白昼・百景・他

私は潮の匂いのする広い道路を歩いていた。人の居ない真っすぐな道だった。時折大型トラックが轟音と共に通り過ぎる所を見るに、どこかのバイパスかもしれない。匂いに誘われるように海岸へ出た。季節の過ぎた白く寂しい砂浜で、やはり白骨がみっしりと敷き詰まっていた。私もこの一部になるのだろう。





エタノールに砂糖をぶち込んだような味のブランデーを干すと店を出た。粘着質な空気に包まれて漂う吐瀉物の匂いに誘われ、今晩の酒が大挙して食道を駆け上って来るに任せて、俺は路傍に嘔吐した。丁度俺を誘ったの真上に掛ったそれを見て、火を付けたらフランベ出来るかなと思いながら意識を失った。





わたしは経路のなかにいる。この道はどこへも続いていないか、あるいはどこかへ辿り着くとしても、辿り着きたいところへは決して続いていないのだともう気付いている。それでもわたしの足は軽い。それは行進する軍隊の軽さだ。つねに従属と諦念となけなしの皮肉の慰撫が、足を上げさせるだけの軽さだ。





三月の、白く乾いた砂利の小道が、彩りをやや抑えた気味の緑の木陰を摺り抜け消える。さりさりと爪先で砂を弄びながら、薄い陰の向うをじっと見つめてこの道の行く先を夢想しつつ、しかし私は決してそれを確かめようとはしない。潜在が顕在より、未来が現在よりつねに豊かであることを知っているから。





微かに揺れる。音がする。音はまだ鳴らないままぼくを誘う。山肌の家々、峡谷を柔らかに照らす青白い陽光、うずくまる住宅街を往く。車窓は街の間隙を縫って滑る。音が次第に大きな無音の轟きへと変わる。微かに揺れる。移ろう風景に抱かれて、ぼくはまだ静かに立っている。千年後もきっとそうだろう。

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