あやかしコンビニ

六連 みどり

00.???


 絶対絶命。


 そんな状況なんて、そうそう起こるはずもないし起こりえるのは漫画の主人公だけだと西條成美さいじょうなるみは、思っていた。

 地上からはるか上空。人や車が、ミニチュア模型に見えてしまうほどの高さに成美はいた。ときおり、冷たく空を切るように激しい風が吹くと、建物の中にいるのではないと思い知らされる。


「こわいか? むすめ」


 バリトンのきいた低い声が、耳元で囁く。

 同じ状況の中にいるというのに、ただ冷静に問いかけられ、成美はガタガタと震える自身の唇を噛みしめた。

 こわいに決まっている。こんなにも高いところに腕一本で支えられている状況に普通の人間なら誰しもこわいと感じるはずだ。

 華奢な成美の肩がふるえ、表情はひどく青ざめている。そんな彼女をみて、微かにソイツは笑う。


「脆弱な人の子など、ここから落ちればひとたまりもないだろうな」


「……っ! やめて」


 一瞬、腕の力が弱くなったように感じ、成美は我慢できずに悲痛な声をあげて、後ろを振り返る。

 そこには、短めの黒い髪に仮面で目元まで隠した青年がいた。人間に近い形をしているが、彼は人間ではない。彼の背中にある黒く大きな翼が人ならざるモノだと教えてくれている。

 つい最近、人ならざるモノ"あやかし"というものが、この世に本当に存在していることを知った。「在ると思わなければ視れないのがあやかしだ」とあやかしの存在を教えてくれた人が言っていた気がする。

 成美は、その人物を頭の中に思い浮かべながらあやかしの腕を強くつかんだ。


「我は主さまに人の子を届ける任がある。せっかく掴まえたものを自ら手放すわけなかろうに……」


 成美の怯えた様子に、愉快だとあやかしは笑う。


「恨むなら、あやつを恨めよ。主さまの一部を奪ったキツネを、な?」


 キツネと呼ばれた者が誰だかわからず、成美は首を傾げる。誰のことをさすのかはわからないが、あやかしはそのキツネのことを相当憎んでいることが、声色から読みとれた。


「そろそろ、お山にいくぞ」


 バサリ、と黒く大きな翼が風を切る。急に動き出したあやかしの腕にすがるようにつかむと、つよく目を瞑った。

 どうしてこんな目にあっているのか、ここ数ヶ月におきた奇妙な出来事が頭をよぎる。

 あれはそう、慣れ親しんだ町のなかで古びたコンビニを見つけて彼に出会ってしまったことが、すべてのはじまりだった……。

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