悪巧み

 部下も装備も残っていないはずの部屋に駆け込んだミヒャイルは、駆け込んだ姿勢のまま、部屋の入口で硬直した。部屋には先客がいた。

「困りますね、マルゴット隊長。大切な商品を放置したままというのは」

 先客は、水色のスーツ姿のビジネスマン然とした白人の青年だ。人なつっこそうな笑みを浮かべて、透明のケースに入った虹色の珠を右手で掲げている。

「放置が嫌なら大事にしまえる金庫でもよこしやがれ、ギアの大将」

「はっはっはっ、大将はやめて下さい。僕はただの使いっ走りですよ? 父のね」

 ロイド・ギアは爽やかに笑ってみせる。

(魔構開発班の総大将がよく言うぜ)

「ところでマルゴット隊長? 衛星写真で面白いのが撮れたんですが」

 そう言ってロイドが取り出した写真には、ミヒャイルの部下がセイジによって消滅させられるワンシーンが写っていた。

「受信データによると、この子、半神ですねえ。この子の手で光ってるのはなんです?」

「超高純度のマテリアルだ」

「ああ、なるほど。マテリアルを構成する際、拠り所にする物質が無ければ純度の高いエネルギーとなる。ガイラル・ギア叔父さんの理論にありましたねえ。

 しかし、エネルギー体に触れては如何に半神でもただじゃ済まないはずですが」

「そりゃ、こいつがゲートスペルの使い手だからだろ」

「ほう! ゲートスペルですか! 天定の幻想魔法、天幻。興味深いですねえ」

 目をキラッキラさせて写真の中のセイジを見つめるロイド。まるで恋する乙女のようだ。

「ミスロジカルで天幻の基礎が編纂されたものの、性能がピーキー過ぎて人類に行使不可能とされたとは聞いていたのですが。

 編纂したのが確か――そう、至源殿のご子息でしたか」

 ミヒャイルはロイドの持つ写真を指差して「そいつだよ、そ・い・つ」と暴露する。

「なるほど。この子が化け物揃いの、ミスロジカル十三期生最凶の盾ですか」

「最凶の盾だと?」

「アンチマジック、ソーサルキラー。魔法を得意とする者が最も苦手とする相手」

 思い出されるのは、自慢の火の玉がマテリアルに再構成された場面。

(なるほどな)

 納得する。得意な魔法が無力化されてしまえば、よほど戦技と両立していなければ相手にはならない。

「たーいちょー」

「おわっ?!」

 顔を上げてみれば、ムフフと含み笑いしながら、顔を近づけていたロイドにびっくりしてひっくり返る。

「僕、この子ほしいなあ」

「生け捕りしろってか!?」

「生け捕り、良い響きですねえ。

 ほら、どのみちこの子をどうにかしないと、アマテラスの神魂を頂戴することは出来ないわけですし。お願いしますよう」

 エヘヘと涎を垂らしそうな勢いだ。

「半神の魂ってどうなってるんでしょう。亜神化とかどうやって発生するのか興味津々です。それに、人に行使不可能の魔法を使えるとか、魅力満載じゃないですか」

 ウヘヘとついに涎を垂らす。ヨダレ滴るイイ男である。

「生け捕りしようにも装備はねえぜ? 少なくとも、奴のマテリアル爆弾を防げるだけの装備は必要だ」

「軍でもマテリアル爆弾は採用されてはいますが、あれはエネルギー兵器ではなく純粋な爆弾ですし。

 ああ、帰ったら頓挫したエネルギー兵器の再考でもしてみましょうか」

「爆弾の最高威力は?」

「神聖メシーカのライナーを一体消滅に追い込んだくらいですか」

「核の効かない相手をかよ」

 過去に数度、アメリカ軍は神聖メシーカ(旧メキシコ)との戦闘に核兵器を使用しているが、どれも効果が得られなかった。その相手に対して効果を発揮したとすれば、それはかなりの威力である。

「爆弾を運んだ戦闘機には、幾層にもプロテクトマジックをかけて送り出し、ちゃんと帰還しました。装甲も無傷。ええ、実験も兼ねて持ってきてるんで、試用してください」

「あんなら、先に言えや」

「ゲートスペルは、まあ、がんばって避ける方向で」

「それしかねえが、言われるとむかつくぜ」

「本当にがんばってくださいよ? 今回の神州からの依頼には、我が社長年の開発が一つ終了することにも繋がってるんですから。

 あ、これが装備の置いてある倉庫です」

 ロイドはミヒャイルにメモを渡す。

「装備次第で人類でも半神だの転生だのの化け物に勝てるってのを証明するのが、俺ら聖堂帰りの矜恃ってもんだ。

 ギアの大将、帰ったらちゃんと人員の補充やれよな?」

「もちろんです」

 ミヒャイルを見送って、ロイドは窓の外、眼下に小さく見える秋葉原を、ゴミでも見るかのように見下ろす。

「もちろんだよ、ミヒャイル・マルゴット。

 ロート・ラヴィーネよりも優秀な駒を補充するさ。君達よりも優秀な駒はまだまだたくさんいるからね。

 くっくっくっ、転生狩りは君の領分ではあるが、果たして彼のような異例とちゃんと戦ったことはあるかな? あれこそ、真性の化け物だからねえ。

 せいぜい、僕達が腹を抱えて笑えるような実験データをお願いするよ」

 月光に照らされて、ロイドの影が床に映し出される。

 それは、大口を開けて笑い転げる、コウモリのような翼と蛇の尻尾を持つ化け物の姿をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る