第2怪 恨まれないための復讐方法
01.
ひらり、と赤い紅葉が視界を染める。秋に彩りをみせるソレは、ここが夢の中なのだと教えてくれた。
紅葉を目で追いかけながら、ゆっくりと歩いているといつのまにか目の前に大きな白い虎が佇んでいた。
何かに吸い寄せられるかのように足を一歩、踏み出すと白い虎は尻尾をふるりと揺らす。
——リィン
尻尾が揺れるたびにあの鈴の音が聞こえ、はっと我にかえった。きみがあの鈴の音の主なのか、そう聞こうとしても声は出ない、届かない。
そのまま虎はどこかへと消えてしまっていた。
***
「え、それって最低賃金じゃない?」
お昼休み、外のベンチでお弁当を食べながらあのコンビニで働き始めたと結衣に報告すると、結衣の第一声はそれだった。しばらく呆然としていた成美は、手元にあったスマホで最低賃金を調べるとたしかに796円と書いてある。
「いや、でも閻であって円じゃないし……」
「……私も働けないかな」
「え?」
ぶつぶつと呟いていた成美に結衣の少し沈んだ声が届いた。
「もともとは私のせいだし、私が働くべきでしょう?」
「…………たぶん、ムリかな」
「どうして?」
数日、あそこで働いていて気づいたが、カクリヨのほとんどの客がかなり特殊だ。アヤカシが当たり前のように来店してきたり、人間がきたなと思っても足や頭などどこかが消えているモノが多く、たまにホラーに出てきそうなお客さんもくる。
怖いというのもあるが、視えなきゃ接客ができない仕事だ。
視えない結衣にはムリだろう。
「まぁ、土御門さんに依頼を持ち込んだのは私だからね。責任もって頑張るよ」
「…………ごめんね、ありがとう」
「いーえ! それよりクロ元気?」
「元気だよー。いい子だし、かわいいし」
クロとはつい先日、結衣が開けたアヤカシ缶の送り犬の名前だ。見た目が真っ黒で可愛いからとその名をつけたらしい。シンプルでいい名前だと成美も思う。
「小雪ちゃんは?」
「元気だよ。私をあそこに連れて行ってくれるためか蒼さんに会うためかわからないくらい蒼さんにべったりだけど」
「ふふ、小雪ちゃんらしいね」
蒼にはベッタリでデレデレとしているのに、成美に対してツンとした態度ばかりだ。ワガママも激しく「寒いのですわ」と人形用のベッドではなく成美のベッドに潜り込んでくることもしばしばある。踏みつぶしてしまわないかと成美がドキドキしているのもしらず。
「可愛いんでしょ」
「…………まぁね」
見た目が可愛いらしい小雪は、何をしても可愛く見えてしまうので仕方ない。
「たしかに、アイスあげた時とか目をキラキラさせてて可愛いよ」
「小雪ちゃん、アイス好きなんだ」
「うん、雪女だからか冷たいものとか好きみたい」
「かき氷とかめちゃくちゃ喜びそうだね」
「うん、だから今年はかき氷機でも買おうかなぁって思ってる」
「いいね、かき氷パーティーとかしたい」
「パーティーいいね! 夏休み入ったらやろうか」
あと数カ月も先の予定を楽しげに話しつつ2人は、お弁当箱を片付けると教室へと移動しようと立ち上がったその時、ドンっと強い衝撃が成美をおそった。
誰かの腕と成美の肩がぶつかり、成美はバランスがうまく取れず地面に膝をついてしまう。
「いってぇーなぁ」
ドスのきいた声が聞こえ、視線を上へと向ける。そこには、黒い学生服を派手に着崩し、髪の毛をカラフルに染め上げた男たちがギロリと成美を睨んでいた。
「…………すみません」
「すみませんじゃねぇよ、あ?」
座りこんでいる成美と目線を合わせ、ぐっと眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいる。あまりのことに成美は黙りこんでいると目の前の彼の肩をピアスをつけた黒髪の男が叩いた。
「ヤス、落ち着け」
「え、りゅうやさん。でも、コイツが……」
「よそ見しながら、駄弁ってた俺らもわりぃよ。それに謝るのは俺らの方だ……女の子にケガさせちまったしな」
りゅうやさんと呼ばれた黒髪の男は、成美の手をつかむと立ち上がらせ、そのままベンチへと座らせた。
両膝にすり傷が出来上がっていて、じわじわと赤い血が滲んできていた。
「ごめんな、痛いだろう?」
まるで自分が怪我をしたかのように、りゅうやの方が痛そうな顔で成美の顔を覗き込む。成美は、困ったように笑うと首を横に振った。
「こういったケガには慣れてるので大丈夫です」
多少ジンジンとした痛みはあるが、派手に転んだわけではないので見た目ほど痛くはない。それに、こういったケガはよく運動をする成美にとってたいしたことないモノだ。
「慣れてても痛いものは痛いだろう?……ほら」
彼は成美の前に背中を向けてかがんだ。彼の意図がつかめず戸惑う。
「保健室いくから、背中に乗っかれ」
「りゅうやさんに、そんなことさせられないっすよ!」
「成美は、私が連れて行くので大丈夫ですよ!」
りゅうやの言葉に二方向から返され、成美は結衣をりゅうやはヤスと呼んでいた彼を、きょとんとしながら見つめた。
「怪我させたのは俺なので、俺におぶらせてくださいよ」
「たしかに怪我させたのはお前だが、ヤスはこの子のこと怖がらせただろ? 却下」
ダメだと言われた瞬間、ヤスはガクリと肩を落とす。そんな姿に成美は、怖い見た目のはずなのに、しかられた犬のようで何故だか可愛いと思ってしまった。
「あと君ね。悪いけど、連れて行くのは俺に任せて欲しいんだ」
「どうしてですか?」
「女の子だと彼女を持ち上げて運ぶのは無理があるだろう? なるべく彼女にはこれ以上、足に負担をかけて欲しくないんだ。だから、信用できないと思うけど任せて欲しい」
「…………わかりました。ただ、私も一緒について行ってもいいですか?」
「うん、構わないよ……それと、ヤス」
「はい!!」
ヤスは名前を呼ばれ、力強く返事をした。何かを期待するかのように、りゅうやを見つめる。
「500円渡すから、自販で飲み物買ってこい。5人分な」
「わかりやした!」
500円玉を受け取ったヤスは、風のごとくその場から走り去っていった。ヤスが行ったのを見送ると、りゅうやは再び成美の前に背中を向けて座る。
「ほら、乗って」
「え、いや、でも……」
「…………前の方がいい?」
(前ってことは、俵のように担いで運ばれる!?)
みっともない運び方を想像して、成美は勢いよく首を振った。
「担がれるのはさすがにイヤです! 後ろでお願いします」
「担ぐ……? お姫様抱っこのつもりだったんだけど」
「えっ」
勘違いに顔がドッとあつくなる。いや、勘違いをしたのも恥ずかしいがお姫様抱っこで運ばれるのも恥ずかしい。
赤くなった頬を誤魔化すため、首を横に振り続ける成美にりゅうやはクスリと笑うと、ベンチを軽くトントンと叩いた。
「後ろでいいなら、ほら乗って。保健室にいくよ」
成美は周りに結衣しかいないのを確認すると、静かに彼の背中へと身体を預けた。
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