第14話 道


瓦礫が散乱し破壊し尽くされた山には再び雨が降り始める。そこは先程まで熾烈な戦いが行われていたのだが、今はすべての戦いが終結し静けさで包まれていた。


「ふぅ、すべて終わったな。最後はなんとも言えないが……」


海乃は手に持つ三又の槍、トリアイナを肩に当てながら雨が降る空を仰いだ。王から言い渡された任務を完遂したのだが、その表情は暗かった。


「うっううっ……」


優香は恵美との悲劇的な別れに耐えきれず涙を流していた。どちらも疫病の魔女から苦しみを与えられた被害者。しかし優香と違って恵美はその苦しみに心も体も耐えられなかった。優香には神斗や魔導王の力という支えがあったが、恵美にはなんの支えもなかったからだ。


「大丈夫、大丈夫だよ優香」


涙を流し悲しみに暮れる優香を、神斗は抱きしめ励ました。


「うう……神斗ぉ……私っ……」

「優香は悪くない。あの子も悪くない。すべての元凶は疫病の魔女だ」


優香と恵美、そして多くの子ども達の人生を狂わせたのは疫病の魔女、森香苗だ。魔女が悪いのだということはわかっているが、優香はそれでも親友と子ども達を救えなかった自分が許せなかった。


「私が、私がもっと力を扱えていたら!香苗先生の実験に気がついていれば!子ども達も、恵美も、救えたのにっ!約束したのに……」

「それは仕方のないことだ。神の力はそう簡単に扱えるものじゃない。魔女の実験についても、記憶を操作されてはどうすることもできない」


優香は香苗のことを、自らを救ってくれた恩人だと思っていた。だからこそ力を貸し手助けをしていた。香苗の計画に乗せられていたことに気づかずに。


「むしろすごい方だよ。力に目覚めたばかりなのに海乃と渡り合ったんだからね」

「まぁそうだな、正直驚かされたよ」


優香の力は神殺し、つまり神の力だった。しかしそれを知ったのは海のとの戦いの最中だった。それまでは香苗から伝えられていたとおり、不思議な力としか思っていなかった。


「で、これからどうするんだ?国に戻ったらやることが山ほどあるぞ?それに、その子のこともな」


疫病の魔女の討伐は完了した。しかし魔女の作り出したエンブリオは神界に転移し、各神話体系に被害を出している。神斗は討伐隊を送ったが、その件の処理もしなければならない。そのため神斗はすぐにでも国に戻らなければならない状況だった。しかし優香もこの件に深く関わっているため、優香への対応もしなければならない。


「海乃は先に国に戻っていてくれ。俺はもう少し優香と話したい」

「……わかった。だがな!すぐに戻ってくるのだぞ!?いいな!?べ、別にお前達の仲が気になるとかそういうことじゃないからな!」

「わかったわかった」


海乃は後ろを向き、手を伸ばす。すると虚空から黄金の光が溢れ出し、凝縮され形を成していく。やがて黄金の光は大きな門となった。黄金の門の扉が開き海乃が中に入っていく。


「はぁ……その子の対応はお前の好きにしろ。では先に戻っているぞ」

「ああ、お疲れさん」


神斗と優香は黄金の光の中に消えていく海乃を見届けた。


「さぁ、行こうか優香」

「うっう……ど、どこに?」


神斗は立ち上がり、優香に手を差し伸べた。


「優香が両親と住んでいた家にだよ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁーーー、またか……」


黄金の門の先に辿り着いたと同時に海乃はため息をついた。


(またライバルが増えた……しかもあいつ好みの)


海乃は優香が神斗のことを好いていることを察していた。自らも神斗のことを思っている以上、優香の存在は恋のライバルということになる。しかしこの時点で海乃は、優香と神斗が付き合っていることを知らないでいた。


「あら?……なーんだ生きてたんだ、海乃」

「ん?ああ貴様か、空実」


そんな海乃に声をかけたのは金髪を二つに結んだ少女、空実だった。空実は海乃のもとまで行くと腕を組んで踏ん反り返った。


「あんた疫病の魔女の討伐失敗したんだってね?海鳴り姫の名が泣くわねー」

「ふん、名などどうでもいい。それに魔女の討伐はしっかり完遂した。少々手を焼かれたのは事実だが……」

「なんだ討伐はしたのね。でもあんなお婆さんに手を焼くなんてまだまだね!……なんか反応悪いわね。ま、いいや!で、神斗は?一緒じゃないの?」


海乃の失態を空実は小馬鹿にした。仲の良くない二人にとってそれは日常茶飯事だった。しかしいつもより海乃の反応が悪かったため、空実は話題を変え神斗の行方を聞いた。その金色の目を一層輝かせながら。


「あいつはまだ帰ってこない。向こうで色々あってな」

「色々?何よ色々って!?」

「まぁざっくり言えば、女だ」

「……なん、ですって?」


その時、空気が揺れた。


「女?女ですって?なにそれ、どういうこと?意味がわからないんだけど……」


そこには突風が巻き起こり、雷鳴が轟いた。空の天気が急変したのだ。


「おい、落ち着けよ空実。力が漏れ出ているぞ」

「わかってるわよそんなこと!でも、ううーー」


空実は落ち着きを取り戻した。それと同時に急変していた空の天気も元通りに戻った。


「神斗のやつ、戻ってきたらただじゃおかないんだから!で?あんたが落ち込んでたのもそれが理由?」

「ああ、まぁな」

「ったく、あんたって普段は強気のくせに恋愛関係になると急にへなちょこになるわよねー」

「ううう、うるさい!だまれ!」


普段凛々しく振舞っている海乃とて年頃の乙女、色恋には少々疎かった。


「はぁ、その話はまた後だ。で?討伐の方はどうなった?」

「ええ、各神話体系に襲撃してきた魔女の子供達は全て討伐を確認したわ。相当な暴れっぷりだったようで捕縛はできなかったそうよ。すでに討伐に向かっていた者たちのほとんどが帰還したわ」

「そうか、捕縛は叶わなかったか……」

「その件についても、神斗が帰ってきてから詳しい話をする予定よ」

「わかった。私はそれまで休んでおくとしよう」


海乃は空実のそばを通って歩いて行った。空実も海乃とは反対方向へと歩き出して行った。神殺しの間ではある噂があった。それは、海乃と空実は決して同じ道を並んで歩かない。それほどまでに仲が悪いとされていた。


「「はぁーーー」」


しかし今となっては違った。二人は別の方向へと進んでいったが、同じタイミングで深いため息をついていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……ここだ、ここが私が十年前に住んでいた家」


そこは水鳥院のあった山から少し離れた小さな町にあった。風情ある家屋が点々と立っている中に“岡本”と表札に書かれている。しかし、その家の天井は大きく穴が空いており、長年誰も住んでいないことが伺えた。


「十年前のままになっているようだね。中、入ろうか?」

「うん」


二人は中に入って行った。玄関を抜け廊下を進んで行った先、二人はその部屋の扉の前に立った。


「リビングだね。どうする?ここは、やめておいたほうがいいと思うけど……」


リビング、そこは十年前に魔女が優香の両親を殺した場所だった。


「……入る。ここに来るまでに決めたの。どんなものでも、全て受け入れる。消された記憶は戻ったけど、十年前に起こったことをしっかりと記憶に刻み込む。もう、逃げない」

「そうか、わかった。じゃあ、開けるよ」

「うん」


神斗はその扉を開けた。その部屋は天井の大穴を除いては、いたって普通のリビングだった。そう、人が殺され血が飛び散った部屋とは思えないほど、普通だったのだ。


「え?!な、なんで……」

「やはりか。遺体どころか血の跡もない」

「なんで?いったい誰が……」


魔女が優香の両親を殺した際に、その部屋は血が飛び散っていた。しかし、十年経ったとはいえあまりにも綺麗にされていたのだ。


「優香、ここは君の両親が殺されてしまった場所。だが君の家族は両親だけじゃないはずだ魔女の話が本当なら、君には……」

「……!そうだ、私には、お婆ちゃんがいた!」

「やはりか。ここに来た理由は優香の再生した記憶をしっかりと定着させるためだったが、君自身でその存在を思い出すべきだと思ったからだ」


そう、この家で優香は両親と祖母の四人で暮らしていたのだ。優香はこの家に来ることで、再生されたばかりの記憶を確かなものとすることができ、祖母の存在を思い出すことができた。


「恐らく優香のお婆さんはこの家に来ていた。そして、壁や床の血を落とし、ご遺体を回収されたのだろう。優香のことも探していたかもしれないな。水鳥院に連れていかれたせいで優香のことを見つけることができなかったのだろう」

「そうだ……私にはまだ、家族がいる」


優香は再び涙を流す。しかしその涙は先程までの悲しみの涙ではなかった。


「今、優香のお婆さんがどこにいるかはわからない。なら優香のやるべきことはただ一つ、家族を探し出し、今度こそその力で守るんだ」

「よかった……本当に良かった。私にはまだ、家族がいたんだ!」


絶望の中舞い降りた吉報、祖母の生存の可能性。それによって優香の心は救われたのだ。神斗は優香の頬をつたう涙を指で拭い笑顔を見せる。


「それに、俺もいる。優香には俺がついている」

「神斗……」

「俺も優香のお婆さんを探すのを手伝おう。これでも神殺しの長だ、あらゆる手を尽くして探し出してみせる」

「ありがとう……本当に、ありがとう」


神斗は優香の前に立ち、再び手を差し伸べた。


「優香、俺と一緒に神殺しの国へ行かないか?」

「え?神殺しの国に?」

「ああ、優香も神殺しだしな。ほかの神殺しと会うのはいい経験になる。それに情報収集に長けた奴もいる。お婆さんを探しつつ、神殺しの国にいるべきだと思うんだが、どうかな?」


神斗は触れなかったが、今優香は帰る家がない状態だった。そんな状態で優香を一人にしたくないというのが神斗の本音だった。


「……うん!行くよ神殺しの世界。神斗のことももっと知りたいし!」

「ははっ、ようやく元気になってくれたね。じゃあ……」


優香は伸ばされた神斗の手を取る。その時足元から黄金の光が溢れ出し、門の形を作り出していく。


「行こう!」

「うん!」


優香は神斗共に黄金の門をくぐるため歩き出した。その歩く道は明るく照らされ、希望に満ちた道だった。

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