第28話 神王会議
二〇一五年七月十九日、神界における主要な勢力の代表たちが不可侵領域ルルイエに集まり、神王会議が開かれた。
それは通常の外交会議のように条約や同盟を見直したり新しい決まり事を決めたりする会議であるのだが、出席するのが世界の代表なため会議の内容が世界全体に影響を及ぼしてしまうという重要な会議である。
しかしながら、それぞれが強大な勢力を率いる代表なだけに会議が平和的に進むことはそうそうない。
『前回の神王会議にて締結した勢力間貿易制度に関してだが……』
『別に続行でいいんじゃねぇか?』
『いいや、改善すべきだ。我らがエジプト神話は生産性が高くない。それ故に他勢力と同じでは不平等なのだ。関税率もしくは取引価格の改善を要求する』
『確かにそちらの勢力からすれば現状の制度では厳しいかもしれませんね。だからといって他の勢力との調整を怠っては制度を定めた意味がなくなってしまう』
『ミカエル、貴様は続行でも改善でもどちらでも良いのだろう?もともと経済面が豊かな宗教勢力にとってはどうでも良い議題だものな?』
『文句ありますか?トール殿』
すでにいくつかの議題について話し合ったが、一つ一つの議題で毎回意見の食い違いが起こり衝突してしまう。己の勢力への利益を優先するため誰も譲歩しないのだ。
『勢力間貿易制度は調整を加えつつ続行という形をとる。では次の議題に移ろう』
『次の議題は、非参加勢力への対応についてですね』
『我々の勢力に及ばない者たちだ。我々がしっかりと対応しなければならないな』
『まぁそーなるわけだが……んで?おめぇはどうなんだよ?神殺し代表の天帝さんよー』
会議が始まってそれなりに時間が経っていたが、神斗は一切発言をしていなかったのだ。
『天帝殿、この会議に出席するからにはもう少し発言してもらえるかな?そちらの勢力も関わりのあることなのだ。代表ならば代表らしい振る舞いをしていただきたいのだが……』
「そう言われてもなー、お前たち神々の話していることに我々は特に興味ないんでね。貿易に関しても非参加勢力に関しても、そちらの勝手にするが良い。これは我ら神殺しから神々に対しての譲歩だ」
出席した神々は自らの勢力の利益しか考えていなかった。何か問題が発生していようとも自勢力に影響がなければ気に留めようとしない。
しかし神斗は違った。自勢力への利益も不利益も考慮せず会議に臨んでいたのだ。
「それに発言をしないと言うが、話をこちらに振ろうとしないのにも問題があると思うが?神ではない神殺しの意見を参考にするつもりはないとでも思っているのだろう?そんな小さな事を気にする奴らにこちらから意見する気になど起きん」
神斗が自勢力への利益を求めずに会議に参加していたのは、平和的に話を進めたいからではなかった。
黙っていたのではなく単純に話す気にならなかったのだ。
「まったく、恥ずかしく無いのか?貴様たちはそれぞれの勢力の代表であるが、それと同時にこの神界の代表者なのだ。それを忘れ、他勢力を蹴落としてでも自勢力への利益を考える。なんて小さくも醜い考えだろうか。貴様たちはもっと世界の代表者としての自覚を持つべきではないか?」
この神王会議は参加勢力が利益を生み出すための会議ではない。神界全土のために行われる会議である。
神々が自勢力への利益しか考えず、神界全体のことを考えていないことを神斗は咎めたのだ。
『そうは言うがな天帝よ、貴様たち神殺しはどうなのだ?神界と人間界を跨げるからといって、ふらふらとしているんじゃねぇのか?おぉ?』
「我々神殺しは神界と人間界の調和を図り、両世界の平和を守ろうと努力している。それが神の力を持ちし人間、神殺しとしての責務だからな」
神殺しは神と違い、神界でだけでなく人間界でも活動をすることができる。そのため神に変わって神界と人間界を繋げる役目を担っている。
神や超常の存在が人間界に影響を及ぼしたりした際に神殺しが対応に当たるのだ。
「そうそうそれに関してだが、ちょうど先日どこぞの神話の馬鹿な神が人間界に出現してな、俺の大切な仲間に危害を加えてくれた。その場に居合わせたうちの幹部の一人が撃退してくれたがな」
『なんと!?初耳ですね』
それは先日優香がロキに奇襲を受けた話だった。
これは一見ただの勢力同士の争い事のようだが、神々にとってかなり大きな問題なのだ。ただ別勢力同士が争っただけならば良い。問題はその争った場所が人間界であるということだった。
『それはつまり、その神が人間界で戦闘を行ったということか?』
「ああ、そうだ」
『天帝殿、詳しく話してもらおうか』
「だそうだぞ?北欧の代表、トール殿」
ヴィシュヌに詳しく話すように言われた神斗は、北欧の代表トールに話を振った。これには神斗以外の代表者たちも驚いている様子だった。
『ん?なぜそこでトール殿の名が出てくる?まさか……』
「そうだ。俺の仲間を襲撃したのは北欧神話の神だ』
『……ふんっ、私はなにも知らんぞ?』
「ほう?あくまでシラを切るつもりか?」
トールは勿論ロキが優香を襲撃したことを知っている。しかし、それを今この場で言うわけにはいかなかった。
『……で?襲撃をした神の名は?』
「北欧の悪神、ロキだ」
『『『……ッ!!』』』
その場にいた神々は衝撃を受けた。ロキとは北欧神話の中でも上位の存在であり、他勢力からも危険視されるほどの神だ。
しかし、神々が衝撃を受けたのには別の理由があった。
『ロキ……だと?確かロキは北欧の光の神、バルドルを殺害して幽閉されていると聞いていたが……』
『どういうことなんだトールッ!奴を解放したのか!奴を解放することができるのは、お前みたいな主神クラスしかいねぇもんな!』
『ロキが人間界で戦闘行為を行ったのはロキ自ら行ったことなのですか?それとも、あなたが命じたのですか?』
『シラを切らず、真実を話したまえトール殿。人間界に神が姿を現わし戦闘行為を行った、しかもそれが大罪を犯した神だという。これはかなりの問題であるぞ?』
『………………』
ロキは同じ北欧神話の仲間である神を殺し、大罪人として幽閉されていた。そんな存在が解放されただけでなく、人間界に現れて戦闘を行った。
もしロキを解放したのがトールであれば、代表者としてあるまじき行為である。
トールは他神話の代表たちから追及を受ける形となった。
「話せないか、まぁ無理もないな。ロキを解放したのには北欧神話の根幹に関わる問題が発生したから、そうだろう?」
『確かにロキは強大な力を持ち、知恵もある。大罪人を解放してでも解決したい問題があるとすれば、納得がいくな』
『……これは神王会議で話すべき事案である。トール殿、包み隠さず話してもらおうか』
『くっ……』
トールは完全に追い込まれていた。
神殺しから主神を取り戻すため、トールは幽閉していたロキを解放するという苦渋の決断を下したのだ。
もし真実を話してしまえば、今の北欧神話に主神が存在しないという絶対に知られてはならないことを教えることになる。主神が存在しないとなると内部で派閥が生まれ、勢力が不安定となる。さらに他勢力から襲撃を受ける可能性も発生してしまうのだ。
しかし、これ以上この神王会議という場で不利な立場に置かれ続けるのは今後の信頼に支障をきたす。トールは仕方なく、真実を話し始めた。
『我ら北欧神話の主神が、姿を眩ましたのだ……』
『魔導王か……しかし奴は流浪の旅人。そのうち帰ってくると言う可能性は?』
『我々もそう思っていた。いつものように知識を求めて旅立ったのだと。しかし、あまりにも長い旅であり、一切の連絡もない。それに何より、例の魔女の子供による襲撃を受けた際に、あることに気がついたのだ』
『ああ、七つの神話勢力への襲撃事件ですね。この中で襲撃を受けたのは北欧神話だけでしたね』
『んで?何に気がついたんだ?』
疫病の魔女の作り出したエンブリオは神界に現れ、いくつかの勢力へ攻撃を仕掛けた。北欧神話もその中の一つであった。
エンブリオは優香の力を取り込ませた子供である。北欧神話は襲撃を受けた際に、エンブリオの力の秘密に気がついたのだ。
『襲撃をしてきた子供の持つ力が、我らが主神殿の力に酷似していたのだ』
『何ですって!?そ、それはつまりッ!』
『魔導王が……神殺しの力となった、と言うことか?』
『少なくとも我々はそう思っている。それを確かめ、対処するために奴を解放した』
ただの人間が神の力使用していた。しかもそれが慣れ親しんだ存在の力に似ている。
北欧神話側にとってそれは信じがたいことではあったが、なによりも確かな証明でもあったのだ。
『おい天帝、お前は何か知っているのか?』
「ああ、全て知っているぞ。詳しい話は俺から話してやろう」
神斗は神々に対して、疫病の魔女との戦いについてやエンブリオの秘密、魔導王の力を持った存在について事細かく話をした。
『なるほど、人間界でそんなことが……』
『つまりだ、今の神殺しの世界には北欧神話の主神である魔導王の力を持つ神殺しがいるということか』
『トール殿がロキを解放したのも、主神の存在を取り戻すためということか』
『ああ。だが人間界で戦闘を行ったのはあくまで奴の独断だ』
『それは……確かに大問題ですね。北欧神話だけでなく、我々にとっても』
それは主神を失った北欧神話は勿論だが、他の神話体系にとってもかなり大きな問題であった。
強大な力を持つ神々を束ねる主神が神殺しの力となったということは、神殺し側に強大な力を持つ存在が生まれたことを示している。つまり、勢力間のパワーバランスが崩れてしまうのだ。
「ああそうそう、ちなみにその魔導王の力を持つ神殺しってのが、この娘だ」
『『『……ッ!?』』』
その場にいた神々は再び驚愕した。
まさかすでに目の前にいるとは思いもしなかった。神々は神斗の後ろに立つ優香を今の今まで気にも留めていなかったのだ。
そんななか、最も驚いていたのはトールだった。主神である魔導王が神殺しの力となったということを知っていたのにもかかわらずだ。
『なん……だとッ!?そんな……なぜこんなところにッ……』
「自慢をするのと同時に貴様たちの驚く顔が見たくってね。特にトール、貴様のね」
主神クラスの神の力を持った神殺しが生まれた。それだけでも驚くことだが、その存在が目の前にいればいくら神でも驚きを隠せないだろうと神斗は思ったのだ。実際、出席していた神々に一泡吹かせることができた。
勿論それだけの理由ではない。
「異様に驚いているようだが、どうかしたのか?トール殿?ふっふっふ」
『ぐっ……まさか貴様、我々の意図を……』
神斗はすでに察していた。北欧神話側がこの神王会議中に優香を襲いに来るだろうと。王である自身と補佐官をする優秀な神殺しがいないこの時こそ、絶好の機会だから。
だからこそ神斗は、優香を神王会議の場に連れてきたのだ。優香に神という存在を知ってほしいという理由だけでなく、一切の武力干渉ができないルルイエという最強の盾を利用し、優香を北欧神話側から守るために。
『ほう?まさかその少女が、魔導王の力を持つ神殺しとは……』
『ガッハッハッ!!!こりゃあ一本取られたな!』
『今回の補佐官が“戦兵”でもなく“海千山千”でもないことには違和感を覚えてはいたが……』
『神殺しの持つ力が何なのかは、実際に力を行使しているところを見なければわからない……これだから神殺しはやりづらいのだ』
確かに神々は最初こそ違和感を感じていた。神王会議以外の会議ですら、今まで見たことない人物だったからだ。
「よく覚えておけ。この娘がかの北欧の主神であり、知識と魔法の王と呼ばれた魔導王の力を持つ神殺し、岡本優香だ!」
北欧神話側の失態を代表自ら明かさせ、会議内にて孤立させる。さらに主審クラスの神殺しが生まれたこととその存在が目の前にいるという驚愕の事実によって、会議の実権を握る。それに加え優香を北欧神話の襲撃から守る。
それこそが、この神王会議における神斗の狙いであった。
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