06.


 夜が明ける。太陽の光が青い空を真っ赤に染め上げていくのを眺めながら、成美はぐっと背筋をのばす。


「あら、おはやい起床ですこと」


「……おはよう、小雪」


「おはようございます。いつもこの時間に起きてますの?」


「まぁね、学校行く前にランニングするのが日課なんだ」


 現在の時刻6時を少し過ぎたところ。成美は、ランニング用のジャージに着替えると歯を磨き、顔を洗って玄関を出る。それまでずっと小雪が傍にいるので、どうやら彼女もランニングについてくるようだ。


「どれくらい走りますの?」


「あそこに山がみえるでしょ」


「あら、まさか山頂まで走ってるなんておっしゃらないわよね?」


「まさか。あの山のふもとに小さな鳥居があるのよ。そこまでかな」


 少し欠けた石段に古びた鳥居、小さな祠があるのを思い出しながら成美は答える。すると、小雪はなにか考えるような仕草をしたあと子供に言い聞かせる親のような真剣な瞳で成美を見上げた。


「あそこにはアレの天敵が住んでますの。アレに関わりがあるって知ったら成美もどうなるかわかりませんわ。お気をつけくださいませ」


「ありがとう、気をつける。アレって土御門さんのことだよね? 天敵ってなにかやったの」


「詳しくは知りませんけど、あちらに何かしたみたいですわよ」


 たしかに、昨日の土御門の成美への態度はお客さまにするようなものではなかった。上から目線で、偉そうな口調に「いらっしゃいませ」の一言もない。普通のコンビニならクレームものだろう。


(……そういえば、明日も来いって言われてたっけ)


 最後に言われた言葉を思い出し、成美は頬をかく。彼と結衣を引き合わせるのは、なんとなく気がすすまない。それは彼の態度のせいなのか、はたまた妖という存在のせいなのか検討はつかない。

 ちらり、と傍にいる小雪をみつめる。


「いきませんの?」


「……いくよ」


 結衣を土御門のところに連れていくのは、一通り説明して小雪を見せてからの方がいいかもしれない。そう思いながら成美は、空を見上げて走り出した。




 かちこち、かちかち、と時計の針の音が教室に響く。ノートにシャーペンが走る音、少しの話し声。心地よい静けさを遮るように、4限が終わる鐘の音が鳴った。


「そのプリントは次の授業までの課題だから、忘れるなよ」


 そう言い残し先生は教室を去っていく。やっと1日の半分が終わったことに成美は、先ほどの授業の教科書を片付けもせずに机へと突っ伏した。


「やっとご飯だ」


「やっとだね、お昼食べに行こう?」


「うん」


 結衣に声をかけられ、成美は嬉しそうにカバンからお弁当箱を取り出した。今日は夏生お手製のお弁当だ。昨日のこともあって、きっと中は豪勢なものがあるに違いない。そう思うと憂鬱な授業さえ乗り越えられる。


「なんか今日はご機嫌だね」


「へへ、今日は兄貴のお弁当なんだ」


「夏生さんの!」


 伝えたあとに、成美はしまった! と思った。案の定、結衣はこちらを物欲しそうに見つめている。

 好きな人の手料理、それはもちろん食べられるなら食べたいだろう。夏生の料理は、唯一成美が褒めてもいいと思っているほど、絶品なものだ。できれば結衣にさえあげたくないと思うのだが……。


「……一口、食べる?」


「いいの?」


「ただ、ひとつ条件」


「いいよ! 夏生さんの料理が食べられるなら、なんでもする」


 結衣の答えにニヤリと成美は笑うと同時に彼女の「なんでも」という言葉に、これから先夏生を交換条件に出されたら危ない条件を出されても引きつけそうで、それが少し心配になった。


「これから、少し突飛な話をするけれど、信じて受け入れて欲しいの」


「…………わかった」


「とりあえず、いつもの場所に着いたら話すね」


 結衣がコクリと頷くのをみて、成美達はいつもお昼を食べている場所へと向かった。

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