街道ルート_1

 フェリーはアイリッシュ海を北上し、ベルファストへと向かった。

 その速度、およそ200キロ。到着までにかかった時間、3時間弱。

 今はベルファストの町が見える沖で停泊中。

 船内に十三期生達の姿は既になく、夕刻で上陸することを言い含められた下級生達が残る。時はまだ、夕刻には遠い。

 そして、ベルファスト。

 全長3メートルはあろうネイビーカラーの甲冑が宙を舞い、街路に落下。バラバラになって動かなくなる。中に人の姿はなし。

 甲冑の吹っ飛び下には、アッパーの格好で固まるネコの姿がある。

「これでラストか?」

 アリシアがインカムの先に問う。問い先は、上陸した観測車両で付近一帯をサーチする仲間だ。

【都市内で確認されたNB《身無し》は。郊外で確認された反応は、オリヴィエ達が排除した】

「幻獣の反応は?」

【港で救出した妖精達だけで、他は確認されていない】

(発見された命令書の通りなら、既に空挺でゴールウェイに輸送されたか)

 秋とネコを呼んで移動の準備をするよう手で合図を送る。

「よし。我々第一班は先に決めた通り、まずはネイ湖を周回してからエニスキリンまでの道を開く。それと森には入らないよう徹底させろ。帰ってこられなくなる」

【了解した。では、エニスキリンで会おう】

 観測車両との連絡を終える。

「オリヴィエ!」

【聞いてるよ】

 インカムから第二班のリーダー、オリヴィエ・ファーロスの返事が来る。

「第一班が周回を終え次第安全経路を指示する。それまで待機だ」

【了解】

 仲間への指示を終え、アークセイバーに跨がる。

 後輪の後ろに鋼鉄の戦闘馬車、チャリオットを接続している。チャリオットは両脇に見た目物騒なロケットエンジンが積まれていた。

 秋がチャリオットで足を固定し終わり、ロンパイアを肩に担ぐ。

「行くぞ? ネコも準備はいいか?」

 ネコはレガースの踵で街路を蹴る。足裏と路面の間に風が発生し、ホバリング状態になる。

「いつでもいいよ!」

 元気よく返事して、ガントレットの両拳を打ち合わせる。ガチャンと装填音が響き、背中にも風が発生する。

「ではこれより、全力で疾駆する。秋、攻撃は任せた!」

「おう!」

 背中に信頼を置いて、機体を発進させた。



 ネイ湖を西回りに周回し始めてすぐに、敵の攻撃に遭う。

 バイク速度を一切落とさず、鎧の集団に突っ込むアリシア。通り抜けざまに、暴風が巻き起こり、鋼鉄の残骸が宙に舞う。斬り漏らしは次に来る拳に粉砕されていく。

 バイクがネイ湖を一周し、ベルファストを通過する時点で、ネイ湖を北ルートで迂回するように指示を出す。北側に二回目の暴風が通った後には、そこら中に原型の分からない残骸が撒き散らされた。

 エニスキリンに到着し、町の様子を探る。

 ベルファスト市内と街道で排除した鎧と同型の集団に襲われるが、これを排除。

 鎧の残骸を前にして、秋は首をかしげた。

「ベルファストで数体いた大型がいねえ」

 中身がない身無し――NB(NoBody)とそのままに名付けられた彼らには、小型軽装型と大型重装型がいるようだ。

 街道に設置されていたのは、そのすべてが小型軽装であった。

 アリシアは腕を組み「ふむ」と一考。

「偵察隊か?」

 サイト・マジックを使用してみる。

 破壊間もない鎧の中身は人型の魔力体。身をよじりながら消滅していく。どこかに向かって流れていくでもない。

 鎧の正体さえ分かっていない。不透明なことが多すぎる。

「シュウ、ネコ、破壊した時の感触を教えてくれ」

 対して。

「生物って感じが全然しねえ。感覚的には魔構兵斬ってる感じだ」

「だね。鐘突きしてるみたいな感じ」

 秋とネコがそれぞれに答える。

「けど、意志のありそうな行動はしてんね」

「そうか?」

「ほら、アタシはあんたの斬り漏らしを担当してたけど、斬り漏らしというより、鎧が自分の意志で、命からがら逃げてるみたいな感じがした」

 三人の感想は「気味が悪い」で統一される。

 魔構兵は魔力を動力とした機械兵士。奏者と言われる使い手が遠隔操作をする物が大半である。攻撃をされるとして、生身が傷つかないのに逃げ惑うなど聞いたことがない。

 そもそも、ベルファストでもそうだったが、奏者の反応が一切無い。

「なあ、アリシア。小ブリテンの森は幻獣か幻獣に認められた奴しか入れないんだよな?」

 ネコの問いにアリシアは頷いた。

 幻獣の身体を構成するものは魔力のみ。

 魔力はイコール生命力ではあるが、基本的に生物は生命力だけで動いているわけではない。幻獣との違いはそこにある。

 この地の森にかけられた呪いは、魔力によってのみで生きる存在には適用されない。という単純にして強力なものである。

「実は森の中で幽鬼のように歩く鎧とかいたんだよね」

 ネコは言う。

 目と鼻の先の街道が見えずに森の中を彷徨って出口を探してるっぽい鎧がいたと。

「鎧が魔力のみで動くなら幻獣と変わらないから、彷徨うとかなさそうだけど、魔力――魔法以外のもので動かされているとしたら?」

「魔力以外ってなんだよ?」

「魂……とか。幻獣は魂さえも魔力とされるから、幻獣以外で意志があって、二足歩行で逃げようとする魂?」

 秋とネコが想像して青くなった。

「いやいやいや、怖いよ?! 超怖いよ! 中身ないとか幽霊かよ?!」

(半神が幽霊怖がるなよ)

 アリシアにそんなツッコミされてるとは知らず、「やっぱ実体超重要」とか言ってチャリオットに乗る秋。そして座席をバンバン叩く。

「後続の道は確保したんだから、もう行こうぜ。細かいのはオリヴィエ達がやってくれんだろ」

「それは、そうだが」

 渋るアリシアにネコが頷く。

「第二班の移動速度を考えれば、彼らがオーマに到達する段階がアタシ達の移動可能の最速だね」

「そうだな。あまり速く進みすぎても、後続との距離が開きそこに妨害を投入されては意味がない。あと三十分は待機だ」

 決定に秋がダレた。



 第二班がオーマを通過したという情報が入ってから、再度移動を開始する。

 太陽は既に沈み、月が顔を出している。

 夜だろうが視界に困らない幻獣が多いせいか、小ブリテン北部……北アイルランドには街灯がない。バイクのライトと視力強化系の魔法が頼りだ。

 しかし、今は南の空が明るい。中部付近が燃えているのだ。風が南に向かって吹いているせいか、北への影響はないように思える。

 スライゴを経由しバリナへの道で、今また数十体の鎧を片付けた第一班に、観測車両から報告が入った。

【消火班が行動を開始した。路面に注意せよ】

【了解。こちらはこれよりバリナへ入る】

【……カスルバー以南にNB以外の反応を確認。バリナで陣を敷くよう指示が来た】

【設置場所を確保する】

 NBの襲撃が途切れる。

 秋は南の空に目を向ける。雨雲が広がり月が隠れた。

(始まった)

【シュウ、集中しな! 本日最後の宴会が始まるよ!】

 ネコに注意され、正面を向く。

 バリナが明るい。街路が灯っているのだ。

 NBは光のないところでは行動出来ない。というより視野が確保出来ないらしい。

 本当に生物っぽい反応だ、と思う。

 町への入口前に、ここに来て大型重装型の影を確認する。

「アリシア! ブーストだ!」

【なんだと?!】

 運転中のアリシアからの大声がインカムから聞こえる。

「町の手前でブレーキをやれ!」

【……そういうことか。了解した!】

 アリシアの返事を得て、秋は自らを固定する器具を外した。

「ネコ! 手前の連中は任せた!」

【了解! 着地失敗すんなよ~】

「誰に言ってやがる!」

 右でロンパイアを握り、左で手綱を握る。

 カーブで吹き飛ばされそうになりながらも、足に力込め手綱任せで耐える。

「エンチャント・パワー!」

【カウント、3】

【2】

【1】

【ブースト】


 シュゴッ


 そんな音を左右で聞いたのは一瞬。

 身体が後ろに持っていかれる。

「ぐっ!!!! こんのっ!!」

 ふんばって前傾。強化された筋力でもギリギリ。

 ブースト点火の瞬間、並走していたバイクの姿が消えネコは口笛を吹いた。

 アリシアは速度メーターが、300キロを振り切って増築され600キロ台を示したのを見て冷や汗を垂らす。

 彼方の光景が手前まで瞬間移動してくる感覚に恐怖するとともに、口元が歪むのを感じる。

 感覚は数秒、すぐにブレーキをかける。

 若干の減速はしても止まらない。

 数体の小型鎧を轢いても止まらない。

【エンチャント・パワーだ!】

 アリシアはグリーヴを装着した足でブレーキをかける。

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……。

 グリーヴと路面が火花を散らし、路面が削れていく。

 急制動。

 秋は自分の身体がチャリオットから撃ち出される感覚を味わった。

 大型鎧達が頭上を見上げる中、町のゲートを遙かに越え、空中で回転して軌道補正。眼下の鎧達、小型も大型も含めて五ダースはいる群れの中心にロンパイアを叩きつけた。

「どこ見てんだ! あんたらの相手はこっちだよ!」

 ゲート前の大型鎧の群れに、ネコもまたアリシアのバイク共々突入した。



 秋は雨の中ロンパイアを振り回す。

 敵が小さかろうが大きかろうが、構わず自分を中心とした暴風圏にいることごとくを撫で斬り、殴りつけ、粉砕する。

 振り回せば振り回すほど速度は上昇する。

 刃は鉈、柄は棍。

 大型の足を斬り飛ばす対面で小型の頭が粉砕される。力を失った鎧は他の鎧を巻き込んで吹き飛ばされ、玉突き事故を起こす。

 町の奥からどんどん追加されているが、無双の前に鋼鉄の雨となる。鋼鉄の飛沫は鋭利な弾丸。撒き散らすのは破壊。

 秋のロンパイアは魔鉱剣。刃から柄まで、ただジルコンでのみ構成され、秋の魔力によってダイヤモンド並の硬度を有する。

 鋼鉄の死屍累々。破壊された数はとうに百は軽く超える。それでも尚、刃こぼれも歪みもなく暴虐を吐き散らす。

 ゲートでは、大型鎧と対峙するネコとアリシアの姿がある。

 ネコが殴り潰し、アリシアが轢き転がす。

 ネコが最後の一体を爆散させて、雨の中、一息。

「ここは多いな」

「まあ、この程度なら、シュウに任せておいても問題なさそうだけどな」

「NBが第6段階以上の魔法を使えるなら問題は出てくるだろうが」

 今のところ、NBが魔法を使用するところは見ていない。

「数と頑丈さが命っぽい」

 ネコの言葉に頷く。

 その頑丈さも、秋とネコの前では紙も同然ではある。

 ネコは南の空を見る。

 火はこの三十分ほどでずいぶん落ち着いたようではあるが、まだまだ明るいことに変わりはない。

 遠くで、腹にも響く咆吼。

「あれ喰らうと、常人じゃ気絶しちまうんだよな。弱いと死んじまうし」

「あれを喰らって平然とするのは、お前達ロウエンドの連中くらいだ」

「ヒザキ妹とアリシアだって平気じゃないか」

 ネコはそう言って笑った。

「さて、そろそろ終わったかな」

 町中での破砕音がやんだのを確認し、ネコはぶらっと歩いていった。

 アリシアはここより雨の強いであろう南を見つめる。

「向こうには、ドラゴン・ロアを必要とする敵がいるのか」

 雨の中、無言。

(アスト……)

 同門の少年を想い、目を伏せ胸に手をあて祈る。

(ウェルシュ、赤き竜よ。どうか彼に勝利を)

 ネコが呼びに来るまで、その場で祈りを捧げていた。



 雨の中、陣を設営する下級生の姿を眺め、電気の通っていない町のホテルロビーのソファーで秋は伸びをした。

「おつかれだね」

 銀髪の少年が、湯気の立つコーヒーを秋に差し出す。

「夏場でも雨に打たれ続ければ風邪を引くからね」

「サンキュー、オリヴィエ」

 少年、オリヴィエ・ファーロスは「舌に気をつけて」と女性に見間違いそうな優しそうな笑顔を浮かべて手渡した。

「あの鎧どもは一体なんなんだ」

「NBだけど、僕は見たことあるような気がするんだ」

「マジで?」

「うん。しばらく前にGSからのクエスト受けたでしょ?」

「ええっと……ああ、あれか。確かワールド・ギアの工場潰した奴だったよな。魔構兵の生産工場」

「僕達にはそう説明されていたけど、僕、魔構が起動していないはずの鎧が動いたような気がしたんだ。シュウには気のせいって言われたけどね」

 秋は当時のことを思い出しつつ「あの時か」と呟く。

「もっとたくさんの工場潰してれば、こんな事態にもならなかった?」

「被害は押さえられた可能性もあるけど……って、どうしたの?」

 秋がオリヴィエをやや感動気味に、目をキラキラさせて見上げていた。

「星司や琴葉だったら、ここではまず否定だからな。ちょっと感動しちまって。握手してくれ」

「あ、あははは」

 苦笑するオリヴィエと握手する秋。

 そんな二人を軒先で雨宿りする金髪碧眼でやや軍服チックな服装の少女が、興味津々な風で眺めていた。

 隣ではネコが設営をぼんやり見ている。

「ネコ! ネコ!」

 ネコのタンクトップをギュッギュッと引っ張る少女。身を捻ったネコが少女の顔面をアイアンクロウ。少女がプランとぶら下がった。

「伸びるだろ?」

 首がコクコク動いて「もごもご」となんか言うのを確認してから下ろす。

「ネコ。あれ、どう?!」

「どうって……」

 ネコは少女、アルマ・ラインハルトの示す方を見て納得した。

(まったく、好きだねぇ、この子も)

 ルームメイトにして同郷、しかも昔馴染みの少女の好きな展開が視線の先で展開されようとしていた。でもきっと誤解。

「オリヴィエが女装でもしてないかぎり、アルマの好きな展開には発展しないだろ」

「じゃ、じゃあ、今すぐ女装させてくる!」

 鼻息荒く拳を握る友人の様子に「おいおい」と苦笑。

(ま、ここ最近、あの二人の蜜月はよく目にする。クエストも一緒に行くみたいだし、これじゃ誰がパートナーか分からないね)

 設営していた下級生がアルマの下へ走ってくる。

「ラインハルト先輩! 設営終了しました!」

「ごくろう!」

 敬礼で応じる。

「じゃ、ネコ。仕事してくるよ」

「頼りにしてるよ。あんたら観測班がアタシらの目だからな」

「おうよー」

 ハイタッチ。

 アルマが陣に走っていく。

 これからあそこでは、小ブリテン全域をカバーする大観測魔法が発動される。その出来次第で、明日の戦闘が楽になるはずである。

(NB以外の反応。本格的な幻獣兵器か対人戦か)

 何者が相手でもやることは変わらない。

 何気なしにロビーの二人、秋を見る。

(あんたが誰をパートナーにするかはどうでもいい。作戦に私情さえ持ち込まなければね)

 鼻を鳴らす。

「にしても、消火班は一体何を相手にしてんだ?」

 強くなる雨に、思わずそう呟く。これじゃ今頃、ここより雨の強いであろう中部は豪雨である。

 首を巡らしアリシアを探せば、中衛のクラスメートに囲まれていた。あれは彼女の取り巻きだ。

 思い出すのは、ゲートで祈るようにしていた彼女。

(ヒザキ兄、ね。あの天幻学者のどこがいいんだ?)

 LR最初の神殺しから人造聖剣を継承した少女が、人造聖剣の継承から漏れた兄弟子に抱く感情とは何か。

 考えてかぶりを振る。どんなゴシップだよと苦笑。

 ネコは雨の中に出てアリシアの下に向かう。

 どうせあの少女は、取り巻きのねぎらい一つ一つに丁寧に返しているに違いない。

「ったく、さっさと休めってえの」

 そうすれば、心配の一つ増やしても外野に惑わされることはないだろう。ネコなりのお節介であった。

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LR 闇戸 @y-kurato

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