転神

 ハッと目を開ける。

 ちょうど自分から遠ざかる、金髪紫眼の少年の顔が最初に映った。

「せいじ・・・・・・さん?」

 璃央の声を聞いて、セイジは安堵の表情を浮かべる。

 手に熱を感じる。見れば、セイジと手を合わせていた。璃央の視線に気づいて、セイジは慌てた感じで手を離した。

「気分は?」

 頭が重い。身体がだるい。長湯した時のような吐き気がある。しかし、妙に心が温かい。

「よく、分かりません。でも・・・・・・」

 ヒルメを見失った後、長いこと酷いものを見続けた気がするが、最後になにやらすごく安堵したような気がする。それに。

「少しだけ、すっきりしました」

「そうか」

 記憶の激流の直中にあった璃央はセイジの誓言など聞こえていないし、それはセイジも分かっている。

(あれは本人に言わなくてもいい。言えたものでもない)

 結論づけて、セイジは立ち上がる。璃央が戻った今、例の件を片付けなければ終わらない。

「とりあえず、君はここら辺で隠れていてくれ。九曜・不破が動き出したとも聞く。運が良ければ保護してもらえる」

「星司さん――でいいですか?」

 呼び方だろう。

「カガトは止めてくれ。あまり、知られたい名でもないからな。カガトでなければ、なんでもいい」

「あ・・・・・・そう、ですね。それなら、これまで通りに星司さんで」

「うん。そうしてくれ」

「はい。それでですね、星司さん? 不破さんに保護されるくらいなら、このまま星司さんに護衛されていたいのですが」

「保護が嫌なのか?」

「はい」

 即答である。

「九曜頂・不破さんの御次男が、その、私の許嫁候補でして」

(保護した手柄で要求を通されても困る、か)

「分かった」

「なので・・・・・・え? いいんですか?」

「ああ。ただし、今度はちゃんとこっちの言うことは聞くように」

「はい♪」

 璃央はとてもうれしそうに笑みを浮かべた。セイジはそんな璃央から顔を反らす。頬が少し赤い。

 二人は倉庫の陰に隠れて移動し、問題の倉庫の戸口までやってくる。

 中からヴヴヴと低い機械音が響いてくる。

「ここか。リオ、戦闘中はどうしたい?」

「一緒に」

「そうか。ならシフトだけはするなよ?」

「シフト・・・・・・転神ですね?」

 半神の亜神化同様に、転生者にも力を引き出した状態がある。それをシフト、神州においては転神という。

 超越者としての過去における全盛期の肉体へと化身し、全力で超越者としての実力を発揮する。デメリットは、現在の肉体が全盛期の肉体と差違が大きい時、化身終了後に強烈な痛みを伴う。また、長時間の化身も出来ない。

「星司さんから見て、私は転神出来そうではないですか?」

「・・・・・・うん、まあ、その」

「どうしてそこで赤く・・・・・・ハッ?!」

 ヒルメが言っていたことを思い出した。

「胸が・・・・・・小さい・・・・・・」

 どんよりと、がっくりと肩を落とした璃央に、セイジはフォローを入れる。

「大丈夫だ。シフト後の姿はリンカーが成長可能な姿だ。もう少し成長出来る!」

「どうせ・・・・・・現状、小さいですよ」

 フォローになっていなかった。

「全体のバランスは悪くないのだから、そこまで落ち込むことでもないだろ?」

「じゃ、じゃあ、星司さんが知ってる他の女性転生者の方も、こんな感じなんですか?」

 問われて無言。セイジの目が泳ぐのを璃央は見た。

「い、いや、俺が知るのは一人だか二人程度で、そいつがたまたま・・・・・・コホン」

 咳払いを一つ。

「脱線させないでくれ」

「う、すみません。ともかく、転神はなしの方向で」

「ん。じゃあいくぞ?」

 戸を静かに開ける。

 中は明るく広い。学校の体育館としても使えそうだ。

 所々にGearのロゴが入ったコンテナがあり、身を隠すのにはちょうど良い。コンテナの陰を移動して奥へと進む。

「先程の隠れるのは使えないんですか?」

「あれは隠れることに徹するならいいんだが、状況に合わせて対応するには、ふさわしくはない。ある意味、迷彩服にも劣る」

 答え、コンテナの隙間から奥を覗く。

「な・・・・・・んだ? あれは」

 セイジが驚きを漏らす。同様に奥を覗き見た璃央が息を飲む。

 奥に、巨大な人影が胡座をかいて座っていた。

 それは、鋼鉄の板を皮膚に持つ巨人。塗装はされておらず無骨に青い皮膚を晒し、項垂れるように座る。その腹が魚の干物のように開き、人らしき姿が巨人の胎内から伸びる無数のコードで繋がれていた。

 繋がれる人は時折、ビクンビクンと跳ねている。跳ねるタイミングに連動しているものを探せば、巨人の胎内に向かわないコードが一本あり、その先にはガラス状の筒を備えた箱に繋がっている。

 ガラス状の筒には虹色に光る球体が浮かび、筒が箱に押し込まれる時に繋がれている人が跳ねている。既にすべて押し込まれた筒は二本。現在、三本目が半ばまで入ったところだ。

 セイジは確認がてら魔力の流れを確認する。

 まず人。巨人へと魔力が流出するだけで逆はない。あれではもう枯渇して死ぬだけか。

 巨人。どういう仕組みかは分からないが、人体に流れる時と同様のコースを保って魔力が流れている。魔力は色々混ざりすぎて人なのか超越者なのか判別がつかない。

(というか、あれは・・・・・・超越者なのか?)

 次にあの箱をと視線を動かして頬を引き攣らせた。

 虹色の球体は神魂にしか見えない。神魂から抽出したと思われる魔力がコードを通って巨人に流れ込んでいた。それは他の魔力と混ざって別物に変換されている。

「ReHumanProject?」

「りひゅうまん・・・・・・なんですか?」

 セイジの呟きを拾って、璃央は首をかしげる。その時、倉庫内に設置されていると思われるスピーカーから声が響き渡った。

【YahYah! ごカップル、入場来場センキューでぇす】

「なに?!」

 セイジは見回して、カメラを見つける。熊の木彫りが抱えていた。

【どうです? ツカサ君が見たら狂喜しそうな魔構ロボ。ご子息ならやはり父同様、旧暦然のロボット好きなんでしょうか?

 魔構はいいですよねえ。重力だのエネルギーだの空想科学でしか実現出来そうもない問題をいっぺんに片付けてくれますから、夢のロボット作っちゃいました!】

 再度、ロボを見れば、繋がれていた人が巨人の中にズルズルと引き込まれていく。完全に飲み込まれると腹が閉じ、頭部に単眼の輝きが灯る。

【これは捕獲したサイクロプスの剥製を加工したレア物なんですけどね? 中身は君も知ってる人物でして】

 ここで知ってる人物とか言われても思いつくのは一人しかいない。

「ろいどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 巨人が吼えた。

【あーはははははははははははははははは】

 巨人は吼えると共に立ち上がり、辺り構わず殴りだした。見えていない、というより、視界が理解出来ていないようだ。

「リオ、奴を倒すぞ。外に出す前にだ」

 そう言って、コートからビー玉を数個出して手渡す。購買で売っているものよりも輝きが強い。

「再構成した。今の君なら使えるはずだ」

「やってみます」

 璃央は入口側へと走り、セイジは巨人の前へと走り出た。

(ヘパイストス工房のキュクロプスよりも小さい。子供か? なんにしてもデカイことに変わりはないか)

 大きく振りかぶり、殴りつけてくる腕に向かって、右手で熱から生み出したマテリアル赤い輝きを叩きつける。爆炎、巨人が一瞬押されたように見えたが、すぐに反対の腕で殴りつけてきた。

 爆炎で広がった熱を左でさらって再構成。殴りつけてきた反対の手の甲に当て、生じた爆炎を利用して距離を取る。

 舌打ち。手応えがない。マテリアルを当てた場所は、無傷。

【無理無理、アメリカ軍有する最高のマテリアルボムにも耐えうる、プロテクト済みの装甲だよ? ただの公式もない破壊エネルギーじゃ傷なんかつかないって】

 耳障りな解説だ。

(マテリアルの効かない装甲? それだけ硬いと方ほっ!?)

 巨人の裏拳に吹き飛ばされる。防御は間に合わず、コンテナに叩きつけられた。

「づっ!」

 着地。骨は・・・・・・折れていない。

 爆発。巨人が大きく仰け反った。

 どこからか璃央が放った一撃が効いていた。

(やはり源理は効くか。それでもあの装甲にほとんど防がれるが)

「だが、いい威力だ」

 仰け反り巨人に隙が生じる。

 巨人の背後の回り込み、左足の関節部分に冷気から構成したマテリアル、青い輝きを放り込む。装甲の下が瞬間凍結された。

「エンチャント・パワー」

 左にガントレットを出現させ、拳を握り込み「フンッ」と殴りつける。巨人が左足を滑らせたように体勢を崩し背中から落ちてくる。コンテナに飛び乗ってこれを避ける。

 ずきりと左拳が痛む。骨が逝ったようだ。

(こいつ、力はそれほどでもないが、硬さは異常だ)

 右に柄を出し、琥珀の刃を構成する。

(斬りつけても効果はないだろうが、戦いようはある)

 急激な魔力の増大を感じ、巨人から距離を取る。巨人に、紅蓮の雨が降り注いだ。それは豪雨となって巨人の装甲をやや溶かす。

(さすがに魔力運用は上手い。父さんから習ったものが、記憶の半覚醒とビー玉崩しで今になって目を覚ましたか)

 コンテナに剣で傷を付けて移動を開始する。

 壁を切り、床を切り、コンテナを切り小さくても確実な傷を周囲につけていく。これはマーキングだ。

「レイ・オン・ハンド・・・・・・オーバーガード!」

 ガントレットに装甲が上乗せされ、甲冑部位が肩までを覆う。更に左拳で青い輝きを掴み凍結を引き起こす。すさまじい凍傷に奥歯を噛みしめて耐える。

 そして、起き上がった巨人に近づき、紅蓮の豪雨で熱せられ、先程凍結させて殴りつけた部位を更に殴りつける。

「砕けろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 バカンッ!

 すさまじい音を立てて、ぶっとい左足が宙を舞い、轟音と共に床を転がった。

「いっでええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 巨人から痛みを訴える叫びが轟いた。

 セイジの左腕を覆うガントレットは無傷。だが、セイジはダラリと腕を垂らす。

(腕一本犠牲にして、ようやく足一本か)

 再び立ち位置に傷をつけ、巨人から離れてコンテナの陰に隠れる。そこには璃央がマテリアルを握って集中をしていた。

 璃央から左腕を隠す。

「どうだ? 俺製のビー玉、結構いけるだろ?」

「癖になりそうです」

「いい答だ」

「次はどうします?」

「罠は張った。あとは奴を倉庫の中央までおびき寄せてはめる。

 奴の動きが止まったら伏せろ」

「分かりました」

 再び二手に分かれた。


 セイジと璃央が巨人と戦っている倉庫は、現在、鈍色の甲冑に身を包んだ烈士隊に包囲されていた。

 地を揺らす咆吼に爆音など響いていては、ここが問題の場所と喧伝しているようなものだ。

「正義様、配置完了しました」

 先頭に立って戸を前で待機する青年に敬礼をして、隊員が報告をする。

 不破正義。九曜頂不破の長男、烈士隊の中でも精鋭百人を率いる軍最強と呼ばれている男である。

 正義は背に背負った大太刀を抜き放つ。

「中が静かになり次第突入する。何者が戦っているか知らんが、巻き込まれる訳にはいかん」

「承知致しました」

 漁夫の利を狙え、それが上からの命令でもあった。


「地を這い進み絡め取れ――火蛇」

 璃央が放つ紅蓮の蛇が、放り出された巨人の右足に絡みつき、立つことも出来ずにもがく巨人をジリジリと引き寄せる。

 巨人は上半身を起こし、胸元がカパッと開いてそこに虹色の輝きが集中し出す。

「あれはイカン!」

 セイジはコンテナを蹴り飛ばし、巨人の頭にブチ当てる。と同時に、虹色の太い光線が璃央のいる位置よりも上へと解き放たれた。

 カッと光る虹の光線は、コンテナの反動で天井までを焼き切っていった。空いた穴から陽光が降り注ぐ。

【HAHAHA、神魂砲(仮)の威力はどうですか~?

 おっと、そろそろ時間のようです。この分じゃミヒャイル君も目的果たせそうにありませんし、今回、僕は帰らせていただきますね?】

「ろいどてめええええええええええ、ぜっってええええころすうううううううう」

【無理無理、だってもう機内ですから。

 でも大丈夫、君のデータはちゃんと受信してますから。

 ではツカサ君の坊やもまったねえん】

 途端、スピーカーが爆散した。

 ロイドの戯れ言は気にならないが、神魂砲という名前には興味を覚える。巨人の大暴れで床に落ちて転がるあの箱は、神魂入りの筒を既に二本使用済み。それとあの光線が連動しているとすれば、少なくともあと一発は撃ってくるはずである。

(使用される前になんとか)

 セイジは消失した天井を見上げ、璃央へと視線を移す。降り注ぐ陽光がスポットライトとなって璃央を照らす。

 ハッとして巨人を見れば、巨人が獰猛に嗤ったような気がした。

 巨人が上半身だけでバウンドして起き上がり両手をついて固定。再度、胸元に輝きが出現する。

 その行動は予想外。だが、巨人が飛び上がったせいで位置はズレた。

 セイジは長剣をコンテナにぶつけて破砕させる。

「咲き乱れろガーランド! 葬送の花環よ!」

 柄だけの剣を下から上へと振り上げる。

 壁から、床からコンテナから、琥珀の輝きが起爆し、琥珀の粉塵を巻き起こして無数の極薄の壁が生まれ出る。それらは巨人の全身を突き刺し切り刺し滅多切りにして固定する。串刺し刑の如く押し上げられ歪な花環を作り出す。

「あれは」

 璃央は明神裏で見た虐殺者二人が両断される場面を思い出す。自宅の襲撃時に見た攻撃よりも、こっちの方がしっくりくる。

 セイジはユラリと巨人と璃央の間に立ち、右手で左肩を掴むように構える。

 巨人は固定されて尚、反らされた上半身をググッと無理矢理戻そうとする。胸の輝きはまだ途絶えていない。

 セイジはその様子をまっすぐに見定める。そして、一気に自分を脱ぎ捨てる。

「シフトだ」


 セイジを中心に半神化とは異なる威圧感が吹き荒れる。

 紫の瞳はより暗く輝き、金色の髪はより明るく輝く。

 璃央は胸元のお守りがぼおっと光を灯すのを見る。

「明星、夕星、来い」

 押し殺された怒りを吐き出すその言葉は低く、鋭く、聞く者の臓腑を鷲掴む。

 天井を突き破り、二筋の銀光がセイジの前に浮遊するように止まる。それは二振りの直剣。一振りを口で噛み、一振りを右に持ち、柄頭同士を叩きつけて連結。両刃の槍へと姿となる。

「我(オレ)の名は天津甕星。この名を札に黄泉路を逝け」

 宣言。

 琥珀の壁の隙間へと踏み込み、超至近距離で開かれる胸へ向けて投げ槍の構えを取る。

「死ぬのはてめええだ! 化け物めえええええええええ!!!!」

「穿ち貫け、カカセオ」

 放たれる銀光と虹色の光線が激突。拮抗は一瞬。天津甕星は腕を振り抜く。銀光が巨人の胸から頭にかけてを飲み込んで背後に存在していた倉庫の半分もろとも吹き飛ばす。

 銀の閃光が空へと消えていった。


 銀光は消え、倉庫は半壊し、陽光が照りつける。

 倉庫を囲んでいた烈士隊の姿が露わになる。突然の大破壊に隊員達は腰を抜かしてガタガタ震え、出現した巨人の下半身とその前で振り抜いた姿のままの白衣の青年を凝視する。

 ガラスの割れる音がして琥珀の壁が一斉に砕け、残された巨人の身体が地に落ちる。中からコードに繋がれ声も発すことの出来ないほど衰弱したミヒャイルが投げ出された。

 その身体は顔も腕も機械化されており、煙を立ち上らせている。赤く光る目が巨人の上を吹き飛ばした張本人を見上げ、張本人はそれを見下す。

「貴様はただでは殺さん。この国の法で、裁かれろ」

 吐き捨て、背を向け歩き出す。璃央の下へと。

 璃央の前に立ち、一度目を閉じて開けば威圧感は消え、髪と眼の輝きも元に戻る。同時に璃央のお守りも光を失った。

「がんばったな、リオ」

「星司さんも、お疲れ様です。でもずるいですよ? シフトなんて」

「俺はいいんだ。少し老けるだけだからな」

 璃央はセイジの左腕を見て、手を添える。

「まだ私では治すことは出来ませんが、痛みを消すくらいなら」


 戸をゆっくりと開け正義は中へと入り込む。

 音を立てず、陰を進み、進んだ先でソレを目撃する。

 天宮璃央と白衣の少年。そして、璃央が少年の腕に触れた時、彼女の周囲の陽光が強くなったことを。


「これでよし、です」

「動かないぞ?」

「だから治ってませんって。で」

 璃央とセイジは共にコンテナの陰へと視線を送る。

「仕事しろ」

「仕事してください」

 揃ってそう言った。

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