一・牧場・他 ※暴力描写有り

かつてここで誰かが、おそらくは殺されたのであろうが――死に、一月に一度一輪だけ花が手向けられ、あるときからそれは二輪に増えた。朝見掛けた路傍の花は、いつも夕方には風に飛ばされてしまっていた。ここに花を捧げる人間を直接見たことは一度もなく、また見ようとも思わなかった。花はもうない。





鋼鉄の牧場は高い塀に囲われた窓のない立方体で、唯一の出入口の傍には常に欠伸を必死で噛み殺しているような貌の警備員が詰め、牧場を覗こうとする餓鬼共を手にした警棒で日々律儀に撲殺し続けている。建物から漂う獣臭はまさに牧場そのものだが、実際に中で何が行われているか知る者は一人もいない。





どこかから忘れられたような声が届く。日はまだ短く、街が橙に染まる頃には皆上衣の襟を掻き合わせる。私は欄干に寄り掛かって、うとうとと水流を眺めている。吐息に吹き消される程の声が、しかし確かに聞こえるのはそんなときだ。私は目を上げる。急ぎ足の某もふと空を見る。もう夜の藍が満ちている。





終電車の微かな音が、屋上へ続く外階段の踊り場まで聞こえてくる。電車は夜から取り残されたように煌々と灯る眼下の駅へ滑り込み、まばらな乗客を吐き出す。気付けばそれを眺めていた。そうして私は屋上の扉に掛けた手を離し、階段を部屋まで引き返していく。今夜は、久し振りに夢を見られる気がした。





誰からも必要とされない人間になりたい。そう思ったから私は仕事を辞めて、城崎温泉へ向かうことにした。月元駅のガード下には幸福以外の何もかもがある。地下のホームの蛍光灯は残らず盗まれ、柔らかい暗闇に満ちていた。電車の近づく振動が建付けの悪い床から伝わる。揺籠に抱かれるように私は眠る。

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