夢で見た街(ツイノベ集)

けいろ

まとめ

梅雨・夜道・廊下・春愁・夕陽

学校近くの植込から、姫紫苑の淡紫の花弁が微かに覗いていた。梅雨晴れの空には鈍色の雲が重く流れ、もう山の方角を塗り潰している。私は帰りを急がねばならなかったが、途上にて、目についたその小花の色彩に足を停めた。まだ蟬の鳴かない街の夕暮は静閑としている。私はそうして、遠い雨音を聴いた。





人家らしき灯りが、夜道にぼんやりと浮かぶ。近づいてみるとやはり家が一軒ある。辺りは暗く静かに沈み、光はその家の煤けた門灯一つである。家の扉が開いていると解る。中は暗々と闇に落ちている。這い寄る不安とは無関係に、身体が脚を運ぶ。玄関へ入ると、門灯が吐息を漏らすように、背後で消える。





薄暗い廊下に教室の扉が等間隔に浮かんでいる。きゅっきゅと音をたてながら進んでいるのは、誰もいない校舎が怖いからだ。下校時刻はまだの筈だった。やっと、前から歩いてくる女生徒が見える。こんにちは、上原うえはら先輩と話しかけられて、私は咄嗟に、かみはらだよ、と訂正した。彼女に見覚えはなかった。





催花雨が降る。窓の外は白い。街は霧のように細かい雨に埋もれている。私は、急に心細くなってしまった。暫く、ぼんやりと靄がかった街を眺めていると、教室の扉がからりと開く。三上がいた。ちょっと驚いた様子で、早いね、上原さんと言った。それで私はなんだか可笑しくなって、うん、とだけ返した。





夕陽は総てを焼き尽すような強烈さで、僕の部屋に差し込んでいた。あなたはその暴力的なまでの光を背に受けて座り込んでいた。ねえ、一度も死を望んだことのない人が、世界が色彩を失ってしまう程の悲しさを味わったことのない人が、本当に解ることなんて、何もないんだよ。あなたはそういって俯いた。

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