第18話 神と人間


「で、話とはなんだ空実」

「ええ、ちょっと確認したいことがあって」


そこはフェルノーラ城のとある一室。そこに空実は海乃を呼び出していた。


「あの子、優香さんのことなんだけど、本当にあんたと戦えるほどの力を持っているの?」

「なんだそんなことか。この前も言っただろう、実際に戦ったこの私が保証すると」

「確かにあんたのお墨付きなら問題ないけど、どうしても私は信じられないの」


海乃は神殺しの国イデトレアの中でも相当な力を持っている。それゆえに軍を代表する軍務総長を務めている。しかし空実はどうしても信じることができないでいた。


「だってあの子、力に目覚めて間もないんでしょう?そんな状態であんたとやりあったなんて、いくらなんでも……」

「だが事実だ。それに神斗も言っていただろう、優香の持つ力のことを。それを鑑みれば、力に目覚めたばかりといえど可能性はある」

「うーん……じゃ、じゃあなんであの子が“一列目”なのよ!!」


空実の言っている一列目とは、食事をした際の座った場所のことだ。優香は神斗に最も近い席に座っていた。それこそマーゼラや海乃達よりも近い場所なのだ。


「それは……そういうことなのだろう」

「王に最も近い一列目、そこにはマーゼラを含めた幹部すら座ることを許されない。そこに座ることのできる者は、王の“配偶者”となる者だけ」

「神斗はさりげなく私達にアピールしたってことね!マーゼラが何も言わなかったってことは、あの人も知った上でのこと……か」


王に最も近い一列目に座れるのは、王の配偶者となるものだけ。神斗はあえて優香をそこに座らせた。それはつまり、神斗が優香を配偶者とすることを意味していた。


「くうぅぅーー、なんで、なんでよ!あそこに座るのは私のはずなのに!!」

「何を言っている?あの席に座るのは貴様ではない。この私だ!!」

「あんたじゃないに決まってるじゃない!あんたはあくまで神斗の剣的な役目でしょ!?」

「それをいうなら貴様は神斗の頭脳でしかないだろう!?」


海乃と空実は恒例の口喧嘩を始めようとしていた。


「ハァ?何言ってんの?王である神斗にとって力よりも知恵の方が……ってこんな言い合いしてもしょうがないわ」

「まぁ、そうだな。……で、お前はどうしたいんだ?あの席に座ることに関しては私も異論を唱えたいが、優香の実力に関しては、私は認めているぞ」

「簡単な話よ、優香さんの実力を確かめる。この私自らね!」


当然現れ、神殺しの王と軍のトップから認められた存在。空実はそれでも信じることができなかった。神斗や海乃の言っていることを疑っているのではなく、政務総長として慎重な判断をするべきだと思ったからだ。空実は優香の実力を確かめることにしたのだ。


「それは……決闘をするという意味か?」

「ええ、そのつもりよ。私が直接確かめたいしね」


空実は部屋から外に出て城の中庭を眺めた。そこには神斗と優香二人の姿があった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



神斗は優香を連れて城の中を歩いていた。


「このフェルノーラ城は五代目神殺しの王の手によって千年以上前に建てられてたんだ」

「せ、千年!?てことは、神殺しは千年以上前からいたってこと!?」

「ああ、初めて神殺しが確認されたのは今から二千年前だ」

「そ、そんなに前からいるんだ……」


優香は神斗の話す神殺しや神話、神界についての話に何度も驚いていた。それも当然で、人間界にいればまず関わることのない話だったからだ。

その後優香と神斗は城の中庭に出た。そこで優香はあるものを見つけた。


「ねぇ神斗、あの石碑みたいなのはなに?」

「あれは“イデトラ”の石碑だよ」

「イデトラ?」


優香の見つけたものは、中庭の中心にある金色の石碑だった。そこには何かの図のようなものが刻み込まれていた。


「英雄神イデトラ。三千年前にこの神界を救ったとされている人物だ。しかしその人物についての記録はほとんど残っておらず、どこかの神だったのか、はたまた英雄だったのか、まず実在した人物なのかすらわかっていない。存在自体が伝説、ゆえに英雄の神、神の英雄という意味で英雄神と呼ばれている」

「伝説の人物……か」

「でもこの国の名前はイデトラの名を取って付けられたんだ」

「なるほど!イデトレアってそういう意味なんだ!それならその人は実在したのかもね」


優香と神斗は広場にて少しの間休憩しつつ話をすることにした。


「そういえばこの前、国の人たちが神殺しじゃない普通の人の方が多いって言ってたけど、あれってどういうことなの?」

「ああ、詳しく話すって言ってたな。それについて話すなら、まずは神界について話さないといけないな」


そして神斗によって神界、神話の神、普通の人間についてのざっくりとした説明がされた。


「まずこの神界は、人間界を覆うように構成されている。その神界の中には様々な世界があり、それぞれの神話体系の世界となっている。ギリシャ神話のオリュンポス山、北欧神話のユグドラシル、神殺しのイデトレアのように。そんな世界と世界の間は次元の狭間となっており、別の世界に行くためには次元を飛び越える必要がある、それが転移という技術だ。

しかしそれぞれの世界にいるのは神々や伝説上の生き物達だけではない。なんの力も持っていない普通の人間もいるんだ」

「その普通の人間って、人間界の人達と何が違うの?」

「実は確かな証明がされていないんだ。様々な仮説があるが、一番有力なのが神界と人間界は同時に創造され、神界の神と人間界の人間も同時に創造されたとする説だ。その後、神界の神々は独自に人間を想像した。

つまり神界に住む人間と、人間界に住む人間の違いとは、神と同時に創造されたか、神によって創造されたかなんだ」

「てことは、神界の神様と人間界の人達って同じ存在ってこと!?」


神と人間は同時に創造された。つまりそれは神と人間は同義であると捉えることができるのだ。


「いや、神界ではそうとはされていない。強大な力を持った神となんの力も持っていない人間、それが同じであるはずがない、人間界の人間は神になり損ねた存在だとされている」

「そ、そんな!?」

「確たる証拠はない。あくまで一説に過ぎない。それに、俺たち神殺しはその説を信じていない。なぜなら、なんの力も持っていない人間が神に力を与えられることで、俺たちのような神殺しになれるんだからな。

ちなみに神殺しというのは、神の力を与えられた人間のことだ。言うならばその神を殺し力を簒奪したようなものだからな。神を殺した者、神殺しと呼ばれるようになった」

「じゃあ、神殺しも元は人間ってことなんだ!」

「微妙に違うかな。神は選んだ人間が生まれてくる前に力を与えると言われている。つまり神殺しは皆、人間としてではなく神殺しとして生まれてくるんだ」


神殺しの誕生についても確たる証明はされていなかった。神の力を持った人間、人間の姿をした神、どちらとも取ることができたため、新たな存在として神界に君臨したのだ。


「さて、ちょっと話し過ぎちゃったな。そろそろ行こうか。神殺しやイデトレアに住む人たちについてはまた今度、街を紹介しながら教えるよ」

「うん!わかった!」


その後いくつかの施設を紹介し終え、神斗は優香を自分の執務室に招いた。その部屋は壁全体に本がびっしり埋まった本棚があり、中心には高級そうなソファーとテーブルがあった。そのさらに先には大きな机があり、その上には大量の紙が山積みになっていた。


「さてと、今日はこの辺にしようか。まだ紹介しきれてない場所もあるんだけど、仕事が残っててね。付き添いはできないけど、気になるところがあったら見にいっておいで」

「た、確かにすごい量みたいだね」

「これでも減った方なんだよ?まったく、こんな量の仕事をすぐに終わらせろだなんて、頭の固い部下を持つと大変だよ」


神斗が椅子に座りつい本音の愚痴をこぼしてしまったその時、


「頭が固いって、誰のことを言ってるのかしら?」

「お前以外誰がいる空実」

「なっ!?空実に海乃!?いつの間に……」


部屋の入り口に海乃と空実がいたのだ。


「こんな量って言ったって、それがどれだけ重要なものか分かってんの!?あんたはこの国の王なのよ!?」

「うぐっ、そ、そうだけど……」

「おい空実、そんな話をするために来たんじゃないぞ?さっさと話せ」

「あ、そうだったわね」

「ん?なんか話があるのか?」


空実は椅子に座る神斗の前まで行き、優香のことを見ながら話を始めた。


「この子、優香さんへの待遇についてよ。いくら持っている力が強大だからって、あまりにも度の過ぎたもてなし方じゃない?幹部への紹介、王自らの案内、そして何よりあの席に座らせたこと。流石にどうかと思って」

「なんだ?嫉妬しているのか?」

「ち、違うわよ!わ、私はあくまで、あくまでも政務総長として意見してるの!それに……神斗と海乃を疑うわけじゃないけど、私はまだこの子の実力を信じることはできない」


その瞬間、その部屋はまるで氷に閉ざされたかのような悪寒で埋め尽くされた。


「……それはつまり、優香に文句があるってことか?」

「ぐっ!!」


それは神斗から発せられた気迫だった。神斗は優香を侮辱させられたと判断したのだ。神斗は何より仲間を大切にする、ゆえにたとえ仲間でも別の仲間を侮辱する事は許せないのだ。

しかし空実は神斗から発せられる気迫を耐え、なお意見する。


「わ、私は海乃と違って戦ってもいなければ、あんたみたいに直接見たわけじゃない。それに言ったでしょう?疑ってるわけではないと。私は政務総長として、この国の政治を司るものとして慎重な判断をしなければならないの!」

「では、お前はどうしたいんだ?」

「簡単な話よ。優香さんの実力を直接見せて欲しい。それで判断するわ」

「でも、どうやって……」


空実は左手を腰に当て、右手を優香に向けて突き出した。


「決闘よ」

「なっ……決闘だと!?本気で言っているのか!?優香は力に目覚めて間もないんだぞ!」

「そんな力に目覚めて間もないこの子を認め、手厚く歓迎したのはあんたよ。そのことに関しては、あんたに意見する権利はない」

「くっ……」

「さて、優香さん。私は正式に政務総長、黒沢空実としてあなたに決闘を申し込みます」


突然の決闘の申し込み。優香は何が何だか分からなかった。


「さぁどうする?別に拒否してもらっても構わないわ。でも拒否すれば、あなたをこの城に置いておく事はできない。この城は相応の実力がなければ居ることすらできないのだから。私と戦い、海乃と神斗に認められた実力を、私にも認めされることができれば、この城に居る権利を得られるわよ」

「で、でもいきなり戦いなんて……」

「あらそう。あなたの実力は大したことなさそうね、心の覚悟も、神斗に対する想いも」


その言葉を聞き、優香は居ても立っても居られなくなった。優香は空実を凛々しい表情で睨み返し、その体からは力のオーラが漏れ出ていた。


「それは、違う!私の実力はわからないけど、私の覚悟と、神斗への想いはそんな小さなものじゃない!」


そう、優香は確固たる覚悟を持っていたのだ。

優香は守るべき子供達を守れず、親友まで失った。だからこそ、二度とそんなことにしないと決めたのだ。そして神斗に対しても、水鳥院での事件の前から今の今まで、強い思いがあった。それを大したことないと言われ、優香は我慢できなかった。


「へぇ、ちょっと意外かも」

「ふん、それでこそ魔導王の力を持つ者だ」

「空実さん、あなたの決闘お受けします。いいよね神斗?」

「……はぁ、分かった。それでお互い納得が行くならな」


こうして優香と空実の決闘が行われることが決定した。かたや政治を司る幹部、政務総長。かたや強大な力を持った新人。その決闘の開催は瞬く間に城中、街中に広がった。

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