チーム分け
翌朝、第三学生寮の談話室のソファで、セイジが死んでいた。
「あああああああああ」
向かいでは、ラフィルがセツナの髪を
朱翠の姿はない。朝早く、老教官に連れられてどこかへと行ったらしい。
「昨日、どこかから帰ってきたかと思えば、キングフィッシャー一気飲みしたりして」
セツナは視線だけ雑誌越しにセイジを見る。セイジの死にっぷりは見事な二日酔いである。
「失恋したおっさんかっつうの。
十八になって飲酒解禁になったからって、あんな飲み方したらパパに禁止されちゃうでしょ」
※イギリスでの飲酒は十八からである。
「でも私、気づいたわ。
「わあ、姉様すごいです」
だからテーブルの一角が光っていたのか、と今更ながらに気がつく。
「二日酔いが治るまでが宴会だと」
「いや遠足じゃないんだから」
妹に突っ込まれつつ、ポケットから色とりどりの上生菓子三個と薬の瓶を取り出す。
「それが天幻の恩恵だとしても、入れ物の大きさからそれ以上の物が出てくるとビビる」
そう言って、桃花を模した練切を手に取った。
「あ、それ、昨日作ってたお菓子ですね。朱翠がネリキリとか言ってました」
「おいしい?」
「とっても」
満面の妹を見て「そう」とセツナはそれを一口食べる。
「俺の傑作に何するんだ。食べて薬飲むんだから返せ」
「薬飲むならちゃんと食事でしなよ」
立て続けに二口三口と食べ尽くして、ごちそうさまをした。
「てゆうか、ラフィルは二日酔い治せないの?」
「父様は治るそうですが」
ラフィルはセツナから離れると、トコトコとセイジの下へとやってきてソファーに座り、膝をポンポン叩いて「どぞ」と言う。
兄はもぞもぞ動いて妹の膝に頭を乗せた。
「妹に膝枕させる兄ってどうなの?」
「
ラフィルはセイジの頭を軽く撫でながら「~♪ ~~♪」と聖歌を楽しげに歌う。
セイジが良い感じに
「大変だ! テレビをつけろ!」
セイジ達の座るソファーとは対角線上のソファーに生徒達がワッと集まってくる。
やや軽くなった頭を押さえつつ、身を起こせばラフィルが支えてくれる。
セツナは座ったまま身を捻ってテレビに顔を向けた。
流れるのは火災の現場。燃えるのは、小ブリテン島。
ガーデンの名で、この場の生徒の誰もが記憶している、妖精王国の現在の映像であった。
三十分後、学院長室では、学院長の他に老教官・
「ガーデンには今、ホリンの奴が行っていたな。なんか連絡はあったんかよ?」
「鎧が襲ってきた。それを最後に音信不通」
もっとも、と捕捉する。
「現在、妖精王国との連絡自体が取れなくなってるがな」
学院長の表情は優れない。
ずっと息子として育ててきたホリンとの音信不通は、なかなか堪えているようだ。
ホリンとゴートに血の繋がりはない。
それは二人を長く知る者皆が認識していることだ。それでも二人の仲は親子並には良い。ぱっと見、祖父と孫ではあるが。
「国防騎士団から連絡があった。ロンドンが巨人兵に襲われているとな」
「巨人兵っていやぁ、日崎の倅の報告にもあったし、神聖メシーカを追い込んだって話にも出てくるな」
学院長は頷き、一枚の衛星写真を机上に置いた。
「アラン諸島より西に二十キロの地点で確認された」
老教官は何気なく見て、目を見開いた。
「おいおいおい。なん~で、聖堂の置き土産がありやがる?」
翼を大きく開いたドラゴンのような姿をした、巨大な空挺母艦。胴にはアメリカの国旗が塗装されている。
口からは数隻の空挺を吐き出している。おそらく、この空挺に巨人兵が積まれているのだろう。
「こいつぁ、日崎の奴が聖堂の赤い竜共々、でっけえ湖に叩き落としたんじゃねえのかよ。バラッバラにしてよぅ。アメリカの……なんつったっけか」
「スペリオル湖」
「そう、そこだ」
「回収して直したとしか考えられませんな。なにせあの国には」
ギアがいる、と。
「こんなとこにエンブレムつけちゃってよ。これ許してるってこた、アメリカ公認の喧嘩ってことだよなぁ?
戦後速攻、聖堂批判やっといて自分達は遺産掘り起こして兵器運用ってか」
「まあ、言っても仕方ありませんな。
今我々がやるべきことは大国批判ではなく、彼らを撤退させることです。国防騎士団がロンドンで耐えているなら、これを墜とせば光明が見える」
老教官は腕を組んで吐息。
「耐え抜いてくれっかねぇ」
「ロンドンには現在、ツカサがいますし、それに、アレがある」
「本当に動くのかよ。魔構っつうより、九割方魔法だろ? アレ」
「そこはメルメルさんの実力次第ですな」
学院長が「さて」と紙のリストを並べる。
「数名、クエストでいないのでチームを再編しましょう。基本は十三期生。他は立候補で」
「チームリーダーは、これとこれとこれと」
老教官は数名を選び出す。
「ロウエンドの第二班は全員分けですか」
「星司の奴はもともと司令塔だし、琴葉の奴は救護班で必要。
秋の奴は指揮官には向かねえが、ロードウェル指揮のチームに入れて突っ込ませる。おそらくこのチームなら、現状最速のストライカーズになるぜ」
学院長は老教官ご推薦の最速チームを確認する。
「アオギリ君にロードウェル君に……ほお、バーグシュタイン君。アオギリ君、両手に花ですな。
なんにしても、ストライカーのみで組ませるとは。確かに最速かもしれませんな」
「あと、この二人は入れる」
それは朱翠と璃摩。
「日崎の推薦だ。榊はラフィル・エルと組ませる」
「相性ですか」
「榊はあの信仰なき聖者の息子。つまりメサイアンだ。メサイアン同士、これ以上の相性はない」
「いいでしょう。ラフィル・エルが前線に出れば、損害も減るでしょうしね」
「ああ、で次は天宮だが……」
そんな感じで、生徒達の再編が決められていった。
グラウンドに生徒達が集められる。
十三期生、クエストで不在のロウエンド三名を除き総勢三十名。全員が制服ではない独自の装備で身を固めている。
その後ろには十四期と十五期の生徒達が合計で百名ほど、学院指定のクロス・アーマーで装備を固め待機する。後方支援である。弓兵の中には璃摩の姿もある。
黒い龍鱗のチャイナドレスの上に白衣を着た琴葉が腰に手を当てる。
「いい? 怪我をしたらちゃんと戻ってくること。自力が無理なら素直に下級生も頼りなさい」
「カンナギの治療受けられるなら怪我しなくても戻るぜ!」
「「それはやめろ」」
調子に乗ったハイエンドの男子に周りからツッコミが入り、琴葉が「よろしい」と頷いた。
「なんだよ、隊長アリシアかよ~」
秋と赤毛翠眼の少女が頭を抱えた。
赤毛の少女は両腕に肩まである巨大な鋼色のガントレットを装着し、足には同色のグリーヴを履いている。他はタンクトップにスパッツという服装で、あまり防御を考えていないように見える。
「不満か」
アリシアが腕を組んでムスッとしている。
「命令違反したら、ソレでガチ殴るじゃん」
「しなければいい」
少女、ネコ・バーグシュタインがソレと称したのは、アリシアの剣帯の鞘入りバスタードソード。
「グラスキャリバーの餌食になりたくなければ、愚直に進め」
「「へいへい」」
秋とネコはやるせなく返事した。
秋が背負うのは巨大な剣というより槍だろうか。ロンパイアと呼ばれるその槍は、柄が長い大剣にも見えた。
「我々が進むのはベルファストからゴールウェイまでの街道ルート。途中、誰が襲われていたとしても、すべて無視して駆け抜けることが仕事だ」
「いやいや、そりゃ変だろ? そいつら助けに行くんだからよ」
「助けるのは後衛がやってくれる。我々は我々以降の仲間が安全に進軍出来る道を確保することだ。やることを間違えるな。
ゴールウェイには敵の上陸拠点の存在が確認されている。我々はそこを陥落させる。後ろは任せた!」
街道ルートの中衛以降の生徒達は「任せて下さい!」と親指を立てた。
「てめえら、一人でも助けられなかったら、叩っ斬るかんな」
「はい!」
元気よく返事する街道組を眺めて、青い龍鱗の武闘着を来た少年は溜息を吐く。
青い髪を風になびかせ、ボヘーッと立っていた。
「セレス、神化の触媒は足りてるか?」
セイジが少年、セレス・ウォルターに話しかける。
「触媒なくても大丈夫くらいまでには回復した」
「そうか」
セイジは紙袋を持って離れようとする。
「しかし空腹を埋める」
「ああ。味わって食えよ」
セレスが紙袋の中身、スコーンをもふもふ食べ始める。
セイジの傍らにセツナが来る。
昨日のチャイナドレスの上にブルゾンを羽織り、髪を三つ編みにして後頭部にお団子を作っている。
「俺達は消火班だな」
「三名のみってところが燃える。ある意味、花形よ?!」
「燃やすなよ」
「そういう意味で言ったんじゃない!」
セツナの蹴りがセイジのふくらはぎに入る。驚いたのか、セレスが胸を叩いた。
セイジはセツナが着けるグローブを見る。
「以前、ミィルが設計描いていたマテリアル生成器だな?」
「魔力を流すだけで特定箇所に、常に特定のマテリアルを設定した値で生み続ける。
昨日便利さを証明したけど、問題点は殴ったらまとめて爆発する可能性が大ってとこ」
「へえ」
妹の手を取って、グローブの表裏を確認する。
「平側に気のための植物の種か。この配置なら移動しながら、木々の退避も出来るな」
「基本は燃える箇所の孤立。火のマテリアル化。セレスの水域。この順番ね」
妹の言葉に頷く。
「ああ。
俺達はウォーターフォードから消火しながら北上。ホリンが消息を絶ったアスローンを目指す。ホリンと合流次第ゴールウェイ行きだ」
「小ブリテン中部。あそこには妖精宮殿がある」
セレスがスコーンを食べ終えて会話に参加する。
「あの地に入れるのはホリンを除けば俺達とコトハの四人のみ。この人選はベストだな」
「ベストなのは分かったけどさ。いつまで手取ってんの? このまま甲にキスでもしてくれんの?」
セイジが「は?」と顔を上げれば、セツナが頬を染めて、なんかくねってた。
キスの単語に昨晩の出来事を思い出し、顔を沸騰させ、妹から光速で離れた。
「そ、そんなことするわけないだろ?!」
「どんだけ過敏な反応なのさ!」
そんな双子の会話を老教官が離れたところから眺める。
「ったく、あいつらは」
老教官に呼ばれた朱翠、ラフィル、璃摩がやってくる。
この三人は制服。
朱翠は用意する時間が無く、
ラフィルは前衛が苦手で持ってなく、
璃摩は制服が動きやすいから。ちなみにスカートの下はスパッツ。
「榊朱翠とラフィル・エル・ヒザキは、基本はアリシア・ロードウェルの指揮下だが、徹するべきは遊撃だ。上の判断が違うと思ったら、自らの意志で行動しろ」
「はい!」
ラフィルはがんばって返事をし朱翠は普段通りにコクリと頷く。
「天宮、お前さん、山消すほどの一発を撃ったことあるかい?」
「消したことはありませんけど……月天弓ならいけるかも?」
「それがお前さんの神剣か」
「はいです」
「二十キロ程度先の的はやれるか?」
「それが屋外で夜なら可能かと。月が出てたら、尚良し」
「よし。お前さんは榊朱翠とラフィル・エル・ヒザキの二人と行動を共にしろ。そしてゴールウェイを目指せ」
「ラジャったっす」
ビシィと敬礼する生徒に老教官は苦笑した。
「よぉし、おめえら! くそったれな、アメ公どもにミスロジカルの膝元で暴れたことを存分に後悔させてやれ!」
ここで大まじめに「イエッサー」と答えた十四生と十五期生とは異なり、十三期生達はバラバラに同じような言葉で応じた。
「まあ、がんばってみる」
学院裏の船着き場にフェリーとボートが一艘ずつ用意されていた。
船着き場の前で、制服姿の少年が「間に合った」と息せき切っていた。
「みんなの足、用意したよ!」
丸眼鏡を鼻に乗せた人なつっこそうな少年、レンメル・クロケットは拳を握って天を突いた。
「あのフェリー、絶対、弾丸特急だよな」
「シートベルトがあったら当たりだね」
秋とネコがヒソヒソ話す。
声に出さずとも、同期の十三期生達――日崎兄妹とセレス以外の全員が青ざめた。
これは急ぎの任務だと自分を納得させ、彼らはフェリーへと乗り込んでいく。
「君が榊朱翠だね?」
ラフィルを連れた朱翠にレンメルが話しかける。その手には一メートルほどの細長い袋を持っていた。
「これ、日崎のおじさんから注文されてた奴ね。一年遅れだけど受領してもらっていいかな?」
「これは?」
「魔剣代わりの予備」
つまり、魔剣は抜くなという意味だ。
袋を受け取って紐を解けば、現れたのは、刀身が80センチ程の刀だ。
柄には五種のマテリアルが埋め込まれ、鍔には鳳凰の文様が刻まれる。
「神州の
「銘は?」
「スイオウ――翠凰だね。命名者は」
「
「ご名答」
「借り受ける」
朱翠はレンメルに頭を下げ、翠凰を背中に差した。
「あと、これ、魔構部分の説明書。英語だけど、皆の会話同様、読めなくても理解は出来るはずだよ。バベルシステムの恩恵で」
表裏にビッシリと英文で埋まったカードを渡される。朱翠は頷き、胸ポケットに入れた。
フェリーに乗って、ラフィルは朱翠の背中に生えた長物を物珍しそうに見る。
「どうして名付け親が分かったの?」
「翠凰は母の、剣士としての二つ名だ」
レンメルは朱翠とラフィルを見送って、最後に残っていたアリシアのチームがやってくる。
「君達の移動手段ね、ネコはシュトゥルム・ヴィントでいいんだよね?」
「アタシにはこれしかないからね」
ネコは自分のガントレットを叩いて自慢する。
「そんなネコ君に朗報だ。
先週、ドイツの魔構屋がクルツ・フリーデンの下にいくつか合併されて、カートリッジの互換保証されたのが出てきた。そこには君のソレも入ってたよ。
というわけで、これが君の実家から送りつけられてきた」
渡すのは10×20ほどの木箱。そこそこ重い。
「おお? 新型カートリッジと見た!」
「多分そう。じゃ、がんばって」
ネコは乗り込みながら「おうよー」と答えた。
「新型カートリッジかあ。解体したいなあ」
そんなときめきを覚えつつ、アリシアと秋、秋に絡まれていたセイジのところまで来る。
「星司、君のバイク、アリシアに貸してあげて」
「事後承諾で積み込み済だろ?」
「ばれたか。じゃあ、はい、ジェスター・コア」
ガラスケース入りの琥珀の水晶を手渡される。
「アリシア用の調整は?」
「済んでるよ。あと、ブーストチャリオットをつけたかな」
「お前……ワンオフ用のサブパーツ作るの好きだよな」
「アークセイバーを最強のバイクにするのが夢だからね」
今、聞き慣れない単語が出た。
「何だ今の、言っても聞いても恥ずかしい名前は」
「言ってなかったっけ? 君のバイクの名前だよ」
「聞いてねえよ!?
名付けたの、お前とシュウだな?
おい、そこ! なに、したり顔で頷いている?」
セイジが突きつける指から顔を背けて、秋は口笛を吹いた。その首が勢いよく前に倒れる。後ろからアリシアに殴られた。
「さっさと行くぞ」
「殴らなくてもいいじゃんよ」
よほど痛かったのか、後頭部をさすりながら涙目。ぶつくさ文句垂らしながら、桟橋を渡っていった。
「アリス!」
桟橋を渡ろうとしたアリシアを呼び止める。
その呼び方は、師とセイジとアリシアの間でだけ通用する愛称。他に呼ばれることを嫌うものでもある。
アリシアはセイジを振り返る。
「気をつけろ」
たった一言。
それだけでアリシアは表情を緩め、蒼珠の指輪をした右手をかかげる。対してセイジも蒼珠の指輪をした左手をかかげた。
「そっちもな」
互いに頷き、アリシアは桟橋を渡りきり、セイジはセツナとセレスが乗るボートへと向かう。
その光景を、フェリーから眺める璃摩の姿があった。
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