第22話 守護者


「もしかして、神斗の言っていた……」


 数日前に神斗からイデトレアの幹部たちを紹介してもらった際に、外に出ていて紹介が済んでいない幹部が一人だけ残っていた。それが彼女なのだ。


『国を出てからずっと俺様の後をつけていたっちゅうことか。流石は神殺しの国の幹部やな、全然気がつかんかったで?』

「その通りです。任務を遂行したので国へ帰ろうとしましたが、あなた方北欧の上層部に不穏な動きがあるのを察知し、何よりあなたが解放されたと聞いたので独断で行動をしていたのです」

『……こいつは困ったな。まさか神殺しの中でもトップクラスの戦闘力を持つお前さんと相対するとはなー』


 このカレンという女性は神殺しの国の治安面を統括する幹部。いわゆる国内の治安を守る警察のトップということになる。強大な力を持つ神殺し、そんな存在が住む国の治安を守るには相応な戦闘力が必要なのだ。


『対外的戦力である軍のトップ、海鳴り姫。それと肩を並べるほどの戦闘力を持つお前さんの異名は確か、“守護者”だったか?』

「はい。海乃は国外、私は国内を担当しております。なにぶん私は攻撃というものが苦手でして、異名どおり守る方が性に合ってますので」


 カレンは青年へ背を向けながら質問に答えた。

 治安面の統括、それは暴動の鎮静や違反者の取り締まりだけでない。

 外からの侵入者を相手にすることや自然災害への対処、消防活動や国民への対応、それら全てを管理するからこその公務総長なのだ。

 つまり、海乃は外部から国を守り、カレンは内部から国を守る。二人は国防の双璧なのだ。


「あ、あの、その……」

「大丈夫です。あなた様は少しお休みになってください。ここからは、私が奴の相手をしますので」


 カレンは再び後ろを振り返り青年の方を向いた。するとカレンの手にはすでに抜き身になった日本刀が握られていた。それはまるで、最初から抜いてあったのではと錯覚するほどの抜刀だった。そのあまりにも速すぎる抜刀に優香は反応することができなかった。

 しかし、青年は違った。カレンが抜刀とともに振り返った瞬間、後方へ大きく飛び退いていたのだ。


「さぁ、お得意の魔法でかかって来なさい。北欧の悪神、ロキ!!」

「北欧の悪神、ロキ!?まさか、この人……神さま!?」


 優香を尾行し、作り出した世界に閉じ込め戦闘を行ったこの青年は、北欧神話の神の一柱、ロキだった。


『……ふーむ、こりゃあ参ったな。神界でなら問題無いんやけど、人間界でとなると……短期決戦やな』


 青年、ロキは体から紫色のオーラを放ちながら宙に浮き始めた。その手には紫色に輝く魔法陣を展開していた。


「神であるあなたが人間界で活動できる時間には制限がある。ならば私のすべきことは、あなたがこの人間界から神界へ帰らなければならなくなるまで、守り通すこと!!」

『やれるもんなら、やってみ!!!』


 ロキが魔法陣を優香とカレンへ向けた。すると魔法陣から無数の紫色の魔法弾が放たれた。それは高速かつ不規則な動きで優香とカレンへ向けて飛んでいく。

 しかしその魔法弾は二人にあたることなく弾け飛んだ。動きの読めない無数の魔法弾を、カレンがたった一本の刀で全て切り裂いたのだ。


「す、すごい!」

『魔法を切りよった……あの速度の、あの動きの魔法を……なんちゅう剣さばきや』

「神に褒められるのは嬉しいですが、あなたのような悪神に褒められるのは嬉しくありませんね」

『……ヒッヒッヒッ、ヒッヒッヒ!!ええでええで!!面白いやんけ!!』


 ロキは再び魔法陣を展開する。今度は自らの頭上に、それも大きな魔法陣だった。その大きさ、込められている力の強大さから、強力な広範囲の攻撃の様だった。

 先ほどの様な単発の攻撃ではカレンに防がれる。そこでロキはカレン一人では防ぎきれないほど範囲の広い攻撃を放とうとしているのだ。


「道化の神らしく大層楽しんでいますね……しかし、もっと周りに注意を向けてはいかがですか?」

『ん?何やと?それはどういう意味や……』


 その時だった。地中から突如緑色の物体が現れ、ロキの体を捕らえ縛り上げた。その影響によってロキの発動しようとしていた魔法は不発となり、魔法陣は虚空に消えていった。


『な、なんやこれは!?しょ、植物か!!』

「……遅いですよ、紅葉。一体何をしていたんですか?」


 カレンが話しかけた先の地中からは巨大な植物の蕾が出現していた。蕾が開き綺麗な花が咲くとそこには、茶髪の少女が立っていた。

 少女は巨大な花の上から降り、カレンの隣に立った。


「すみませんカレンさん。護衛中突然姿が消えてしまい、周辺を捜索していたのですが……」

「まぁいいでしょう。奴を捕らえたことを考慮して、今回はお咎めなしとします」

「あ、ありがとうございます!!……よかったー」

「しかし気を抜いてはいけません。奴は仮にも神です。あの程度の拘束ではそう長くは保たないでしょう。私が前衛をします。紅葉は任務通りその方を守ってください」

「りょ、了解です!」


 カレンは日本刀を鞘に収め、腰を落としていつでも飛びだせる体勢に入る。紅葉という少女は優香の周囲に植物を生み出した。


『ヒッヒッヒ!俺様を、甘く見んほうがええで!!』


 ロキは植物に拘束され身動きができないでいた。その隙にカレンは攻撃をしようとしたのだが、ロキを拘束していた植物に異変が起きた。色が変色していき、ボロボロと崩壊を始めたのだ。


「な!?私の植物を腐敗させた!?」

『ただの植物ごときに、この俺様を捕らえることなど……ッ!!」


 ロキが自らを拘束する植物を腐敗させ、今にも脱出しようとした時、カレンの姿が消えた。

 その踏み込みは微塵も視認できず、その剣閃は音もなく風を切り裂いた。まるで瞬間移動をしたかの様な速度の抜刀は、腐敗を始めていた植物ごとロキを斬った。


『ぐッ!な……に!?』

「は、速すぎる……」


 超高速の斬撃を受けたロキはそのまま地面に落下した。しかしすぐさま立ち上がり再び宙に浮いた。カレンの攻撃を受けてもなおその神は悠然としていた。

 しかしロキは腕に深い傷を負っていた。カレンの攻撃をすんでで防いだが、そのあまりにも速い攻撃を受け止めきることはできなかったのだ。


「流石はかの悪名高き神です。今の抜刀術をまともに受けてその程度の傷とは」

『いやいや、おかしいやろ。俺様は神やで!?それを相手に、ここまでやってくれるとはなぁ』


 そう、相手は強大な力を持つ神だ。先程も一瞬にして優香を別世界に強制的に閉じ込めた、それほどの力を持つ神を相手にカレンはただの剣術で傷を負わせたのだ。


「いくら神といえど、力の落ちる人間界ではこの程度で傷を負ってしまうのですね」

『ほう……言ってくれるやんけ!!』


 今度はロキが姿を消した。それは先程のカレンの時とは違い、まるで元々その場にいなかったかの様に静かに消えた。


「え、え!?あいつどこ行ったの!?」

「……ッ!!紅葉!上です!!」

『もう遅いで?』


 ロキはいつのまにか優香と紅葉の上に現れていた。その手にはすでに魔法陣が展開され、大きな魔法弾を放った。

 ロキの放った魔法弾は爆風と衝撃で周囲を吹き飛ばした。


「くっ!お二人とも無事ですか!?」

『ヒッヒッヒ!!無事じゃ済まんやろうな。今のまともに食らったで!ヒッヒッヒッヒッヒ!!!」


 爆風と衝撃によって舞っていた砂埃が晴れていくと、そこには優香と紅葉の姿はなく、大きな破壊痕だけが残っていた。血や肉片すらなく、ただの破壊の跡だけが残されていたのだ。


『ヒッヒッヒッヒ……ん?何かおかしないか?綺麗さっぱり消えすぎやない?……まさか』


 確かに今のロキの攻撃は相当な破壊力だった。しかし二人の人間を、ましてや力を持つ神殺しを血の一滴も残さずに滅ぼすほどの威力ではなかった。

 そして何より、ロキは今の攻撃で消えたと思った二人の気配が、別の場所から感じとったのだ。


「はぁ……はぁ……あ、危なかった」

「へ!?なんで私ここに!?」

「これは、転移魔法ですね?」


 優香と紅葉はいつのまにかカレンの隣にいたのだ。優香がロキの攻撃から逃れるため、咄嗟の判断で転移魔法を発動させていたのだ。それはロキが気づかないほど静かな転移だった。


『転移魔法か……やっぱ使えたんやな』

「素晴らしい力と判断です。紅葉まで救っていただきありがとうございます」

「い、いえいえ!私も助けていただいたし」

「さて、どうしますか悪神ロキ。こちらは神殺しの中でも確かな実力を持った三人。対してあなたは人間界で本来の力が出せない状態。このまま続ければ、いくらあなたでもタダでは済まないでしょう」


 カレンは刀を鞘に収め、一歩前に出た。このまま戦いを繰り広げれば人間界に影響が出てしまう。何より今優先されるべきなのはロキの討伐ではなく、二人を守り通しイデトレアに帰還すること。

 カレンはロキと交渉しようとしていた。しかしその手は未だ刀の柄を握り、いつでも高速の攻撃を繰り出せる状態にあった。


『守護者に天帝の愛弟子、兄貴の力を持つ者……か。人間界で戦うには分が悪いわ。ほんなら潔く撤退させてもらおか』

「そうしてもらえるとこちらも助かります」


 ロキは高く浮き上がり、その足元に紫色の魔法陣を展開させた。その魔法陣は少しずつ輝きを増していった。


『せやけどこれだけは忘れるな。貴様ら神殺しと違い、神がどれだけ偉大で尊大であるか。貴様らの王に伝えとき!まだまだ、おもろくなるのはこれからやで!!ヒッヒッヒッヒッヒッ!!!』


 紫色の魔法陣が一瞬大きな光を放つ。するとそこにはすでにロキの姿は無かった。


「っぷは!か、神を相手にするなんて聞いてませんよー」

「ふふ、よく頑張りましたね紅葉。偉いですよ」

「えへへ」


 紅葉が地面にペタリと腰を抜かす様に座り込み、それを見たカレンは紅葉の頭を撫でた。頭を撫でられた紅葉は嬉しそうな表情を浮かべたが、なぜかカレンも幸せそうな表情をしていた。


「さぁ紅葉、この方に自己紹介を」

「あ!申し遅れました!私は王下親衛隊、天の七支柱ヘプタゴンの一人である紅葉と言います。神斗様から優香さんの護衛を仰せつかっております」

「え!?ご、護衛!?いつのまに……」

「例の決闘後からです」


 エンブリオの襲撃によって北欧神話側が優香の力の正体に気づいた可能性がある。そのため神斗は優香を狙ってくると予想し護衛を付けていたのだ。


「全然気づかなかった……あっ!えと、私は……」

「いえ、すでにあなた様のことは存じておりますよ、優香さん。任務中でしたが、仲間からの連絡を受けていましたので。だからこそロキが解放され人間界に向かっていると聞き、嫌な予感がしたのでここまで追ってきたのです」

「そうだったんですか。助けていただき本当にありがとうございます!」

「いえいえ……では」


 カレンは優香の方を向き、両手を大きく広げた。優香が不思議に思っていると、


「ハグをしましょう!!」

「え、え?」


 両手を広げ、眩しいぐらいの笑顔を向けてくるカレンを見て、優香は何が何だかわからなかった。


「カレンさんは女の子好きなんです」

「え!?そういう趣味なんですか!?」

「さぁさぁ、ぎゅーってしましょう!ぎゅーって!」


 混乱している優香をカレンは構わず抱きしめた。そのままカレンは優香の頭を撫で、恍惚な表情を浮かべた。


「ああ、これは良い抱き心地です!やはり女の子は素晴らしいです!!」


 カレンに強く抱きしめられた優香は、先程まで凛々しく戦っていたカレンのイメージが崩壊していくのを感じた。

 その時、上空から何者かが優香たちの元へ現れた。


「あ、神斗!」

「これは、どういう状況だ?」


 空から姿を現した神斗は、その状況を理解するのに少しばかり時間を要した。

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