猫と語る
九曜・天宮家では、穂月が青い顔をして待っていた。
澄の姿を見つけると、走り寄ってきつく抱きしめた。
「ごめんよ、おつかいなんか頼んじゃってごめんよ」
「苦しい・・・・・・」
姉の胸で窒息しそうになりながらも安堵から泣き出した澄。そんな二人を眺めつつ、璃央も自分が安堵するのに気づく。大切な友人がいなくならずに済んだと。しかし。
(武本先輩と武本君が・・・・・・死んだ? 本当に?)
あまり話さない同級生のことを思う。確か、澄とは古くからの友達だったはずだ。澄曰くの幼なじみらしい。
妹を抱きしめながら、穂月はセイジに顔を向ける。
「ありがとう。本当に、ありがとな」
「決めたのは俺じゃない」
「何が原因かなんて問題じゃないよ。あんたがいなけりゃ、澄タンはこうして帰ってこなかったんだからさ。でもまあ、天宮にも感謝してるよ。頑固者の決定曲げてくれたんだもんな!」
「え、ええ」
セイジと目を合わせようとしない璃央と、憮然と穂月に応じるセイジ。あの短い戦闘からここに帰ってくるまでも、こんな感じであった。
「梧桐先生、澄を休ませるためにも、今日は当家にお泊まりください」
璃央の申し出に穂月は一も二もなく頷く。穂月からすれば、おそらくはここが一番安全と踏んでのことだった。たとえ璃央が狙われていても、セイジさえいればどうとでもなると。
明神裏の戦闘については知らない。しかし、セイジの素性を知っているからこその信頼でもある。だから末広町の惨事を聞いてすぐ、この少年に連絡をしたのである。
澄を支えた璃央が玄関をくぐるのを見送って、穂月はセイジに並ぶ。
「どうしたんだい? ありゃ」
「血塗れの手はお嫌いらしい」
「そゆことか。勘弁してやってくれよ。神州じゃ、学生が血にまみれること自体マレなんだ」
「そんなことはどこも同じだ。その手のクエストがある、うちやノイエが珍しい。
まあ、そういうクエストは単位充足者しか受けられないがな」
つまりと穂月に補足する。あんたの弟はまだだと。
それがなぐさめと穂月が気づいた時には、セイジの背中は庭に向かって消えていくところだった。
セイジは屋敷周囲の木に、先程のように触れながら移動する。
(仲間が死に、餌が消えたことを知れば、次の手を打つはず。連中の巣が分からない以上、引き込んで対処するしかないわけだが)
ふむ、と思案顔で佇んでから、携帯を取りだしてメールを送信する。返信は一分とかからずに届く。
送った文章は【魔薬はいつ解ける?】で、返事は【時間。それか解呪または解魔】だった。
セイジは天を仰いでから、肩を落とした。
(ディスペル・カースもディスペル・マジックも、そんなレアなもの使える奴がここにいるとは思えんし、どうしたものか。本当に)
澄を寝かしつけて庭に出た璃央は、木に寄りかかって考え込むセイジを見かける。思い出すのは、明神裏で虐殺者達を片付けた彼に対して自分がした行動だ。
手をさしのべたセイジの手を払ったばかりか「近づないで」とまで言ったこと。
彼は恩人である。いなければ、友人もまたあそこで見た死体の仲間入りをしていたことだろう。それは分かっている。頭では。
縁側から庭に降り、近づこうとして――足が止まった。
「え?」
セイジの髪が金色に見えた。ほんの一瞬の出来事だった。瞬きの前後にあった出来事。
(今のは・・・・・・なに?)
目を見開く璃央に気づき、セイジは顔を上げた。
「何か用か?」
聞きつつ、璃央が何を見ているのか気になって、一応背後を確認してみるが、何もない。
「なんでもありません」
見間違いと思うことにして、何か会話の種を探す。
セイジは、目を泳がす璃央をしばらく眺めると木から身を離した。
「少し出かける。念のための結界は張ったから、今日はもう外には出るな。アオギリにも伝えておけ」
「あ、ちょっと待っ」
呼び止められて、訝しげに璃央へと顔を向ける。そして、再び問う。何か用か? と。
「用はありませんが」
「用がないなら後にしてくれ。俺は用がある」
「私の護衛よりも大切な用事なんですか?」
「ああ。君に張り付くよりも大切な用事だ。理解したか?」
「護衛なのに・・・・・・」
「護衛だからだ」
互いに無言になる。璃央は下を向き、下唇を噛む。どうしてか、理由も分からず泣きたくなる。
やがて、璃央は吐息を聞く。顔を上げると、セイジがコートの内に手を入れて、明らかにおかしいモノを取り出した。それは金毛の猫。いや、猫? 猫にしては大きい。
「・・・・・・は?」
自分でも間抜けと後悔しそうな声を出してしまい、ちょっと赤面。でも目の前で行われた奇行に比べればどれくらいマシだろうか。
セイジは猫型の獣を璃央に抱かせる。
「とりあえず、こいつをそばにおいとけ。キオーン、ちゃんと護れよ?」
「にゃ!」
ビシィと前足で敬礼する獣。
「いやいやいや、なんで猫?!」
「フーッ!」
猫と言われて怒る胸元の獣。
「一応、獅子・・・・・・なんだがな。人語を解するから、下手なことは言わない方がいいぞ」
やることは終わったとばかりにセイジは直接塀を乗り越えて、璃央の前から去ってしまう。放置である。
璃央はセイジがキオーンと呼んだ獅子(?)に視線を落とす。獣は璃央を見上げて、くあっと欠伸をした。
夜半過ぎ、璃央は寝室で金の獣を前にして、浴衣姿で布団の上を転がっていた。それをまったり眺める獣。璃央が右に行けば右に、左に行けば左に頭を動かしている。
(寝られない。原因は第一にあの人、第二に・・・・・・やっぱりあの人、か)
転がるのを止めて獣を眺める。
(この子、どこから出てきたの?)
まさかコートのポケットから出てきたわけでもあるまい。
(世の中には透明化の魔法もあるし、隠されてたとか?)
一体どこにだろうか?
無言で獣を見つめれば、獣も見つめ返してくる。ふと、獣は璃央から視線を外し、枕元の時計を見て、また璃央を見つめてきた。そして、布団をバシバシと叩いた。
「寝ろってこと?」
「んにゃ」
璃央の言葉が分かっているらしく、獣は頷いた。布団から降りて畳の上で丸くなる。しばらく璃央が動かないでいると、機敏に身を起こしてまた布団をバシバシ叩く。
試しに布団に入ってみると、トコトコ枕元までやってきた。何をするつもりなのかと様子を窺っていると、獣は息を吸い込み「にゃおーん」と鳴いた。それは屋敷中に響き渡るかのような大きさであった。
「こんな時間にそ・・・・・・んな・・・・・・」
叱ろうとしたはずなのに、唐突に睡魔に襲われて、意識を刈り取られた。
鳴き終わって数秒後、獣は璃央の頬を肉球でプニプニ押してみる。反応はない。完全に寝入ったようだ。
獣は、もう確認は終わったと、窓を器用に開けて部屋を出て行った。
獣の姿は、次には、どことも分からない奇妙な空間にあった。
それはどこかの洋室。カッチカッチと時を刻む針の音。四方の壁に背の高い本棚が配置され隙間無く分厚い洋書が入れられている。
獣は部屋の中央の長机に飛び乗る。横のソファーには、血塗れの少年が寝かされていた。着衣は天宮学園の制服だ。上に、炭化して元の長さの半分にも満たない竹刀が置かれている。
「寝たか?」
声をかけられる。かけたのは壁よりの机に腰掛けて、分厚い洋書に目を通していたセイジ。
「にゃにゃ」
「よし」
短いやりとり。
「にゃ?」
「拾い物だ」
洋書を閉じて獣の元までやってくる。手には小さな革ベルトを持っている。それを確認すると、獣は首を伸ばす。セイジはそこにベルトを巻き付けて、隙間に折りたたんだ紙を挟んだ。
「ラフィルの元に運べ。手紙を読めばよくしてくれるだろ」
「にゃ!」
前足で敬礼。獣は少年の裾をくわえると、自分よりも遙かに大きいそれを悠々と引きずっていった。どこから出たのか、姿はもうない。
机へと戻り、机上に載せられた物を見る。
虐殺者のサングラスと血に濡れた鋼鉄の胸当て。胸当てをひっくり返せば『SGA-V1300』という刻印を見つける。
(どこの製品なんだ? これは聞いた方が早いか)
携帯で電話帳リストを上下させ『Crockett』を選択しようとして指を止めて一考。更に動かし『T.Kannnagi』に選択し直して通話ボタンを押した。
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