第16話 イデトレアの戦士達


「まずは私からだ。といってももう知った顔か。我が名は白神海乃。イデトレアの軍事面統括の軍務総長を務め、王下新鋭隊ー“天の七支柱”ヘプタゴンの隊長も務めている。戦闘の手ほどきなら私がしてやろう!先程は敵だったが、まぁそういう出会いも悪くはないだろう。これからは仲間だ。よろしく頼む」

「はい!よろしくお願いします!」

「今言った通り、こいつはイデトレアの軍事面のトップだ。戦闘部隊全軍を指揮する。このイデトレアの中でも戦闘力で言えば上位者だ。そのため戦闘員たちから絶大な支持を得ている」


神殺しは神の力を持つ人間。しかしそれは全てのものが強いというわけではない。中には農耕神や学問の神の力を持った非戦闘員もいる。しかしながら強大な力を持つことには変わりない。そんな中でも戦闘力の高い者たちをまとめ上げる海乃の技量は相当なものだということが伺える。


「ま、当然だ!この国が関わるあらゆる戦闘、戦い、闘い、争い、全てを管轄しているのだからな!ハッハッハ!!」

「ざっくり言えば戦闘馬鹿よ、こいつは」

「あ?なんか言ったか金髪女!?」

「なんでもないわよ。終わったんなら黙ってなさい。次は私ね」


海乃の次に話すのはマーゼラを挟んで海乃と逆側に立っていた空実だった。空実は一歩前に出て深く頭を下げた。


「私は黒沢空実。国の政治面統括をしている政務総長よ。どこぞの脳筋と違って私は知略を用いてこの国を支えているわ。国について知りたいんなら私に任せなさい!」

「貧乳だがな」

「……殺すわよ、肉女」

「やれるものならやってみろ、まな板娘」


海乃と空実はマーゼラを挟んで睨み合った。今にも戦いが始まりそうなほどの迫力だった。


「はぁ、こやつらは放っておいて、次に進めるぞ。次はヘラクレス、お前だ」

「おう!俺は海乃の姉御の舎弟、ヘラクレス!軍事面の副長だ!難しいことはわからんが、戦うことは得意だ!よろしくな!」


その男はこの場で最も大柄な男だった。青髪に浅黒い肌、体には獅子の毛皮を纏い、棍棒を持ち弓を背負っていた。


「こいつはその名の通り、ギリシャの英雄ヘラクレスの力を持っている」

「え?でもヘラクレスって半神半人の英雄じゃないの?」


そう、ヘラクレスとは半神であるが神ではない。にもかかわらず彼は伝説上の英雄ヘラクレスの力を持っているというのだ。


「ああ、こやつは神殺しではない。神殺しというのは神の力を持つ人間のことだ。対してこやつは英雄の力を持つ人間なのだ。そういった者のことを“転生者”という」

「通常転生者ってのは英雄の子孫が力を受け継いで生まれるんだ。だけどこのヘラクレスのように血統に関係なく英雄の力を持つ者もいる。神の力ではないにしろ、英雄の力も強大なんだ。英雄ってのは時に神を殺すこともあるからな。そういった意味では神殺しとも言える。このイデトレアにもヘラクレスのような転生者が何人もいる」

「へぇー、神の力じゃなくって英雄の力を持つ人もいるんだ」


優香が納得したその時、二人の小さな女の子がマーゼラたちと優香たちの間に入ってきた。


「いつまで話している!次はあたしだ!」

「エンジェもー」

「ああ、わかったわかった。じゃあ次はこの二人だ」


真っ白な服に身を包み、髪の毛まで白い少女はボーッと立ち尽くし、真っ黒な服を着た黒髪の少女は腕を組み踏ん反り返った。


「私はエンジェです」

「あたしはクロームだ!よろしくしてやるぞ!感謝しろ!」

「あ、うん!よろしくね、エンジェちゃん、クロームちゃん」

「ちゃ、ちゃん!?子供扱いするなぁー!あたしは大人だ!!」


優香の呼び方にクロームは地団駄を踏んで怒った。しかし二人の見た目は人間界でいう小学校低学年ほどだった。大人と主張してもその言動から十分子供らしかった。


「二人は何かの役職についているわけではないんだが、それぞれの力を買って俺の近くに置いている。エンジェは情報収集能力、クロームは索敵能力がずば抜けてるんだ。二人ともとても役に立ってくれている」

「えへへー、もっと褒めてー」

「ま、まぁそんなこともあるかな?へへっ」


神斗はエンジェとクローム二人の頭を撫でた。二人は気持ちよさそうににやけていた。


「それじゃあ今いる奴らの紹介はこんなところで。詳しい事はそれぞれ本人たちに聞くといい。まぁここにはいないけど、他にも役職に就いている者は何人かいる。また機会があったら紹介しよう。とりあえず今日はもう休んだ方が良い。色々あったからね」

「うん、ありがとう神斗」


優香は正直なところもう限界に近かった。数時間前には海乃と戦い、信じていた者から衝撃の真実を聞かされ、親友と最悪な形で別れてしまった。心身ともに疲れ果てていた。神斗はそんな優香の状態をわかっていたため、紹介は手短にし優香を一刻も早く休ませてやりたかったのだ。


「エンジェ、クローム、優香を空いている部屋に送ってやってくれ」

「はーい」

「しょーがないなー」

「ありがとう二人とも」


優香はエンジェとクロームに連れられて部屋を出て行った。


「さぁーってと、俺も休むかなー」

「「おい」」


どさくさに紛れて神斗も部屋を出ようと後ろを振り向いたその時、海乃と空実によって肩を掴まれてしまった。


「どこへ行くつもりだ?たんまりと仕事が残っている筈だが?」

「まさか仕事ほっぽりだして休もうとしてるんじゃないでしょうね?あんたこの国の王なのよ?」

「え、えと、あの」


神斗はちゃっかり仕事をサボろうとしていたのだ。そんな神斗に向けた海乃と空実の声は怒気を含んでおり、神斗を震え上がらせるほどの迫力を持っていた。


「……はい、仕事します」


そんな二人に神斗は逆らうことができず、そのまま海乃と空実に引きずられて行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



大広間から出た優香はエンジェとクロームに連れられて三階へと上がり、いくつもの個室のある通路を歩いていた。その後優香たちはとある部屋の前で止まった。


「ここの部屋が空いています。しばらくはこの部屋を使うと良いです」

「ま、何か困ったことがあったらあたしに言いな!なんでも教えてあげるよ!」

「クロームに聞くのは推奨しません。おバカなので。周りはこの城に住む女性たちの部屋なので、気兼ねなく尋ねると良いです」

「おバカじゃないもん!天才だもん!」


優香の案内された部屋の周囲の部屋には、女性の名前が書かれた表札のようなものが掛けられていた。城の構造上、男性と女性で区分けされているようだった。


「ありがとうね、エンジェちゃん、クロームちゃん」

「子供扱いするな!!」

「ではゆっくり休んでくださいね。さ、クローム行きますよ」


エンジェは文句を言っているクロームを引きずって廊下を歩いて行った。残された優香はドアを開け、部屋に入った。


「うわっ!結構広い!」


その部屋は一人で使うには少し広かった。家具も一式揃えられており、浴室や小さなキッチンまで完備されていた。しかし優香はそういったものに目もくれず、一人用にしては大きいベッドに横になった。


(はぁ、今日は色々なことがありすぎたな)


神斗とのデートまでは良かったものの、水鳥院に襲撃してきた海乃との戦闘、香苗の計画の真実と香苗が自分の記憶を消し両親を殺したこと、神斗が自分と同じ不思議な力を持つ存在だったこと、香苗に消されていた記憶の再生、親友との悲劇の別れ、神殺しの世界、あまりにも濃密すぎる1日だった。それにより優香は、身体的にも、精神的にも疲労が重なり限界をゆうに超えていたのだ。


(これから、どうなるんだろう)


自分がこれからどうなるのか、自分自身どうするのか考えようとしたが、疲労と予想以上のベッドの柔らかさによって強烈な睡魔に襲われ、優香は深く深く沈んでいくように眠りに落ちていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さて、報告をしてもらおう」


神斗は優香をエンジェとクロームに送らせた後、執務室にて仕事をこなした。ある程度進んだところで何人かの仲間を会議室に呼び出し、ある報告をさせていた。


「では、私から。私はケルト神話に侵入したエンブリオの討伐を行いました。私が到着した時点で多少の被害は出ていましたが、死者はいませんでした。すぐさま討伐を開始し、最後はケルトの主神によって討たれました。捕獲を試みましたが、ケルト陣営には受け入れてもらえませんでした」

「そうか」


ある報告とは、疫病の魔女によって人間界から神界に転移されたエンブリオの討伐に関する報告だった。


「俺はゾロアスター教の方に向かったぜ。だが俺が行った時にはすでに討伐済みだった。どうやらアフラ・マズダーによってすぐさま討伐隊が編成されたようだ」

「さすがはゾロアスターの最高神だな。正義の神なだけはある」

「僕が向かった先でもそんな感じだったよ。すでに討伐されてた」

「私の部下であるヘラクレスをはじめとした戦闘部隊からの報告も似たようなものだったぞ」


次々と上がる報告を聞いていた神斗だったが、その顔はあまり良いものではなかった。


「ほとんどがそれぞれの神話体系による討伐か。我々から送った討伐隊は、俺の直属部隊であるヘプタゴンの3人と海乃の配下の優秀な者たちだったというのに」

「くっ、すまない。これは私の失態だ!私が即座に魔女を討伐していれば……」

「ま、そうね。あんたがもっとしっかりしていれば、こうはならなかったかもね」

「海乃を責めるのはやめろ空実。魔女があんな危険なものを作り出していたことなんて誰も予想できなかった。ゆえに討伐隊の派遣も遅くなってしまったんだ。海乃も、討伐隊の皆も悪くない。それを言うならば、十年前に魔女を討伐し損ねた俺にも過失はある」


会議は議論が続いたが、どれもあまり良いものではなかった。


「そういえばマーゼラ、カレンはどうした?あいつも討伐に向かったはずだが……」

「カレンはまだ帰還していない。討伐に向かった神話体系がどうやらゴタゴタを起こしているようでな」

「ゴタゴタ?一体どこの神話だ?」

「……北欧神話だ」

「北欧……だと!?……くそっ!」


それを聞いた神斗は驚きつつ、どこか焦っているようだった。


「どうかしたか神斗?」

「エンブリオは確か、優香の力を取り込んだ魔女の子供達だったな?」

「ええ、そう海乃からも報告されたけど、それがなに?」

「優香の持つ力は、北欧の神の力だ!!それも北欧神話にとってとても重要な存在だった神だ。おそらく今回のエンブリオ襲撃によって優香の持つ力の正体に北欧側が勘付いたのだろう。それが北欧で起こっているゴタゴタの原因かもしれん」

「な、なんと!それは真か神斗!」


優香の力である魔導王。それは北欧神話にとって重要な神だった。優香の力を取り込んだエンブリオが襲撃してきたことで、それが北欧の神々に勘付かれた。そうなれば重要な神を失っている北欧神話が動き出す可能性があるのだ。


「とにかく、優香にはしばらく護衛をつけることにする。奴らが動き出す前に、なんとか手を打っておきたいところだが……」

「ならば、もうじき良い舞台があるのではないか?」

「ん?ああ、そうか!」


マーゼラの問いかけに神斗は何かを思い出し立ち上がった。


「神王会議だ!」


それはその後、神殺しと神話の戦争の火種となるものだった。

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