第7話 エンブリオ


「これが、全ての真実さ!」

「そんな、そんなことって……」


香苗から真実を聞かされた優香は、絶望の淵にいた。十年もの間共に暮らし、香苗のために働いた。しかしそんな香苗は、自分の両親を殺し記憶まで消した張本人だったのだ。


「じゃ、じゃあ今まで私がしてきたことって」

「ああ、お前のやってきたことはカース・マリーを治す研究じゃない。私の計画の材料になってくれていたんだよ。結果生み出されたのが、このエンブリオだ」

「子ども達を助けるどころか、実験の対象にしていたなんて。私は、なんてことを……」

「岡本優香、貴様は何も悪くない。魔女の実験に参加していたことには変わりないが、お前も子供達とはまた違った、魔女の被害者だ」


優香は子ども達の病気、カース・マリーを治すために自らの力を使っていた。しかしそれは魔女の計画の材料であり、結果子ども達をこんな姿にしてしまったのだ。この事実に優香はさらなる絶望を味わうと共に、一つの疑問を持った。


「待って、おかしい、人数が合わない。水鳥院には私も含め二十三人の子どもがいたはず。残りの十四人はどこにいるの!?」

「私の計画によって誕生したエンブリオは八体だ。残りの子供達は、死んだよ」

「え?!」

「本当はお前を抜いた二十二体のエンブリオが生まれるはずだったが、そこの海鳴り姫が現れたせいでね、計画を無理やり早めたのさ。結果は半数以上を犠牲にして、エンブリオは完成した」


香苗は元々この数年のうちに計画を完成させるつもりだった。しかし神殺しの王の右腕、海鳴り姫が襲撃してきたことにより計画を早めざるを得ない状況に追い込まれた。この場をどうにか切り抜けたとしても、さらなる刺客がくる恐れがある。なにより右腕を奪い、計画を狂わせた海乃に復讐をしなければ怒りが収まらなかったのだ。


「結果を得るためには犠牲を払わなければならない。今回で言えば八体のエンブリオの完成のために十四人の子供を犠牲にした。当初の計画が狂いに狂ったが、それでも私はやらなければならない。私の作品をあの方に見てもらうためにね!」

「まさに魔女の所業だな。同じ神殺しだと思いたくないな」

「計画を早めたのはお前が来たせいなんだからね?それに今の神殺しは貧弱なんだよ。神の力を持っているというのにそれを大いに振るわないなんて、こっちこそ同じ神殺しだと思いたくないな」

「貧弱か。そんな貧弱な神殺しである私にボロボロにされたお前は貧弱じゃないとでも言うのか?」

「武力の問題じゃないんだよ。神の力を持つものとしての行動が弱々しいと言ってるんだ。もっと他の神話と戦って神殺しの力を誇示し、神界の覇権を手に入れる。それが神殺しとしての行動だ」

「いささか古いな。考えも実にチンケだ。お前のような奴は、もう神殺しの世界にはいらん」


海乃は今すぐにでも香苗を討ちたかったが、優香を庇ったことで受けた傷が思った以上に深く、動けないでいた。


「ふんっ、私ももう弱った神殺しの世界なんざ興味ないよ。しかしそれでも私は神殺しだ。神殺しとしての行動はしたくなるもんさ」

「なに?どういうことだ?!」

「私の作品、エンブリオはもちろんあの方に見ていただくためのものだ。しかしただ見せるだけでは意味がない。私の作品を見ていただくため、神殺しの行動として、私はこのエンブリオを使って神界の覇権をいただくのさ!!」


香苗の言葉と同時に、動く気配のなかった8人の子供達が力を解放する。目と身体中にある不思議な文字の模様が白く輝き出し、オーラを纏う。


「みんな!!」

「この力の波動、魔導王の力を取り込んだということか!」

「私の力を?!そんなことして、子ども達に何をさせるつもりなの!?」

「言っただろう、神界の覇権を取ると。この子達が神界の各神話体系に侵入し、攻撃を仕掛けるのさ!」

「子ども達に攻撃させるの!?そんなの、酷すぎる!」

「これは私の作品だ。どう使うかは私が決める」


力を解放した子供達はさらに力を高めていく。すると子供達の足元には不思議な文字で書かれた円盤型の模様、魔法陣が現れた。


「さぁ!行ってきなエンブリオ達よ!神界を滅茶苦茶にして、聖母様にお見せするのだ!その素晴らしい力の奔流を!!破壊の限りを!!アーッハッハッハッハッハッハッ!!!!」


子供達の纏うオーラは一層輝きを増していく。そして足元の魔法陣が一瞬大きく輝くと同時に、子供達は姿を消した。


「これは、空間転移!転移先はやはり神界か!」

「そうさ!どの神話体系に攻撃を仕掛けるかは私にもわからないが、神界が混乱してくれればそれで良い!」

「くそっ!私としたことが、止められなかったなんて!こうなれば、疫病の魔女だけでもこの場で討ち滅ぼす!」


海乃はなんとか傷を負った体を動かし、香苗に迫る。


「そいつは危ないね。私はこんな状態で戦いたくても戦えん。だからといって逃げるわけにもいかない。貴様からの攻撃を防ぎ、戦う手立てぐらい残しているさ!」


香苗は後ろを振り返る。そこには白く輝くオーラを纏った子供が一人だけ残っていた。その子供は歩き出し、香苗と海乃の間に割って入った。


「そ、その子は!?」

「そう!優香、お前の親友の恵美さ!八体のエンブリオの中でも完成度が一番高かったからね、私の身を守る盾となり、私の代わりにお前達と戦う矛になって貰うために残したんだよ」

「そんな、恵美まで……」

「感謝しなよ?親友ともう一度会わせてやったんだからね」


最後に残っていた子供は恵美だった。優香は恵美と再会できた。しかし優香にとってそれは受け入れたくない現実を受け入れざるを得ないことを意味していた。親友が自分の力を元に香苗によって改造をされ、今では操り人形にされたのだ。


「お前達二人はここで死んでもらうよ、この私の作品エンブリオによってね」

「そんな仮初めの力を持ったガキにこの私が負けるはずが……ッ!」


ドゴオオオォォォォンンン!!!!

海乃は大きく吹き飛ばされていた。それは香苗によってではなく、手に魔法陣を出現させた恵美によってだった。


「ハッハッハッ!私の作品を甘く見るなよ海鳴り姫!仮初めといってもあの魔導王の力だ。全快の貴様ならいざ知らず、深く傷を負った今ならばどうということはない!」

「くっ!これはちょっとばかし厳しいか!」

「さぁ我がエンブリオ、恵美!愚王の雌犬である海鳴り姫を討ち取れ!!」


恵美は白く輝くオーラを増幅させ、手に大きな魔法陣を出現させる。力はどんどん増していき、魔法陣の輝きも強くなっていく。それに対して海乃はトリアイナを構えて水を生み出す。


「これほどの力とは!少々手荒くなるが、許せ魔女の子供よ!」

「やめて恵美ー!!」

『 輝キハ陰ヲ落トスーー”魔導ノ光槍“リース・エトスピー!!!』


恵美の手元の魔法陣が一層強い光を放った、瞬間白い光で出来た極太の槍が数え切れないほど放たれた。無数の光の槍は海乃に向けて高速で飛んでいく。海乃はトリアイナに水を纏わせることで鋭さを増幅させる。海乃は体を捻り水を纏ったトリアイナを後方に構えた。そしてトリアイナを大きく横薙ぎにふるい、広範囲に水の斬撃を放った。

ドドドドドドドドドオオオオオオオオォォォォォォォンンンンン!!!!!

無数の光の槍と広範囲の水の斬撃がぶつかる。辺り一帯は強い衝撃に襲われ、優香は吹き飛ばされまいと必死に大きな瓦礫にしがみつく。


「ククク、ハッハッハッハッハッハ!!!!これが、これが私の作品エンブリオの力だ!!!」


恵美の放った数えきれないほどの光の槍は、海乃が放った水の斬撃を打ち破り、海乃ごと大地を抉った。攻撃が止んだ時には大地は無数の穴だらけになっていた。



 ――――――――――――――――――――――



「おうさまー、おうさまー」


厳格な雰囲気のある城の中には似つかわしくない、幼く可愛らしい声が響いた。


「エンジェか。どうやら新しい情報が入ったようだな」


そこは城の中の中枢、玉座の間。大きな扉が開かれ、白い服を着た小さな女の子が中に入る。小さな女の子は紙切れを持ち、玉座の前まで続く真っ赤な絨毯をトタトタと走っていく。その赤い絨毯を挟むような形で左右に屈強な男や美女、幼子に老人と様々な人物が並んでいた。


「おうさまー、連絡が入ったよー」

「ああ待っていたよ、ありがとうエンジェ」

「えへへー、どういたしましてー」


玉座に座る王は女の子から紙切れを受け取り、女の子の頭を撫でた。頭を撫でられた女の子は嬉しそうな表情を浮かべた後、赤い絨毯に並ぶ者達と同じように並んだ。


「して、どういった具合ですかな?」

「あまりいい状況とは言えないな。人間界から突如神界に転移してきた少年少女は各神話体系の世界に侵入、暴走しているようだ。おそらく、いやほぼ確実に魔女の子供達だろう」

「ということは、海乃の魔女討伐は失敗したということ?ったく、あいつ戦うことしかできないくせに失敗するなんてね」

「そういうな空実。これは俺も予想していなかったことだ」


王の受け取った紙の内容を聞いたのは、王に最も近い一列目の右側に立つ老人。彼はその立ち位置で見ても、絨毯に並ぶ者の中では最も格が上の人物だ。海乃を馬鹿にしたのは二列目の左側に並ぶ金髪の少女、空実。彼女は武闘派の海乃と違って知力を重んじる。あまり最前線に立つことはなく、国の運営などの政務を担当している。そのため海乃とは反りが合わず、よく喧嘩をしている。


「とは言いますが、天帝の右腕と呼ばれるからにはどんな状況となっても対処できなくてはなりません。海乃のことです、戦いに夢中になって罠にでも引っかかったのでしょう」

「うーん、確かにあり得るんだよな。あいつ罠とかに弱いから」

「姉御なら大丈夫だろうぜ。どんな罠でも力ずくでねじ伏せる人だからな」


彼の名はヘラクレス。三列目の右側に並ぶその屈強な体を持つ大男は海乃の強さに惚れ込み、親しみと尊敬を込めて姉御と呼んでいた。


「まぁとにかくだ、今回の件は神殺しの失態である。お前達には襲撃を受けている各神話体系に行き、暴れている魔女の子供達の対処を頼む」

「対処、といいますと」

「できることなら生かして捕らえたい。しかしこれ以上被害を出させるわけにもいかない。場合によっては……」

「承知しました」

「被害を最小限に抑えることが最優先だ。魔女の子供達への対処は各々の裁量に任せる。責任は俺が持つ」


この場にいるものは全員分かっている。玉座に座る若き王は、誰よりも優しく誰よりも厳しい男だということを。弱きを救い助ける優しさの傍、自らの覇道を邪魔するものは誰であろうと排除し、ただひたすら突き進む。だからこそ、強大な力を持ち一癖も二癖もある神殺しを束ねる王となれたのだ。


「そして海乃に疫病の魔女の討伐に行かせたのはこの俺だ。俺はこの後人間界に行く」

「と、と言いますと、まさか」


王は立ち上がる。


「俺が出る!神殺しの王が直々に疫病の魔女を討伐し、各神話に示しをつける!!」


赤を基調とした服の裾をはためかせ、威厳ある態度と覇気を纏ったその姿はまさしく王の名にふさわしい姿だった。王の体からは絶大な力の波動が炎となって現れる。王の瞳は太陽のように赤く燃え上がっていた。

城の上空は雲ひとつなく晴れ渡っており、暖かな陽光が神殺しの世界を明るく照らしていた。

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