超鬼ごっこ

 槍の使い手と大剣の使い手がクロスアーマーで身を固め、対峙する。

 槍の突きを下から振り上げた大剣で弾く。弾いた勢いのまま、槍の下を刃で走らせそのまま首を落としに行く。

 弾かれた槍を引き戻さず、弾かれた勢いを殺さず、使い手は自らを軸にして槍の柄頭で大剣の使い手を背後から叩きに行く。上半身は仰け反り、鼻すれすれを大剣が通り過ぎた。柄頭は大剣の使い手の背を叩き、相手は宙を飛ぶ。

 大剣を地に立て柄の上を飛び越えて方向転換。槍の使い手を身体の正面に置く。

 石畳が火花を散らした。

 アクロバティックな動きに槍に使い手は失笑。周囲から歓声が沸く。

 ここはミスロジカル魔導学院の地下闘技場。

 一年十五期生に模擬戦を観戦させるための授業中である。

「梧桐、この馬鹿たれが! 模擬戦でそんな動きするなと何度言えば分かる!」

 担当教官である和装の老人が怒声を放ち、十五期生達をびびらせた。

 怒られた大剣の使い手、梧桐秋は青みがかった黒髪をガシガシ掻いて「すんません!」と謝った。そしてニヤリと悪ガキのように笑った。

「でもですよ? 戦闘では何があるか分かんないんすから、時にこういうのも必要と思います!」

 敬礼をしても言うことは反論。

 槍を肩に背負った茶髪の少年は「あ~あ」と溜息。

「ほお?」

 老人が腰から木刀を引き抜いた。

「やべ!」

 秋は大剣をその場に残し、回れ右をしてスタートを切った。

「待たんか、この馬鹿たれが! 魔法学理論応用の単位取ったからと余裕こきおって!」

 老人が草履を脱いで秋を追っていった。

 残された茶髪紅眼の少年、ホリン・マルキスは十五期生に向かってこう言った。

「じじいが馬鹿殴って帰ってくるまで、自習」


 ミスロジカル魔導学院はコーンウォールの西端セントマイケルズマウントにある。

 校舎は石造りの城だが、地下に広大な空間を有し、そこに地下闘技場や円卓会議室などが備わり、地上部分には学科棟、研究棟が詰まっている。城の離れに当たり場所には学生達が生活する学生寮が四棟あった。

 学生寮は玄関と食堂と談話室を挟み男子寮と女子寮が繋がっている。

 ここは第三学生寮の談話室。

 秋は黒髪碧眼の少女、神薙琴葉に治療されていた。

 リボンで束ね肩より前に垂らした長髪からは、シャンプーの香りが匂いたつ。休憩中を呼び出されて少し機嫌が悪い。

 治療といっても魔法ではない。絆創膏を貼られているだけである。ただし、薬学専攻の琴葉が調合した薬を塗っているため治りは早い。

「はい、おしまい」

 パンッと肩口に貼った絆創膏を上から叩く。

「いって」

 秋は思わず悲鳴を漏らす。

「まったく、模擬戦の規定外の動きをした挙げ句、お祖父様に反論するなんて」

「いいじゃねえか。神薙教官の予想以上の動きとかやってれば、龍也さんより強くなれるかもしれねえだろ? なあ?」

 秋は後ろで缶紅茶を開けたホリンに話を振る。振られた方は肩をすくめた。

「やるなら十三期生だけの戦技でやれ。といっても、今は全員単位取り終わって、選択してる奴はいないけどな」

「じゃあ、自主練どうよ?」

「悪いな、俺はこれからガーデンだ」

 飲みきって缶を捨てる。

「なんかあったのか?」

「最近、西から偵察機とやらが飛んでくるせいか、妖精達が不安がっていてな」

「妖精の騎士様は大変だな」

「まあな。夏休みまであと二週間程度、休みまでには戻る」

「じゃあ、しばらく相手減るな」

 秋は残念そうに肩を落とした。

「そろそろセイジが戻ってくるはずだ。あいつに相手してもらえよ」

「ううん」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないんだが、あいつ、本気でやらねえからさ。

 一度、去年に本気でやった時、次やるなら卒業試合だって約束してから、ほんっとに本気でやりやがらねえの」

 それに対し、ホリンだけでなく琴葉まで吐息。

 この二人に共通することと言えば、セイジ=アステール・ヒザキという転生者と幼少の頃からの付き合いがあるという点だ。いわゆる、幼なじみに当たる。

「そりゃ、そういう約束するのが悪い」

「そうよね。本気でやる予定の相手と予定を無視して切磋琢磨するほど、セイジは熱血君ではないものね」

「まったくだ。

 だが、良かったな。卒業試合ではガチで本気のあいつとやれるぜ」

 慰めにもなりはしない。

「くっそ、こうなったらあと半年ほどであいつの弱点見つけてやるぜ」

「ま、がんばれよ。ロードウェルの奴と切磋琢磨してみればいいと思うぜ。

 結局のところ、あのお姫様がセイジの戦術を一番理解してるからな。同門様々だ」

 じゃあな、とホリンは自室に荷物を取りに行き、そのまま談話室には寄らず学院を出て行った。

「なあ、ガーデンって俺行ったことないんだけどさ」

「そうね。あそこはオベロン王の許可を持たない者じゃ、クエストさえ受けられない場所ですもの。

 行ったことがない人は無理矢理立ち入らないかぎり、一生行ったことがないで終わるでしょうね」

 小ブリテン島。大半を森で覆われ、妖精と神々が暮らす地はガーデンと呼ばれ、交易用に開放された港以外は森……妖精王国に一歩でさえも立ち入ることは出来ない。例え入ることが出来ても、方向感覚を狂わされて出られずに彷徨うのがオチだ。

「琴葉もたまに行ってるよな?」

「魔薬の材料をティタニアから受け取りに行ってるわね」

「俺も行っていい?」

「いいんじゃないかしら。許可もないから入ったら二度と出てこられないでしょうけれど」

「樹海かよ!」

 秋は富士の樹海をイメージして言ったが、あながちそのイメージも間違いではない。

「星司もあそこ入れるだろ?」

「レンメルは出入り禁止になったけれど、ホリンと私と星司にとってみれば、あそこは子供の頃からの遊び場なのよ。

 星司はああいう外見だから妖精達にモテモテで、ティタニアの覚えも良すぎてオベロン嫉妬で大変だけど」

「レンの出入り禁止の理由が想像出来そうで怖いな」

「彼らの使う初期の魔構家電を勝手に改造。出力十倍にして暴走させた挙げ句、吐き出されたCDが大木切り倒して大目玉。そのまま出入り禁止になった。

 と言ったら信じるのかしら?」

「悪い。予想の斜め上だった」

 セイジのルームメイトであり、四人目の幼なじみは幼い頃からの発明好きでしたと。

「で、そのレンは? 姿見ないけど」

「クロケット本社に呼び出しよ。ついでに試作品何個か持ってくるとか言っていたわ」

「試作品の辺りが本命と見た」

「どうかしら」

 唐突に携帯を取り出す琴葉。メールが着信していたらしい。

「星司、今日は実家に泊まるそうよ」

「マジで? それじゃ戻りは明日か」

「でしょうねえ。ラフィルも一緒なのだし、そんなに休ませるとも思えないわ」

「明日か。帰ってくる時間次第で全校競争の餌役が変わるか?」

「諦めて餌役に集中なさい。今年は多いのだから、気を散らしたら怪我するわよ」

 パートナーの忠告に秋は「へいへい」と答えて叩かれた。



 翌朝、学院地上戦技グラウンドには体操着に着替えた二百名余りの一年である第十五期生。それぞれの勝負服に着替えた三名の第十三期生の姿があった。

 グラウンドを囲む城壁の上には、このイベントに参加しない他の第十三期生と来年餌役になる第十四期生が、紅茶とスコーンを用意して観戦ムードである。

【さあ、やってまいりました!

 理論筆記や魔法実践、戦技などなどテストを終えてやってくるこのイベント、ミスロジカル魔導学院夏の陣! 学内競争超鬼ごっこ!

 逃げる最上級生を捕まえた生徒にはもれなく、ブリテン連合王国女王陛下への謁見と立食パーティーへの参加券が与えられます。はりきりましょう!

 解説はこのわたくし、第十四期生ブライアン・オットーと】

【第十三期生神薙琴葉がお送り致します】

【では今回の逃げ役、通称餌役の紹介といきましょう。

 まずはこの方、十三期生ロウエンド、シュウ・アオギリ先輩です】

 青いレザージャケットにレザーパンツ、鋲付ナックルグローブにライダーブーツ。そんな格好の秋が城壁上の解説席に手を振った。

【あれ、すべてプロテクトかかってるから、第五階級までの魔法撃っても無効化されるのよね】

 ミスロジカルでは源理魔法は公式の威力別に階級が分けられており、最大第七階級まで存在している。

【ミスロジカルでの最大を考えると、一年生では、ほぼすべての魔法が封じられていると見ていいでしょう】

【つまり、構想で強化して追い詰めるしかないわね。しかし、いつ見ても、いつの時代のヤンキーなのかと】

「聞こえてんぞ、てめえ!」

 秋が息巻いているが、解説席までは聞こえてこない。

【次はこの方、十三期生ハイエンド第二位にしてコーンウォール公の姪御様であらせられるアリシア・ロードウェル先輩です】

 男物の赤い剣士服の上に右手に白金のガントレット、左手に竜紋の赤いナックルグローブを装着した金髪碧眼の少女は、自分の紹介に吐息。ガントレットの甲には蒼珠が埋め込まれ、陽光にきらりと光る。

 肩まで伸びた髪を百合装飾のバレットで留めた少女は物憂げに解説席を見上げた。

【おや? 調子でも悪いのでしょうか】

【彼女は出自言われるのが嫌いだから、あなたを睨んでるのよ】

【こ、これは失礼を!】

【尚、馬鹿とお姫様は愛用武器が危険なため、今回は素手での参加となります】

【はい、ではラスト。この方を捕まえますと、特別報酬としてゴラン・ヘイヴンの1日貸し切り権が与えられます。

 では紹介します。十三期生ハイエンド一位にして学内最強の魔法使い、セツナ=ヴィオ・ヒザキ先輩です!】

 白いチャイナドレス、両手に茶のナックルグローブをしたグラマーな金髪紫眼の美少女が腕を組んで紹介を待っていた。長い前髪を掻き上げて、そのまま解説席に向けて親指を立てた。

【ところでどしてチャイナドレスなんでしょうか? いえ、見る分はとてもセクシーで目の保養にはなるのですが】

【幼少時、うちの母がプレゼントしたところ、大層気に入ってしまったようなのよ。

 ちなみに、普段、あの上に更にブルゾンとか着てるわね。どっかセンスはおかしいと思うわ】

【普段、制服やチャイナドレスの上に白衣を着ている、カンナギ先輩にだけは言われたくないと思います】

 琴葉はここでセツナとアリシアを見比べる。

【こうしてみると、セツナのせいでアリシアの胸の薄さが本当に強調されてしまうわね】

「ほ、ほっとけ!」

 アリシアは胸を隠し顔を赤くして叫んだ。

【確か、先輩方の勝者はホリン・マルキス先輩とセイジ=A・ヒザキ先輩でしたね】

【伝統で行けば、この二人も餌役になるはずだったのだけど、生憎、二人とも留守ね。

 片方は今日辺りにでも帰ってきそうなのだけど】

【間に合いませんでしたね。一年生が見えない壁で迷宮化した学院で半ベソかくの見たかったんですが】

【そういえば、あなた、去年星司がお遊び協力で作った迷宮で、マジ泣きしてたわね】

【良い思い出です。それにわたくしだけではないですよ?】

 観戦ムードの同期生達に「ねえ?」と振って、皆が「こっち見んな!」といきり立った。

【さて、では本イベントの原則において、餌役側の半神化、シフトは禁止。

 追う側はハンデとして禁止されているものはありません。単騎駆け、団結、裏切り、なんでもありですね。

 尚、ここセントマイケルズマウント内でのみのものですので、島から出るのは禁止。周辺の海に叩き落とされても失格となりますのでご注意を】

 このイベントの趣旨は、ようするに、最上級生と最下級生の実力の差を実感させることにある。

 最上級生の成績上位者を相手にして、どれだけの時間で捕まえられるか、または捕まえられないかで判断される。

 紹介時に言われたロウエンド、ハイエンドとは、入学時の成績で分けられた所属クラスのことであり、クラスは卒業まで変わらない。基準は入学試験の平均点である。

 これまでの学院で、ロウエンドで学年上位に入ることはあまりないため、それを知る一年達の間からは驚きの声が漏れている。もっとも、十三期生ロウエンドは総勢十三人。全員が上位半分以内に入っているのだが。

【まあ、この人数だと、敷地や通路の狭さを考慮して動かないとならないわね。下手をしたら肉の壁、誕生よ】

【時には協力も必要ということですね。

 さあ、そろそろ時間です! 皆さん! 張り切ってどうぞ!】

 観戦席となっている城壁付近に複数のパネルが出現する。それは学院中に設置されたカメラの内容を映す物である。

 琴葉は打棒を手に取り、解説席上のゴングを無表情に叩いた。

 年度前半期最大のイベントが開始された。



「グランド・ブレイク!」

 開始早々、そんな叫びが響き渡る。と同時にグラウンドが割れた。

 速攻で秋を追おうとしていた集団を分断するような地割れで半数が飲み込まれ、気絶。

 セツナが地面から手を離し、立ち上がる。

「悪いね。数は減らさせてもらったよ」

 握り込まれた拳骨には三種のマテリアルが輝き、一カ所に空白が出来ていた。やがてそこに黄のマテリアルが再構成される。

 一年生、唖然。

 その隙に三名は離脱。学科棟、地下、地上に散開。やや遅れて持ち直した一年達がバラバラとそれぞれを追っていった。

【二百名中八十名が開始即気絶! いきなりすごいのかましてきましたね】

【集中も練り込みもなしに使用したようだから、すごいのは見た目だけね。足止めの効果として絶大だけど】

【そのようで……おっと、ここで十七名が棄権した模様。やはり地割れが原因か】

 ドンッ! ドンッ……ドカッ!

 学科棟で爆発が起きた。二度、三度、と続き、地響きに揺れる。

 映像では強化されて光るモップを手にしたアリシアが、一年生が立て続けに撃ってきた『フレイム・バレット』を打ち返し、廊下や壁で爆発している光景が流れた。

 ある映像では唐突に急成長した雑草に足を捕らわれて身動き不能になった一年生達が映る。その間をUターンしてきた秋が走り抜けていった。

 抜けた先で待ち構える三名を、

 一人はスライディングで倒し、

 一人は飛び起き首に足を巻き付けて絡め落とし、

 一人は起き上がる流れで肘打ちで悶絶させ、

 全滅させてから駆け去った。

 ある映像では地下闘技場では、セツナが掴みかかる一年生を優雅に避けた後、吹雪を発生させ闘技場が雪に埋もれた。

【えー、ただいま開始から三十分が経過。手元の資料に寄りますと、第十五期生残り十九名。 なんと開始三十分で十分の一まで減っています。第十三期生、容赦なし!】

【けれどこれで、例年通りの数になったということにもなるんじゃなくて?】

 例年の新入生は大体二十から三十名程度。今期の新入生が多いだけで本来はこれくらいの数である。

【残った一年もなかなか見事に先輩の攻撃を避けているようだし、一人くらい捕まるんじゃないかしら】

【捕まった最上級生はイベント後の宴会で散財ですから、その分全力。その猛攻から三十分生き残るのも実力の内ですからね。

 現段階で生き残ってる学生にはそれなりの内申点が加味されるのも伝統と言えるでしょう】

 超鬼ごっこはここから更にヒートアップしていく。



 一方その頃、マラザイアンからセントマイケルズマウントへの橋を渡りきった三人がいた。セイジとラフィルと朱翠である。

「今日だったか」

 白金のバイクを押していたセイジは歓声に包まれる校舎を見上げて呟く。

「あれは?」

「前半期を終えての実力判断、を建前にした前半期テストのストレス発散イベントだな。

 超鬼ごっこ。

 参加資格は、追う側は一年であること。追われる側は、三年の成績上位者であること」

 ルールを説明し、在学中、どの立場であれ一度しか参加出来ないことも教える。

 朱翠はラフィルを見る。見られた方は首をブンブン振った。

「参加したら死んじゃうよ?!」

 必死な様子に朱翠は「確かに」と頷いた。

 ラフィルは飛ばずに歩く時、いきなり何もないところで転ぶことがある。追いかけっこなどそんな余裕もないだろう。

 そのことは一日一緒にいて、なんとなく理解出来た。

【えー、ただいま開始から三十分が経過。手元の資料に寄りますと、第十五期生残り十九名。 なんと開始三十分で十分の一まで減っています。第十三期生、容赦なし!】

 解説が入る。

 そして、城壁を凄い早さで横に駆け抜けていく秋の姿を三人は見る。

 セイジは「ふむ」と一考。

「朱翠。参加したいか?」

「出来るのか?」

「バイク置いてくる。教員観戦席で待っててくれ。ラフィル、連れてってやれ」

 二人と別れて、セイジは研究棟へと消えていった。

 見送り、二人は観戦席へと向かう。

「ところで、刀どうしたの?」

 聞かれて、朱翠はワイシャツから首に提げたネックレスを見せる。そこには剣型の銀十字が付いていた。

「ふわあ、便利だね」

 コクリと頷く。

「壁を走っていたのは……梧桐秋?」

「知ってるの?」

 コクリと頷く。頷いて腕を組み一考。

 前の名は制服と共に捨てた。ここで古い知り合いに会うのもなんとなく嫌である。

 教員席まで着て、いかにもな魔法使いローブを羽織る老人の前に来る。

 ゴート・マルキス、ミスロジカル魔導学院学院長である。

「ツカサから話は聞いておるよ。我が学院はシュスイ・サカキ君の入学を歓迎する」

「感謝」

 学院長はウンウンと満足げに頷いた。

「質問がある」

「何かな?」

「一部の人間に顔を知られたくない。どうすればいい?」

 朱翠の素性については聞いているため、その質問も妥当な物と判断する。

「顔を隠したまえ」

「では」

 待ってましたとばかりに、黒金のマスクを出現させる。それは顔の下半分を隠す鋭角なマスクであった。

 マスクを出すと、朱翠の髪が赤に目が血の色に染まる。

「ひょっとして、鞘?」

 ラフィルの問いに、コクリと頷く。

 セイジがやってくる。

 学院長から説明を受け「了解」と頷いた。

「顔を火傷したから隠してる、という設定!?」

「ラフィル、あまりシュウの持ち込んだアニメばかり見てると単位落とすぞ」

 兄の忠告に、羽が力なく下がった。

「それで学院長。シュスイをあれに参加させたい」

「行ってきたまえ、一年生」

「許可は出た。魔剣は抜くなよ? これを持っていけ」

 セイジは朱翠に木刀を渡す。神州土産である。

 朱翠は木刀を掴むと、手元から赤黒い液体が木刀を浸食し赤黒い木剣が誕生した。

 シャツの裾をズボンから出し、ネクタイを緩め、第二ボタンまで外し、マスクを装着。

「行ってくる」

 そう言って、城壁からグラウンドに飛び降りた。

「ヒザキ君は参加せんのかね?」

「兄様は腕が治ったばかりなんです。無茶させないでください!」

 学院長の言葉にラフィルが猛反対した。



【えー、ただいま学院長から人員の追加が発表されました。

 本日付で転入しました一年生シュスイ・サカキが追加参戦するとのことです】

 解説が学院長からの電文を読み上げると観戦席が沸き立った。一年生が十人を切っていたからである。

 学院長の隣に腰を下ろしたセイジに学院長は話しかける。

「例の神州からの件。再来週には実施されるそうだ」

「結局、何人くらい来るんだ?」

「十程度。

 ただ、リオ・タカミヤとスミ・アオギリの二名は来られないことになった」

「神祇院が動いたかな?」

「おそらくな。君としては想定の範囲内だろう?」

「結果として、ここの技能を学ぶ彼女の護り手が増えることになる。

 渡航手段は分家に用意させた。南米沖周りでの一週間足らずの航海になるから、まあ、そろそろ出航と行ったところか」

「神聖メシーカ経由は危険になったからのぅ。

 いつの時代も、結局のところ、アメリカの動向が世界に影響を及ぼすものだ」

 老人と少年はやれやれと肩をすくめてグラウンドを見下ろす。そこではちょうど、秋の進路上で朱翠が上段の構えを取っていた。

 観戦席から「OH SAMURAI」と歓声が上がった。



 進路に見たことのない生徒が赤黒い剣を上段に構えているのを見て、秋は攻撃手段を考える。

(この勢いでスライディングしてもいい、轢いちまっても、いや、跳び蹴りでいいか)

 勢いを緩めず、跳び蹴りの射程に入り「食らえ!」と跳躍。

 生徒は微動だにしない。

「吹っ飛べ!」

 蹴りがヒットする直前、目にも留まらぬ速度で振り下ろされ、秋は撃墜された。

 上からの衝撃で地面に叩きつけられついでに頭を打ち、自分の勢いでそのままスライディングしていって、止まる。

「あんの、馬鹿者め」

 観戦席で和装の老教官が項垂れた。

【おおっと、アオギリ先輩、撃墜されたあああああああああああ!!!!】

 勝負は決まったと大歓声が沸き起こる。

 しかし、朱翠は振り返り、秋に向けて正眼に構えた。剣の先で、秋がゆらりと立ち上がった。

「じじい! 桃華を貸せ!」

 秋は観戦席、和装の老教官に向けて手を伸ばす。

 老教官は腰から木刀を抜き、放り投げる。地に落ちる前に、秋はそれをキャッチした。

 右手一本で木刀をブンと振り、剣先をダラリと垂らし――――消えた。否、スライディングで離れた距離を瞬時に詰め、木刀を叩きつけてきた。

 朱翠はそれを受け流す。

 鍔迫り合いなど一切せず、叩きつけられる木刀を自らの木刀の反りによって、すべてを外へと受け流す。

 秋の動きに型はなく、朱翠の動きは木刀の形を最大限生かす型である。

 互いに無言。

(狙われている)

 朱翠は受け流しながらそれを感じ取る。

(いいだろう)

 狙い手の思惑に乗ってみることにする。

 次の秋の一撃を、左手を滑らせ峰に添えて受け、流さず反動を利用して背後に飛ぶ。秋は朱翠の突然の変化についていけず、木刀を振り抜いた。そこに。

 銀の一閃。

 秋に直撃する直前、一閃はパンと弾けて網目となり秋の身体を拘束した。

 沈黙は一瞬。ワッと学院が歓声に包まれた。

【な、なんと、サカキ君が離れた隙を狙って飛来した攻撃で、アオギリ先輩、確保おおおお!

 確保したのは】

 映像に学院尖塔の上で弓を構えた少女の姿が映し出される。そこにはカメラが設置されていないため、望遠での撮影となる。

【あのような距離から狙い撃つとはなんて腕でしょうか!

 ええっと、あれは……十五期生ロウエンドのリマ・タカミヤさんです!】

 解説の直後、歓声の中で、セイジがガタッと立ち上がる。

「兄様?」

 兄の反応に、ラフィルが心配そうに見上げた。

「あれがリオの妹……ツクヨミのリンカー?」

 視力を強化し、リマの魔力を確認したセイジは「なん……だと……?」と奥歯を噛みしめる。

【おや? サカキ君ここで棄権だそうです。

 この時点で第十五期生は、アオギリ先輩を確保したリマ・タカミヤさん以外が全滅!

 超鬼ごっこ! しゅうううううりょおおおおおおおおおお!!!!】

【はい、拍手】

 この後、唯一の確保者である天宮璃摩は学院長直々に表彰され、拍手と歓声の下に閉幕した。

 表彰されて拍手を受ける天宮璃摩に、セイジは怒りを込めた視線を向け続けていた。

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