第5話 魔女の子供達
「ふう、つい熱くなってしまったな。だが、疫病の魔女の殺害、確かに完了したぞ神斗」
海乃は厚い雲に覆われた空に向かって、槍を掲げた。
「さてさて、疲れたから帰りたいところだが、まだ魔女の子供達がいたな。抵抗してくれなきゃいいんだが……」
掲げていた槍を肩に置き、子ども達が避難したと思われる地下に行こうとした。がそのとき、
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
「な!なん……だと?!!」
咳き込んでいたのは香苗だった。
「なぜ……あの状況で、私の一撃を逃れた?!いや、そんなことできるはずがない。いったいどうやって……」
海乃の一撃により周囲は水蒸気と煙で包まれていたが、それが段々と晴れていった。すると、香苗のそばに何者かが立っているのが見えた。その手には不思議な文字でできた模様が浮かび上がっている。
「?!貴様誰だ!」
「あなたが侵入者ね」
香苗のそばに立っている何者かは突風を起こし、水蒸気と煙を吹き飛ばした。それにより謎の人物は、海乃の前に姿を現した。それは、身長は低く華奢な体をしているが正義感に満ちた目をした少女だった。
「私は岡本優香。私は、水鳥院をこんなにして、香苗先生に深手を負わせたあなたを絶対に許さない!!」
「その魔女を庇うか。貴様も魔女の子供達の一人のようだな。どけ!貴様のような小娘に用はない」
「魔女?なんのことかわからないけど、これ以上好きにはさせない。ここからは、私が相手になる!」
優香は香苗を庇うように海乃の前に立った。
「香苗先生、今のうちに施設の中に。私ができるだけ時間を稼ぐので、子ども達とどこかに逃げてください」
「しかし、お前では奴には……」
「私なら大丈夫です。それに香苗先生が居なきゃ、子ども達の病気を治すことができなくなる」
「確かにそうだが……」
「私は香苗先生に救われた。今が約束の恩返しをする時なんです!……子ども達と恵美のこと、お願いします。どうか、救ってあげてください」
「……わかった。子供達は、私が絶対に救う!優香、感謝するよ」
香苗はボロボロの体を引きずって地下に向かう。優香は海乃を香苗の元へ行かせないため振り返らなかった。海乃は這いずりながら地下に向かう香苗を止めようとせず、優香の前に立ち続けた。なぜなら自らの渾身の一撃を防いだ優香が気がかりだったからだ。
「さぁ、始めようか」
「ふんっ、小娘に何ができる?」
「なめないで!!」
優香は力を増幅させ、体に風を纏った。後方に突風を起こし、一気に海乃との距離を詰めた。手のひらに風を集め圧縮し、海乃にぶつけた。しかし海乃は優香の攻撃を難なくトリアイナで防ぐ。
「ぐっ!ほう?小娘にしてはやるな。それにその力……まさか貴様」
「絶対に倒す。香苗先生と恵美への恩返し、そして子ども達を守るために!」
「ふっふっふ。面白い!いいだろう!この私が相手をしてやる!」
海乃は王への忠誠のために。優香は恩返しと自らの責任のために。
二人は崩壊した水鳥院の瓦礫の上で激突した。
――――――――――――――――――――――
「ハァハァ……ぐふっ……ぐっ……ああ、くそっ」
香苗はボロボロの体をなんとか動かし、地下に向かっていく。
「あの雌犬め……ハァ、絶対に許さん!必ず復讐してやる。フゥ……フゥ……私の計画を狂わせた報いは受けてもらうよ」
香苗はなんとか瓦礫を掻き分け、地下への入り口にたどり着く。
「計画はまだまだ途中で未完成だが、ハァ……やるしかないね。優香には感謝だよ!ハァ……見ていてください聖母様!私の作品を!必ずや私が、この世界を暗黒に染め上げてみせます!」
香苗は暗闇の階段を下っていく。その先にある研究所と子供達の元へ。
――――――――――――――――――――――
そこは悲惨な戦場になっていた。瓦礫だらけとなり、あったはずの建物は見る影もない。その場所は山の中腹にあるはずだが、山の中腹から山頂にかけて、何かに削り取られたかのように無くなっていた。そんな戦場では、二人の女が未だ戦闘を繰り広げていた。
「はぁぁぁぁああ!!!」
「ふんっ、こんなものか?お前の力は」
優香はいくつもの風の塊を作り出し、海乃に向けて飛ばした。優香は風の塊を自在に操り様々な方向から攻撃を仕掛けていたが、海乃はそれを全て槍で弾いた。
「まだまだぁぁーー!!」
「ほう、これはなかなか良い攻撃だ」
今度は風を一箇所に集め、圧縮を重ねる。高密度になった風を一気に解放し、暴風の竜巻を発生させた。竜巻は瓦礫を巻き込みながら海乃に向かって進んでいく。
「ハァハァ……こ、これなら!」
「甘いな」
海乃は槍に水を纏わせた。鋭さが増した槍を大きく振りかぶり横に薙ぐと、目の前まで迫っていた暴風の竜巻を切り裂いた。
「そ、そんな……」
強力な攻撃をいとも簡単に防がれた優香は、実力の差をまざまざと見せつけられ唖然とした。その隙に海乃は高速で近づき、槍の石突で優香を攻撃した。
「がっ……くっ」
「甘い、甘すぎる。それほどの力を持っておきながら、全く発揮できていない。その程度でよく私を倒すなどと言えたものだ」
「うっ、そんなこと……」
「お前、さっき言っていたな。森香苗への恩返し、そして子どもたちを守ると。甘いんだよ。恩返し?守る?その程度の力では何もできん。その程度の覚悟では何も成し遂げられない!」
優香と海乃の実力は明らかに差があった。優香は様々な攻撃を仕掛けたが、海乃は槍の一閃で全て防いだ。今では一瞬の隙を突かれ地に膝をつかされた。それを海乃は上から悠然と見下ろしている。
「そんなこと……そんなこと、ない!私の、覚悟は……」
「ん?これは?!」
「私の覚悟は、こんなものじゃない!!!」
優香の周りに突然と炎が燃え上がった。さらに炎だけでなく、空には雷鳴が轟き、地面は隆起し、いくつもの小さな竜巻が起こり、濡れた瓦礫は凍っていく。それは自然に起こるはずのない、異常な光景だった。
「なんだこれは、何が起こっている?炎、雷、地、風、氷、様々な属性の力だと?」
「私はあなたを倒す。香苗先生と恵美に恩返しするために、子どもたちを守るために!!!」
優香は力を解放した。優香から不思議な文字の羅列が生み出され、優香の前に集まっていく。不思議な文字の羅列は形を成していき、円盤状の模様を作り出した。
「それは、”魔法陣“!!そうか、やはりお前の力は……」
「天変地異の法則を知れーー
海乃は突然地面が隆起したことによりバランスを崩し地に手をつけた。濡れていた地面は凍っていき、海乃の手が地面とともに氷結した。小さな竜巻は一つの大きな竜巻となり、周囲に燃え盛っていた炎を巻き込み炎の渦と成す。空からの落雷により、隆起した地面を氷ごと破壊し海乃は空中に投げ出される。
「ぐっ!これは……まずい!!」
宙に浮いた海乃は体制を整えられず、巨大な炎の渦に飲み込まれた。炎の渦は勢いを弱めることなく逆巻き続ける。やがて炎の渦は沈静化していった。しかし炎は周辺の森に引火したようで、山火事のようになってしまった。炎の渦が消えた場所には炭で真っ黒になった大穴が開いていた。
「かはっ、ハァ……ハァ……、倒……した……」
優香は力尽きその場に倒れてしまう。疲れもあったが何より、侵入者である海乃を倒し子ども達を守れたこと、生きてまた神斗に会えることに安心したからだった。
「ハァハァハァ……子ども達の所に行こう。早く行って安心させてあげなきゃ」
優香は香苗ほど怪我をしているわけではなかったため、地下へ向かおうとなんとか立ち上がることができた。その時厚い雲に覆われていた空から雨が降り出した。雨は森の木々を燃やしていた炎を消化し始めるほど激しくなっていく。激しい雨の中立ち上がった優香は、子ども達の待つ地下に向けて歩き出そうとした。しかし足元がもつれ転んでしまう。それは疲れによるものでなかった。地面が、山全体が大きく揺れていたのだ。
「ハッハッハッハッハ!!!いやはや、なんとも驚かされたぞ!やればできるじゃないか小娘!今のは正直危なかったよ!ハッハッハッ!!」
「う、嘘でしょ?!」
「魔女だけでなく小娘にまで危ない目にあわされるとはな。渾身の一撃を防ぎ防がれの繰り返し、今日はなんとも愉快な日だ」
海乃は巨大な水流を生み出し、その上に立っていた。その体は小さな傷を負っていただけで、優香の攻撃は海乃には全くと言っていいほど効いていないようだった。
「どうやって、防いだの?」
「簡単な話だ。水を生み出して炎の渦を相殺した。あれはなかなかの威力だったからな、私もそれなりに力を出したよ。雨を降らせるほどな」
「そんな、簡単に?」
「さっきの一撃は確かに凄かったよ。しかし、お前と私の実力の差は歴然。それは単純な力だけでなく、力を操る技術にも差があるんだよ。さっきも言ったが、お前は自分の力を全く発揮できていない。そんな状態で私に勝てるわけないだろう」
勝敗は決した。立つことが精一杯の優香と、少しの傷しか受けていない海乃。これ以上戦う必要がないほどの差だった。
「まぁ、とどめを刺してもいいんだが、お前の力には興味が湧いた。あの魔女はもう手遅れ。放っておいてもそのうち死ぬ。そんなことよりもお前と話がしたくなった。」
「ふざけ……ないで!」
「ふざけてなんかいないさ。それでお前、自分の力についてどこまで知っている?」
海乃はトリアイナを地面に刺し、瓦礫の上に座った。香苗は動くのこともままならない瀕死状態、わざわざとどめを刺しに行くよりも、興味の湧いた優香と話がしたいと思ったのだ。
「私の力?そんなの教えて何の意味があるの?」
「気になるんだよ。お前の力の正体」
「正体?私の力はただの不思議な力じゃないの?香苗先生からはそうとしか……」
「そんなわけがないだろう。そんな不思議な力程度のものではない。お前の力は、私や森香苗と同じ"神殺し"の力だよ。お前からは神の力の源、神威を感じる」
「神殺し?そんなの聞いたことない……」
「神殺しとは、神の力を持つ人間のことだ。神話の神々と同様神界に住み、神々と神界の覇権を争っている。神の力は強大だ、気づかないはずがない。心当たりぐらいあるだろう?」
実際に優香は自分の力がどんなものか具体的に知らなかった。香苗からは不治の病カース・マリーを治せる力と言われていたが、なぜか自然と風の力が扱えるようになっていた。先程海乃に放った様々な属性の力で攻撃したのもそうだ。誰かから教えられたわけでもないのに使用できる。その力の総称を優香は知っていた。それは、
「魔導王の力……それが、私の力」
「魔導王!!やはり、そうだったか……」
「その名前も、力の使い方も、誰かから聞いたわけじゃないのに知っていた。香苗先生はそのことだけは教えてくれなかった。ねぇ!魔導王の力って何!?」
優香はどうしても聴きたかった。自分の不思議な力のことを、自分がどういう存在なのか。それを聞くことで失った記憶が戻るような気がしたからだ。
「岡本優香と言ったな。お前は神の力を持った人間、神殺しだ。そしてお前の持つ神の力、魔導王とはとある神話のとある神を指す。その神の名は……」
ゴゴゴゴゴオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!
突然大地が大きく揺れた。さっきまで海乃の力によって何度も地震が発生していたが、その揺れを遥かに超える巨大な揺れだった。
「くっ!……またあなたの力?!」
「違う!この揺れは私が起こしたものではない!私の起こす揺れは、私を中心に発せられる。この揺れは、山の地下深くから発生している」
「待って……地下深くには、子ども達がいる!」
巨大な揺れはすぐに弱まっていき、やがて揺れは収まり海乃が発生させた雨の音だけが響いていた。優香は地下にいる子ども達が気になり地下に向かおうとした。しかしその時、
カッ!!!ドゴオオオォォォォォォォォォォンンンンンンン!!!!!!
優香と海乃は巨大な閃光と爆発に包まれた……。
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