はその力であらゆる水、液体を操る。しかしポセイドンの力はそれだけではない。ポセイドンは海の神であり、古くは大地の神でもあり、”大地を揺らす神“とも呼ばれた。それにより地震を司り、万物を木端微塵に粉砕する力を持つ」

「つまり、その地震を操り万物を粉砕する力とやらで熱に強い病原菌を消し去った、ということか」

「その通りだ。残念だったな魔女」


香苗のターヌン・デュハンは完全に打ち砕かれた。香苗は海乃には敵わないと判断し逃げ出そうとした。しかし海乃との戦闘による疲労の蓄積に加え、熱水によるダメージによりすぐに動けないでいた。


「くそったれ!私はこんなところで終わるわけにはいかないんだよ!私はなんとしても、聖母様に……!」

「なんの話か知らんが、言ったはずだ。もう終わりにしようと……トリアイナ!!」


海乃は三又の槍、トリアイナを頭上に掲げた。海乃を中心に渦巻いていた熱水がトリアイナに吸い込まれるように集まって行く。やがてトリアイナは渦巻く熱水を纏い、巨大な槍を形成した。海乃はその巨大な槍を今度は左前半身中段に構えた。


「貴様は、神殺しの王であり私の愛する者を愚弄した。しかし、死に損ないの老婆とはいえその実力は評価に値する。よって、切り刻むのはやめだ。私の渾身の一撃によって葬ってやる!」


海乃は腰を落とし、突撃体制に入る。香苗は未だに動けておらず、瓦礫の上をもがいていた。そんな香苗に狙いを定め、海乃は突撃した。水の推進力を加えた高速の突撃だった。槍に纏った熱水は圧縮に圧縮を重ね、とんでもない水圧になっている。海乃は動けない香苗に巨大な槍の一撃をぶつけた。


「海を割り、大地をえぐれーー“海神の突撃”ゼオ・エンピデンシー!!!」


絶大な一撃だった。周囲に散乱していた瓦礫は砕け、水鳥院の壁、天井、床全てを破壊した。その一撃は水鳥院を破壊しただけでは止まらず、水鳥院のあった山の中腹から山頂付近までも抉り取っていた。緑豊かな山は見る影もなく消し去られた。

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