ナイトライド・他

国際通りと国道四号の合流地点で信号に捕まる。夜露でブレーキが少し鳴った。昔、この道を辿って仙台まで行ったことを思い出す。内装三段のママチャリ、どこへやったっけ……。私はあの時誰に会いに行ったんだっけ? 街灯のない荒川沿いの暗闇。そこに彼女が見える? 何故。私の姿も見えないというのに。





聞き憶えのない音楽が窓を開け放った部屋まで届くとき、そして、その音色が湿った哀愁を帯びて私たちの心に旧い黴の匂いを運んでくるとき、私たちは屹度音に溶け込み、薄暗い路地の、街灯も届かない隅っこを旅するのだ。暗やみのなかで黴の胞子もそれを聞くだろうか。どこにも行けない私たちみたいに。





浜辺に流れ着いた壜には蟹が詰まっていた。拾い上げるとまだ生きていて、脚がガラスを掻いてかりかりと滑った。その様子がもどかしくて壜を開けてやった。窮屈そうな躰を引っ張りだすとき、掴んだ鋏が片方捥げた。蟹はぷくぷくと泡を吐きながら去っていった。脚も捥いでおけばよかったと少し後悔した。





部屋へ帰ると床で蜂が死んでいた。幼少時から幾分成長を果たした私は、この蜂をミキサーにかけても蜂蜜にならないことは承知していた。ただ摘み上げる際、ふと本当だろうか? という問いが過ぎった。目を閉じ、蜂が砕けて少しずつ透明な蜜へ蕩けるさまを思い浮かべた。それは追悼に見えたかもしれない。





大学時代のある先輩は金印を文鎮に使っていた。私は先輩と仲が良かった気がするし、飲み屋で何事かを数時間語り合った気もするし、彼の部屋へも幾度か遊びに行った気もするし、何なら酔いに任せて数回は寝た気もするが、今ではその金印の、いかにも偽物らしいつるりとした輝きだけが記憶に残っている。

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