真世の視界

 天宮家の縁側で、金毛の獣はうなだれてカタカタ震えていた。その前ではセイジが腕を組んで獣を見下ろしている。

「キオーン、お前な」

「ミーミー」

「ガキのふりして甘えるな」

「ふにゃあ・・・・・・にゃにゃ!」

 獣は澄の方を前足で指す。

「スミが悪い?

 お前、俺達が戻った時、背中撫でられてヘヴン状態だったじゃないか。逃げもしないで、お前という奴は」

「にゃ・・・・・・うにゃあ」

 一見して猫と話すイケメンである。そうとしか見えない。

 澄としても、友人と戻ってきた師匠が金髪紫眼の超美形になっているのには驚いたが、目の前の光景に唖然とするしかない。

 璃央は二度目になるが、先程の体験がなければ、なんとほほえましい光景かと思っていたに違いない。

 セイジの足下には、最後に倒した相手のなれの果てが落ちている。それはがらんどうの鎧だった。セイジによれば、中には精霊に近い魔力の残滓があるとのことだ。

「星司ちゃん、その子も反省してるみたいだし」

「ちゃん言うな」

 即答。

「それそれ」

 澄が璃央のセイジを呼んだ名を聞いて、ある疑問を口にする。

「師匠がセイジ=A・ヒザキさんってことはさ。あの、九曜頂・日崎星司さんでいいの?」

 それがこの国に登録されている、セイジの立場と名前である。登録したのは父親。神州の言葉での名前が星司なのだ。

「その通りだが、九曜頂の立場に関して言えば、父がほっぽり出した立場を便宜上継承しただけだ。確か分家の・・・・・・」

「九曜・日崎の分家というと、御崎ですね」

 璃央の補足にセイジは「それだ」と反応した。

「父の弟が家長をしている、そのミサキだ。

 ミサキからの要望で、空席をなんとかしろとか。分家を据える訳にもいかんと、長兄の俺が据えられたというわけだ。

 俺には自覚もなければ、一族を治める気もないから、立場のことを言われても正直困る」

「ミスロジカルを卒業したら神州に帰ってくるとかじゃないんですか?」

「生まれはキプロス、育ちはマラザイアン。帰る場所があるとすれば、そのどちらかでしかないな」

「や、九曜頂として神州にいれば、富も権力もウハウハですよ? しかもモテモテです」

「こんな魔法後進国に住んだら、研究どころじゃなくなるだろうが」

「「研究?」」

 聞き慣れない単語に、璃央と澄がハモる。

「師匠、ライセンスがないとか言ってませんでした?」

「教員のはな。俺が持つのは魔法学系統研究の教授資格の方だ」

「えちょ?!」

 澄がワナワナと震える。璃央も友人の反応が分からなくもない。

 魔法学系統研究の教授資格とは、源理魔法、構想魔法、幻想魔法のいずれかの系統を研究し編纂することを、最低でも五国以上の国家に認可されなければ得られない資格である。認可した国は、その者の研究した内容を優先的に知る権利を持つ。

「現在の学術機関における単位には源理魔法の実践は必須事項だが、それを免除するために必要なのがこの資格だ。一種の奨学制度みたいなものだな。

 俺は源理魔法が一切使えないからな。俺にとっては必須の資格ということだ」

 軽い口調で言ってはいるが、最難関の奨学制度である。驚かない方が無理がある。

「てか、教授って普通先生とか兼ねません?」

「甘いな。研究に没頭して成果さえ出していれば、他人に勉強教える面倒を請け負わなくていいのが、教授だ。

 まあ、必須単位を取り終えているから、研究に没頭しなくても卒業は出来るんだがな。一応の成果も出し終わっているし」

 それで暇になったから、今回の指名を受けることに繋がったらしい。

「それで、系統は何ですか?」

「天定の幻想魔法――通称、天幻だ。

 天幻を単体で行使するには消費魔力が高すぎて、超越者でもないかぎり魔力が枯渇して衰弱死する。また、特定の因子を持たない者では例え魔力を確保出来ても、やはり行使は無理だ」

「つまり、使い手を選びすぎる魔法ということですか?」

「その通り。

 源理と組み合わせることで、各理結界系の魔法強化が成功しているから、十分に成果として認められている。

 確か、昨年の系統更新で追加されているはずだ。もっとも、認可国以外だと更新にはあと数年が必要だが」

 系統更新とは、魔法知識、魔法構成の公式に新情報を追加更新することを指す。

(神州に結界系の強化に関する更新がされていないということは、神州は星司さんの認可国ではないということね)

 つまり、結界系の魔法や魔構の新開発をしている国が認可国ということだ。

「ところで、星司さん。先程使用していた魔法はなんですか? 源理魔法に見えたんですが」

「うん?」

 はて、とセイジは首をかしげて璃央の指摘を考えてみて「源理じゃないな」と答える。

「あれはクリエイト・マテリアル。立派な構想だぞ?」

(確かにマテリアルには、爆弾代わりに投げつけたりする使用方法はあるけど、あれはそういう類のものなの?)

「そもそもクリエイト・マテリアルって、無から生み出したり出来ないものじゃ」

「無・・・・・・? ああ、あれか。そうだな、これは知っておいた方がいいか。今後のためにも」

 チョイチョイと璃央と澄を手招きするセイジ。そばに来いと。

 二人は顔を見合わせてから、セイジの前に並ぶ。

 澄がハッが何かに気がつく。

「まさか、人体マテリアル化とか?!」

「せんわ! 何怖い発想してんだ! シュウでもしなかったぞ、おい!」

 斜め上を言った予想に、セイジも仰天して思わず地を出した。そして、コホンと咳払い。

「君、シュウとは別の意味で疲れるな、本当に」

「いやあ」

「褒めてないぞ」

 澄はしばらく照れ笑いしていたが、やがてションボリとうなだれる。

「澄? 大丈夫?」

「うん、平気ー」

 声をかけられて、エヘヘと友人に対して愛想笑いを浮かべる。

「ほら、始めるぞ。目を閉じろ。」

 セイジは溜息を一つ吐いてから、璃央と澄の額に中指を接触させる。

「開け、心の扉」

 呟きと共に接触箇所がほのかに光を灯す。

「世は夢幻、眼は夢幻に繋がりて、心に真世を映す――――目を開けていいぞ」

 心に染み渡る声と言葉。それは短い詠唱の形。

 詠唱を終えると、セイジは二人に目を開くように促す。言われるがままに目を開けて、璃央は絶句。澄は「わあ」と目を輝かせた。

 木々や草に宿る命の光、色宿す風が運ぶ赤青と色づく燐光にも似た輝き、物という物は光を宿し、その光が魔力であると認識出来る。

(なんて幻想的な光景なの?)

 澄はそこにうっとりと眺め続ける。しかし、璃央は目を見開いて周囲の光景に没頭する。

(嗚呼、世界の輝きは、こんなにも薄れて――違う。何この感情?

 私、この光景を・・・・・・知ってる? 知らない、知らない、知らない! 天宮璃央ははじめて見る光景だよ?)

「構想魔法のサイト・マジックだ」

「ディテクト・マジックじゃないんですか?」

「ああ。ディテクトは感知――認識強化系、サイトは視野強化系と分類される」

 セイジと澄の会話が遠くで聞こえる。

「通常、人は見ることによってマテリアルを認識出来る。物質に強く宿らせた魔力を、だ。

 サイト・マジックは視覚の魔力を捉える部分を強化する。これにより、物質にただ存在するだけの魔力を光のようなものとして見ることを可能とする」

「色を認識出来ない裸眼に認識を可能にする色眼鏡を装着するみたいなもの、ですか?」

「そうだな。実際、そういう魔構は開発しようとはされている。

 構想はマテリアルを使用しないからな。公式の疑似回路を源理の魔構同様に作ることは出来ても、起動の魔力を確保出来ない。装着者が対象に魔力を流すだけでは、起動しても視覚とのリンクが確保出来ない。と、まあ、問題は山積みらしい」

「自分で身につけちゃった方が早い」

 澄の結論にセイジは頷く。

「かつては、自然神――旧暦の神話でいうところの多神教の神々が普通に持っていた、魔法ではない技能と言われる」

「かつてって、転生したら使えないんですか?」

「神の肉体がそういう回路を持っていた、と言えばいいか。転生すれば、その器となるのはあくまでも人間の肉体だ。回路など持っているはずもない。

 半神はギリギリ似た回路があるが、中身は人間。そもそも見えないことを疑問にも持たないだろう」

(かつて、見ていた光景? 見たことのないこの光景が? どうして私、こんなにもこの光景が落ち着くの?)

 ふらりと膝から崩れ落ちそうになるが、その身は支えられる。

 セイジは璃央を一切見ることなく、澄と会話しながらも、その手は璃央の背を支える。右で璃央を支えながら、左掌を澄の前に持ってきて、風に乗ってきた青い燐光に触れる。光はやがて、より青を濃くした結晶へと変わる。

「世界には、多くの命が満ちている。そこから力を一滴借りて、人は魔法へと昇華させる」

 結晶を握りつぶせば、破片は風に吹かれて、やがて再び光へと帰る。

「使用された魔法は、やがてただの命に戻り、世界へと還る」

 ここでようやく璃央へと顔を向ける。

「分かるか? 無からマテリアルを、命を生み出すことなんて出来ないんだ」

 やがて、二人の視界から、世界が纏う光を見る力が失われる。魔法が切れたのだ。

 セイジは言う。構想魔法を身につけろと。

「源理にマテリアルは必須。それを生み出すのも、見るのも、構想があってこそだ。あるのとないのとでは、魔法関係の成長速度はまったくの――別物といっていい」

 と、庭に置かれたバイクから着信音が聞こえてくる。セイジはベストに触れて自分の携帯を探すが、ない。どうも前回の電話から置きっぱなしにしていたようだ。

 やれやれとバイクに向かって歩き出す。

 セイジの手が、支えが消えて、璃央は「あ」と漏らす。そこにあった熱を失うだけで、なんだかとても寂しいと思える。

 おかしい、と自分の変化を思う。

 気にくわない護衛が、ずっと靄はかかっていたけど思い続けたあの時の少年だった。再開できたら何をしようという妄想くらいはしていたが、いざともなると、どう接していいかさっぱり分からない。

 それに、入浴中に見たあの夢だ。あれを見たことも原因なのではとも考える。

 夢では自分は『ヒルメ』と呼ばれていた。そしてセイジもまた、七年前と今回も間違えだと訂正はしたものの璃央を『ヒルメ』と呼んだ。

 セイジは転生者で、自分の中にある神魂天照と近い関係だったのだろうか?

 しかしそんな考えは否定する。

(あの人は半神。転生者じゃない)

 そう、半神の転生者など、聞いたことがない。

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