02.

 駅から歩いて数十分。田舎にしては車通りの多いそこにカラオケ店がある。二階建てになっているが少しばかり小さい店舗のそこは、この辺では一番大きなところだ。

 会員証をかざし諸々の手続きをすませると飲み物をもって指定された部屋へと入る。二二五号室のそこは角部屋で人があまり通らない。詳しいことを聞くには絶好の場所だった。

 ソファに腰掛け、持ってきた炭酸水を一口飲む。しゅわしゅわと口の中で炭酸水が弾けるのを感じながら成美は、結衣に問いかけた。


「それで、なんで警察とかに相談したくないの?」


「えっと」


 戸惑うように、結衣は周りを意味もなく見渡す。部屋の外にも誰もいないことを確認してから彼女はゆっくりと話しはじめた。


「殺す」


「え?」


 美女からとんでもない一言に、びくりと肩を揺らした。思わず聞き返すと彼女は眉をぎゅっと寄せ眉間にしわを刻んだ。


「先生や警察に話したら、友達を全員殺してやる。そういう手紙がポストの中に入ってたの」


「……その手紙は?」


「一応、取ってあるよ。いまは持ってないけど、写真なら……」


 結衣はそう言うと携帯を取り出すと一枚の写真を見せてくれた。真っ白な封筒に、デジタル文字で刻まれた感情のない殺すという言葉にどこか恐ろしさを感じた。


「封筒の裏ってどうなってた?」


「……次の画像に撮ってあるよ」


 見たくないと目をそらしながら結衣は言う。成美はそのまま画面を横にスワイプすると次の画像が現れた。テーブルの上に置かれた一枚の真っ白な封筒。その白さはとある問題を証明するには十分なものだった。


「住所、書いてないね」


 郵便で配達するのに必要な送り先の住所が一切書かれていないのだ。つまりは、この手紙の送り主は家のポストに直接投函したことになる。


 ストーカーに家がバレている。


 その問題に成美は、ふるりと体を震わせた。安心できるはずの家でも結衣は安心することができない。ストーカーという脅威に怯え続けるのはどんなにツライことだろうか。

 想像するだけでこんなにも体が震えるのに……。


「友達を……成美たちを危険な目に合わせたくない。だから警察にも先生にも相談しないでほしいの」


「結衣……」


 彼女の友達を想う優しさにキュッと胸が痛む。痛む胸を手でおさえながら成美はゆっくりと頷いた。


「わかった、結衣の気持ちを尊重するよ。でもねヤバいって思ったら私が全部言うからね?」


「……成美、ありがとう」


「いいえ! ほら、せっかくカラオケきたし歌おう〜」


 マイクを結衣に渡すと不安そうだった表情からまだ少しかたいけれど笑顔をみせる。そのことにホッと安心しながら成美は、画面にうつる歌詞をながめた。




 プルルルル、と部屋の電話が鳴り響く。結衣が楽しそうに歌っているのを聴きながら電話に出ると店員さんから、終了時間が五分前を知らせる電話だった。わかってはいたが楽しい時間とは早く過ぎ去るもので成美と結衣はどこか寂しそうに笑い合い、最後の一曲を一緒に歌った。


 会計をすませ店を出ると外は、ネオンの光とほんの少しの星の光で包まれていた。すっかりと夜の町へと変わった風景をながめる。


「成美ー!」


 誰かに呼ばれ成美は辺りを見回すと、車から短髪の男性が降りてきた。黒いパーカーを着たその人こそ成美の兄である夏生だ。


「早いね」


「そりゃ結衣ちゃんを待たせるわけにはいかないからね」


 調子のいいことをいう夏生を睨むと小さくため息をついて彼の背中を強くたたいた。


「結衣のこと頼むよ。私の大切な友人なんだからね」


「わかってる、心配ない」


 そんな風に言ってはいるが、夏生の口元が少しばかり緩んでいるのをみると信用ができないが、いま頼れる人が彼しかいないのだ仕方がない。

 夏生は助手席に結衣を案内するといつもはしない女性のためにドアを開けるという行動をし始めた。呆気にとられながら助手席に結衣が乗るまで眺めていると、夏生はくるりと成美を振り返った。


「お前は、一緒に帰るのか?」


 そう聞きながらも彼の表情は一緒に来るなと言っている。結衣のために二人っきりにしてあげようと思っていたが、男性側から言われるのは少しばかり面白くない。


「用事あるから私はいいや」


「そうか」


 きっと夏生はいま、内心ガッツポーズをとっているに違いない。成美の気が変わらぬうちにと、少し慌てながらも運転席へと座ると夏生は運転席側の窓を開けた。


「んじゃ、気をつけて帰れよ」


「兄貴も安全運転でお願いね」


「任せておけよ」


「心配だなぁ……。じゃあ結衣、またね。家はいるときも気をつけて」


「うん、今日はありがとね。成美も気をつけて」


「うん」


 ばいばい、と手を振る結衣を見ながら結衣を乗せた車はどんどん遠くへと行ってしまう。車が見えなくなってから成美は家へ帰るため駅へと歩き出した。

 ここから家まで電車で30分はかかる。そして、電車が来るのも30分かかる。過ぎ去る車のライトを眺めながら、成美はぼんやりと思った。


「結衣、大丈夫かな」


 彼女を早く安心させてあげたい。けれど、女性の成美では彼女を満足に守ることなどできない。それがひどくもどかしいと成美は感じていた。


「なにかわたしにもできないかな……」


——リィン


 そう呟いた瞬間、どこからか鈴の音が響いた。空気を震わせるほど大きなその音に驚いて辺りを見回した。周りにちらほらと歩いていた人も車もまるで、神隠しにあったかのように消えてしまっている。いや、そもそも辺り一面が白いモヤに覆われていて、何もみることができない。


「え、なに、なんなの!?」


 どこもかしこも真っ白な空間にあちこち見回す。少しずつ白いモヤが薄れていき視界がはっきりとしてくると成美の目の前に建物の影が見え始めた。

 少し古びたレンガは所々欠けていて、薄汚れた看板には"カクリヨ"と書かれていた。見た目はどこにでもあるコンビニだ。ただ、カクリヨなんてコンビニ名は聞いたことがなかった。

 そもそも先ほどまで普通の道を歩いていたはずなのに、目の前には見たことのないコンビニがある。そんな奇怪な光景に成美は少し首を傾げたあとなにかを閃いたかのようにポンと手をならした。


「そうか、これは夢だ」


 夢で片付けてしまえば、車も町も歩いてた人々も突然消えてしまったことも目の前にあるコンビニのことも全て違和感なく繋げることができる。


「そうと決まれば、起きなきゃ」


 現実ではかなりの時間が経っていて、春といえど夜は冷える。そんな寒空の下でか弱い女の子が道ばたで寝ているなんてありえないことだ。だからこそ早く起きたいのだが、頬をつねってみても痛いだけで起きることはない。

 どうしようか、とうんうん唸っているとふいにコンビニの扉が開いた。

 そこから現れたのはカクリヨと書かれた文字に白と黒の制服をきたコンビニの店員と思われる男性だった。

 背中くらいまでの長い髪を一つに束ねたその髪色は朝焼けの空のように美しく、優しそうな瞳は夜空に浮かぶ月のように綺麗な金色だ。

 ぱちり、と金色の瞳と目が合ってしまった。男性は目を大きく開かせるとゆったりとした動作で歩き、成美の腕を掴んだ。


「……お客さま、でしょうか?」


「え?」


 男性の姿に見惚れていた成美は、男性がなんと言ったのか聞き取ることが出来ず思わず聞き返してしまう。


「お客さまですね! ハル様、お客さまです。お客さまがいらっしゃいました!」


「え!? ちょ、ちょっと」


 優しく掴まれていた腕は強いものと変わり、グイグイと店内へと導かれる。成美の制止の声も聞かずに引っ張られた成美は、店の奥へと連れていかれてしまう。

 無情にも外へと繋がる自動ドアはしまり。外の世界を閉ざしてしまった。


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