第6話 真実


巨大な爆発と閃光によって辺り一面が吹き飛ばされた。海乃が水鳥院を破壊したことによってできた瓦礫も、周辺の山々も。さらには麓にある小さな町にまで被害が出ている。

閃光が止み爆発の勢いもなくなった時、優香はボロボロになった地面の上にいた。その体は宙に浮き、分厚い水に包まれている状態だった。


「モゴッ!……モゴゴッ!」

「あ、ああ、すまない。咄嗟だったからな、空気ごと包むことができなかった。今解除しよう」

「プハッ!ハァハァハァ……」


優香を包んでいたのは海乃によって生み出された水だった。その水はただ分厚いだけでなく、中にいた優香が自力で脱出できないほど凄まじい水圧をかけてあった。そのおかげで辺り一面を吹き飛ばすほどの爆発に耐え、優香を守りきったのだ。


「どうして私を……ってあなた!怪我してるじゃない!」

「さっきも言っただろう、お前の力に興味があるからだ。それにこの程度の怪我どうということはない。お前ほど貧弱じゃないからな」

「そ、そんな理由で敵の私を?!」


海乃は優香を守るために多くの水を生み出し水圧をかけ、優香を包み込んだ。しかしその瞬間、海乃は爆発に巻き込まれてしまった。もちろん海乃も自らに水の膜を張ってはいたが、巨大な爆発には耐えられるものではなかった。


「この私が珍しく興味を持ったんだ。そう簡単には逃がさんよ。……そんなことより、上を見てみろ」

「え?」


優香は言われるまま上を向いた。空は厚い雲に覆われ、今も雨が降り続けている。しかしそこには異質なものがあった。8つの紫色の球体が浮かんでいたのだ。その球体はゆっくりと地上に向かって降下してくる。


「なに、あれ」

「かなり異質な力を感じる。おそらくさっきの爆発に関係しているだろう」


8つの紫色の球体は地面に降り立った。そこにはボロボロで片腕を失った森香苗がいた。


「か、香苗先生!?」

「ちっ、まだ生きていたのか」

「やあ海鳴り姫、無様な格好じゃないか!」

「先生!生きててよかった!」

「優香、よく時間を稼いでくれたよ。おかげで準備できた」

「先生、子ども達は?もうどこかに避難したんですか?」

「ああ、子供達か……子供達なら、ほら、ここにいるじゃないか」


瞬間、紫色の球体が一斉にひび割れていく。紫色の球体がバラバラと崩れ去ったそこには、小さな子供がいた。髪は白く、身体中に不思議な文字が浮かび上がっている。全ての球体が崩壊し8人の子供達が現れる。その時優香は気づいた。紫色の球体から現れた子供は全員、水鳥院にいた子供だったのだ。


「え?!な、なんで子ども達が……どういう、こと?」

「やはり貴様、子供達で実験していたようだな」

「じ、実験!?先生!どういうことなんですか!?」

「ああ、優香には教えていなかったね。これが私の作品である“暗黒の繭エンブリオ“だ」


紫色の球体から現れた子供達は目を開ける。その瞳には身体中に浮かび上がっている不思議な文字と同じものが写っている。子供達は目を開けたが喋る様子はなかった。まるで命令を待つ機械のように。


「……作品?香苗先生は子ども達の病気を直す研究をしていたんじゃないんですか?!」

「子ども達を使った人体実験だろうな。しかしこのような異質なものを作っていたとは」

「カース・マリーの事かい?それはね、私が作った病気だよ」

「先生が……作った?」

「実験をするのに子供が必要だったんだ。そこで不治の病を作り、その病気を患った子供を預かり直すための研究をする、と言えば効率よく子供達を集めることができるからね」


不治の病カース・マリー。それは自然発生の病ではなく、疫病の魔女が作り出したものだった。香苗は、表では不治の病に侵された子供を一手に引き受け、育て、直すための研究までする優しき研究者だった。しかしその本性は、不治の病カース・マリーを作り小さな子供に感染させ、その病の研究者を装うことで子供を集めていた。自ら意図して集めた子供を人体実験の材料にするために。


「で、でも、人体実験をした形跡なんか……」

「そりゃ実験の後に子ども達の記憶を消していたんだからね」

「き、記憶を、消した?!……待って、それって!」

「そのまさかだよ!お前は山火事の中から私に救われたが、記憶がなかったため記憶が戻るまで水鳥院で預かった。しかしお前は山火事の影響で記憶を失ったんじゃない、私が消したんだよ!!私の研究を完成させるために、お前の力が欲しかったからね!」

「そんな、そんなことって……」

「おそらくだが、事実だろう。こいつは非人道的な実験を繰り返した為、処刑されるはずだった。しかしこいつは、脳に干渉し記憶に影響を及ぼす病を作り出すことができる。その病を使うことで追っ手を何度も振り切り、今まで逃げ続けることができたんだ」


優香は香苗から驚愕の真実を聞かされ、声を出すどころか何も考えられなくなっていた。しかし香苗はさらなる真実を優香に突きつける。


「ついでに全て教えてやろう。お前の忘れ去った記憶を、お前が今までしていたことは何だったのかを!」



 ――――――――――――――――――――――



少女は幸せな生活を送っていた。両親と祖母との四人暮らしでそこまで裕福ではなかったが、それでも少女はその生活が幸せだった。しかし少女の幸せな生活は突然破壊された。魔女の手によって。


「ようやく見つけたよ、私の研究を完成させるための最後の素材が」


魔女の見つめる先には学校があった。その学校の門から一人の少女が出てくる。


「早く帰らなきゃ!今日はお婆ちゃんが帰ってくる日だ!」


少女は走る。その後をつける複数の男に気づかずに。


「さぁて、頼んだよ我が同士達よ。その娘さえ手に入れることができれば、私達の悲願が達せられるんだからね」



 ――――――――――――――――――――――



少女がつけられていることに気づいたときにはもう遅かった。男達に捕まりそうになり必死に逃げ続けた。すると少女は気づかないうちに家に着いていた。逃げることに必死だったから気づかなかったと少女は思っていたが、当時少女は無意識のうちに自らに眠る力を使っていたのだ。

少女は無事に家につけたことに安堵し、家の中に入った。しかし家の中は凄惨な光景だった。


「イ、イヤアアアァァァァァァ!!!!!!お父さん!!お母さん!!」


少女の両親は全身から血を吹き出し、抱き合うように横になっていた。二人の血により部屋は真っ赤に染めあがっている。そしてその部屋にはもう一人、老婆が立っていた。それは少女の祖母ではない、黒と紫のローブを見に纏った老婆だった。


「おや、まさか本当に家まで逃げ切るとは。邪魔になるこいつらを排除するついでに先回りしたかいがあったってもんだね」

「あなたが……あなたがお父さんとお母さんを?!!」

「ああそうさ。全身の血管が破裂してしまう病を私の力で強化して、二人に与えたのさ」

「なんで……そんなこと!?」

「お前さんの力が欲しいんだよ。私の研究を完成させるためにね。さぁ、一緒に来てもらおうか」


少女の両親を殺した老婆、魔女は少女に手を伸ばす。その手は淡い紫色をしており、触れられると危険だと少女は無意識に感じ取った。その時、少女の目に不思議な文字の模様が浮かび上がる。


「っ!?この力の波動は!!」

「誰か、助けて!!!」


ゴゴゴオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!!!!!

魔女は突然発生した暴風に、家の屋根ごと遥か上空へと吹き飛ばされた。少女は何が起きたのか理解できていなかった。しかし少女は走り出した。何が起こっているのか何一つわからないが、無意識に走り出していた。それは人間の生存本能のためか、あるいは超常の力によるものなのか。少女は生き続けることを選択していた。



 ――――――――――――――――――――――



空からはポツポツと雨が降り出した頃、男達は再び少女を追っていた。


「おい!あっちに行ったぞ!」

「くそ!まさか香苗様から逃げるなんて!」


男達は一度少女を見失った。取り囲みあと少しで捕まえられるというところだったのだが、少女が突然風を纏い辺りを吹き飛ばしたせいで取り逃してしまったのだ。


「ああくそ!たかがガキ一人捕まえるだけなのに、なんで手こずってんだよ!」

「しゃーねぇだろ!あの年ですでに力使えるなんて聞いてねぇし!」

「お前ら、黙って追いかけろ。あの山でかたをつける!」


少女は走り続けた。ただひたすら生きるために。両親が殺され、わけのわからない連中に追いかけ回されてもなお、その心は折れることなく、生にしがみ続けた。しかし少女は、不思議な力を使ったことや逃げ続けたことにより心身共に疲れ果てていた。ついには男達に追いつかれ、どうしようもなくなってしまう。強かったその心が折れかけたそのとき、少女の運命が大きく動き出した。周囲は燃え盛る炎によって照らされ、雨を降らしていた雲には大きな穴がぽっかりと空き、そこから不思議な雰囲気を持つ少年が現れる。そんな不思議な光景を最後に、少女は気を失った。



 ――――――――――――――――――――――



山の中には似つかわしくない真っ白な家。少女の不思議な力によって上空に吹き飛ばされたはずの魔女はそこにいた。


「ハァハァハァ、全くなんなのさ。いきなり吹き飛ばすなんて、力に目覚めかけているとは思ってもいなかったよ」


魔女はノソノソと真っ白な家の中に入る。その魔女の着ているローブはところどころ焦げて、ボロボロになっていた。


「まぁ、吹き飛ばされるぐらいならどうってことないんだがね、まさかあんなとこに天帝が現れるなんてね。計画がちょっとばかし狂ってしまった」


ボロボロになったローブを引きずりながら魔女はある部屋の前に立った。その部屋のドアを開けると、中には少女がベットに寝かせられていた。ベッドの脇には真っ黒に焦げた人間が立っていた。


「しかし結果的には成功だ。天帝の気を引きつけるのは骨が折れたよ。まともに戦ったら絶対にに勝てない、さすが神殺しの王に選ばれただけのことはある。おかげでお気に入りのローブが台無しだ」


ベッドの脇にいた丸焦げの人間は突然体制を崩し、その場に倒れた。その真っ黒の体から紫色の光が現れ、魔女の手元に吸い寄せられた。


「咄嗟に思いついた作戦だが、なんとかうまくいってよかった」


魔女は自らを囮にし突如空から現れた天帝の気を引きつけ、自らの力で、死体に感染し一定時間操り人形にする病を作り出し、天帝によって焼き殺された同士を操って少女を運ばせたのだ。


「さてさて最後に、お前の記憶を消させてもらおう。私の研究を手伝ってもらう上でお前の記憶は邪魔になるんでね」


魔女は少女の頭の上に手を添える。薄紫色の光が生み出され、少女の頭の中に入っていく。しばらくして少女の頭からは、濃い紫色に変化した光が現れる。魔女がその光に触れた瞬間、光は空気に溶けるようにして消え去った。


「さぁ、これで全て揃った!もう少しで私の研究が完成する!私と聖母様のため、お前さんにはせいぜい役に立ってもらうよ、魔導王!」

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