第11話 信頼
『ぐぅぅぅッ!……がはッ!こ、この力、異常だ……ぐふッ!』
香苗は神斗によって相当なダメージを負っていた。それを物語るように疫病の怪物の体が所々崩壊していた。
「何を言っている。側から見れば貴様の方が異常に見えるだろう。そんな化け物のような姿してるんだからな」
神斗の生み出す炎は先程よりも色濃くなり、より一層熱量が上がっていた。香苗がいくら太陽神の力を込め、耐性を付与した攻撃をしようとも全て焼き尽くされていた。
「本当に弱くなったな。これなら早く終わらせそうだ」
『ハァ、ハァ、私に構ってていいのか?恵美は私の作り出したエンブリオの中で最も完成度が高かった。優香じゃ倒せないのは目に見えている。お前もその程度分かっているはずだろう?!』
「ああ、確かにあの子は強い。俺の後ろを取るほどだからな。しかし優香はまだ力に目覚めて間もないうえに自分の力について無知すぎる。まともに戦えば負けることは確実だろう」
『じゃ、じゃあなんで向こうに行ってやらないんだい?』
香苗は疑問に思った。恵美は作り出した八体のエンブリオの中でも高い完成度を誇る。その実力は神殺しの王である神斗と渡り合い、隙を突いてだが後ろも取るほどだった。疫病の力を暴走させ疫病の怪物となった香苗と二人でなら神斗と戦うことができる。対して優香は戦いをした事がない素人。自分の持つ力の能力も知らないどころか、自分がなんの神の力を持つのかすら知らないのだ。そんな優香が恵美と戦えばどうなるかなど、考えるまでもなかった。
「簡単な話だ。戦って勝てないのなら、戦わなければいいんだ」
『はぁ?何を言っている?優香は恵美と二人きりで遠くに転移して行ったんだぞ。恵美は必ず優香に襲いかかる!』
「もちろん多少の戦いは避けられないだろう。しかし攻撃を防ぐ程度ならどうにかできる。それにあの魔女の子供の持つ力は優香の力をベースにしたものなんだろう?ならば優香には大きなダメージにはならないはずだ。貴様の太陽神の力を込めた攻撃が、俺に効かないのと同じようにな」
『ッ!!そういうことか!』
香苗は放つ攻撃に太陽神の力で神斗の攻撃に対する耐性を付与したが、神斗の持つ太陽神の力は香苗の持つ太陽神の力を上回っていたため、通用しなかった。そして香苗の作り出したエンブリオは優香の力をベースとして取り込んでいる。それはもちろん恵美も例外ではない。つまりオリジナルである優香には恵美の力はあまり通用しない可能性があるのだ。
「それにさっきも言ったが、貴様を倒すことを託されたんだよ。俺の邪魔をしないために、そして自分の手で親友を救いたいから。俺があの子と戦えば、倒すことはできても救うことはできないからな」
優香は自ら恵美とともに転移した。しかしそれは戦うためではなかった。
「優香は恵美と戦って倒そうとしているんじゃない。救おうとしているんだ」
『そんなこと、できるはずがない。恵美の自我はもう無いんだよ?どうやって救おうってんだい?!』
「優香はありとあらゆる魔法を操り、魔導王とまで呼ばれたあの神の力を持っている。しかしそれとは関係なく、俺は優香ならできると確信している」
『力の使い方も知らないガキだぞ?なぜ確信できるんだ?!』
「信頼しているからだ」
『信頼……だと?』
「お前には、一生わからないことだよ」
神斗は優香を心から信頼していた。それは魔導王の力を持つからではない。優香が強い責任感を持ち、誰かのために行動することができることを知っているから。なにより自分で進むべき道を見つけ、その道に一歩踏み出したのだ。神斗は優香自身を信じ、優香の進む道を信じたのだ。
「そしてもう一つ、優香は貴様を自分の手で倒したいとも思っていたのだろう」
『なに?この私を?』
「貴様は十年前、優香を手中に収まるために優香の両親を殺した。その後優香の記憶すらも奪った。貴様を倒したいと思うのは当然だろう」
香苗は十年前に優香を自分の研究に加担させようと、学校帰りを配下に追わせた。その際香苗は邪魔をさせないために優香の両親を殺した。記憶が再生されたことによってそれを知った優香は、自らの手で仇を討ちたいと思ったが、それを神斗に託したのだ。神斗がそうであるように、優香も神斗のことを信頼しているから。
「そんな優香からお前を倒すことを託され、貴様は俺の進む道の障害にもなる。倒す理由にしては十分すぎるだろう」
『しかし、私一人だからといって、簡単にやられるつもりはない!』
「ふん、まだ気づかないのか?」
『ん?何のこと……ッ!?炎の壁が、迫ってくる!??』
その炎の壁は疫病の怪物から漏れ出ている疫病と瘴気を防ぐために神斗が作り出したものだった。水鳥院のあった山を囲むようにして発生していたはずが、徐々に神斗と香苗に向けて迫っていたのだ。
『この壁、ただの炎の壁じゃないのか!?』
「いや、この壁は貴様の力を外に漏らさないためと、貴様を閉じ込めるために生み出したただの炎の壁だ。しかし、貴様と戦っている間に少しづつ動かしていたんだよ」
『いったい……何のために、そんなこと……』
「なにを今さら、決まっているだろう。貴様を倒すためにだよ!」
その時、ただゆっくりと迫ってきていた炎の壁に変化が生じた。炎が揺らぎ始め、やがて回転を始める。その勢いはどんどん加速していき、やがて神斗と香苗を囲む巨大な炎の渦を形成した。
『こ、こんなの、おかしすぎる!規模が馬鹿げている!!』
「もう逃げ場もなければ、守ってくれる者もいない。これは神ではなく、神殺しの王が貴様に与える、天罰だ」
『や、やめろ!やめてくれぇ!!こんなの食らったら……お、お助けください!聖母様!!私は、あなたのためだけに……』
「逆巻く天の怒りーー
疫病の怪物は逆巻く炎の渦に襲われ、疫病でできた体を焼き尽くされていった。
――――――――――――――――――――――
神斗と香苗が戦っている中、優香と恵美は転移を繰り返していた。学校から駅、デパート、遊園地、海と次々に転移で場所を変えていたが、現在二人は優香と神斗が日中デートに行っていた水族館にいた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
『…………ア…………ウ……アぁ……』
二人は転移するたびに戦っていた。恵美は光の槍で襲いかかり、それを優香が防ぐ。何度も繰り返したため優香は息が上がっていた。対して恵美は息こそ上がってはいなかったが、転移をするたびに力が弱まり、動きが鈍くなっているようだった。
(やっぱり、思った通りだ。恵美は私が話す外の世界の話を心から楽しそうに聞いてくれていた。それは思い出として記憶に残り、その記憶は自我が失われても残っていた。だからこそ今、恵美の自我が復活しそうになっている!)
恵美の動きが鈍ったのは、外の世界の話が記憶の中の思い出として残っており、優香が転移魔法で実際に連れていくことで記憶を刺激され、消えたはずの自我が復活しそうになっているからだった。
(このままいけば自我が戻るかも知れない。でも、もう転移ができない……)
優香はこの短時間の間に数回の転移を行った。しかも近距離の転移ではなく、全く別の場所への長距離の転移だった。相応の力を消費したうえに優香はまだ力を使うのに慣れていなかったため、疲労が溜まっていた。
(それでも、私は恵美を救うんだ。十年前、記憶を消された私の友達となり救いの手を伸ばしてくれた恵美を、今度は私が救うんだ!)
その時、疲労により力が失われつつあった優香だったが、再び力を取り戻した。優香の恵美への思いを糧に力が湧き出ているのだ。そして優香の目には、不思議な文字が浮かび上がっていた。
「お願い、目を覚まして!!!」
優香は恵美に向けて白く輝く魔法陣を展開させた。その光は今までの激しく攻撃的な光ではなく、優しく暖かい光だった。光はやがて恵美を包み込んでいく。
「深き闇から呼び覚ませーー
それは閉ざされた心を開き、記憶を呼び覚ます力。
『ウアァァ!……ぐッ、優…………香、ガアァァ!!私……ハ……アあアァぁぁァぁ!!!!』
恵美は苦しみの声を上げる。しかし足元には白く輝く魔法陣を展開していた。
「こ、これは!」
優香と香苗は再び白い光に包まれた。
――――――――――――――――――――――
水鳥院のあった山で行われていた神斗と香苗の戦いは終焉を迎えていた。神斗の立っている場所の目の前は円状にえぐられており、その中心には香苗が横に倒れていた。生命エネルギーを使うことで暴走した疫病の力で形作られていた疫病の怪物は完全に消滅し、香苗の体の皮膚は所々焼き爛れており、見るも無残な状態となっていた。
「ぐ、ぐふッ!……ごほッ!ごほッ!……ぐうぅぅ、く……っそがあぁぁ……」
「まだ辛うじて息があるか。本当にしぶとい奴だ」
香苗は神斗の放った巨大な炎の渦によって重傷を負っていた。その一撃は太陽神の力に対しての耐性を付与した瘴気すらも焼き尽くし、濃密な疫病で作られた疫病の怪物の体を香苗ごと焼き尽くしたのだ。
「私は……ま……だ、こんな……とこでぇぇ!」
「いいや、お前はここまでだ」
神斗は炎を発生させ、手元に集め火球を生み出した。
「感謝しろ、神殺しの王が直々にトドメを刺してやる」
「……ッ!ぐッ!あぁぁぁッ!!!」
香苗は神斗の宣言を聞き、地べたを這いずって逃げようとしたが、神斗は容赦なく火球を香苗に直接打ち込もうと構えを取る。しかしその時、一瞬の閃光が迸った。
「くっ!こ、ここは……」
「優香!!戻ってきたのか!」
一瞬に閃光の正体は転移魔法だった。優香は恵美の発動した転移魔法に巻き込まれる形で神斗の元に戻ってきたのだ。
「神斗!無事でよかった!……か、香苗先生、その姿は……」
「俺がやった。今トドメを刺すとこだ」
「なッ!な……ぜ、優……香が……生き……て」
優香にとって香苗は、両親を殺し、記憶を消され、子ども達と親友を苦しめた絶対に許せない存在だ。しかし、実験に加担させるためとはいえ十年もの間水鳥院で育ててもらったことも事実だった。そのため重傷を負った叶えを見た優香は複雑な気持ちになった。
「うぅぅぅッ!、ゆう……か……ここ……は……」
「恵美!!」
優香と離れた場所に転移していた恵美は、頭を抱え苦しんでいた。その体には先程まであったはずの不思議な文字の模様が無くなっていた。
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