03.
「ここで少しお待ちください」
そう言って店員はどこかへと言ってしまった。キョロキョロ、と成美は辺りを見回す。外観は古くなっていたが店内は掃除が行き届いているのか意外と綺麗なものだった。
窓側の棚には雑誌や雑貨。中央にはお菓子やスナック。奥の棚には飲料やおにぎり。普通のコンビニと変わらないホッとしつつ、何気なくレジの方に視線を向けた。
(……缶詰め?)
レジの奥、普通のコンビニならタバコが並んでいるはずのそこには古びたものから新しいものなど様々な缶詰めが並んでいた。不思議な光景に怪訝な顔をした成美は、その缶詰めが何なのかレジの奥をよくみようとしたその時、レジ下で何かがモゾリとうごめいた。
「ひっ!?」
思わず後ろへと飛びのく。何かとてつもなく大きなものがそこにいた。
ガタガタ、と何かがうごめく音がするたびに成美の肩が揺れる。20分は経ったただろうか、それくらい長く感じるほどソレはずっと動いていて、ついにピタリと止まった。
(……いなくなった?)
シンッと静まり返った店内。あれほど驚かせていた音も聞こえず、成美はおそるおそるレジを覗こうとして——……。
「お客様? どうかされました?」
「ぎゃあっ!?」
女性が出した声とは思えないほど、大きな声が店内に響き渡った。後ろを振り返ると、申し訳なさそうに先ほどの店員が立っている。
「驚かせてしまったみたいですみません。大変お待たせいたしました」
「いえ……こちらこそ、大きな声を出してしまいすみません」
「他のお客様もいらっしゃってませんし、それはお気になさらず……ただオーナーの方が見当たらずまだ、お客様の相談に乗ることができないのですが」
「相談?」
店員の相談という言葉が理解できず首をかしげる。店員も成美の疑問の声の意味がわからないのだろう訝しげな顔をしていた。
「お客様、もしかして」
ガタリ、店員の声をかき消すようにレジ奥の音が再びなり始めた。大きな音は鳴りやまない。またあのうごめく黒いものがいるのだと思うと背筋がゾッとする。
みかねた店員は、大きなため息……いや、安心したような息をはきレジに近づいた。
「店員さん、危ないですよ!?」
伸ばした手は空を切る。店員は、レジを覗き込むと穏やかな笑みをしてみせた。
その表情を成美は呆然とみつめる。どうしてあの不可思議な物体にそんな顔ができるのだろうか。
「こんなところにいたのですね、ハル様」
"ハル様"そう呼ばれたソレは、ピタリと意味なく動くのをやめ、ゆっくりと起き上がった。
黒いものは、ふわふわとした毛布でソレが起き上がった瞬間にはらりとはだける。毛布の中から現れたのは、店員と同じくらい美しい黒髪の人だった。
黒く艶やかな髪は床に散らばるほど長く、しばらく日に当たっていないのか雪のように真っ白な肌にシュッとした顔。下まつげは長く、それに隠れるかのように右側の目には三つの黒子があった。
女性か男性か、わからないほどに美しいその人と視線が合った瞬間、成美は息をのんだ。
「…………
「はい」
「誰だ」
見た目とはそぐわないほど低い声を聴いてはじめて、その人が男性なのだとわかる。
しかしながら、初対面の相手に対して指をさすのとその一言はどうなのだろう。
「お客様ですよ、ハル様」
「……客?これが……?」
「はい、裏口からいらっしゃいましたし間違いありませんよ」
「ほう」
"ハル様"と呼ばれた男性は、まるで値踏みをするように成美を眺めると口元をニヤリと歪めた。
店員であるあの人が彼に成美のことを客と説明しているのをみると彼もここのお店の関係者なのだろうか。
「おい、そこのお前、名は?」
「……は?」
突然に名前を聞かれ、つい聞き返してしまう。そんな成美の様子に、店員が"ハル様"に向かって一言、二言耳打ちすると"ハル様"は、こくりと頷いた。
「失礼、私はこの"カクリヨ"のオーナーである
「
「あ、はい。よろしくお願いします?」
急に始まった自己紹介に首を傾げながらも成美は、蒼が頭を下げているのをならって自身も頭を下げた。
「で? お前の名は?」
「……西條成美ですけど」
相手に名乗られ、自分も名乗らないわけにはいかず渋々答えると2人に妙な顔をされた。そんなにもこの名前はおかしいだろうか、いたってどこにでもある普通の名前だろうにと成美は眉を不愉快そうに寄せながら思う。
「西條成美……? ずいぶんと人間くさい名だな」
「は……人間ですよ?」
「は?」
ぱちくりと、土御門の目蓋が2、3度閉じたり開いたりを繰り返す。人間以外のものとはなんだろうか、ここには動物が紛れ込んだりするのだろうか。そんな疑問を成美は抱き、怪訝そうに土御門をみつめる。
「え、それ以外に何かあるんですか?」
成美が質問したにもかかわらず、土御門はなにかを考えるように顎に手をのせジッと成美をみつめた。まるで、難解な間違いさがしでもしているかのような表情をしている。
「……まぁ、いい。とりあえず、聞かせてもらおうか」
「なにをですか?」
「なにを、だと?……蒼、コレは客のはずじゃないのか」
「お客様のはずですよ。裏口からいらっしゃいましたし」
どこか剣呑な雰囲気が漂う。
蒼の"裏口"という言葉にひっかかりを覚えた成美は、意見をするためにおそるおそる手をあげた。
「あのぅ……私が入ってきたのってそこの入り口からですよ?」
コンビニの入り口にある自動ドアを指差す。
「……蒼のいうとおり客だな」
「そうですよ。久しぶりに裏口からいらっしゃったお客様です」
彼らの会話がよく理解できず、頭がぐるぐると意味もなく回転する。成美は彼らの会話を聞くのをやめ、今日の晩御飯はなんだろうかと別のことを考えはじめた。いわゆる、現実逃避、いやここは夢の中だから夢逃避だろうか。
「ならば、コレに自覚がないだけだろうな。いつもならお帰りいただくところだが…………」
「今度いつ、お客様がいらっしゃるかわかりませんし、出来れば帰したくないなと勝手ながら思うのですが」
「あぁ、私も同意見だ」
話が終わったのか、2人同時にくるりと成美を振り返る。にっこりと笑顔の蒼は笑顔なのに何故だか怖く感じ、土御門にいたっては獲物を狙うハイエナのようなそんな怖い瞳をしている。
「お前、さきほどアレが気になっていただろう」
土御門が指さしたのは、レジ奥に並ぶ缶詰めだった。たしかに、あの缶詰めが気になってレジに近づきうごめく
「僕が声をかけるまで気づかないほど夢中になられてましたよね?」
違う、違うと、成美は首を振っているのに彼らはまるで見えていないかのように話しを進めていく。
「久しぶりの客であるお前には、アレがなんなのか特別に教えてやろう」
土御門は、缶詰めをひとつとるとよく見えるように成美の近くまで持ってきた。新しいものなのか、他のものと比べると錆びが少なく銀色に輝いていた。缶詰めの側面には、不思議な文字で書かれた紙と雪の結晶のマークが貼られている。
目が離せなくなっている成美に、土御門はニヤリと口元を歪め、コン、コン、コンと、ノックをするように缶詰めを軽く叩いた。
「これは、アヤカシ缶。この中には、アヤカシが入っている」
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