04.
「あやかし?」
「"あやかし"いわゆる妖怪と呼ばれるものだ。数々の本や漫画、アニメなんかに使われているのだから少しくらいは、わかるだろう?」
「妖怪……天狗とか河童とかのですか?」
「あぁ、その妖怪がこの缶詰めの中に入っている」
なんとも不思議な話だ。妖怪なんて今まで見たこともないし、幽霊よりも信憑性のない存在だ。それがその小さな缶詰めの中に入っているとなると詐欺のように思えてくる。
成美のそんな思考を読んだのか、はたまた表情に出てしまっていたのか土御門は綺麗な顔を歪ませると蒼を呼んだ。
「少し開けるから、気をつけろ」
「……わかりました」
——シャン、シャン
蒼の返事とともに鈴の音が聴こえた。普通の鈴の音とは違う清らかな音は、店内の空気を変えていく。真夏に浴びた冷たい水のようにさっぱりとした空気に成美は、自然と深呼吸をしてしまう。
「どうも信じられないみたいだからな」
土御門はそう言いながら、缶詰めのフタに手をかけるとそのフタを——……。
「見せてやる」
——開けた。
フタの中から開かれるのを待ちわびていたかのように、猛吹雪が店内を舞い、キラキラと光に反射して雪が床へとおちていく。
店内に少しだけ雪を積もらせると満足したのか吹雪はピタリと止み、缶詰めの中からゆっくりとソレは現れた。
水色の髪は腰まで伸び、雪の結晶の形の髪留めがで止められた分け目からは真っ白な肌が露出している。くるりとした瞳はダイヤモンドのように輝き、白いユリの花が描かれた青と白色で作られた着物はよく似合っていた。
美しい、けれども可愛い。
想像していた大きさよりも、缶詰めから出てきたそれは随分と小さかった。
「これが……あやかし?」
「そうだ、これがアヤカシ缶の中身だ。ちなみに、彼女は雪女だな」
「雪女……それにしては」
「小さい、なんて言うんじゃありませんわよ?」
雪女に考えを言い当てられ、ドキリと心臓が鳴る。成美の様子をみた雪女は、ふんっとそっぽを向いた。
「私は立派なレディですわ。オリジナルに敵わないとしても、雪女の名に恥じないくらいの能力はありますもの」
「へぇ、そうなんだ……ってオリジナル?」
「オリジナルはいわゆる彼女らの親だ。彼女らは、本体である親の能力の一部を譲り受け、それを私が具現化した」
「なるほど……? でも、なんで缶詰めにしたんですか?」
「そうだな、初めて作る時に近くに空のツナ缶があったからだな」
「へ、へぇ……」
理由は意外とテキトーで驚いた。もう少し、保存しやすいからや封じ込めやすいからなどの理由があるのかと思ったが、この様子だとアヤカシを何故閉じ込めているのかという理由さえ思いつきのような気がした。
「これらアヤカシ缶は、裏口から入店した客にしか売らないものだ。とても希少だからな」
「あの、その裏口ってなんなんですか?」
「裏口は裏口だ」
「通常とは異なる方法で入店したお客様のことを、僕たちは裏口と呼んでいます。今回の西條さまのように」
彼らの言っていることを全て理解することができず、成美は首を傾げた。この店に入ってから首を傾げてばかりいて、いつか曲がったまま元に戻らなくなってしまうんじゃないだろうか。
「帰るときは入り口からかえしてやる。その時意味がわかるだろうよ」
「はあ……」
「それで、お前の悩みは?」
「はい?」
「裏口から入られる方はたいてい、大きな悩みを抱えています。西條さまにもきっとあるはずだからとハル様はこういった質問をしておられるのです」
先程から土御門の説明不足なところを蒼が補ってくれている。そのことに感謝しつつ成美は、にっこりと笑って答えた。
「ないです」
「そんなはずはない」
「なにかあるはずですよ」
2人に否定され、成美は記憶の奥の奥まで掘り起こす。なにかが浮かんできそうになったその瞬間。
——リィン
この店に来る前に聞こえた鈴の音が、それをかき消すように体全身に響いた。
「あ、そうだ。ひとつありました」
「本当か?」
「それはなんですか?」
待ってました! と言わんばかりに顔を近づけては興奮する2人に気圧されつつ成美はゆっくりと話しはじめた。
「実は友達がストーカーの被害にあってまして、それをなんとかできないかと悩んでます」
2人は2、3度瞬きをしてからお互いに顔を合わせなんとも不思議そうな顔をした。しばらく、見つめあうと蒼は土御門から視線をはずし成美を見つめ口を開いた。
「あなたがここに来た悩みはそれではないと思います」
他にはないんですか? と蒼に問われ成美は少し考える仕草をすると横に首を振った。
悩みなんてない、そのはずなのに心にやどる微かな不安はなんだろうか。成美は、ぎゅっと胸をおさえ何度も何度も首を振る。
「……わかった。今度その友人も連れてこい」
「ハル様!?」
「普段なら聞かないような悩みだが、久しぶりの客を逃したくないからな」
「しかし、ハル様……この悩みではアヤカシたちが」
「蒼」
蒼としてはこの悩みでは不満なのだろう。何度も止めに入ろうとする彼に向かって土御門は冷たい声で彼の名を呼んだ。
その一言で何かを察したのか蒼は悔しそうに唇を閉じ、黙りこんだ。
「さて、お前を一旦帰してやる。蒼、頼む」
「……はい」
——シャン、シャン
アヤカシ缶を開ける前に響いた鈴の音が再び聞こえたと思うと店内に積もっていた雪が瞬きの間に消えていた。
呆気にとられているうちに事はどんどんと進んでいく。
「その雪女は少しの間貸しておこう。幸いにソイツは長く保つタイプだからな、傍に置いておくとなにかと便利だと思うぞ」
「……ありがとうございます?」
「西條さん、またいらしてくださいね」
蒼と土御門の2人に入り口へと導かれ、自動ドアがゆっくりと開く。店内からみる外はなにも変わらず真っ白なままだ。
「明日にでも来るといい、友人を連れてな」
トンっと背中を軽く押されて、成美はカクリヨをあとにした。
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