幕間


 桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。その隙間から覗き見る瞳に一瞬で心を奪われた。それは、少年がまだ幼い頃の出来事。8歳の少年に3歳の小さな妹ができた日のこと。


「あさぎくん?」


 妹が、心配そうに覗き込んでいることに気づき、あさぎはハッと我に返った。あの日、一目惚れした少女はこうして大きくなって、信じられないことに隣で笑っていてくれている。


「……学校は、どうだい?」

「あのね!」


 楽しげに学校の話をする妹を眺め、あさぎは切なげに笑った。


(あのときの俺は、なんて愚かだったんだろうか)


 妹の笑顔を曇らせていたのは、あさぎだった。あの時のあさぎは、胸の奥で潜んでいた感情が抑えきれなくなっていた。

 大切な初恋の人を、妹を、守らなきゃ。その気持ちしか見えていなかった。そのせいで、妹を追い詰めることになっていたとは知らずに。


 あさぎは、兄という言葉がこの世で一番嫌いだった。お兄ちゃんと言って笑い、駆け寄った妹の手を振り払い。


《俺は、お前の兄じゃない》


 妹にかけた、最初の言葉がそれだった。それから、妹と話すことはなく。すれ違っても、見えないフリ。2人は、そうして生きてきた。

 お前のことが好きで兄と呼ばれることが嫌だったんだと謝ることが出来たら、何度そう思ったか。両の手では、数えきれない。歪となった2人の関係は、もう修復することはないのだと諦めた。だから、あさぎは、こっそり妹を見守ることにしたのだ。


(それが、妹にバレて、叱られて……それだけだなんて)


 おかしなことだ。

 とても、とてもおかしなことだ。


 あんなことをしたのに、妹がとなりで笑っていてくれているなんて。


「あさぎくん、どうしたの?」


 妹が、あさぎの頬に手で触れる。優しく、あたたかな温もりは、あさぎの頬に伝った涙をすくいあげた。


「………なぁ、結衣」

「なに、あさぎくん」

「…………………兄、と呼んでくれないか?」


 今度こそ、守る意味を間違えないように、彼女のよき兄でいられるように。


 妹は、しばしの間、目をパチパチと瞬きさせると、それはそれは嬉しそうに笑って「あさ兄」と呼んだ。

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