第23話 救い


「……なるほど、ロキか」


 神斗は優香とカレンから、ロキと交戦した経緯を聞いた。


「まさか、直接接触してくるとはな」

「私も驚きました。いくら悪戯好きな神とは言え、今回の件は度を過ぎています」

「そうだな。んで?なんでカレンは優香を抱きしめているんだ?」


 カレンは神斗が現れてもなお優香を抱きしめ続けていた。


「ロキを撃退したご褒美です。神斗、この子可愛らしいですね。私にくれませんか?」


 目を子供の様にキラキラと輝かせたカレンは優香を頬ずりしながら神斗におねだりをした。当の優香はカレンに抱きしめられたまま動けないでいた。


「はぁ、相変わらずだな。でもその辺にしないと優香のお前に対するイメージが酷いものになるぞ?」

「はっ!それはいけません!……優香さん、申し訳ありませんでした。今のはどうかお忘れになってください」

「……ふぅ。い、いえいえ、大丈夫ですよ」


 カレンの情熱的な抱擁から解放された優香は、少しだけカレンとの間に距離を置いた。すでにカレンに対する優香のイメージは良くない方向に向いている様だった。


「それにしても、よく優香をロキの手から守ってくれた。ありがとう」

「いえ、公務総長として当然の行動をしたまでです」


 カレンは背筋を伸ばし眼鏡を上げ、敬礼をした。そんなカレンは、先程までの雰囲気は嘘であったかの様に凛としていた。


「え、えっとー、一応私もいるんですが……」

「ああ、紅葉も神を相手によくやってくれた。さすが俺の弟子だ」

「えへへー」


 神斗に頭を撫でられ、褒められた紅葉は顔を赤らめ、嬉しそうな表情をした。


「え!?神斗、弟子いるの!?」

「ああ、言ってなかったっけ?俺には三人の弟子がいるよ。相当な実力者達でな、三人ともヘプタゴンのメンバーなんだ」

「そうです!私こそが神斗様の一番弟子なのです!」


 紅葉は腰に手を当て胸を張って偉ぶった。

 しかし、紅葉の実力はロキとの交戦で十分高いものであることは証明されていた。不意打ちとは言え北欧の神で強大な力を持つロキを拘束し、一時的に動きを封じたのだ。何より神と戦い、生き残っただけでも相当の実力を持っていることになると言えた。


「そんなこと言ってるとまたあの二人と喧嘩するぞ?」

「だって本当のことですもん!それに喧嘩だって受けて立ちます!」

「そんなことよりも神斗、今はすぐさまイデトレアに帰還すべきかと」


 神斗と紅葉の話にカレンはわざわざ横槍を入れてまで、神斗へ帰還を勧めた。その理由は簡単だった。

 今神斗達がいる場所は人気のない場所であるが、そこではロキとの交戦によって大きな音や激しい光を発してしまっていた。

 そのためカレンは、周辺にいる人間達が集まって来る前に退散をするべきだと思ったのだ。


「あ、ああ、そうだったな。よし、すぐにイデトレアに帰ろう。これ以上目立つのはまずいから、転移は家の転移門を使う。急ぐぞ!」

「うん!」


 神斗達は急いで近くにある家と呼ばれる神殺しの拠点に向かった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 フェルノーラ城のとある一室。優香も何度か会議に参加するために入ったそこには今、王である神斗、幹部であるマーゼラ、海乃、空実、ケイン、千里、そして先程合流したカレンが集っていた。

 ロキの襲撃をうけて幹部達による緊急会議を開くこととなったのだ。


「何かしらの行動を起こすとは思っておったが、あの悪戯の神とはな。儂ですら予想しておらんかったわ」

「というか奴は北欧で幽閉されていたはずだろう?北欧の光の神、バルドルを殺して」

「北欧上層部、トール達はそれだけ本気であり、切羽詰まっているんだろう。罪人である悪神ロキを解放するほど」


 神斗を含めた幹部達は北欧神話側が何か動きを見せると予想していた。優香の持つ力を知ってしまった以上、北欧神話側が黙っているとは思えなかったのだ。

 しかし、北欧神話側は神斗達が予想していた以上に大きく動き出してきた。


「つかすげぇな。あのロキを相手に生きて帰って来るなんて。優香ちゃん大丈夫だったかい?怪我してない?なんなら俺が検査してやってもいいぜ?」

「すでに私が見ていますので結構ですよ?外傷もなく問題はありませんでした。それにカレンが付いていたのです、危険な目に遭うことはあり得ません。むしろ貴方と関わるほうがよっぽど危険でしょう」

「うっ!心に刺さること言わないでくれよ千里さん。心が痛いから後で診療してよ!」


 ケインのウザ絡みに千里は見向きもしなかった。その後ケインはマーゼラの凄みのある睨みによって大人しくなってしまった。


「こんな人は放って置いて、会議を進めましょう」

「……ん?そういえばシャルルはどうした?流石に来るのが遅くないか?」


 会議がそれとなく進んでいき、海乃は幹部の一人がまだ参加していないことに気がついた。


「シャルルは以前のエンブリオの件で被害が出たケルト神話の方に出向いているわ」


 シャルルは外交を任せられた幹部だ。神殺しであった森香苗の行った例の事件について、他勢力への説明や交渉を行っているのだ。

 その時、優香はあることに気がついた。


「……え?エンブリオの件って何?そういえば神斗、まだあの子達がどうなったのか聞けてなかったよね?一体、どうなったの?」

「あっ!え、えっと……」


 神界に現れ、神話体系へ襲撃を行ったエンブリオ。優香は未だ、そのエンブリオたちがどうなったのか知らず、神斗に何度も聞いたが教えてもらっていなかった様だった。空実は優香への配慮を忘れつい口を滑らせてしまった。


「いや空実、俺から話そう。そろそろはぐらかさずに話そうと思っていた」


 神斗は右前方に座る優香を真っ直ぐに見て事実を隠さずに話した。


「疫病の魔女の作り出したエンブリオ、つまり魔女の子供達七人は神界に出現し、各神話体系を襲撃した。襲撃された神話の中には被害が出たところもあった。結果、エンブリオ達は襲撃を受けた神話体系やイデトレアから派遣した神殺しによって、殲滅された」

「ッ!?……せ、殲滅?」


 驚愕の事実に、優香は自らの耳を疑った。


「つまり全員殺されたということだ」

「海乃!もっと言い方があるだろう!?」

「事実を言ったまでだ。まず第一に、この事実をもっと早く、隠さずに話しているべきだったんだ。お前が黙っていたのは優香の心を心配してのことだったんだろうが、どうせいつか言わなければならなかった。隠せば隠すだけ、優香は苦しむことになる」


 以前まで優香の心は疲弊しきっていた。そんな状態の中、子供達が殺されてたことまで伝えてしまえば、さらに苦しんでしまう。そのため神斗はこの件を黙っていたのだ。

 しかし、海乃の考えは違っていた。


「どうせ知ってしまうことなら、できるだけ早く知り、苦しんでおいた方が後々楽になれる。毎度毎度苦しんでいたら埒があかない。苦しみなど、一気に乗り越えた方が良いんだよ」

「そ、そうかもしれないが……」


 生きている限り苦しむこともある。しかしどんな苦しみも乗り越えなければならない。

海乃は優香が苦しむ姿を間近で見ていた。だからこそ、優香に全ての苦しみを乗り越えて欲しいと思っていた。


「……神斗、私は大丈夫だよ」

「優香ッ!……すまない、俺がもっとしっかりしていれば、子供達を殺さずに保護できたかもしれないのにッ……本当に、すまないッ」


 王であるはずなのに、強大な力を持っているはずなのに、小さな子供達を救えなかった。自らの情けなさに神斗の手は震えていた。


「ううん、神斗は悪くないよ。自分たちの国が襲われたらなんとしても守ろうとするのは当然だし。それに、子供たちは香苗先生のせいで苦しんでいた、とても、苦しんでいた。どんなことをしてでも、苦しみから解放してあげるべきだった」


 優香は神斗の震える手を握り語りかけた。

 死んでしまった子供達、それは優香にとって何としても救ってやりたかった存在だった。香苗によって苦しみを与えられた子供達。今はもう死んでしまったが、苦しみからも解放されたのだ。

 優香は最後に、自らの気持ちをしっかりと伝えた。


「神斗、子供達を苦しみから救ってくれて、ありがとう」

「ッ!!……優香ッ!」


 神斗の頬に涙がつたう。その涙は、情けない自分への怒りと力不足の謝罪、それに対する優香からの許しと感謝によって安堵した気持ちを表していた。


「さあ、会議の続きしなきゃ!私にはよくわかんないけど、大事な会議なんでしょう?しっかり進めなきゃ!」

「あ、ああ。まったく、優香には敵わないな」

「そうだな。心の強さでは神斗を超えている。なにせこの神斗を泣かせたんだからな!ガッハッハッハッ!」

「お、おい!やめろマーゼラ!」


 会議室は先程まで、暗く緊張感が張り詰めていたが、マーゼラの発言と神斗の焦りによって嘘のように明るくなった。

 すでに優香は気持ちの整理がついていたのだ。何とも勇ましく強い心だろうか。神斗の気づかぬうちに、優香は度重なる苦しみの連鎖を乗り越えていた。

 神斗は涙をぬぐい一息つき、国の幹部たちを見据えた。


「では気を取り直して、会議を続ける!」

「「「はっ!!!!」」」


 王の威厳ある声に、幹部達は呼応するように声を上げた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『そうか、ロキは接触したのか』

『そのようです。そしてロキの見解では、どうやら事実であると』


 壮麗な宮殿の中では、何度目かになる会議が開かれていた。しかし今回は今までと違い、さらなる緊張感が張り詰めたものとなっていた。

 その理由とは、重大な情報が入ったからだった。


『やはりか。父上は、人間の力となってしまったのか』

『一体なぜだ!確かにかの御人はいい加減なところがあるが、人間なんぞに……なぜだ!』

『……ふん、その程度の男であったということではないのか?』

『な、なんだと?今何と申した!?』

『貴様、主神であるあの方を愚弄するのか!!』


 入ってきた情報、それによって宮殿内は大混乱となってしまった。

 その国にとって最重要の存在がいなくなってしまった。それだけでも大きな混乱だったが、より一層の混乱を招いていた。


『あの御人はこの国にとって、世界にとってとても重要なお方だ。しかしあの方は勝手が過ぎていたのだ。知恵を得るために急に放浪し、気まぐれで帰ってくる。明らかな問題であったろう!』

『それは……あの方はそういうお人なのだ!それにあの方の知恵によってこの国は何度救われた!?あの方がいなければ、この国は……』

『だがいなくなってしまったのは事実だ。結果、今この国はバラバラではないか!これもあの方がいなくなってしまったのが原因ではないか!?』


 この国は一枚岩ではなかった。重要な存在を失ったことは、それだけこの国にとって大事件だった。

 その時、一人の大柄な男が拳を机にぶつけた。それによって机は崩壊し、床までもが破壊されてしまった。


『皆静粛に!!これは国の問題である!誰が悪いでも、何が悪いでもない!』


 大柄な男はその真っ赤に燃えるような赤髪と髭を揺らしながら、会議に参加している者全員の前に勇ましく立った。


『何としても、父上は取り戻す。我、トールの名において誓おう!!』

『『おお!!』』


 その図太い声による宣言に、会議に参加していた者の“一部”が感嘆の声を漏らした。

 しかしそんな大男の誓いを、嫌な顔で見るものも少なからずいるようだった。


『まずはもうじき行われる神王会議だ。そこで探りを入れて見るとしよう。必ず、取り戻す。この国のために!世界のために!』


 その男は、この場の誰よりも国のことを思っていた。だからこそ、どんな手を使ってでも、国を守ろうとしていた。

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