第1話 少女の覚悟


「生徒会長挨拶。生徒会長、王谷神斗」

「はい」


二〇一五年四月六日。雁光高等学校は新年度を迎えた。この雁光高等学校は県内随一の進学校であり、毎年有名大学への進学者を多く排出している。

そんな学校の生徒の代表を務める生徒会長が壇上へ上がった。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」


雁光高等学校の生徒会長を務めるのは、落ち着いた雰囲気の青年、王谷神斗。彼は二年生ながらにして生徒会長を二期続けて務めている。なぜ3年生ではなく、二年生である彼が生徒会長を務めているのかというと、単純明解、優秀だからである。


「……というのが、この学校の教訓となっています。この教訓に恥じぬ生徒になることを期待しています」


’’王谷神斗’’

全国模試では上位の常連で、学校内でも教師からの評価は高い。容姿も整っており、女子生徒からの人気は高いが、その性格の良さから男子生徒からの人気もある。まさに優秀、完璧な生徒だった。


「雁光の生徒として、共に競い合い、共に助け合っていきましょう。以上です」


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!

たった数分の挨拶だったが、新入生は王谷神斗という男がどんな男なのか、感じ取ったことだろう。


「生徒会長、ありがとうございました。続いて、新入生代表挨拶。新入生代表……………」


この春という季節は新たな出会いがあり、新たな時代となる季節である。しかし、人間にとってこの春は、特別な春となる。この時は’’誰も’’気づいていなかった。この人間の世界に忍び寄る、異質で、異常で、強大な力の存在を……。



 ――――――――――――――――――――――



新入生への挨拶を終えた神斗は、教師やPTAの役員といくつか話をして生徒会室へ来た。


「お疲れーー」

「あっ!神斗お疲れ様!」


神斗の疲れ切った言葉に返答したのは、この生徒会の副会長、岡本優香。彼女は三年生で、入学してからずっと生徒会に入っている。


「良い挨拶だったよ。生徒会長さん!」

「わざとらしい言い方だなぁ。ニヤニヤしながら見ていたくせに」

「だってなんか、面白いんだもん!」


優香もまた、神斗と同様、生徒たちから人気があった。小柄で幼さがあるものの、持ち前の明るさと、正義感から信頼を得ている。三年生ながら副会長という立場だが、会長である神斗とともに、学校全体を支えている。そして、この二人は……


「それに壇上に上がった神斗、格好よかったし……」

「そ、そう?ありがと……」


そう、二人は付き合っていた。校内でこのことを知っている人はいない。二人だけの秘密なのだ。なぜなら、生徒会長と副会長が付き合っているとなれば、何かと面倒になるのだ。


「う、うん……。あっ!そういえばさ、もうすぐ半年の記念日じゃない?どこか行こうよ!」

「お、良いね!どこか行きたいところある?」

「うーーん、そうだなぁ」


二人は付き合ってもうすぐ半年になる。未だ初々しさが残っている状態である。せっかくの記念日だ。どこか特別なところに行きたい。良い場所はないかと考えていた時、


ブーーー、ブーーー、ブーーー


「あ、私の携帯だ」


優香の携帯のバイブ音が鳴った。誰かから連絡があったようだ。


「…………え!?」

「どうかしたの?優香」

「う、ううん!なんでもないよ!大丈夫!」

「そう?ならいいんだけど……」


優香は明らかに驚いていた。どうやら携帯に来た連絡の内容に対してのようだったが、神斗は優香が大丈夫と言ったため、気にしないことにした。


「ごめん!今日は先に帰るね。用事が入っちゃった」

「そっかー、わかったよ。俺もまだ生徒会の仕事残ってるし」

「本当ごめんね!それじゃあまた明日ね」

「うん、また明日!」


神斗は生徒会室に残り、優香は帰路についた。神斗はさっき優香に来た連絡が気がかりだったが、余計な詮索はよそうと思い、生徒会の仕事を続けた。



 ――――――――――――――――――――――



ここは学校から電車で一五分、徒歩で十分ほどの場所。山に囲まれており、人気のないところだ。そこには周りの景色と不釣り合いな真っ白な建物が建っていた。ここが優香の住む家だ。


「みんなただいまー」

「あっ!優香姉ちゃん!」

「おかえりー!」

「遊んで遊んでー!」


帰って来た優香を迎えたのは、小さな子ども達だった。


「ごめんね、香苗先生に呼ばれているの」

「「「えーーーーーー」」」


子ども達は揃って落胆した。


「みんな、優香は忙しいの。それに先生に呼ばれているのなら仕方ないでしょ?」

「恵美!」


姫野恵美。優香と年の近い大人びた少女だ。


「子ども達の相手は私がしておくから、先生のとこ行きな」

「ありがとう恵美!ごめんねみんな。お話が終わったら遊んであげるから」

「全然構わないよ。ほらみんな、行くよ!」

「「「はーーーい」」」



 ――――――――――――――――――――――



ようやく子ども達から解放された優香は、この家の一番奥にある部屋に向かった。そこには、院長室と書かれていた。優香はノックをし、部屋に入って行く。


「優香です。ただいま帰りました、香苗先生」

「おかえり優香。すまないね、急に呼び出してしまって」

「いえ、大丈夫です」


その部屋には、一人の老婆がいた。この家の家主もとい、院長である森香苗だ。


「それで、話したいことって……」

「ああ。子供達の治療のことなんだけどね、次の段階に進もうと思う」

「次の段階、ですか」

「このままの治療では延命はしても完治まではいかない。子供達の病気、カース・マリーは不治の病。延命治療もいつまでもつかわからない」


不治の病カース・マリー。それは万人に一人の割合で発症する病気で、未成年の子どもにのみ発症する特殊な病気。その症状は、傷病者の感情が激しく変化した時、つまり激しい怒りや悲しみ、憎しみの感情を持った時、その感情に意識を支配され、暴れ出してしまうのだ。通常人間は脳にリミッターをかけているが、そのリミッターが外れ子どもとは思えないほどの力で暴れるらしい。


「症状を抑えられていても、子供達の命には限界がある。症状を抑えれば抑えるほど、命を削ることになる。早めに完治しなければならない」

「そうですね。でも、次の段階は子ども達にも負荷がかかるんですよね?しっかりとした準備段階を踏んでからの方が……」

「準備はもう十分整っているさ。あとは優香、お前の覚悟だけだ。子供達への負荷も、お前の加減次第だ」

「それはわかっています。だからこそもう少し時間が欲しいんです。今の私の力では、子ども達への負荷が大きすぎてしまいます」


カース・マリーの症状は感情による暴走。それを抑えるのはさほど難しくない。痛みを抑える鎮痛剤を使うようなものだ。しかし、カース・マリーの症状を抑えるということは、感情の高揚を抑えるということ。それは子ども達の脳に多大な影響を及ぼす。脳が発達した大人ならまだしも、発達途上の子どもの脳には大きな負担となる。


「これは子供達のためなんだ。あの子たちの将来のことを考えれば、すぐにでも直してやらないといけないんだよ」

「子ども達の……ため」

「そうだ。あの子達を助けられるのは、お前だけなんだよ」

「…………わかりました。やります!」

「よし、頼んだよ」



 ――――――――――――――――――――――



「はぁ」


優香は院長室を出てため息をついた。


「大丈夫?優香」


院長室を出た優香を待っていたのは恵美だった。


「うん、大丈夫だよ。ありがと恵美」

「先生との話、私達の治療のことでしょ?」

「うん。いつかくると思っていたんだけどね。でも、まだちょっと覚悟がね……」


今までカース・マリーの治療は、院長香苗と優香の2人の力による治療だった。しかし、完治のための治療は、優香一人の力でやらなければならない。


「何を臆することがあるの?自分の力を信じなさいよ。なんたって、優香の力はあの’’魔導王’’の力なんだから」


恵美はこの施設の患者であるが、優香と年が近かったため、ある程度優香の力について伝えられていた。


「そうだけど、でもその力を扱いきれるかが心配なの」


’’魔導王’’それが優香の特別な力だ。この力を使って子ども達の病気を抑えているのだ。


「大丈夫よ!今まで私達の病気の症状を抑え続けてきたじゃない」

「でも、次の段階は私一人。それに難易度も高いし」


普段明るく元気な優香が珍しく、消極的になっている。それだけ優香にとって重いことなのだ。


「信じてる」

「えっ?」

「私達は優香のことを信じている。今まで私が生きてこれたのは、優香、あなたがいてくれたおかげ。優香を信じて、全てを任せられる」

「恵美……ありがとう」

「うん!それじゃあ子ども達のとこ行こうか。みんな優香のこと待ってるよ」

「そうだね、行こ!」



 ――――――――――――――――――――――



子ども達の相手を終えた優香は、自室へと戻ってきた。


(私がやらなきゃいけないんだ。あの子達を救えるのは私だけ)


香苗からの話を受け、迷いがあった優香だったが、恵美からの激励により覚悟が決まった。


(みんな私のことを信じてくれる。そんなみんなのことを救いたい。それに、香苗先生への恩も返したい)


優香は香苗に恩があった。それはもう十年も前になる。

十年前、ある山で突如大規模な山火事が起きた。優香はなぜかその現場におり、香苗に救われた。


(あのとき香苗先生が救ってくれなかったら、おそらく私は……)


その事件のショックにより、優香は事件より前の記憶をなくしたようだった。そのため香苗は、優香を自分が院長をしている孤児院、水鳥院で預かることにした。


(救ってくれた恩を返すため、私は香苗先生の仕事を手伝うことにした)


香苗の仕事は孤児院の運営。優香は子ども達の面倒を見るのを手伝うようになった。しかし、香苗の仕事はそれだけではなかった。不治の病カース・マリーの治療法の研究だった。この孤児院にいる子ども達は、不治の病に侵された子どもだ。香苗はそんな子ども達を預かりつつ、研究をしていた。


(あの子達を救うためにも、あの子達を自由にするためにも、私がしっかりしなきゃ)


カース・マリーに侵された子ども達は、ただこの施設に預けられているわけではない。カース・マリーの症状は、感情の昂りによって暴走をしてしまう。そんな病気を持った人間を、一般の病院に入れるわけにはいかなかった。そんな危険な病気を持った子ども達は一箇所に集められ、実質隔離状態にされた。この施設は、孤児院であり、研究所であり、病院であり、隔離施設でもあった。


(不治の病カース・マリーを抑え、治すことができるのは私の力しかない)


優香には特別な力、魔導王の力があった。その力を使えば、カース・マリーの症状を著しく抑えることができることを香苗に教えられた。そしてこの力をうまく使えば、カース・ マリー自体を完治することができるようだった。

優香がこの特別な力を、記憶をなくす前から持っていたのか、事件をきっかけに発現したのかはわからない。まずこの力がどんな力なのかも、優香自身よくわからなかった。しかし、子ども達の病気を治すことができ、なおかつ香苗への恩を返すことができるのなら、この不思議な力を使おうと思った。


(いや、私にしかできないことだからじゃない。私を信じてくれるみんなのために、私を救い頼ってくれる香苗先生のために、絶対に成功させる)


優香は確固たる覚悟を決めた。



 ――――――――――――――――――――――



その部屋は、その施設の最深部にあった。暗闇に包まれたそこは、何かの実験や研究をする場所のようだった。


「もうすぐだ。もうすぐで私の悲願が達成される」


暗がりに佇むのは一人の老婆。


「聖なる母よ。今一度お待ちください。必ずやご期待に添えますゆえ」


その老婆は孤児院、水鳥院の院長、森香苗だった。


「さあ、目覚めなさい。世界に暗黒の刻を届けるのだ」


香苗の前には大きな培養カプセルがあった。そこには、体中から謎の文字が浮かび上がった子供達の姿があった。

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