LR

闇戸

一章

 東京湾のある倉庫街の一角で、重火器で武装した白人の集団が走り回り、しきりに無線で応答を取り合っている。その内容からすると、黒髪で着物姿の小さな娘を生かして捕まえろ、というものだ。そして、一緒にいる者がいれば銃殺しても構わないとも言っていた。

 そんな集団から離れた倉庫の一つで、白人達の無線で情報が飛び交っている問題の少女は、小さい身体を震わせて座り込んでいた。その少女の傍らには、少女よりも少し年上と思われる少年の姿がある。

 倉庫内に差し込む日差しで、少女の緋色の着物と少年の金髪と紫の瞳が映える。

 少女は一度、あの白人達によってさらわれたが、この少年が白人の油断を突いて助け出しここまで逃げてきたのであった。

(俺に父さんやヴィオのような魔法が使えればこのまま助けられるかもしれないけど、俺にはそれ以外の一つしかない)

 不意に裾を引っ張られる。少女が少年のシャツをギュッと握りしめていた。それを見て、少年は焦りを引っ込めて少女に笑いかける。

「大丈夫だって、ヒルメのことはちゃんと守るからさ」

 少女は更に強くシャツを握る。

「りお、ひるめじゃないよ?」

 そう言う少女の目には涙が浮かぶ。

 少年は一度目を伏せてから「悪い」とニヤッと笑った。

「他の子と名前間違えちまった」

 少女は目と口を大きく開けて「ひどいよ!」と少年をポカポカと叩いた。

「まあ、あれだ。りおはちゃんと俺が守るから、泥舟に乗った気で安心しろって」

「どろぶね?」

 一瞬きょとんとして「ちがうよ」と少年の言葉を訂正してくる。

「おおぶねっていうんだよ」

「そうなんか。神州しんしゅう語は難しいなあ。こんな難しい言葉知ってるなんて、りお、すごいな」

 ほめられて「えへへ」と赤くなってほほえむ少女には、もう怖がっている雰囲気はない。そんな少女の首に少年は自分が首から提げていた紐を提げる。碧い勾玉が一つ繋がっていた。

「お守りだ。ちゃんと持ってここに隠れてろよ」

「え、・・・・・・ちゃんは?」

「俺は悪い奴らをやっつけてくる」

 そう言って、左手で少女の頭をポンポンと撫でてから離れる。

「絶対にここ動くなよ? 大丈夫、俺を信じろ。お守り握って、ただ信じてればいい」

 少年は年に似合わない妙に大人びた眼差しで少女を見つめてから背を向ける。そして外へと走っていった。

 外に出ると、ちょうどその倉庫に足を向けていた白人達に見つかるが、彼らには意識を向けずに、ただ、自らの内側に意識を向け左肩に右手を添える。

「シフト!」

 強く声に出して右手を一気に右側に引く。その様は自らを脱ぐような動作。ただそれだけで少年の姿が一気に青年へと変化する。

 白人達はそれを見て目を見開き息を飲んで立ちすくんだ。

「Reincer《リンカー》・・・・・・」

 誰かがそう口にする。動きを止めたのは数える程度だったが、その間に、空から飛来した二筋の銀光が白人達の身を切り裂いた。

 青年は白人達を肉塊へと変えた銀光を両手に持ち、一気に飛翔。青年の鋭い視線は眼下を編隊組んで行動する彼らの仲間達を捉える。

 集団は二つ。否、青年の更に上、上空にヘリの姿があり、青年の姿を捉えるとすぐさま旋回を開始する。

穿うがて」

 ヘリは後回しだと両手の銀光を地上の部隊に向けて放り投げる。着弾、地上の倉庫を巻き込んで、白光に包まれ破壊をもたらした。光の後、人がいた痕跡すら残さずクレーターが残る。

 続いてヘリに対して行動を移そうとした矢先、青年の意識とは無関係な角度から飛来した一閃でヘリが爆散した。

 一閃の元へと首を巡らせば、強化された視覚はその先で弓を片手に残心する銀髪の乙女を認識。青年はその姿に表情を険しくするもそのまま落下し、着地。

「あれは――ぐっ」

 途端に苦しみだし膝をつく。そのままで意識を周囲に向け殺気を探る。殺気がないことを確認してから、姿を少年へと戻してその場で這いつくばった。

 全身の筋肉が、骨が悲鳴を上げている。

 しばらく痛みをこらえていると、少女の護衛達が走ってきた。

 少年を知る護衛に少女の居場所を教えた後も、少年は痛みで動くことができない。

 やがて少女が護衛達に付き添われて外へと出てくる。少女は少年の姿を確認すると走ろうとしたが護衛に阻まれ、そのまま車に乗せられていってしまった。

 少年が父の実家へと帰宅した時、父は少年の頭を撫でて一言「よくやった」とだけ言った。

 その後、少年と少女が会うことはなく、少年は父と共に神州を離れ、その数日後になって、少女は少年がいないことを他人から知らされた。

 LR十六年七月の出来事であった。

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