第1怪 ストーカー男の撃退法

01.


「たすけて欲しいの」


 よく晴れた春の日のことだった。いつものように電車で一時間もかかる学校に登校してきて、いつものように授業をうける。なんでもない日常のひとコマを西條成美さいじょうなるみは過ごしていた。

 そのはずだった、この友人の一言がなければ今日一日平和に過ごすことができたのだろう。


「どうしたの、ゆいちゃん」


 ゆいちゃんこと、佐々木結衣ささきゆいは成美の高校入学からずっと仲のいい友人だ。綺麗な黒髪は背中まで伸び、整った顔立ちに真珠のように白い肌。頭も良く、美術の才能も音楽の才能もある彼女は男女に非常に人気だ。運動神経もよく明るい成美とは正反対だからか、彼女と一緒にいると心地が良いと感じていた。


「あのね……お願い! しばらく一緒に帰ってくれないかな?」


 ぱちくり、と二度瞬きをした成美は祈るように手を合わせてお願いをしてくる結衣をみつめた。彼女と成美の家の距離を思い浮かべては首を傾げる。


「え、ゆいちゃんって私と帰り反対だよね?」


「そうなんだけど……だめ、かな」


 不安そうな表情で見つめてくる結衣に、成美は静かに首をふる。


「だめじゃないよ、一緒に帰ろう」


「ありがとう!」


「でも、なにかあったの?」


「……あ、えっとね」


 結衣は、ゆっくりと何があったのか語りはじめた。どうやら、最寄りの駅から家までの道のりを誰かにつけられている気がして怖いのだという「くらい夜道に誰かが後ろをついてくる気配がする」そう言った結衣の肩は微かに震えていた。


「そのこと、家族の人は知ってるの?」


「うん、一応しってる。でも共働きで忙しいし、一人っ子だから頼れる人は成美くらいしかいなくて……」


「そっか……ストーカーに心当たりとかは?」


「ない……」


「んー、とりあえず警察と先生にも一応相談しよう?」


 警察と先生に相談しておけば、たとえ今なにも動いてくれないとしても、なにかあった時に対処がしやすくなる。そう思っての言葉だったが、結衣はひどく怯えた様子で首をはげしく振った。


「だめ」


「……どうして?」


 それっきり何も答えてくれなくなった結衣の震える手を掴むと安心させるようにニコリと成美は笑顔をむけた。


「結衣、この後ちょっと時間ある?」


「うん、あるけど」


「じゃあ、ちょっとカラオケいかない?」


 彼女のカバンを手に取り、そのまま教室の外へと連れ出す。


「え、でも……!」


 早足で歩く成美に結衣は足がもつれそうになりながらもついていく。成美が早足で歩くのは、どこからストーカーに追われているのかわからないといのもあるしカラオケに行って不安そうな彼女の顔を少しでも元気づけたいという気持ちがあった。

 それにカラオケなら人目を気にせず話ができる。


「帰りちゃんと送るから、なんなら兄貴呼んで遅らせようか?」


「えっ! 夏生なつきさんに……?」


 きらりと、結衣の瞳が輝く。夏生さんとは成美の兄である西條夏生さいじょうなつきのことだ。大学二年で運転免許を持っているので良い足代わりになる。カラオケが終わるころに車で送ってもらえれば結衣も安心するだろう。

 さらに結衣は夏生のことが好きだというし、元気がないときには恋という特効薬が効果的だ。結衣の表情をみて成美は改めて確信した。

 けれど結衣もめんどくさがりでだらけものの夏生を選ぶとは、美人なのに勿体無いと心底思う。はたしてアレのどこがいいのか。


「兄貴に連絡しておくね」


「うん、ありがとう」


 18時ごろ迎えに来て、なんて送るとあの夏生のことだ。無視をするか嫌だと拒否されるのは容易に想像できる。なので、私は美女を送ってあげて欲しいと書いて送った。すると数秒後には夏生にしては早い返信が返ってくる。答えはもちろんイエスで「結衣ちゃんか!」といつもはつけるはずのない喜びを表した絵文字と一緒に送られてきたのをみると、夏生も結衣という美女を送るのは嬉しいのだということがわかる。


「……迎えに来てくれそうだよ」


「嬉しい」


 ふんわりと結衣は笑う。その笑顔は、同性である成美でさえ思わずときめいてしまうほど可愛らしいものだった。彼女を守ってあげなくちゃ。成美はそう決心すると結衣の手をきゅっと握った。


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